« 千駄木庵日乗十月二十日 | トップページ | 萬葉古代史研究會のお知らせ »

2016年10月21日 (金)

日本国は「日の御子」と呼ばれる祭祀主の信仰的権威によって統一された

 日本国の統一は、分立してゐた地方の共同体勢力がともどもに日の大神=天照大御神の権威を承認することによって成就した。日の大神の御子である「日の御子」と呼ばれる祭祀主の信仰的権威によって統一したのである。日本各地から太陽神祭祀の象徴である鏡が数多く発見されてゐる。

 

太陽神=天照大御神をお祭する祭り主たる天皇は、地上における天照大御神の御代理・神聖なる御存在=現御神として仰がれるやうになった。信仰共同体・日本国の〈生きた全体性〉は天照大御神とその地上的御顕現であらせられる現御神日本天皇によって体現される。

 

古代日本における日本国の統合は、軍事力が全く使用されなかったといふことはなかったとしても、基本的には祭祀的統合・結合が基本であった。古代日本の地方共同体が稲作生活を基本として交流し、共同を確かめ、稲作生活に必要不可欠な太陽を神と仰ぐ信仰を共通の信仰としたのである。そして天照大御神を最高神と仰ぐ共同体・日本国として統一された。それが天皇国日本の成り立ちである。

 

日本は米作り・稲作文化を基本とする國である。「天孫降臨神話」に示されてゐる通り、日本国の君主・統治者たる天皇のご使命は、瑞穂を盛んに稔らせることである。太古において稲作文化は、九州から本州へと急速に広がったといはれる。稲作文化を営むことによって、わが日本民族は共通の意識・文化・言語・倫理観・信仰をはぐくんでいった。日本民族は遊牧・牧畜・狩猟を生活の基本とする民族とは基本的に異なるのである。

 

稲作生活は、一人では営むことができない。共同作業である田植へ・刈り取りを中心としてゐる。共同体の形成なくして稲作生活は営めない。祭祀を基本とする共同体が形成されたのである。

 

稲作生活はまた、規則正しい四季の変化に則って作業を行ふ周期的繰り返しの生活である。故に、自然の影響が大きい。そこで穏やかなる自然環境を願ふために、自然を神として崇め、神を祭り神に祈ったのである。

 

南九州に置ける稲作生活を基本とする祭祀的統一体が西に進み、大和を中心とする祭祀的統一体に発展した歴史を物語ったのが、神武天皇の御東征であるとされる。

 

伊勢の神宮に奉斎されてゐる神鏡が、崇神天皇の御代に皇居からお出ましになり、大和笠縫の地に奉斎され、ついで垂仁天皇の御代に伊勢に奉斎されたと傳へられてゐるが、この事は、天照大神が皇室の御祖先神であらせられると共に、日本民族全体の祖先神・御親神であらせられることを示したと思はれる。

 

『記紀』の神話は、かうした神聖なる宗教的統一が行はれた日本国生成の物語が語られてゐる。

 

柳田國男氏は、「皇祖が始めてこの葦原中つ國に御入りなされたときには、既に國土にはある文化に到達した住民が居た。邑に君あり村に長ありといふのは有名な言葉で、彼等は各々その傳統の祭りを續けて居たと思はれる。それが幸ひなことには、互ひに相扞格(かんかく。お互ひに相手を受け容れないこと・註)するやうな信仰ではなかったのである。天朝はそれを公認し又崇敬なされて、いはゆる天神と地祇との間に何の差等をも立てられなかったこと、是が國の敬神の本義であり、國民も又範をそこに求めて、互ひに他の氏ゝの神祭を尊重したことは、國初以来の一大方針であったらう…それが互ひに隣を爲し、知り親しむことの深きを加ふると共に、少しづゝ外なる神々の力を認めるやうになりかけて居たといふことが、欽明天皇の十三年、新たに有力なる海外の一種の神(仏教の事・註)を迎へ入れんとした機縁を爲したかと思はれる。」(『氏神と氏子』)と論じてゐる。

 

これはきはめて重要な論述である。日本国は各地方の共同体・村落の祭祀を廃絶し滅ぼして宗教的統一を達成したのではなく、各地方の共同体・村落の祭祀が統合され平和的に包容されて日本国といふ天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体国家が生まれたのである。

 

日本国は、外来の民族が先住民を侵略し滅亡させて建国されたのではない。それは大和朝廷の「信仰・祭祀」と出雲・三輪山・葛城山など数多くの地方共同体の「信仰・祭祀」との関係を見れば明らかである。

 

日本傳統信仰たる神社神道を一般の教団宗教と同一視して、「政教分離の原則」をあてはめることはまったく日本の傳統にそぐはないことなのである。全国津々浦々隅から隅まで神社があり、鎮守の神様が祀られてゐる。日本は神社国家と言って良い。

 

宗教的祭祀的権威による国家の統一とは、これを迎へる民にとっては、日の大神の来臨であり、豊饒と平和とをもたらす神の訪れであった。古代における天皇の各地巡幸と国見の行事はその継承であらう。

 

ともかく日の神を祭る祭祀共同体が我が国の起源であり本質である。権力・武力によって統一されたり建国された國ではないのであるから、欧米の諸国家とはその成り立ちが全く異なるのである。故に、欧米国家観によって我が國體を規定してはならない。

 

|

« 千駄木庵日乗十月二十日 | トップページ | 萬葉古代史研究會のお知らせ »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/64376827

この記事へのトラックバック一覧です: 日本国は「日の御子」と呼ばれる祭祀主の信仰的権威によって統一された:

« 千駄木庵日乗十月二十日 | トップページ | 萬葉古代史研究會のお知らせ »