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2016年11月23日 (水)

「新嘗祭」について

 

「新嘗祭」とは、新穀をまず神前に捧げてお祭りし感謝の報告をした上で、これを神よりの賜りものとして食する儀式である。秋祭りとして行ふところが多いが、単なる収穫感謝ではなく、神のみたま・生命力を身に體して生命を養い強化する儀礼であり祭りである。やまとことばで、「にふなみ、にひなめ、にへなみ、にひあへ、にはなへ、にはなひ」と言ふ。宮中においては、大嘗祭を行ふ年を除いて、毎年陰暦十一月中の卯の日に行はれる。その年の新穀を諸神に供へ、天皇ご自身も食される。

 

『日本書紀』に「天照大御神(あまてらすおおみかみ)の新嘗きこしめす」とある。「新嘗きこしめす」とは、神から新穀を頂戴することである。

 

神からいただいた新穀を、天皇様がいただかれる事によって、天皇は現御神としての御稜威を増強されるのである。さらに言へば、天皇が新穀を祖神と共食することによって、祖神と一體になられるのである。

 

高天原の「斎庭の穂」には、皇祖=日の神=天照大御神の靈意が籠ってゐる。その稲穂をきこしめすことは、皇祖の靈威を身に體し、大御神とご一體になられ、御稜威・靈威の更新をはかられるのが新嘗祭である。天皇は、毎年新嘗祭を繰返されることによって、再生復活され新しい御稜威をおびられるのである。

 

昭和天皇も、今上陛下も「新嘗祭」を執行されている。『昭和二十一年元旦の詔書』において、昭和天皇は神格を否定されたといふ主張は全く事実に反する。

 

「新嘗祭」は、史學においては、水稲栽培が始まった弥生時代に、稲魂を祭った儀礼に遡るとされる。神話の世界では、『古事記』に天照大御神が神殿で大嘗きこしめしたと記されてゐるやうに、神代の昔が起源である。

 

天皇は祭り主であらせられる。ひたすら民やすかれ、国安かれと祈られる。今上天皇様の宮中祭祀への情熱はきわめて篤いと承る。新嘗祭は衣冠束帯で二時間正座される。

 

今上天皇が「祭」について詠ませられた御製を掲げさせていただく。

 

昭和三十二年

ともしび

ともしびの静かにもゆる神嘉殿(しんかでん)琴はじきうたふ声ひくく響く

 

昭和四十五年

新嘗祭

松明(たいまつ)の火に照らされてすのこの上歩を進め行く古(いにしへ)思ひて

 

新嘗の祭始まりぬ神嘉殿ひちきりの音静かに流る

 

ひちきりの音と合せて歌ふ声しじまの中に低くたゆたふ

 

歌ふ声静まりて聞ゆこの時に告文(つげぶみ)読ますおほどかなる御声(みこえ)

 

平成二年

大嘗祭

父君のにひなめまつりしのびつつ我がおほにへのまつり行なふ

 

御製を拝すると日本の傳統文化は、天皇・皇室によって正しく継承されることを証ししてゐる。皇室におかせられては、今日も、祭祀と和歌といふ日本伝統の核となるものを正しく継承されてゐる。有難き限りである。

 

天地自然に神の命が生きているという信仰が日本の傳統信仰である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。天皇を祭祀主とする信仰共同體が日本國の本姿である。我々日本國民は誇るべき國體精神を恢弘してわが國の革新と再生そして世界の真の平和実現に邁進しなければならない。

 

新嘗祭を歌った「萬葉集東歌」に、

 

にほ鳥の葛飾早稲(わせ)をにへすともその愛しきを外(と)に立てめやも (三三八六)

 

という歌がある。通釈は、「(にほ鳥の・枕詞)葛飾の早稲を神饌として供える祭事の夜でも、あの愛するお方を外に立たせてはおかれようか、立たせてはおかれない」という意。

 

「にへすとも」の「にへ」は、神に捧げる食べもののこと。「にへす」は、その年の新穀を神に供えて、感謝すると共に来年の豊饒を祈る新嘗の祭を行うこと。古代の農家は、家毎に新穀を供えて物忌みをして新嘗の祭を行った。その家の女性が、神主・祭り主となって、神に新米を供へる新嘗祭を行って、男たちはその期間中家にいることは許されなかった。女性は祭り主として家に残り、男は外に出かけたのである。

 

新嘗祭に奉仕する女性の物忌みは、奉仕の女性以外、家人は、親や夫といえども、その家に入ることは出来なかった。家中の男を外へ出して、女性は祭り主として神様に仕える。

 

そのように厳しい新嘗祭の物忌みも、愛する男を外に立たせてはおけないという歌である。恋する乙女の燃えるような情熱をうたった歌。

 

古代において、共同体や家における新嘗祭の祭り主は女性だったのである。神祭り・祭祀は、女性は行うことができないという主張は大きな誤りである。古代日本においては、むしろ女性が祭祀を行っていた。

 

「践祚大嘗祭」を最初に執行された天皇は、女帝であらせられる持統天皇である。『日本書紀』持統天皇五年十一月戊辰日に、「大嘗す」と記されてゐる。平野孝國氏は、「天武天皇以降、大嘗は特別の意味を加えて即位に引き続き、今上の御代まで施行されてきた。…持統天皇は、この新思想を忠実に継承され、更に制度化するのに、与って大きな貢献をされた」(『大嘗祭の構造』)と論じておられる。

 

また伊勢皇大神宮の「式年遷宮」は、天武天皇がお定めになり、持統天皇の御代の持統天皇四年(六九〇)に第一回が行われた。

  

女性天皇は大嘗祭・新嘗祭をはじめとする祭祀を司られることはできないなどといふことは絶対にあり得ないし史実に反する。女性神であらせられる天照大御神は祭祀主として高天原において新嘗祭を執行された。天皇は皇祖神たる天照大御神を祭られるが、皇祖神たる天照大御神もなお神を祭られたのである。

 

『日本書紀』皇極天皇元年十一月の条には、「丁卯(十六日)に、天皇新嘗御(にひなへきこしめ)す。是の日に、皇子・大臣、各自(おのおのみづか)ら新嘗(にひなへ)す」と記されてゐる。皇極天皇は女帝であらせられる。

 

伊勢皇大神宮の第六二回「式年遷宮」で最も重要な神事「遷御の儀」が、平成二十五年十月二日夜、皇大神宮(内宮)で行われた。天皇陛下のご代理として天照大神に仕える「臨時神宮祭主」であられる黒田清子様が、その神聖なるお役目をお果たしになった。神宮祭主は、天皇陛下の代理として神宮の祭事をつかさどるお役めで、天皇陛下の「勅旨」を受けて決まる「神宮だけ」のお役目であると承る。

 

女性は祭祀をしてはならないという考え方は、佛教・儒教という外来思想の女性差別の考え方の悪影響である。日本傳統信仰にはそういう思想は全くない。人は全て神の分霊であり神の子である。男を日子(ひこ)と言い、女を日女(ひめ)と言う。人は全て男も女も、日の神・天照大御神の子であるという意味である。

 

神の命が生成化育(むすび・産霊)して生まれ出た男の子・女の子のことを、むすこ(息子)・むすめ(娘)というのである。そこには全く差別はない。いわんや女性蔑視などという事は一切ない。

 

 

皇位継承を論ずる人の中に、父親と母親を「種と畑」に譬える人がいる。また、染色体論を用いる人がいる。これらの考え方は、人は神の子であり、人は「ひと=日止・霊人」であるという根本信仰とは異なる考え方である。

 

ご歴代の天皇お一方お一方が、御神勅に示されている通り「天照大御神の生みの御子」であらせられる。これを「歴聖一如」と申し上げる。天皇は、女帝であらせられても、現御神であらせられ、天照大御神の地上的御顕現であらせられる。男系継承という神武天皇以来の伝統は守られるべきとしても、この根本信仰は絶対に無視してならないと信じる。

 

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