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2016年8月15日 (月)

 日本は古代からの祭祀國家・信仰共同體が今日も生きている 

  祭祀國家日本の祭り主である日本天皇は、常に國民の幸福を祈る祭り主なのであるから、國民と相対立する存在ではないし、日本天皇は國民を力によって支配し隷従せしめる存在ではない。國民と共に神に祈り、神を祭り、神の意志を國民に示し、また國民の意志を神に申し上げ、國民の幸福の実現を最高の使命とされるお方が天皇である。つまり君主と民は「和」と「共同」の関係にあるのであり、「対立関係」ではない。こうした天皇中心の日本の國柄を「君民一體の日本國體」というのである。

 

 このような日本の國柄は、歴史のあらゆる激動を貫いて今日まで続いてきている。ところが外國では、太古の王家も古代國家もそして古代民族信仰もとっくに姿を消し、その後に現れた王家は武力による征服者であり、その後に現れた國家は権力國家であり、その後に現れた信仰は排他的な教団宗教である。古代オリエントや古代シナにおいては、祭祀を中心とする共同體が武力征服王朝によって破壊されてしまった。共同體を奪われ祭りを喪失したよるべなき人々は、貨幣や武力に頼らざるを得なくなり、権力國家・武力支配國家を形成した。

 

 それに比してわが日本は、古代からの祭祀主を中心とする共同體國家が、外國からの武力侵略によって破壊されることがなく、今日も続いている唯一の國なのである。皇室祭祀だけでなく、全國各地で一般國民が参加する祭祀が続けられている。まことにありがたき事実である。

 

 これまでの日本は日本天皇の中核として統合・安定・継承・発展を遂げてきた。特に、日本は、世界の中でめざましい変化と発展を遂げた國である。しかし、日本は進歩し発展はしたけれども、祖先から受け継いだ伝統を決して捨て去ることはなかった。むしろ伝統を堅固の保守し続けてきた。現実面の変化の奥に不動の核があった。それが日本天皇であることはいうまでもない。

 

 今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給う天皇を、現実の國家元首と仰ぎ、國家と民族の統一の中心として仰いでいる。これは日本の麗しい自然と稲作生活が完全に滅びない限り続くであろう。こうした事実が、西洋諸國やシナと日本國との決定的違いである。

 

 わが國が、長い歴史を通して様々な変化や混乱などを経験しつつも國が滅びることなく統一を保ち続けたのは、天皇という神聖権威を中心とする共同體精神があったからである。日本という國は太古以来の伝統を保持する世界で最も保守的な國でありながら、激しい変革を繰り返して来た國なのである。その不動の核が天皇である。

 

 天皇は、権力政治面・経済面・軍事面ではいかに非力であっても、常に日本國の統一と調和と安定の核であり続けてきた。源平の戦い、南北朝の戦い、応仁の乱、戦國時代、戊辰戦争、そして大東亜戦争の敗北と、日本國の長い歴史において、國が内戦によって分裂し疲弊し、國土が爆弾や原爆で破壊された時期があった。しかし、天皇および皇室が日本民族の精神的核となってその危機から立ち直り、國を再生せしめてきた。そして日本民族は常に國家的・民族的統一を失うことはなかったし、國が滅びることもなかった。これは、世界の何処の國にもなかったところの日本の誇るべき歴史である。日本がどのような危機にあっても、再生のエネルギーを発揮したのは、日本という國家の本質が権力國家ではなく、天皇を中心とする信仰共同體であるがゆえである。

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