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2016年9月10日 (土)

『現行占領憲法』第一条の規定は、天皇の歴史的連続性・伝統性を否定し、天皇の尊厳性を隠蔽してゐる

『現行占領憲法』第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれてゐる。

 

「日本国及び日本国民統合の象徴」といふ規定の意味はきはめて限定的である。「象徴」といふ言葉は、天皇の空間的統一性・統合性をある程度表現してはゐるが、天皇の歴史的傳統性・時間的連続性は全く表現されてゐない。言ひ換へると、日本天皇は何ゆゑ国家国民を統合される御存在であるのかといふ意義が示されてゐない。

 

天皇は、日本國及び日本国民の歴史と傳統、そして日本国民の普遍意志=過去・現在・将来にわたる日本国民の伝統的な普遍意思を体現される存在である。天皇が日本国の本来の統治者・君主として仰がれてきたといふ事実と、天皇が日本国の歴史と傳統そして国民の普遍意志の体現者である事実とは、不可分の関係にある。

 

『現行憲法』の「天皇は象徴である」といふ規定は、この不可分の関係を無視し、あはせて日本伝統信仰の最高祭祀主としての天皇の地位と権能を否定してゐる。「天皇の御地位」は果たして何を根拠としてゐるのかが全く示されてゐない。

 

「日本国及び日本国民統合の象徴」といふ言葉には、『萬葉集』柿本人麻呂の長歌の「やすみしし わが大君」(四方八方をたいらけくやすらけく統治される)といふことはある程度表現されてゐるが、「高照らす 日の皇子(みこ)」(高く照らす日の大神の皇子)といふことは表現されてゐないのである。

 

『現行占領憲法』は経過的暫定の制度として、いはゆる「天皇制」を承認し、やがてはこれが廃止をせんとした戦勝国の意図を反映したものだからかかる規定になったのでらう。

 

三島由紀夫氏は、天皇のご本質について「天皇は、われわれの歴史的連続性、文化的統一性、民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴」(『反革命宣言』)「われわれの考える天皇とは、いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のように、日本の文化の全体性と、連続性を映し出すもの」(『反革命宣言補註』)「国と民族の非分離の象徴であり、その時間的連続性と空間的連続性の座標軸であるところの天皇」(『文化防衛論』)と論じてゐる。

 

『現行占領憲法』第一条の規定は、天皇の歴史的連続性・伝統性を否定し、天皇の尊厳性を隠蔽してゐる。天皇が、日本国及び日本国民を統合される御存在であるのは、天皇が歴史的伝統性・時間的連続性を継承され体現される御存在であるからである。「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」といふ規定は、天皇のご本質の半面しか表現してゐないのである。

 

『現行占領憲法』は最も大切な『大日本帝国憲法』の第一条から第三条までの成文化された國體法を抹消した。『占領憲法』は、『大日本帝国憲法』には無かった「国民主権」を明示した上「天皇の神聖性」の規定を削除した。

 

そして、日本の國體に全く合致しない「国民主権論」といふ西洋の悪しき普遍主義に毒されてゐる。西洋成文憲法というのは、専制支配者であったイギリスのジョン国王とそれに対立する貴族との間で結ばれた契約である『マグナカルタ』が起源である。そして「國民主権論」は、専制国王ブルボン王朝を打倒したフランス革命から発した思想である。

 

 世界各地の神話では、人類最初の男女神は人間を生んでゐる。しかし、日本神話では始源の男女二神たる伊耶那岐命・伊耶那美命はまず国を生んでゐる。ここに日本神話の大いなる特質がある。日本神話においては神が最初に生んだものが国なのである。しかも創造したのではなく生んだのである。また人は神の子孫であるとされてゐる。神と國・神と人とは親子関係にあるのである。故に、日本国においては神と國と民とがその根源において一体なのである。そして神と國と民とを精神的に統合し一体化する御存在が祭り主たる天皇なのである。

 

ところがキリスト教の神話においては神が最初に創造したものが人間であるとされている。「創造する」といふことは創造者と被創造者との間は絶対的に隔絶しているといふことである。しかも神によって創造された人間は原罪を背負う。神と隔絶し原罪を背負った罪人である人間同士が契約を結び、かつその罪人である人間の中で武力・権力が優越している者が君主となって国を治めるというのである。ゆえに、国家は人工的な存在であり本来罪を背負っている。また本来罪人である国民同士の信頼関係は希薄である。君主も国民を力で強制することによって国家を治めるのである。このキリスト教の国家観・人間観が西洋国家法思想・法思想の根幹となってゐる。

 

このやうに日本と外国との国家観・君主観の違いは大変大きい。そのことを端的に示したのが、北畠親房の『神皇正統記』冒頭の「大日本は、神國なり。天祖始めて基を開き、日神長く統を傳へ給ふ。我が國のみ此の事あり。異朝には其の類無し。此の故に神國といふなり。」という文章である。

 

日本天皇の御本質そして日本国の本質とは全く異なる西洋から発した思想を基本原理としてゐるのが『現行憲法』なのである。国民主権・主権在民論は、祭祀主日本天皇を君主と仰ぐ君民一体のわが國體を隠蔽し破壊する規定である。つまり『現行占領憲法』は国家の存立の基本を破壊もしくは否定せんしてゐるのである。 

 

今日において成文憲法を無くすことが不可能であるならば、一日も早く『現行占領憲法』の無効を確認し、日本國體に則った正しき憲法を回復すべきである。憲法を正しくすれば万事が解決するといふわけではないが、正しき憲法の回復が日本国の政治と文化など全ての面の混迷を救ふ大きな道である。

 

天皇を祭祀主と仰ぐ清浄なる道義國家たる我が國の姿こそ「國體」なのである。この國體の眞姿を回復して現状の日本の「悪」「穢れ」を祓い清めることが復古即革新即ち維新である。

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