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2016年12月 5日 (月)

天皇・皇室の「和」のご精神は戦後の似非平和主義とは無縁である

 

いわゆる「戦後平和主義」は、我が国の独立と平和と安全を根底から揺さぶり続けてきただけでなく、国民精神を堕落せしめた原因である。自分さへ安穏な生活をしていればいい、みんなのため・国家のために身を捧げるなどといふのはまっぴらだといふ思考が蔓延した原因は実に「戦後平和主義」にあったと考へる。

 

戦ひの精神を忘却した国と国民は、他国から侮りを受ける。今の日本がまさにそうである。好戦的な国民になるべきだと言うのではない。しかし、我が国を無法に攻撃し侵略し支配しやうとする外敵に対してはこれと果敢に戦ふ姿勢は絶対に必要である。その意味で「現行占領憲法」の「似非平和主義」は否定すべきである。

 

日本国及び日本皇室の「和」の精神を尊ぶへきは当然である。しかしそれは「戦後平和主義」とは全く異なる精神である。

 

皇位のみしるしである「三種の神器」に「剣」があることは、天皇が武の道統

の継承者であらせられることは歴然たる事実である。女性天皇も例外ではない。天照大神も武装されたし、斉明天皇は百済救援のために全軍を率いて出陣された。このことを正しく理解し認識しなければならない。

であります。

 

後鳥羽上皇は、和歌に優れておられた。元久二年(一二〇五)には、『新古今和歌集』を編纂せられた。そして、武の面でも競馬(くらべうま)・笠懸(かさがけ)・狩猟・水練などをも率先して行なわれた。御所内に番鍛冶をおいて、菊銘の太刀を製作されたばかりでなく、自ら刀剣の鑑定まで行なわれたと承る。これが天皇・皇室の本来の姿であって、武の否定は國體の本義・皇室の伝統に反する。

 

 

 聖武天皇御製

 

「ますらをの行くとふ道ぞ凡(おほ)ろかに思ひて行くな丈夫(ますらを)の伴」(ますらおの行くべき道だ。いい加減に思って行くな。ますらおたちよ)

 

 天平四年に、節度使を諸道に遣わされた時の御歌である。この時節度使となった者は、東海東山二道が藤原房前(ふささき)、山陰道が多治比眞人(たじひのまひと)、西海道が藤原宇合(うまかひ)である。宮中で御酒を賜った時の御製。玉音豊かにお詠みあそばされたと御推察申し上げてよい。この一行中の宇合の送る時の歌が蟲麿の歌である。

 

 仏教を尊崇し、各地に国分寺・国分尼寺を建て、奈良に大仏を造立された聖武天皇も、丈夫の行くべき道・あるべき姿を示されている。天皇の臣下を思われ、国の礎が揺るぎなさを示される雄渾な機略を感じさせる。これは、御歴代の天皇御製に伝来する特質であり、君民一体の国柄と申してよい。

 

武(剣)・玉(祭祀)・鏡(歌・知)という「三種の神器」の御精神の一つである「剣」の精神は今日に於いてますます重要になって来ている。『現行占領憲法』に明らかなように、戦後日本は武の精神が希薄になっている。これは重大な國體隠蔽・日本伝統精神の衰微というべきである。

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