« 千駄木庵日乗十月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月二十八日 »

2016年10月28日 (金)

「天津日嗣の高御座」の繼承のあり方を、権力國家の行政機関や立法機関で決定しては絶対にならない

宮沢俊義氏(故人・憲法学者、東大教授)はその著『憲法略説』(昭和十七年。岩波書店)で「大日本帝国は萬世一系の天皇永遠にこれを統治し給ふ。これわが肇国以来の統治体制の根本原理である」「国家固有・不変な統治体制原理は国家成立と共に存するのであり、成文法の規定を俟ってはじめて存するのではない」「憲法第一條等の規定はすでに存するわが国家の根本原理を宣言したもので、創設的意味をもつものではない。…國體の原理は帝国憲法または皇室典範によって基礎づけられてゐるのではなく、反対に帝国憲法または皇室典範が、従ってまたわが国法の全体がそれによって基礎づけられてゐると考ふべきである」「皇室典範の改正は帝国議会の議を経るを要しない。皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。臣民の公議に付すべきにあらず。それは帝国議会の参与が許されぬことを意味する。ここで帝国議会の参与が排斥される理由について、『憲法義解』はその憲法第七四條の註において『皇室典範は皇室自ら皇室の事を制定す。而して君民相關かるの権義に非ざればなり』といひ、さらに皇室典範第六二條の中において『皇室の事は皇室自ら之を決定すべくして之を臣民の公議に付すべきに非ざればなり』といってゐる。」と論じてゐる。

 

戦後、『皇室典範』が『憲法』の下位法になり、皇位継承といふ皇室の重大事が権力機構である国会で決められしてまふやうになったのは國體隠蔽である。戦後、占領軍におもねって変節した宮沢氏も終戦前においてはそのようなことを論じてゐたのである。

 

皇室の事柄を政府・国会で決めるのは、権力が権威を、俗が聖を、権力国家が信仰共同体国家を、政体が國體を規制する事となる。これは國體破壊であると言っても言い過ぎではない。

 

三潴信吾先生は、その著『日本憲法要論』において、「世界中で、成文憲法が先に出来て、然る後に国家が成立した國は一つも無い。国家生活の根本事実が出現し、これと同時に、またはその後の時点に於て、憲法典が制定される。」「日本においては明治二十三年十一月二十九日の大日本帝国憲法施行の日まで、成文憲法は無かったが、何人も、その故を以て、それまで日本国家が成立して居なかったと見ることは出来ない」と論じておられる。さらに皇室典範について、「(現行の・註)皇室典範は…宮務法としてではなく、憲法の下に従属する政務法の一つとして新『皇室典範』が『皇室経済方』の如き法律と共に制定された…皇位継承の事項が法律事項となり、例へば商法の会社法などとも同列に置かれたことは大問題である。皇位継承の事項を、…一般法律の改正手続、即ち、単純多数決(過半数)を以て改変できる事となってゐる。即ち、皇位に関する事項を単なる政治問題として国会の論議に委ねてしまったのである。」と論じてをられる。

 

「皇位継承」「『皇室典範』改定」は、日本國家を體現される御方の「御位」(みくらい)に関する事柄であり他の政治問題とは全く性格を異にする。また、皇位継承とは、『天津日嗣の高御座』の繼承である。普通一般の國家の國家元首・権力者交代とはまったく次元を異にする。

 

ゆゑに権力機構が多数決で決めてはならない。また、『天皇のご意志を伺はなくていい』などといふ議論は全く間違ってゐる。日本の傳統の根幹に関はることなのであるから、日本の傳統の體現者であらせられる天皇の御意志の第一にすべきである。

 

明治の『皇室典範』は、明治天皇が裁定され、制定された。即ち勅定である。議會や政府が定めたのではない。皇室に関はることは、なべて大御心に俟つべきである。一切は大御心のまにまにが、臣下國民のあるべき姿勢である。

 

國體の上に成文法があるのであり、成文法の下に國體があるのではない。わが國の國體は「祭政一致」である。天皇は権力者ではなく祭り主である。したがって、天皇の「おほみことのり」そのものが「法」なのである。わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を傳へる「のりごと」である。祭政一致のわが國の国柄においては、祭祀主たる天皇が神の意志として宣()べられた事が最高の「法」である。わが國においては、現御神日本天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対にして最高の「法」である。「詔勅」は神の御意志なのである。

 

「皇位」は「天津日嗣の高御座」と申し上げる。これは、「高天原にゐます天照大御神の靈統を繼承される御方の座される高い御位」といふほどの意である。まさに神聖不可侵の「御位」なのである。その神聖なる御位=「天津日嗣の高御座」の繼承のあり方を、権力國家の行政機関や立法機関で決定しては絶対にならない。あくまでも天つ神の御意志・神代以来の傳統に基くべきである。そして神の御意志・肇國以来の傳統の體現者は、上御一人日本天皇であらせられる。天つ神の地上におけるご代理=現御神であらせられ、神代以来の傳統の繼承者・體現者であらせられる天皇陛下の大御心に帰一すべきである。これが一番大切である。いかなる権力者であらうとも、いかなる立場の者であらうとも、臣下が議論して決めるべきではない。

|

« 千駄木庵日乗十月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月二十八日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/64408283

この記事へのトラックバック一覧です: 「天津日嗣の高御座」の繼承のあり方を、権力國家の行政機関や立法機関で決定しては絶対にならない:

« 千駄木庵日乗十月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月二十八日 »