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2016年12月 2日 (金)

「古典の精神」「國體精神」の回復と維新

保田與重郎氏は次のやうに論じてゐる。

 

「國學者の考へた古典論は、文化論と同一であり、國體論と一體であった。彼らはさういふ古典論の護持によって、本質的な討幕攘夷の思想を了知したのである」「國學者は、文化と精神の問題に身を置いてゐたから、四邊を考へることなく、始めより人心の内部の尊攘運動展開したものである。國學者の古典論は人心を先とした考へ方である。それによって彼らは御一新の思想原理をたてたのである」「西郷隆盛の遺訓に『正道を踏み國を以て斃るる精神なくば、外國交際は全かる可からず』とあるのは、單に外交のみではなくして、又文化上の問題の眞意を云ふものとして解したい。あるひは『國の凌辱せらるるに當りては、縦令國を以て斃るる共正道を踐み義を盡すは政府の本務也』と云うてゐる。正道とは古典の精神である。古典の精神とは我が国に於ては、上は國體の精神であり、國史の精神であり、又文化の精神であった。「宮廷の尊貴と文化へ歸依する心情の美學が、文化上の討幕攘夷の本領を了知した時、國學者の哲學となって四邊に影響し、復古御一新の最高の原理となったのである」「絶對的な古典としての古事記と、古典の精神を示す文藝としての古典である萬葉集を、我が古典の中の古典として決定したことは、古典時代を明らかにしつゝ、古典論を體系づける上で行はれた思想であった。維新としての古典復興を實現した原理としての國學の思想は、傳統の古典的時代といふ考へ方を押しつめて、古典論といふ思想を明らかにし、文化思想上の討幕攘夷の中核を結成したものである」(『國學と古典論の展開』保田與重郎全集第二十巻所収)

 

現代における「討幕攘夷」とは戦後体制の打倒である。西郷隆盛の言った「正道」とは古典の精神であり國體精神であるといふのは卓見である。「討幕攘夷」即ち戦後体制打倒の根柢のなければならないのは尊皇精神である。保田氏が言はれる「宮廷の尊貴と文化へ歸依する心」である。幕末期と同じやうに内憂外患交々来たると言って状況の今日において、まさに幕末と同じやうに「古典の精神」「國體精神」即ち『古事記』『萬葉』の精神に回帰し、國學が復興しなければならない。まさに「本立ちに道生ず」なのである。

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