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2016年11月 6日 (日)

終戦時の御製に示された昭和天皇の無私の大御心

 

 昭和天皇は、大東亜戦争末期、広島と長崎に原爆が投下され、ソ連が参戦し、愈々以って本土決戦しか戦う道がなくなった時、「自分の身はどうなってもいい。ただ民を救いたい」との大御心から、決然として『ポツダム宣言』受諾の御聖断を下された。あのまま戦争を続けていたなら、本土が戦場となり、わが国土は文字通り焦土と化し、大多数の日本国民が死に絶えたであろう。それを救われたのが昭和天皇なのである。この尊い事実を我々日本国民は永遠に忘れてはならないと思う。

 

原爆が二発落とされ、ソ連が参戦した後でさえ、「終戦」に猛然と反対する勢力が多かったのにもかかわらず、終戦を決断されたのはまさにご英断と言うほかはない。「昭和天皇がもっと早く終戦の御聖断を下されていたら、広島・長崎に原爆は落とされなかった」などと言う政治家がいるが、とんでもない妄説である。原爆を落とし、無辜の民を殺戮したのはアメリカである。間また『日ソ不可侵条約』を一方的に破棄して、満洲、南樺太全千島。朝鮮半島北部を侵略したのはソ連である。

 

終戦時の尊いご心境を昭和天皇様は次のように歌われている。

 

爆撃にたおれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも

 

身はいかになるともいくさとどめけりただたおれゆく民をおもひて

 

国がらをただ守らんといばら道すすみゆくともいくさとめけり

 

 昭和天皇は、国のため民のためならご自身はどうなってもいい、というまさに神のごとき無私のご心境で戦争終結をご決断あそばされたのである。ここに、つねに国の安泰・民の幸福・五穀の豊穣を神に祈られる祭主・日本天皇の御本質を仰ぐ事ができるのである。

 

天皇を中心とする国柄が正しく継承されていなければ日本は日本でなくなる

さらに大事なのは、「国がらをただまもらんと」と歌われていることである。「国柄を守る」とは、昭和天皇御一身の地位の安泰を意味するのでは全くないことは、「いばら道すすみゆくとも」と歌われていることで明白である。昭和天皇は、たとえ自分か退位させられても、あるいは「戦犯」として処罰されても、天皇中心の国柄・國體が護持されればよい、とのご信念で終戦を決意されたのである。

 

わが国は、ただ単に領土と国民と主権さえあればいいという、建国以来日の浅い普通一般の国家ではない。日本独自の国柄すなわち、神代以来・建国以来の天皇を中心とする國體が正しく継承されていなければ日本国とは言えない。

 

天皇中心の日本國體とは、天皇が政治的支配者として国家権力の頂点に立つ国家の在り様という事ではない。信仰的共同体としての日本の中核であられる天皇、祭祀国家日本の祭祀主としての天皇を上に戴いた長い歴史と伝統を持つ国柄のことをいう。

 

常にご自分を無にして、国の安泰・民の幸福・五穀の豊穣を神に祈られる祭主・日本天皇は、権力や武力で国家・国民を支配と従わせるという覇者ではあらせられず、祭祀主としての信仰的権威と御徳によって国民をしろしめしてこられたのである。この「しろしめす」とは国民の意志や希望をよくお知りになるという意味である。

 

たしかに領土も国民も主権も大切である。しかし、日本のように三千年の伝統を有する国は、その長い歴史と伝統と文化の核であるところの国柄・國體というものが破壊されてしまったら、たとえ領土と国民と主権が維持されても、日本は日本でなくなるのである。

 

昭和天皇が「国柄をまもらん」とお歌いになったのは、このかけがえのない日本国の國體が護持するために、たとえどのような苦難があろうとも茨の道を進んでいくとのご決意を示されたものと拝察する。

 

戦争直後国民が飢えから救われたのは、国民を思われる昭和天皇のご自分を無にした御行動による

 

終戦の年の九月二十七日に、昭和天皇はマッカーサーをお訪ねになり、「私は、国民が戦争を成し遂げるにあたって、政治、軍事の両面で行なったすべての決定と行動に対する、全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁きにゆだねるためにお訪ねした。日本国民は現在、飢餓に瀕している。もうこれ以上日本国民を苦しめないでもらいたい。米国に是非食糧援助をお願いしたい。皇室財産の有価証券類を持参したので、その費用の一部に当ててもらいたい」と仰せになった。(マッカーサーの「回想記」による)

 

このお言葉にマッカーサーは「骨のズイまで揺り動かす」(マッカーサー自身の言)ほどの感動を覚え、占領政策に大きな影響を与えた。そして食糧援助が行なわれるようになった。実に戦争直後、国民が飢えから救われたのは、ご自分を無にして国民を思われる昭和天皇の御行動によるのである。

 

マッカーサーは後年、昭和天皇を讃嘆して「私ははじめて、神のごとき帝王を見た」「天皇陛下こそ新日本の生みの親である」と語っている。

 

このように、天皇によって日本は救われたのである。これは歴史の真実である。

 

日本は、天皇中心の國體を護持しさらにその本当の姿を顕してこそ、正しく発展していく事が出来るのである。昭和の歴史だけでなく、元冦や明治維新など、これまで幾度か起った大きな国難の歴史を見てもそれは明らかである。

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