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2016年10月10日 (月)

『承詔必謹』が日本国民の道義精神の根幹

『承詔必謹』が日本国民の道義精神の根幹

 

「詔書」は、やまと言葉で「みことのり」と申し上げる。「のり」の「のる」の名詞形であり、「天皇の御命令」をおごそかに宣言されるといふ意である。「詔勅・詔書」は、天皇国日本における最高の公文書である。

 

「渙発」とは、四方に水の散る如く広められるといふ意である。大君が四方に宣言されたお言葉が「みことのり」である。そしてその「のり」は「憲」「則」「矩」「規」「法」である。わが國における「法(のり)」の原義は、「天皇が宣せられた御命令」である。

 

『承詔必謹』が日本国民の道義精神の根幹である。「天皇の大御心・みことのりを謹んで承る」が、天皇国日本の臣下国民のあるべき姿であり、道義精神の基本である。

 

「臣(をみ)」の語源は「忌み」である。「忌み」とは、心身を清浄に保ち、けがれを避け慎むことである。斎戒ともいふ。神への祭祀を執行する時、厳重なる「物忌み」をする。「大臣」とは「大忌み」であり、神事に奉仕する大事や役目を担ふ人といふ意である。日本国は「祭政一致」の国柄であり、宮廷の公の仕事は神への「まつりごと」なのである。

 

『神社本庁敬神生活綱領』には、「世のため人のために奉仕し、神のみこともちとして世をつくり固め成すこと」とある。神と天皇に仕える心即ち自分たちの生活そのものを神の心天皇陛下の大御心を実現していくという生活が、わが國の理想的な倫理観念である。

 

「みこともち」とは、神や天皇の御言葉・御命令を持しそれを地上において実現することである。それが日本民族の倫理精神の基本である。神の御命令で最も大事ものは『天壤無窮の御神勅』である。

 

『天壤無窮の御神勅』とは、天皇の御祖先である邇邇藝命が高天原から地上に天降られる時に、天照大神から下された御命令(御神勅)である。

 

それには、「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし」(豊かな葦原で秋になると稲穂がたくさん稔る國は私の生みの子が統治すべき地である。なんじ皇孫よ、これから行って統治しなさい。元気で行きなさい。天の日の神の靈統を継ぐ者が栄えるであらうことは、天地と共に永遠で窮まりないであらう、といふほどの意)と示されている。 さらに、「吾が高天原に所御(きこしめす)斎庭の穂(いなほ)を以ちて、また吾が兒(みこ)に御(まか)せまつるべし」(私の高天原に作っている神に捧げる稲を育てる田の稲穂を私の子に任せよう、といふほどの意)といふ御命令を下された。

 

この御命令を國民の立場から扶翼(神からの御命令を天皇が実行されることをおたすけすること)によって、日本國の永遠の隆昌をはかることが、我々日本國民の倫理の基本である。

 

現御神信仰の公的表現は、『宣命・詔勅』に「現神(あきつかみ)と大八洲知ろしめす倭根子天皇(やまとねこすめらみこと)」と示されている。とりわけ『文武天皇即位の宣命』には「天津日嗣高御座の業と、現神と大八嶋知ろしめす倭根子天皇命の、授賜ひ負賜(おほせたま)ふ貴き高き廣き厚き大命受賜り恐み坐して……明き淨き直き誠の心以て、御稱(いやすす)み稱(すす)みて緩怠(たゆみおこた)る事無く」と示されている。

 

「明き淨き直き誠の心」こそ、わが國の道義心の根本である。天皇は現御神として天の神の御心を地上で体現されるお方である。日本伝統信仰の「祭祀」とは自己を無にして神に奉仕する(つかへまつる)ということである。そして祭祀によって神と人とが合一する。

 

天皇の「祭祀」そしてそれと一体のものとしての「無私の大御心」が日本國民の道義の規範なのである。人間の限り無い欲望・闘争心を抑制せしめるには、天皇の無私にして神ながらなる大御心に回帰する以外にない。

 

日本國の生命・歴史・伝統・文化・道義の体現者たる天皇の大御心・御意志に「まつろう」(服従し奉仕する)ことが日本國民の道義心の根幹である。そして天皇の大御心・天皇の國家統治の基本は、天照大神の御命令である「高天原の理想を地上に実現する」ということである。神の意志を地上において実現する使命を持つお方が天皇であらせられるのである。 

 

日本民族の古代からの天皇尊崇の心・現御神信仰を回復し、人間獣化=聖なるものの喪失から脱却することなくして、日本の再生はあり得ない。 

 

尊皇精神・勤皇精神が希薄になればなるほど、日本國民の道義心・倫理感が希薄になる。なぜなら、天皇は、日本國民の道義感・倫理感の鏡であるからである。今日の皇室への尊崇の念の希薄化と道義心の低下とは相関関係にあると考える。日本民族が尊皇精神を喪失した時、日本國は崩壊の危機に瀕するのである。

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