« 亀井静香と王毅の発言について | トップページ | 政治家の尊皇心 »

2016年11月15日 (火)

千駄木庵日乗十一月十四日

午前は、諸雑務。

午後二時より、永田町の村上正邦氏事務所にて、『第七五回日本の司法を正す会ー田中角栄とロッキード事件の真相を考える』開催。石井一元自治大臣が講演。

 

〇昨年十一月十四日午後二時より、永田町の村上正邦氏事務所にて開催された『第七五回日本の司法を正す会ー田中角栄とロッキード事件の真相を考える』における石井一元自治大臣の講演内容は次の通り。

 

「村上さんとはバッチをつけていない時代からの付き合い。早川崇氏の所でよく逢った。五十年前のこと。村上氏は心が通い合う政治家である。

 

 

 

田中氏に関する本は二百冊出ているが、受け売りが多い。石原氏は作家なので文章はうまい。しかし新しいことはない。田中は二十年裁判の虜になった。無実のために命を懸けて戦った。私は完全に冤罪と思っている。この事件はアメリカが震源。

 

 

 

田中は繊維交渉で高い評価を受けた。総理になるとアメリカ追従ではなく自主独立外交を展開。総理就任二か月後に日中国交回復をやった。台湾派がものすごい勢力。『蒋介石という恩人を無視して中国の国交を回復するのか』という批判が起った。毛沢東・周恩来が生きている間にやらねばならないということだった。帰国したら暗殺されるかもしれなかった。アメリカの虎の尾を踏んだ。ブレジネフとの会談で、『四島返還』をテーブルに乗せた。アメリカはこの男を始末せねばならぬと思った。

 

 

 

ロッキード社のワイロ工作が発覚。全世界に飛び火。イタリアのモロ首相がトランクの中で、死体で発見された。赤い旅団が殺したということになっている。CIAの手先が関わったと私は思う。証拠はない。アメリカが世界支配するのに気に入らない奴は暗殺するというのが方針。国益追及のためなら何でもアリ。ビンラディンも殺害された。殺害する瞬間をホワイトハウスで大統領は見ている。この調査でアメリカに行った時、危険を感じた。

 

 

 

アメリカで集めた情報を積み重ねて田中に報告した。トライスターは機種が決まっていた。対潜哨戒機で追及すると国防費の国家汚職になるのでP3Cはすべて外した。

 

冤罪はストーリーを地検が作って証拠を集める。村木事件で私も狙われた。本人ではなく下と周りを固めて行く。百六十日間拘留されたら検事の言う事を聞いてしまう。個室の中の強者と弱者の関係。田中の運転手二人が死んだ。向うの言う通りにハンコを押してしまう。検事の気に入らないと壁に向かって立たしておく。『国民ためにやっている。これに署名しないとここから出られんぞ』と言われる。桧山会長に初めて会って三分間で五億円をあげるということにされてしまった。三木と稲葉は田中と犬猿の仲。『日本の民主主義のためにやれやれ』と言った。政府が『やれ』と言っている。獲物としても大きい。総理と雖も検察に狙われるとやられるということを天下に示したかった。

 

 

 

最高裁が『嘱託尋問をやれ』と無茶な事を言った。地検の暴走、最高裁の迷走。三木内閣の国策捜査、アメリカの意向、マスコミの姿勢が重なった。世論に巻き込まれると裁判所はクロとしか出せなくなる。田中は一切身に覚えがなかった。外為法違反だから田中への調べはない。組み立てたストーリーにはめ込むだけ。

 

 

 

一九八三年十月十三日の判決の日の朝、田中は無罪を信じていた。早坂秘書に『お前に苦労をかけたが今日から無罪だ』と言った。判決は懲役五年追徴金五億。田中は阿修羅のごとく怒って帰宅。七十人の国会議員に一時間から一時間半演説。『身に覚えのない者が何故有罪のなるのか。内閣総理大臣の地位を汚したと言われるのは耐えられない。命を懸けて戦う』と言った。

 

 

 

田中派を八十人から百四十人以上の派閥にした。自民党を支配しキングメーカーになった。中間派や他派の人が入ったのは金と地位が欲しかった。総理を辞めてから田中の闇支配は物凄いものだった。完璧そのものの闇支配の人事体制を作った。金丸・竹下は気分が良くない。創政会になった。

 

 

 

ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件で主任弁護士を務めた凄腕の持ち主だった米国の弁護士リチャード・ベンベニステ氏と契約を結ぶ時、田中の呼び出しを受け『アメリカの弁護士に帰ってもらってくれ』と言う。私は怒った。『アメリカに仕掛けられた事件をアメリカの弁護士に助けられたくなかった』というのが田中の精神構造。それほどアメリカを田中は嫌った。田中は無罪を信じ切っていた。やっていないものはやっていないという事。一審の弁護団は綺羅星の如き偉い人ばかり。二審から多くの若い人を入れた。冤罪を晴らすことを狙った。一審とは全く違った弁護士。

 

 

 

田中は、ゴルフをやり、オールドパーをあおり、脳梗塞で倒れた。田中が倒れていなかったら裁判がひっくり返っていた可能性あり。田中が亡くなって控訴棄却。最高裁で丸紅が有罪。

 

 

 

田中は目白の自宅で真紀子の監視の下で生活した。一切外部遮断。九年間さみしくて歯ぎしりして生きたと思う。私にも真紀子は絶対に会わせない。会ったのは中国要人のみ。キッシンジャーはその間に三回目白を訪問。キッシンジャーは田中を陥れた元凶の一人。やり過ぎたと反省したのだろう。

 

 

 

ロッキード裁判の直後に総選挙。私は落選した。アメリカに行って働き過ぎた。世論の総攻撃に反論した。ところが十二月十八日に落選。毎日、田中から『ピンはどうしているか』と電話があった。十二月末に田中邸に行くと、田中は涙を流して喜んだ。このおっさんのために心血を注いだ私は良いことをしたと思った。

 

 

 

総理に職務権限はない。桧山の請託、金銭授受もない。どうして有罪になったのか。人質を取って自白をとるのが冤罪事件に共通している。バンカーの中で『三木・稲葉の馬鹿野郎』と言っていた」。

 

村上正邦・山口敏夫・平野貞夫・山本峯章の各氏などがスピーチ。質疑応答。村上正邦氏はますますお元気であった。

Photo

講演する石井一氏

帰宅後は、『政治文化情報』の発送準備など。

|

« 亀井静香と王毅の発言について | トップページ | 政治家の尊皇心 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/64494434

この記事へのトラックバック一覧です: 千駄木庵日乗十一月十四日:

« 亀井静香と王毅の発言について | トップページ | 政治家の尊皇心 »