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2016年11月27日 (日)

祖霊崇拝と自然信仰が祭祀共同体国家日本の土台である

  日本民族は古来、祖靈と自然を神と崇め、祭って来た。わが國の傳統信仰の祖靈崇拝と自然崇拝が、天皇を中心とする信仰共同體國家日本の土台、言い換えれば日本國體の根幹を成している。そしてそれは、國民道徳・道義精神の根幹でもある。

 

 わが國の神々の中で、最尊最貴の神として信仰され崇められている神であらせられる天照大神は、御皇室の祖先神であると共に、自然神である太陽神である。

 

 稲作生活を営んで来た日本人は、太陽・山・海・川など大自然の恵みの中に生きて来たので、自然を神と崇めた。また、祖先から稲の種と水田と農耕技術という恵み祖先から傳えられたので、祖先に感謝する思いが強かった。 

 

 『日本書紀』に、天照大神は、邇邇藝命の天孫降臨に際し、「吾が高天原に所御(きこしめ)す齋庭(ゆにわ)の穂(いなほ)を以て、亦吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし」と命令されたと記されている。これは、わが國の稲作(稲の種・水田・農耕技術)が天来のものであることを示している。と共に、日本民族の生活の基本である稲作が、太陽の恵みと祖先から傳えられた農耕技術によって支えられていることを示している。

 

 皇祖神と太陽神が一體であるということは、わが民族の傳統信仰が祖靈崇拝と自然崇拝であることを端的に示している。これを<敬神崇祖>という。

 

 日本民族は、神に対して常に祭りを行ってきた。「まつり」は、日本民族の精神傳統・日本文化の原点である。「まつる」という言葉の原義は、「お側で奉仕し服従する」「何でも仰せ事があれば承りその通り行う」「ものを献上する」「ものを奉る」というほどの意であるという。

 

 何のために、神のお側で奉仕し、神にものを献上するのかと言うと、神に靈力を発揮して頂くためであるという。神の御前に献上する「もの」は単なる「物質」ではなく、祭りを行う者たちの<まごころの結晶>であり<象徴>である。これを「神饌」という。

 

 天照大神が邇邇藝命に御命令になった米作りの成果として献上される米は、「神饌」の代表的存在である。神饌を神に献上することが「まつろう」ということである。天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを「まつる」という。

 

 天皇が行われる祭祀はまさに天つ神の命令をそのまま命令通りに行っていることを御報告申し上げる重要なみ祭りなのである。

 

 このように、<敬神崇祖>というわが國の國民道徳の基本は、神學・教義という<抽象概念>として継承されて来なかった。それは、上は天皇から下万民に至る日本民族の生活の中の<神祭り><祭祀>という行事によって、古代より今日まで傳えられて来た。靖國神社の戦没者への祭祀は、そうした古来よりの日本民族の道義精神の典型である。

 

 「神道祭式=祭り」は、信仰共同體國家日本の根幹として悠久の歴史を経てきており、今日なお國民一般に根強くそして盛んに行われている信仰行事である。國のために身命を捧げた人々の御靈を慰靈し鎮魂するのは、日本國の傳統信仰たる神社祭式によるのがあるべき姿である。

 

 世界各國もその國のために命を捧げた人々の御靈を慰靈する方式はその國の國民の大多数が信じる宗教の儀式に依っている。

 

 祖國のために身を捧げた人々の御靈を靖國神社に神として祭りを行うことは、わが國の神話時代からの傳統に基づく慰靈・鎮魂である。一宗教法人・宗教団體による宗教行事ではない。

 

 靖國神社におけるわが國の傳統的神道祭式による慰靈・鎮魂ではなく、無宗教方式とか、他の教団宗教の方式による慰靈では、真の慰靈・鎮魂とはならない。

 

 小泉純一郎元総理はかつてテレビ討論で「英靈に対し、慰靈の方法は國によってそれぞれ違う。日本人の國民感情として、亡くなるとすべて仏様になる。A級戦犯はすでに死刑という、現世で刑罰を受けている。」と言っていたが、全く正論である。

 

 日本民族は、古来、生の世界と死の世界が近く親しい世界であると信じ、隔絶した世界とは考えていない。そして、肉體の死は人の全存在の死滅ではなく、この世から身を隠したに過ぎないと信じて来た。これが古来からの日本人の死生觀である。

 

 大津皇子が死を賜った時の辞世の御歌に、

 

「ももづたふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ」(萬葉集巻三・四一六)

 

と歌われている。

 

 「(ももづたふ・磐余のイの枕詞)磐余の池(大和の香具山の近くにあったという池)に鳴いている鴨を今日を限りの見納めとして雲に隠れていくのであろうか」というほどの意である。 

 

 肉體の死を、雲に隠れると表現している。そして、死に直面しても何ら動揺する事なく、肉體は滅びても生命は永遠という信仰が余すところなく堂々と歌われている。日本の傳統信仰においては、死も誕生も永遠の命の流れの中の儀式であり節目であるに過ぎなかった。

 

 「死ぬ」という言葉の語源は、「しのに」「しおれる」「しなう」と同じであるという。

 

 同じく『萬葉集』に柿本人麻呂が壬申の乱の後荒れてしまった近江の都を訪れた時の歌に、

 

「淡海(あふみ)の海(み)夕波千鳥汝(な)が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ」(二六六) 

 

 と歌われている。「近江の海(琵琶湖のこと)の夕波千鳥よ、お前が鳴くと心も打ちひしがれて昔が偲ばれることだなあ」というほどの意である。

 

 「心もしのに」の「しのに」は「くたくたになる」「しなってしまう」「力が抜けたような感じ」を表す言葉である。肉體がくたくたになることを、「しなう」「しのに」「しぬ」というのである。

 

 日本人の傳統信仰においては、肉體が死ぬとは、肉體が元気がなくなり萎れてしまうことを言うのであって、人間の全存在が滅亡してしまうということではないのである。だから亡くなった方の靈魂が、「草葉の影から生きている人を見守っている」という考えが生まれるのである。  

 

 他界に生きている死者の靈を祭り報恩感謝の誠を捧げると共に、現世に生きる者たちを護りたまえと祈ることがわが傳統信仰として今日まで生き続けているのである。こうした日本民族の傳統的死生觀から、よみがえりの信仰・七生報國の志が生まれてきたのである。また、仏教の輪廻転生思想受容の下地にもなった。

 

 先祖の靈魂は、お盆や正月や春秋のお彼岸に子孫のいる家へ帰って来るという信仰が今日にも年中行事として生きている。肉體の「死」を人間の全存在の消滅とは考えず、祖靈・死者の魂を身近に感じているのがわが民族の死生觀である。 

 

 ともかく、祖靈・死者の魂を尊びこれをお祭りすることは、日本民族の傳統信仰の基本であり、道義心・倫理觀の根幹である。わが國民は、鎮守の神を敬い、亡くなった祖先の御靈を崇め、その御加護を祈ってきた。これが我々日本民族の生活の土台であった。今日もこの「敬神崇祖」の精神が脈々と受け継崖ていることは、春秋のお彼岸やお盆にお墓参りが盛んに行われていること、そして全国各地で祭礼がおこなわれていることを見れば明白である。

 

 全国民が、靖國神社・護国神社に参拝し、戦没者の靈に対して感謝の誠を捧げ、國家の安泰と世界の平和を祈ることは、わが國の正しい発展のためにまことに大切な行事である信ずる。

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