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2016年11月 1日 (火)

この頃詠みし歌

 

 

家持の恋歌のことを語りつつわが青春に悔ひ多きを思ふ

 

幾千歳地球を照らす月光を仰ぎつつ限りなき命を思ふ

 

父逝きて母は老いたり我もまた来年は古稀となる定めなり

 

涙を流す乙女をあはれと思ひたる小学生時代の淡き恋かな

 

篠峯といふ酒を呑みにつつわが名に似てゐると喜びてをり

 

友の住む御所の酒なりと思ひつつ篠峯といふ酒を呑みをり

 

古都の情緒などといふものさらに無し あまりにも多き観光客の群れ

 

我を生み育てたまひしわが母は今日も笑顔で歌うたひをり

 

今日はしも我を息子と判別し正貴正貴と呼びたまふ母

 

さみしげな顔して我に手を振れる母を残して帰り来にけり

 

寝る前に鏡に映るわが面(おも)を見つつ励ます強く生きよと

 

もう逢へぬ友の面影 年を経て愈々鮮明となりて悲しも

 

佳き歌をのこして逝きし友のこと幾歳経ても忘らへぬかも

 

手際よく寿司握る店主の前に座し酒酌みてゐるひと時の幸

 

大いなる人の言葉の大いさに魂(たま)ふるひ立つ天心公園

 

我もまた強き意志もて生きゆかん「堂々男子は死んでもよい」

 

囚われし如くにお堂の中に座す天心像はあはれなりけり

 

大君の生れまししことを寿げる歌碑仰ぎ見る須藤公園

 

幼き日に遊び回りし公園は今も昔の姿なりけり

 

ウーウーとサイレンの音聞こえ来て騒がしきかな東京の町

 

一日一日(ひとひひとひ)を大切に過ごすを心がけ今日も仕事に精出しにけり

 

朝の光輝きてゐるその下で洗濯物を干す爽やかさかな

 

わが母の細りたる手に手を重ね語らひをれば胸迫り来る

 

母のこと思へば自づから涙湧き来る生みの子われは

 

健やかなりし母と共に歩みたる道を今日は一人で歩む

 

アルテミオ・リカルテのこと思ひ出す親日大統領来日の日に

 

星条旗の下に死なずと叫びたるリカルテの言葉甦り来る

友と語るを楽しみとする我なれば今日の宴の楽しくもあるか

 

遠き日に多摩の河原で遊びたる思ひ出は幻の如くに今も

 

急激に気温下がりて晩秋の空を雲が蔽ひゐるかな

 

読み上げる物故者の名前を聞きにつつその面影の眼に浮かび来る

 

逝きにし人の多くなりゆくを嘆きつつ僧侶の読経の声を聞きをり

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