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2016年8月31日 (水)

この頃詠みし歌

久しぶりに来たりし浅草駒形で同志とどぜうを食す喜び

 

丁寧にわが頭髪を刈りくれる理髪師は我と同年齢とぞ

 

理髪店で髪刈られる度に思ひ出すチャップリンの映画独裁者

 

贈られし桃を朝毎に食しつつ心身ともに清まる思ひ

 

桃の実を食してうれしきこの朝(あした)のみど通りて身は潤ひぬ

 

物を食すことを喜ぶ歌多き我はたしかに食いひしん坊なり

 

神がゐます事はうべなへどあまりにも惨き事起るこの世界はや

 

言霊のさきはふ國に生まれ来て歌詠み続けるは嬉しかりけり

 

比叡山に登りて京を見渡せば蒲生君平の歌思ひ出す

 

比叡山を焼き討ちしたる信長は自らも本能寺で火に包まれぬ

 

信長秀吉家康は英雄と言はるれど一体幾人の人殺せしや

 

起き出でて窓を開ければ広らかな琵琶湖が朝日に照らされてをり

 

窓辺より近江の海を眺むれば人麻呂の歌のよみがへり来る

 

近江の国の湖に来て切々と柿本人麻呂の歌を偲べり

 

いにしゑの大津の都を偲びつつ近江の海に真向ひて立つ

 

湖の上に昇り来る太陽を仰ぎてうれしき近江路の宿

 

緑なす東山を背にする観音像白く美しきその姿はや(靈山観音)

 

山を背ににょっきりと立つ観音像久しぶりに見るその白き姿()

 

魂が浮遊する如し激しき雨に濡れつつ送り火を待ちゐる時は

 

土砂降りの雨に濡れつつ待ちてゐる五山送り火の点火の時を

 

大文字も舟形も見えぬ暗闇に雨に濡れつつ立ちてゐるなり

 

つひにして送り火が見えぬ悲しさよ土砂降りの中に立ちつくしつゝ

 

都人の祖霊尊ぶその心五山送り火となりて燃え立つ

 

もっともっとおおらかな歌を歌ふべし敷島の大和の国の歌人(うたびと)たちよ

 

敵を知らば危うからずと購読す朝日新聞と赤旗日曜版

 

爽やかに挨拶をする若者は朝日新聞集金人なり

 

そそくさと代金受け取り去り行きし媼は赤旗集金人なり

 

憲法の下に國體があるのではない事を法制局は知らざるべからず

 

街の風景変り行くことをさみしみて古き豆腐屋で厚揚げを買ふ

 

時は過ぎ街の姿も変はりゆきそこに生き来し人も老いゆく

 

我に対し気を遣ひたまふわが母のやさしき心に胸迫るなり

 

腕時計を垣間見し時わが母はもう帰って良いよと我に言ひたまふ

 

明石大門(おほと)を立ちて眺めし旅の日を思ひ出しつつ日の本を愛す

 

青き海に白き船行く明石大門天地清らかな日の本の國

 

人麻呂を祀れる神社に参りし日もはるかなる過去となりにけるかな

 

逝きませる同志の立てし国旗塔仰ぎたる日の晴れやかな空

 

人生は何が起こるかわからぬと女優の会見を見て実感す

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千駄木庵日乗八月三十日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後も、『伝統と革新』編集の仕事。原稿執筆など。

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2016年8月29日 (月)

『笹川平和財団・笹川日中友好基金主催講演会 「中国の現状と課題」』における登壇者の発言

五月十二日に開催された『笹川平和財団・笹川日中友好基金主催講演会 「中国の現状と課題」』における登壇者の発言は次の通り。

 

李 枏氏(中国社会科学院米国研究所副研究員)「中朝関係は伝統的友好関係と考えている。北朝鮮は中国にとって戦略的緩衝地帯。経済関係は中國が黒字。オバマは中国・ロシアの北朝鮮への圧力を期待している。しかし北は中國・ロシアの言うことを聞かない。ロシアは北朝鮮が好きではない。切り札とし使っている。北は労働力をロシアに輸出。ロシアは極東における影響力を行使したい。北東アジアは潜在的緊張状態にある。感情的側面が影響するのは良くない。イデオロギーと結びつくと効果的政策が出来なくなる。新たな冷戦を防ぐべし。朝鮮半島の核問題は多国間問題。効果的解決は六者会談の再開。サードミサイルは中国の安全に深刻に影響する。六者会談よりサードミサイルの方が重要。中国は北朝鮮が崩壊してほしいと思っていない。北朝鮮は核を保持しない安定であって欲しい。北朝鮮は制裁を受けるべし。しかし北は慣れっこになっている。制裁は効果があるのか。日米中はもっと意思疎通すべし。どんな国も安全保障が重要。サードミサイルが韓国に導入されれば中露は協力。金正恩の健康状態に懸念あり」。

 

倉田秀也氏(防衛大学校教授)「金正恩の大会報告は退屈だった。これまでの延長線上で外交が展開される。米中は北朝鮮問題で協調関係であり続けてきた。北朝鮮は自分の問題で米中が協調するのを一番嫌がっている。米中協調を防ぐには武力行使。朝鮮半島に米中対立が持ち込まれる。サードミサイルの持ち込みが朝鮮半島における米中対立のもとになる。北朝鮮は核を持ったまま崩壊。不安定化する方向に向かっている」。

 

廉 思氏(対外経済貿易大学青年発展研究センター主任、公共管理学院教授)「蟻族(注・中国の都市部に生活する安定的な職を得られない大卒者集団)は中国の若者の新たなトレンド。高学歴ワーキングプア(注・貧困線以下で労働する人々)集団=蟻族。都市に執着し疲弊する若者。日本でも高学歴低所得の若者は多い。高齢化も似ている。中國の高齢者は日本を超える。多くの国で同時並行的に起っている。二〇〇三年の高等教育の量的拡大の後の第一回卒業生の七百万人が蟻族になった。大学教育は本来エリート育成のツール。しかし頑張れば出世できるかもしれないという役目を果たしていない。ツールではなくなった。社会の格差に拍車をかけるようになって、勝者は何時でも勝者。社会の階層化が出来てしまった。如何なる社会も成功者は少数。若者の権利意識の表現を当局が規制。経済・政治・文化の順で権利が芽生える。法律の枠組みの中で、若者は人民代表に立候補して自分の要求を実現しようとしている。改革には既得権益関係者から妨害がある」。

 

吉田桂子氏(朝日新聞編集委員)「蟻族という言葉は中国で定着。一九九九年にすでに中国では大学生はエリートではないと思われていた。天安門事件の時の三倍の学生数。経済規模は六倍~七倍に膨らんだ。経済発展と比較して知的な仕事が増えていないことが蟻族が増えた原因。絶対的貧困ではなくなったからこそ平等ではないことに不満を持つようになった。習近平政権は不満表現のツールを抑圧している。弁護士・NGOへの締め付けも強めている。階層の固定化による将来の社会不安がある。共産党幹部でお金持ちは階層は固定化を望んでいるのではないか。民間活力と、国有企業の高速鉄道・原発・金融などのマクロ経済との脇息が合わない。中国経済は崩壊するとも言われる。成長率が下がっている。一方、阿里巴巴集団は発展。中國の生活に根付き活力がある。中國は国家資本主義。老いも若きもどうやって金を稼ぐかに知恵を絞っている。地方政府のせめぎあいが経済成長を高めた」。

 

章 奇氏(復旦大学経済学院中国市場経済研究センター准教)「一九七八年から経済拡大。今は民営経済・個人経営・私営企業が主体になりつつある。国全体の企業の八五%を私企業が占める。資本金は五〇%を占める。就業者数も五〇%を占める。私営企業の財務状況は国営企業よりも良くなっている。国有企業の経営者は党が決める。政治が決めるのであって市場が決めるのではない。民営企業の経営者は市場が決める。私企業経営者の第一世代は農村出身。教育レベルは低い。市場の中で鍛えた。第二世代は拠点が都市。教育レベルは高い。第三世代はグーグル、ハイテク、ITに集中。社会的影響力も高い。トップダウンの政策の変化。経済自由化が進んだ。法律・政策が緩和し、私営企業の合法的地位が確立。民営企業は地域差がある。地方政治が民営企業に近いほど発展する。地方の政治環境の変化=分権化は私営経済にとって良い。技術が発展し資源が集中する。不良債権率が高い。ゾンビ企業の問題がある。地域差がある。経済指標だけで中国経済を見てはいけない。地方政府には強いところと弱いところがある。強い地方政府であればあるほど経済発展できるかに直面している」。

 

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千駄木庵日乗八月二十九日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、資料の整理、『政治文化情報』原稿執筆など。

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歴代天皇お一方お一方が、天照大御神の「生みの御子」であらせられる

本居宣長は、『直毘靈』において、日本天皇のご本質について次のやうに論じてゐる。

 

「千萬御世(チヨロヅミヨ)の御末(ミスエ)の御代まで、天皇命(スメラミコト)はしも、大御神の御子(ミコ)とましまして、御世御世の天皇(スメラギ)は、すなはち天照大御神の御子になも大座(オホマシ)ます。故(カレ)天つ神の御子とも、日の御子ともまをせり」(千年萬年の御代の末の御代まで、天皇命は天照大御神の御子とましまして、御代々の天皇は、即ち天照大御神の御子にまします。そのため天津神の御子とも、日の御子とも申し上げるのである、といふほどの意)「抑此ノ世を御照し坐()ます天津日ノ神をば、必ずたふとみ奉るべきことをしれども、天皇を必ズ畏(カシ)こみ奉るべきことをば、しらぬ奴(ヤツコ)もよにありけるは、漢藉意(カラブミゴコロ)にまどひて、彼の國のみだりなる風俗(ナラハシ)を、かしこきことにおもひて、正しき皇國の道をえしらず、今世を照しまします天津日の神、即ち天照大御神にましますことを信(ウケ)ず、今の天皇尊、すなはち天照大御神の御子に坐ますことを忘(ワス)れたるにこそ」(そもそもこの世を照らしてをられる天津日をば、必ず尊び申し上げなければならないことを知ってはゐても、天皇を必ず尊び奉るべきことは知らない奴も世にゐるのは、漢籍の思想に惑はされて、支那の乱れた風俗を尊き事と思って、正しき天皇國の道を知ることが出来ず、今の世を照らしてをられる天津日の神即ち天照大御神にまします事を信じず、今の天皇尊が即ち天照大御神の御子であらせられることを忘れたためである、といふほどの意)

 

『天壌無窮の御神勅』には、「これ吾が子孫(うみのこ)」と示されてゐる。「子孫」といふ漢語を「ウミノコ」と読む。これは、邇邇藝命をはじめ神武天皇そして今上天皇に至るまでの歴代天皇は、天照大神の「生みの子」であり、歴代の天皇は、天照大神の御神靈と一體であり、同一神格であり、天照大御神と邇邇藝命・神武天皇・歴代天皇・今上天皇とは、「生みの親」と「生みの子」との関係であるといふことである。故に天皇を皇御孫尊(すめみまのみこと)と申し上げる。

 

今上天皇は、邇邇藝命・神武天皇と不二一體であらせられる。天皇が現御神・現人神であらせられるとはかかる信仰である。

 

平田篤胤は「孫をマゴと云ひ、曾孫をヒコと云ふ。然れどマゴとは真子(マコ)の義にて、生子(ウミノコ)より次々の子孫までを広く云ふ言(コト)にて孫をのみ云ふ語には非ざるなり」(『玉襷』)「我が天皇命の高御座は、萬千秋之長五百秋(ヨロヅチアキノナガイホアキ)に、所知看(シロシメ)せと依賜へる御座なる故に、その高御座に位(マシマ)すは、即天照大御神の御子に坐せばなり。(子とは、子孫末々までにわたる名なること、師説(註・本居宣長の説)に、具(ツバラ)にいはれたるがごとし)」(『靈の真柱』)と論じてゐる。

「子孫(うみのこ)」とは単に「孫」といふ意味ではなく、天照大神が直接にお生みになった御子即ち天照大神の神靈の天降った御子そのものであるといふことなのである。『天壌無窮の御神勅』は、歴代の天皇はそれぞれ肉身は異なられても、天照大御神の「生みの御子」であらせられ、靈的・魂的には邇邇藝命と永遠にわたって全く同じ靈格であるといふことを示してゐるのである。

 

高崎正秀氏は、「(柿本人麻呂の『日並皇子挽歌』・註)では、高照らす日の御子神(即ち皇御孫尊)は掛詞風に、瓊瓊杵尊のイメエジは直ちに天武天皇と重ね写真になってゐる。これは…人麿独自の表現ではなく、皇御孫尊思想の本質的把握でなければならぬ。歴聖一如の思想──天皇靈といふ大御魂(オホミタマ)の入る聖躬(セイキュウ)が大みま、すめみまで、肉身は次々と交替があっても、天皇靈が御魂触(ミマタフ)りすれば、同一人格の引続きと見るといふ、古神道の常則に従ってゐるのである。──だから歴聖すべて瓊々杵尊──それは聖なる稲穂の神格化でもある──の御生まれ替りであり、同一神格であらせられる。この思想が人麿に厳存したからこそ、ああした発想表現を選んだ…。」(『柿本人麿』)と論じておをられる。

 

天皇は、血統上は先帝から今上天皇が皇位を継承するが、信仰上は、先帝も今上天皇も天照大神の御神靈が体内に天降ってきてをられ、全く同じ御神格なのである。御肉身が男性であらせられやうと女性であらせられやうとその御本質には全く変りはない。

 

崩御された天皇の神靈は一旦天にお帰りになる。しかし天にお帰りになった神靈は再び新しい天皇の御身体に天降って来られるのである。故に、天照大神の御神靈と一体の御存在であるといふことにおいては、天孫・邇邇藝命も神武天皇も今上天皇も全く同一なのである。天皇を、「天照大神の御魂の入りかはらせたまふ王」と申し上げるのは以上のやうな信仰を表現してゐるのである。

神靈が天皇の御身体に天降り一体となるお祭りが、毎年行はれる「新嘗祭」である。そして、即位後初めて行はれる「新嘗祭」を「大嘗祭」と申し上げる。

たとへ天皇の肉身はお替はりになっても、天皇の御神靈=大御命(おほみいのち)は永遠に不滅なのである。新帝の御即位は、天皇の御神靈が新しき肉身をまとって復活されたといふことなのである。

 

歴代天皇は即位される事によって天孫降臨を今繰り返されるのである。これは永遠の繰り返しである。これが日本人の傳統的國家観であり君主観である。

 

歴代天皇は、信仰上はすべて「はつくにしらすすめらみこと」であらせられる。「はつくにしらすすめらみこと」とは単に「始めて國を統治される天皇」といふ意味ではない。國をはじめの状態に回帰させる天皇、つまり「今即神代」を實現される天皇といふ意味である。

 

天照大神と天皇の関係は、単に、天照大神が天皇の御祖先であり天皇は天照大神の御子孫であるといふ関係だけではなく、天照大神の神靈が天皇のお体に入り、天皇が天照大神の御意志(地上に稲を實らせること)を地上(豊葦原の瑞穂の國=日本)において實現するといふ関係である。

 

われわれ日本民族は、天皇をただ単に神武天皇の肉體的御子孫として仰いできたのではなく、天照大神の生みの御子・地上における御代理・御顕現即ち現御神として仰いで来たのである。

 

歴代天皇お一方お一方が、天照大御神の「生みの御子」であらせられ、現御神であらせられる。天皇は単に皇祖皇宗の肉體的生物學的御子孫ではなく、歴代天皇お一方お一方が、天照大御神の生みの御子であらせられる。これを〈歴聖一如〉と申し上げる。

 

折口信夫氏は、「古代日本の考へ方によれば、血統上では、先帝から今上天皇が皇位を継承した事になるが信仰上からは、先帝も今上も皆同一で、斉しく天照大御神の御孫で居られる。決して、天照大御神の末の子孫の方々といふ意味ではなく、御孫といふ事である。天照大御神との御関係は、にゞぎの尊も、神武天皇も、今上天皇も同一である」(『大嘗祭の本義』)と論じてゐる。

 

平田篤胤は、「わが天皇命の高御座は、天照大御神の、萬千秋之長五百秋(ヨロヅチアキノナガイホアキ)に、所地看(シロシメ)せと依賜へる御座なる故に、その高御座に位()すは、御孫ながらに、御代御代、天ツ神ノ御子と申し奉ることなり。此はその高御座に位(マシマ)すは、即天照大御神の御子に坐せばなり」(『靈の眞柱』)と論じてゐる。

 

日蓮は、「日本國の王となる人は天照太神の御魂の入りかはらせ給ふ王なり」(『高橋入道殿御返事』)と論じてゐる。

 

吉田兼好は「帝の御位はいともかしこし、竹の園生の末葉まで人間の種ならぬぞやんごとなき」(『徒然草』)と述べてゐる。「竹の園生」とは皇族の御事である。皇族すべてが「人間の種」ではないといふ信仰である。男性でも女性でも皇族は「人間の種」ではあらせられないのであるから、生物學・遺傳學の範疇のみで考へるべきではない。

 

現御神信仰は古代以来近世・近代に至るまで継承されてきた。

 

第百十六代・桃園天皇は、

「もろおみの 朕(われ)をあふぐも 天てらす 皇御神(すめらみかみ)の 光とぞおもふ」

と詠ませられてゐる。

 

第百十七代・後櫻町天皇は、

「まもれなほ 伊勢の内外(うちと)の 宮ばしら 天つ日つぎの 末ながき世を」

と詠ませられてゐる。後櫻町天皇は女帝であらせられる。

 

第百五十四代・昭和天皇は、

「さしのぼる 朝日の光 へだてなく 世を照らさむぞ わがねがひなる」

と詠ませられてゐる。

 

わが國悠久の歴史は、現御神としての御自覚で君臨あそばされた大君と、天皇を現御神として仰いだ國民とが支へてきたのである。天皇は地上においては天照大神の御代理としての御資格を有される。

 

従って、現御神即ち地上に現はれられた生きたまふ神であらせられる上御一人を、生物學上の男女としてのみ拝することはできない。天皇がたとへ肉身においては女性であられても、生物學上の一般女性とは異なる使命を有される。君主として男性原理と女性原理を共に體現せられるのである。これを両性具有と言ふ。

 

天皇は、先帝の崩御によって御肉體は替はられるが、御神靈は新帝に天降られ再生されるのである。ただしその御肉體・玉體・御血統は先帝から継承されなければならない。また、神武天皇以来の男系皇統による皇位継承の傳統は護持されるべきである。

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千駄木庵日乗八月二十八日

午前は、諸雑務。

 

午後一時より、春日の文京区民センターにて、「日本の心を学ぶ会」開催。林大悟氏が司会。国民儀礼の後、渡邊昇氏が主催者挨拶。次世代政策研究所・中村匡志氏及び小生が憲法問題について講演。小生は、『皇室と日本の伝統―憲法第一章』と題して話させていただいた。活発な質疑応答が行われた。

 

この後、施設に赴き、母に付き添う。食欲もあり元気なり。有難し。

 

帰宅後は、資料の整理など。

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2016年8月28日 (日)

天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道

本居宣長は、『直毘靈』において次のやうに論じられてゐる。

「掛(カケ)けまくも可畏(カシコ)きや吾天皇尊(ワガスメラミコト)はしも、…此ノ御國を生成(ウミナシ)たまへる神祖(カムロギノ)命の、御()みづから授(サヅケ)賜へる皇統(アマツヒツギ)にましまして、天地の始めより、大御食國(ヲスクニ)と定まりたる天の下にして、大御神の大命(オホミコト)にも、天皇惡(アシ)く坐しまさば、莫()まつろひそとは詔(ノリ)たまはずあれば、善()く坐()さむも惡(アシく)坐さむも、側(カタハラ)よりうかゞひはかり奉ることあたはず。天地のあるきはみ、月日の照(テラ)す限リは、いく萬代を經ても、動(ウゴ)き坐さぬ大君に坐せり、故れ古語(フルコト)にも、當代(ソノヨ)の天皇をしも、神と申して、實(マコト)に神にし坐しませば、善惡(ヨキアシ)き御()うへの論(アゲツラ)ひをすてゝ、ひたぶるに畏(カシコ)み敬(ウヤマ)ひ奉仕(マツロフ)ぞ、まことの道には有リける」(申し上げるのも畏れ多いことだが、わが天皇は、この御國を生み成しあそばされた祖神が、御自ら授けなされた皇統にましまして、天地の始めから、天皇が御統治なされると定まった天下であり、大御神の神勅にも、天皇が悪くましましたら従ってはならないとはご命令になってゐないので、天皇が善くましましても悪くましましても、傍らから窺ひ図る事はできない。天地がある限り、月日が照らしてゐる限り、幾萬代を経ても、動きましまさない大君であられ、故に、古の言葉にも、当代の天皇を神と申し上げ、まことに神にましませば、善悪についての論議を捨てて、ひたすらに畏みてお仕へ申上げるのが、まことの道である、といふほど意)

 

この文章には、わが國傳統の絶対尊皇思想が説かれてゐる。自分の意志や思想と一致する天皇を尊ぶことなら誰にでもできる。しかし、自分の意志や思想と異なるご行動をされた天皇に対しても忠義を尽くし従ひ奉るのが真の尊皇であり勤皇である。そのことは、日本武尊の御事績・楠正成の事績を見ればあまりにも明らかである。

 

久保田収氏は、「楠正成が、わが國史上の英雄として崇拝されて来たのは、その絶対尊皇の精神と行動にある。『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。正成が天皇の御召しを受けて参上し、力強く決意を申し上げたこと、千早の険に拠って、北条氏の大軍を向こうにまわして奮戦し、建武中興の糸口をつくったこと。『七生報國』の志を残して、湊川で戦死したことなど、正成が死生を超越し、一意至誠をもって天皇に捧げた純忠の精神は、読む人に深い感動を与え、正成への憧憬と、その志を受け継ごうとする決意とを生み出したのである。天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎の學問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と傳えている。強斎は、このことばが『わが國士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである」と論じてゐる。(『建武中興』)

 

楠正成の「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱ふべし」との言葉こそ、わが國の臣民のあるべき姿勢である。天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道である。尊皇精神とは、日本國の祭祀主として神聖なる君主であられる天皇へのかしこみの心である。

 

村岡典嗣氏は、「歴史日本が創造した道徳的價値の重要なものとしては、尊皇道と武士道との二つを、擧げ得る。尊皇道徳は太古に淵源し、我が國體の完成とともに、而してまたその根柢ともなって成就したものである…そは即ち、天皇に對し奉る絶對的忠誠の道徳であって…太古人がその素朴純眞な心に有した天皇即現人神の信念こそは、實にその淵源であった」(『日本思想史研究・第四』)と論じてゐる。

 

第二十三代・顕宗天皇は、父君・市辺押磐(いちのべのおしは)皇子を殺したまふた雄略天皇をお怨みになり、その御靈に報復せんとされて御陵を毀損しやうとされ、弟君・意祁命(おけのみこと)にそれを命じられた。だが、意祁命は御陵の土を少し掘っただけで済まされた。天皇がその理由を尋ねられると意祁命は「大長谷の天皇(註・雄略天皇の御事)は、父の怨みにはあれども、還りてはわが従父(をぢ)にまし、また天の下治らしめしし天皇にますを、今単(ひとへ)に父の仇といふ志を取りて、天の下治らしめしし天皇の陵を悉に破壊(やぶ)りなば、後の人かならず誹謗(そし)りまつらむ」(『古事記』)と奉答された。

 

如何に悪逆非道の天皇であると思っても、天皇に反逆してはならないといふのがわが國の尊皇精神である。この絶対尊皇精神は太古以来の傳統である。

 

本居宣長は、「から國にて、臣君を三度諌めて聽ざる時は去といひ、子父を三たびいさめて聽ざるときは泣てしたがふといへり、これは父のみに厚くして、君に薄き悪風俗也。…皇國の君は、神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、臣下たる者去べき道理もなく、まして背くべき道理もなければ、したがひ奉るより外なし。なほその君の御しわざ悪くましまして、従ふに忍びずと思はば、楠主の如く、夜見の國へまかるより外はなきことと知べし、たとひ天地はくつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり…然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて、従ひ奉るは一わたりは婦人の道に近きに似たれ共、永く君臣の義の敗るまじき正道にして、つひには其益広大なり」(『葛花』)と論じてゐる。

 

天皇は現御神であらせられ絶対的に尊ぶべき御存在である。もしも、萬が一、天皇の御心や御行動が、自分の考へや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下を批判する事は絶対にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。楠正成が言はれた如く「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱ふべし」なのである。

 

八月八日の、今上陛下の「詔」に対し奉り、批判する人、異論を述べる人がおられるようである。しかし、天皇陛下が間違ったご命令を下されたり行動をされてゐるとたとへ思ったとしても、臣民は勅命に反してはならない。どうしても従へない場合は自ら死を選ぶべきであるといふのが、わが國の尊皇の道であり、勤皇の道であるといふことを、本居宣長先生は教へてゐるのである。

 

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千駄木庵日乗八月二十七日

午前は、諸雑務。

午後は、明日行われる『日本の心を学ぶ会』における講演の準備。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後も、講演準備。

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2016年8月27日 (土)

民衆の道義精神は低下し、権力を掌握している『中国共産党』は対外侵略に狂奔している。それが今日の支那大陸である

孫文はよく「天下を以て公と為す」といふ言葉を揮毫した。これは支那の古典『礼記』にある言葉だといふ。國民党独裁体制下の台湾では役所や國民党の機関にこの標語が掲げられてゐた。また、毛沢東は「人民のために服務せよ」と言った。この標語も共産支那の役所や共産党の機関に掲げられてゐる。中南海の入り口にも金文字で大きく書かれてゐる。

 

しかし実際には、この標語と全く逆の事が行はれている國が支那なのである。標語が掲げられるといふ事は、その標語が実行されてゐないからである。「小便すべからず」といふ標語があるのは小便をする人はゐるからである。

 

共産支那に「毛主席萬歳」「中國共産党萬歳」といふ「標語」が多いのは、腹の底でさう思ってゐない人が多いからであらう。國民党独裁体制下即ち「中國人」によって支配されてゐた時代の台湾も「標語」が多かった。「総統萬歳」「光復大陸」「実践三民主義」といふ標語が其処彼処に掲げられてゐた。

 

司馬遼太郎氏は次のやうに論じてゐる。「いま台北にいる。…歩道に段差が多く、あやうく転びそうになった。歩道は公道なのだが、どの商店も、自分の店の前だけは適当に高くしている。高さに高低がある。『〝私〟がのさばっていますな』と、冗談をいった。中國文明は偉大だが、古来、〝私〟の文化でありつづけてきた。皇帝も〝私〟であれば大官も〝私〟だったし、庶民もむろんそうだった。〝私〟を壮大な倫理体系にしたのが、儒教であった。孝を最高の倫理とするのはみごとだが、孝は身の安全と家族の平穏ということのみの願望になりやすい。近代中國の父といわれる孫文は、このことをなげいた。色紙をたのまれると、『天下為公』(天下をもって公となす)と書いた。また、その著『三民主義』の冒頭にも、〝中國人は砂だ、にぎってもかたまらない〟といった。〝公〟という粘土質に欠けていることをなげいたのである。」(『風塵抄ー台湾で考えたこと(1)公と私』)

 

「中國」の権力者は國家さへ私物化した。だから「天下爲公」といふ「標語」を掲げざるを得なかったのである。それは國民党だけではない。今日の「中國共産党」も同じである。中共が権力掌握後、毛沢東は國家を私物化し多くの同志・國民を虐殺した。

 

共産支那は権力闘争に敗れたら、殺されるか獄に入れられる。「毛沢東時代は過去のこと」と思ったら大間違ひだ。最近も、何人かの最高幹部が拘束された。薄熙来・周永康・徐才厚・郭伯雄は、劉少奇・彭徳懐・賀龍のようになぶり殺しにされなかっただけまだましかもしれない。習近平も毛沢東と同じことをやってゐるのだ。そして皇帝になったのだ。台湾でも支那人である馬英九は総統に就任すると、前総統陳水扁を獄に入れた。

 

以前、ある支那問題専門の学者が「中國の皇帝は、即位する前は、多くの人々を殺して、即位した後、『聖人・君子』になる」と語ってゐた。また別の支那問題の専門家は「中國の権力者は、普段は聖人君子のようにふるまってゐるが、ある日突然極めて残虐になる」と語ってゐた。

 

「共産支那帝國」の「初代皇帝」であった毛沢東は、どれだけの人を殺したか分からない。即位する前どころか即位した後も、文革などで数千萬の人を殺したと言はれる。

 

外部に漏れた支那共産党の内部文献によると、毛沢東による共産支那帝國建國以来文革までの殺戮数は二千六百萬人であったといふ。また、アメリカ上院安全委員会が一九七一年に出した調査報告書では、「毛沢東は共産主義政権を樹立して最初の十年間で三千萬人の大衆を殺害し、大躍進から文化大革命直前までの十年間に二千萬人、合計五千萬人を殺害し、これに文化大革命の犠牲者数二千萬人を加えれば、途方もない大虐殺数になる」と書かれてゐるといふ。

 

『論語』『孟子』など支那の古典は実に立派なことが書かれてゐる。しかし、現実の支那の歴史は、極めて残虐なる闘争と殺戮の歴史である。また、今日の「中國人民」も道義精神を忘却してゐる人が多い。鄧小平は、「黒い猫も白い猫も鼠を捕るネコが良い猫だ」と言った。これは、教条主義を批判した言葉だったのだが、現実には、金儲けのためなら何をしても良いといふような意味に理解されてゐるといふ。民衆の道義精神は低下し、権力を掌握している『中国共産党』は対外侵略に狂奔している。それが今日の支那大陸である。

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2016年8月26日 (金)

千駄木庵日乗八月二十六日

午前は、諸雑務。

昼は、若き友人と懇談。

午後は、二十八日に行われる『日本の心を学ぶ会』における講演の準備。

夕刻、お茶の水にて、『伝統と革新』の実務担当者と打ち合わせ。

帰宅後も、講演の準備。

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日本國體と成文憲法

 三潴信吾先氏はその著書『日本憲法要論』次のやうに論じてゐる。

「世界中で、成文憲法が先に出來て、然る後に國家が成立した國は一つも無い。国上生活の根本事實が出現し、これと同時に、又はその後の時點に於て憲法典が制定される。…日本に於て明治二十三年十一月二十九日の大日本帝國憲法施行の日まで、成文憲法は無かったが、何人もその故を以て、それまで日本國家が成立して居なかったと見る事は出來ない」。

「憲法及び憲法に基く統治機關には、不文法たる立國法の精神的又は道徳的傳統を支配、變更、否定などする權限は無いのであって、むしろ。それらの普遍的原理や立國法に則って統治權の諸作用を行ふ様努力しなければならぬのである」「憲法の基盤となる立國法とは、國體法とも稱されるが、不文憲法として、成文憲法のある場合にも、必ずその基礎を成すものである。…立國法は、その國の立國と同時に、その成立事實と不可分に存立するものであって、立國の精神的又は道徳的理想を根幹として、その國の最も基本的な傳統的秩序を樹立するものである。この國家の成立事實の中心は、元首の立ち方である。即ち、その國の元首の地位の本質が、それによって定まる。從って、立國法は、立國の理想目的と、その具體的表現人格たる元首の立ち方とを示すものである」。

 

 言うまでもなく、天皇を祭祀主・統治者と仰ぐ日本國は、成文法が制定される以前から存在する。『現行占領憲法』があるから「天皇国日本」が存在するのではない。天皇を祭祀主・統治者と仰ぐ祭祀国家・信仰共同体国家たる日本国においては三潴氏の言はれる「元首」とは、上御一人日本天皇である。従って、憲法及び憲法に基く統治機關・権力機構には、不文法たる立國法の精神的又は道徳的傳統を体現され日本国の君主・祭祀主・統治者であらせられる天皇陛下の大御心を支配、變更、否定などする權限は毛筋の横幅ほども無いのである。ましていわんや、戦勝国の強制によって押し付けられた『現行占領憲法』が、天皇陛下の大御心を支配、變更、否定などする權限は毛筋の横幅ほども無いのである。

 

三潴信吾氏はさらに次のやうに論じてゐる。

(成文法主義は・注)ローマ法思想の流れを汲み、君主(統治者)と人民(被統治者)との間、又は各人相互の間の不信、性悪観に立脚するものである。古代ローマ帝國史上に於ては、征服支配者たる貴族と被征服民たる平民の間に於て、平民から起った『ローマ市民權普及の叫び』が、十二表法(注・古代ローマにおいて初めて定められた成文法)以來の成文法典を生んで行ったが、近代ヨーロッパに於ける成文憲法の制定も、マグナ・カルタ以來の歴史が示す如く、専制君主と人民との間の不信感に發した、人權保障の約束證文に由來するのであって、これは權力國家観から利益國家観への移行の段階に於て現はれたものである」「不文法主義は、本來の一心同體の自覚、即ち『和』の原理に立脚するものであって、國民の保有する共同の確信たる立國法を基礎とする」「我が國に於て、成文憲法主義及び成文法主義が現代デモクラシーにとって絶對的條件である如くに考へられてゐることには、大きな反省を必要としよう。我が國将来の憲法の在り方を考へる場合にも、今日の護憲論、改憲論のみに止まらず、更に明治二十二年以前の如く、不文法の體制をも充分考慮する必要があると考へる。むしろそれが日本の國法の本來の姿ではないか」(『日本憲法要論』)

 

天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体国家・祭祀国家であるわが国は、天皇は征服支配者ではない。また、國民は被征服民ではない。天皇と平民が相対立し、権力争奪の戦いをしたことはない。君民一体の「和」の精神によって成立してゐる。また、わが国は、權力國家観でも利益國家観ない。本來の一心同體の自覚、即ち『和』の原理に立脚する君民一体の國である。従って、国家機構を運営するための一般の成文法は必要であろうが、三潴氏が言われる「専制君主と人民との間の不信感に發した、人權保障の約束證文に由來する」ところの『成文憲法』は本来必要ないのである。

 

 成文法がどうしても必要であるとすれば、日本國の成文憲法は、人間同士の不信ではなく、信頼という日本の麗しい精神伝統に立脚した成文憲法でなければならない。天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家という日本國の道統が成文憲法の条文にも正しく表現されなくてはならないのである。國體(國柄)は、憲法に基づいて確立されるのではない。一國の國體(國柄)に基づいて憲法の國體に関する条項が成文化されなければならない。

 

 明治天皇は『大日本帝國憲法及び皇室典範制定の御告文』(明治二十二年二月十一日)に、「茲ニ皇室典範及憲法ヲ制定ス。惟フニ此レ皆 皇祖 皇宗ノ後裔ニ貽(のこ)シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス」と示されている。「洪範」とは天下を統治する大法という意味、「紹述」とは先人の事業や精神を受け継いで、それにしたがって行なう意味である。

 

 『大日本帝國憲法』と『皇室典範』は、天照大神の御命令によって高天原より瑞穂の國に天降られた天孫邇邇藝命以来御歴代の天皇の日本國御統治の大法を実行することを記した成文法なのである。この正統憲法に回帰することが今日最も大切である。

 

『天壌無窮の御神勅』には、

 

「豊葦原の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂の國は、これ吾が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(し)らせ。行矣(さきくませ)。寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、當(まさ)に天壤と窮まりなかるべし」と示されてゐる。

 

この「御神勅」こそが、天皇国日本の國體が明示された最高の「成文憲法」である。

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千駄木庵日乗八月二十五日

午前は、諸雑務、『伝統と革新』編集の仕事。

午後は、二十八日に行われる『日本の心を学ぶ会』における講演の準備。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後も、講演の準備。

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2016年8月25日 (木)

『第六十五回 日本の心を學ぶ會』のお知らせ

平成二十八年夏の参院選において自公政権は改憲に必要な三分の二を超える議席を確保しました。公明党が真に改憲勢力であるかどうか疑問はありますが、衆参ともに自公が三分の二の議席を確保したことから憲法改正を巡る動きは新しい局面に入ったと言われています。

これまで憲法改正の争点は主に集団的自衛権など九条に関連したものが大部分でした。しかしながら、憲法が國家の最高法規である以上、國體についての条文即ち「第一章 天皇条項」が真に日本の傳統に合致しているかどうかが、最も大切であると思います。

『現行占領憲法』の第一条には「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本國民の総意に基く」と規定されております。

日本弱体化のために「憲法」を押し付けた戦勝國も、日本天皇・皇室の御存在を否定することはできなかったのです。しかし、この条文は、日本國體を正しく表現しているとはとても言えません。

我が國は建國以来、万世一系の天皇を日本國の君主と仰いできました。そして、天皇は常に國民の幸福を祈られ、國民も常に天皇を君主・祭り主として仰いできました。正しい憲法を回復して、天皇を君主・祭祀主と仰ぐ祭祀國家、信仰共同体日本の國體の眞姿を開顕するべきと思います。

また、八月八日には、天皇陛下が直接國民にお気持ちを述べられました。今こそ、皇室と日本の傳統、國體、そして「憲法第一章」にについて考えてみたいと思います。

(今回の勉強會は會場と時間がいつもと異なりますのでご注意下さい)

【日時】平成二八年八月二八日(日)午後一時より

【場所】文京区民センター 三ーE會議室

東京都文京区春日一-一六-二一 東京メトロ後楽園駅・丸の内線(4a・5番出口)南北線(5番出口)徒歩一分都営地下鉄春日駅三田線・大江戸線(文京シビックセンター連絡口)徒歩一分JR総武線水道橋駅(東口)徒歩九分

【講演】

演題 皇室と日本の傳統―「憲法第一章について考える」

講師 四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

【司會者】林大悟

【参加費】資料代五百円。終了後、近隣で懇親會(三千円位の予定です)

【連絡先】渡邊昇 090-8770―7395

 この告知文は主催者が作成いたしました。

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四宮政治文化研究所発行・『政治文化情報』平成二十八年九月号のお知らせ

『政治文化情報』は、昭和五十九年創刊以来、小生の論考、時局問題などに関する主張、活動状況の報告、各方面から得た様々な情報などを掲載し、それなりの評価を得て来たと自負致しております。
多くの心有る皆様方のご購読をお願い申し上げます。
見本誌御希望の方はご遠慮なくメールでお申し込み下さい。

メールアドレス m-shinomiya@max.hi-ho.ne.jp

購読料
年間 12000
半年 6000

平成二十八年九月号(平成二十七年八月二十日発行)の内容

 

〈皇都の一隅より〉

明治天皇御製とやまと歌の道統

 

明治天皇の「和歌復興」の大御心と近代日本建設

 

天皇統治と「やまと歌」とは切り離し難く一体である

 

『古今和歌集』と國風文化勃興

 

『古今和歌集』の「仮名序」は和歌の本質を説いた基本的な文献

 

『禁中並びに公家諸法度』は徳川幕府が和歌の道統に対する理解がいかに浅かったかを証明する

 

明治天皇御製に示された日本人の倫理道徳の根本=「清明心」

 

 

千駄木庵日乗

 

飯田将史氏(防衛省防衛研究所 主任研究官)「中國は二枚舌で、それに何の躊躇もない。中國は『國際法』について、自分たちに有利なことは重視。不利ことは無視する」

 

久保文明氏(東京財団上席研究員・アメリカ大統領選挙分析プロジェクトリーダー/東京大學法學部教授)「不法移民に対して不愉快な思いを持っている人がトランプを支持。イスラム教徒の移民を阻止するとまで言った人はいない。既成の共和党政治家への不満を吸い上げている」

 

西川賢氏(津田塾大學學芸學部准教授)「社會に対して不満を持っている人が相当な数に上ることが浮き彫りになった。共和・民主両党のどちらがそれを取り込めるのか」

 

阿部純一氏(霞山會理事・研究主幹)「中国はアメリカに対抗できる軍事力を持った時、新型大國関係は言わなくなる。アメリカに『俺の言うことを聞け』と言う」

 

徳川康久靖國神社宮司(徳川慶喜徳川幕府第十五代征夷大将軍の曾孫)「闘経験のある徳川将軍は、家康・秀忠。三代から十四代まで戦闘経験なし。十五代の慶喜は、禁門の変で刀を抜いて戦っている」

 

この頃詠みし歌

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『現行占領憲法』の「天皇条項」は日本の國體を隠蔽している

 何故、天皇は神聖なる御存在であるのか、それは天皇が、天照大神の地上に於ける御代理であらせられるという「神話の精神」によるのである。また、何故天皇が日本國の統治者であらせられるのか、それは天皇が、天照大神より日本國を統治せよと御命令を受けておられるという「神話の精神」によるのである。それ以外に理由はないのである。このことをまず以て確認しなければならない。古代から今日に至るまで様々な時代の変遷があったが、このことは決して変わることはないのである。

 

 したがって『現行占領憲法』第一章の「天皇の地位は日本國民の総意に基づく」という条項は天皇の御本質を正しく表現していない。

 

 「神話の精神」と言うと非科學的だとか歴史的事実ではないと主張してこれを否定する人がいる。しかし、神話は荒唐無稽な伝承ではない。「神話」において語られているのは、一切のものごとの生成の根源であり古代人の英知の結晶であり、神話的真実なのである。「神話」には日本民族の中核的思想精神・根本的性格(國家観・人間観・宇宙観・神観・道義観・生活観など)が語られているのである。それは、天地自然・生きとし生けるもの一切の中に、神の命を見るという信仰精神である。

 

 そうした「日本神話の精神」は、は西洋科学技術文明及び排他独善の一神教を淵源とする闘争的な西洋政治思想の行きづまりが原因となった全世界的危機を打開する力を持っている。

 

 しかも日本民族の「神話の精神」はただ単に『古事記』『日本書紀』といった文献だけでなく、「天皇の祭祀」という「生きた行事」によって今日まで継承され語られているのである。「神話」には時間を超えた永遠の価値がある。日本民族の伝統的思想精神の結晶である「神話」への回帰こそが、現代の混迷を打開する方途である。

 

 日本國體とは、<天皇を祭祀主とする精神的信仰的生命的共同体>のことである。単なる「國家の体制」のことではない。「体制」とは、ものの組み立てられた状態という意であり、単に組織、機構、機関、組織、システムのことである。したがって、「國家の体制」とは、無機的な権力機構としての國家組織のあり方即ち政治権力を運用する仕方に関する形式のことである。これは「政体」と表現すべきであって、伝統的な日本國體を「國家の体制」と表現する間は誤りである。

 

 國體とは、日本國の國柄・國の本質のことを言う。三潴信吾氏は、「國體とは、各國家の國柄、品格のことをいふのであって、その國の成立事情によって定まる。」「我が國にあっては、皇祖を日の神(天照大神)と仰ぎ、その和魂を継承されつつ、一切の天神地祇、八百萬神々を祭り、これといよいよ一心同体たらせ給ふ天皇が、御代々を通じて御一人(一系)として天下を治ろしめすといふ國體を保有してきた」「政体とは、政治権力の組織制度のことを云ふ。」(『國體と政体について』)と述べられている。

 

小森義峯氏は、「國體とは、平たくいえば、『くにがら』という意味である。その國をその國たらしめている、その國の根本的性格をいう。」「皇祖天照大神と霊肉共に『萬世一系の天皇』を日本國の最高の権威(権力ではない)の座に頂き、君民一体の姿で民族の歴史を展開してきた、という点に日本の國柄の最大の特質がある。」(『正統憲法復元改正への道標』)と述べておられる。

 

 「國體とは戦前の天皇主権の國家体制を表す言葉で、治安維持法のキーワードだった」という主張があるが、全く間違っている。『帝國憲法』の何処にも天皇に主権があるなどとは書かれていない。そもそも國家の意思を最終的に決定する権力という意味での「主権」という概念と言葉は、天皇中心の神の國である日本には全くそぐわないのである。 

 

 日本天皇と日本國民は相対立する権力関係にあるのではない。天皇と國民とは、天皇が民の平安と五穀の豊饒そして世界の平和を祈って行われる祭祀を基とした信仰的一体関係にある。

 

 「天皇制と民主主義は矛盾する。歴史の進歩にしたがって天皇制はなくなるし、なくすべきだ」と考える人がいる。こうした考え方は、悠久の歴史を有する日本國を否定し破壊する邪悪なる思想である。そして、こうした西洋のいわゆる「進歩思想」(実際には進歩では何でもないただの破壊思想なのである)に妥協して、いわゆる「戦後民主主義」「欧米民主主義」といわゆる「天皇制」を何とか矛盾なく結合させようとする考え方がある。現行占領憲法の天皇条項はそうした考え方によって書かれていると言えるのかもしれない。

 

 デモクラシーという言葉は本来オートクラシー(独裁政治)に対する概念で、その意味からいえば日本は神代からデモクラシーであった。日本神話に記されている須佐之男命に関する記事を拝して明らかな通り、なにごとにつけても決して専断で決めたのではない。天の安河原にぞくぞくと八百萬の神々が集まられて相談して物事を決めたのである。

 

 聖徳太子の『十七条憲法』にも「独り断(さだ)むべからず」「必ず衆とともに論(あげつ)らふべし」とあり、『大化の改新』の「詔勅」にも「独り制(おさ)むべからず、かならず臣の翼(たすけ)をまつ」とある。このように天皇のまつりごとは、きわめてデモクラチックであって独裁を排撃したものである。國民は、天皇及び皇室に対し奉り、畏敬はしたが畏怖することはなかったのである。

 

 「占領憲法」に象徴される「戦後民主主義」(欧米民主主義思想と言い換えてもよい)なるものが如何に日本國を堕落させ破壊したかは、今日の日本の現状を見れば火を見るよりも明らかである。

 

 我々は日本を亡國の淵から救い、立て直すために、「戦後民主主義」を根底から否定しなければならない。そして、「戦後民主主義」の否定は、日本の伝統的國家観・政治思想の復興によって行われるのである。言い換えると、日本國體精神が「戦後民主主義」否定の原理なのである。

 

 前述したように、西洋法思想・欧米國家観に貫かれた『現行占領憲法』の「(天皇の地位は注)國民の総意に基づく」という条項は、日本天皇の御本質及び日本國體の本質を正しく表現していない。そればかりではない。この規定は天皇及び皇室の尊厳性・神聖性を冒瀆し隠蔽する元凶となっている。

 

 わが國日本及び日本國民は神聖君主・日本天皇にお護り頂いているのである。ゆえに憲法において、天皇は日本國の統治者であらせられ、神聖不可侵の御存在であられることを明確に規定すべきである。『大日本帝國憲法』の「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という条文の精神は全く正しいのである。

 

 『現行占領憲法』の「天皇条項」が、日本の國柄を隠蔽し天皇の御本質を正しく表現していないから、今日の日本は安定を欠いているのである。日本とは國の成り立ち・歴史伝統が全く異なる欧米の國家論に基づく「國民主權論」「契約國家論」は、日本國體とは絶対に相容れない。『現行憲法』の「天皇条項」は根本的に是正されなければならない。

 

 天皇の神聖権威が、國民の調和と幸福と統一を保ちつつ常に國家の改革が行われ続けてきた原点である。天皇は日本國の永遠性の具体的な体現者であられると共に、日本國及び日本國民の道義性の鏡であられるのである。神聖君主日本天皇を中心とする信仰共同体たる日本國體が正しく開顕することによって、天下萬民の幸福が実現するのである。すべての皇室論議はこのことを根底に置いて行われなければならない。

 

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2016年8月24日 (水)

千駄木庵日乗八月二十四日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後五時より、虎ノ門の笹川平和財団ビルにて、『笹川平和財団日米交流事業主催講演会・中国・欧州関係の進展とその世界的影響』開催。杉田弘毅氏(共同通信社論説委員長)がモデレーター。ケント・E・カルダー氏(ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院SAIS、エドゥィン・O・ライシャワー東アジア研究所

八月二十四日に開催された『笹川平和財団日米交流事業主催講演会・中国・欧州関係の進展とその世界的影響』におけるケント・E・カルダー氏(ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院SAIS、エドゥィン・O・ライシャワー東アジア研究所所長)の講演内容は次の通り。

 

 

 

「問題を理解するには現場主義でなければならない。日米関係の未来を把握するにはグローバルな状況を理解しなければならない。マクロ的に見ると、世界は深いところから変わりつつある。南シナ海の緊張はグローバルを要素としている。

 

 

 

ヨーロッパに大きな変化が起こっている。九十一年にユーゴスラビアとソ連が崩壊。多くの国が独立。旧ソ連の権力が集中していた国が独立。ロシア皇帝の夏の都であったサンクトペテルブルグは、国境から三㎞しか離れていない。ウラジオストク、カムチャッカは今もロシアの一角を占めている。

 

 

 

ベルリンの壁が崩れてから始まった。モンテネグロは200663日に独立し、NATOに加盟。NATOは東方拡大を果たした。ベラルーシ、ウクライナはNATOに入っていないがロシアの一員ではない。これらの国々はワルシャワ条約機構に加盟しソ連軍が入っていた。エネルギーの絆も深かった。ロシアのエネルギーへの依存度が高い。ロシアと深い経済関係がある。今のロシアの指導者は、安保面では敵対的に見ている。軍事面で海や空において低度の対立が起こっている。

 

 

 

一九八一年にギリシアが民主化。二〇一三年にクロアチアがEUに入った。統一通貨も用いるようになった。ユーロを導入。バルト三国の旧ソ連のメンバーはすべてユーロを導入。特にユーロを通じてドイツと関係が深い。地中海諸国はどんどん赤字が増え、後れを取ってきた。バルト三国は財政をうまくやっている。スペイン、キプロス、イタリアなどの地中海國は共通通貨で関係が深くなっている。

 

 

 

中国のマーケットの規模はイギリスにとってとても大きい。鍵を握るのはドイツ。フォルクスワーゲンは中国を外せない利益を出している。関係は強化されている。

 

 

 

ヨーロッパは抜本的に変化しつつある。旧ソ連の一部を包含している。アメリカはヨーロッパの脆弱性を意識しなければならない。日本はこのことを理解すべし。NATOは機構として大西洋を中心にしている。日本はロシアと対話するのは当然。NATOとも対話を進化すべし。伊勢志摩サミットで道が開ける。日米同盟を強化しなければならない。

 

 

 

中国とヨーロッパの関係は進化している。ロシアは地政学的に脆弱になっている。中国は強くなっている。中国はフィリッピンとの絆を深めている。ナショナリズムが熱くなるのが怖い。フィリッピンのドゥテルテ政権は中国寄りにシフトしている。中国国内はデリケートになっている。中国は守りの姿勢になっている。シリコンバレーと日本の関係を強化すべし。日米欧は人権などで同じ価値観を持っているが、中国はそうではない。中欧関係の強化はバランスが取れていない。多元主義が重要」。

 

 

所長)が講演。質疑応答。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆。 

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今こそやまとことばの復興・言靈の力による國の再生が図られなければならない

最近、某有名作家の品格のない暴言が話題になった。日本には言霊といふ言葉がある。日本民族は古来、言葉には不可思議にして靈的な力があると信じてきた。そして言葉に内在する霊的力が人間生活に大きな影響を与へると信じてきた。だからこそ日本人は言葉を慎み、畏敬してきた。

 

神道で祝詞を唱へ、仏教で経文・経典を読誦し題目や念仏を唱へるのは、それらの言葉に神秘的にして不可思議な力が宿ってをり言葉を唱へることによってその霊の力が発揮されると信じてきたからである。

 

ところが、現代日本は言靈が軽視され、いのちが枯渇し軽佻浮薄と言っていい言葉が氾濫してゐる。歌壇など文藝の世界においてすら言靈を喪失してゐる。

 

「言葉の乱れは世の乱れ」と言はれる。今の日本は乱世である。その原因は、言葉の乱れが重大な要素になってゐると考へる。情報化時代の現代においてこそ「言靈」の復活が大切であると思ふ。それが、世の乱れを正す大いなる方途である。

 

言葉の問題は、単に「品格」とか「ヒューマニズム」と言った次元のことではなく、日本民族の道統の問題である。「言靈の幸はふ國」とは言葉の靈の力によって生命が豊かに栄える國といふ意味である。「言擧せぬ國」とは多弁を慎む國といふ意味であめ。今こそ、魂の籠った「やまとことば」が回復されるべきである。

 

情報とは言葉である。今の日本は情報・言葉は洪水のごとく氾濫し、濫用されてゐる。森本和夫氏は、「スターリンによって、『生産用具、たとえば機會と違わない』といわれた言語が、ますますその方向を突き進んで、いまや生産用具の主座にすわろうとしている。それこそ“情報社會″と呼ばれるものの意味であろう」(『沈黙の言語』)と論じてゐる。

 

言葉が意志傳達の手段としか考へられなくなり、人間が言葉への畏れを無くし、意志傳達の手段としてのみの言葉が氾濫し濫用された時、文化と道義は頽廃し、人間は堕落する。それが現代社會である。

 

言葉への畏れを喪失するといふことは、言葉を単なる生産手段=機械と考へることである。「言葉は意志傳達の手段、人間の扱ふ道具だ」といふ観念が、國語の軽視と破壊の原因である。言葉が単なる情報傳達の手段であるのなら、なるべく便利で簡単で負担が少ない方が良いといふことになる。漢字制限はさういふ安易な便宜主義・目先の理由によって行はれた。

 

それは言靈の喪失である。現代ほど言靈が軽視されてゐる時代はない。現代日本においては、文藝においてすら言靈を喪失してゐる。

 

日本人の魂は、今、よすがなく彷徨っているやうに思へる。さまよへる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言靈の復活が大切である。それは、言靈が籠り、天地(あめつち)を動かし目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせる「やまとうた」の復活である。今日において、まさに、「國風文化」が復興しなければならない。

 

現代日本はまさに國家的危機に瀕してゐる。今こそ、言葉を正さねばならない。やまとことばの復興、言靈の力による國の再生が図られなければならない。一切の改革・変革の基本に、言靈の復興がなければならない。

 

大化改新といふ大変革・壬申の乱といふ大動乱の時に『萬葉集』が生まれ、平安中期の國風文化勃興の時に『古今和歌集』が生まれたやうに、國難に晒されてゐる今日においても、畏れ多いが偉大なる勅撰和歌集が撰進されるべきであると信ずる。それが言靈の復活であり、世の乱れを正す大いなる方途である。

 

日本天皇を「すめらみこと」と申し上げる。「すめらみこと」とは、天つ神の「みことのり」「神勅」を地上において實現される最高に尊いお方といふ意味である。日本の「言葉」で最も大切な言葉は、天皇の「みことのり」(詔勅)である。「詔を承りては、必ず謹む」精神即ち「承詔必謹」が日本國民の最高絶対の道義精神であり、國家永遠の隆昌の基本である。

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千駄木庵日乗八月二十三日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後も、『伝統と革新』編集の仕事。

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2016年8月23日 (火)

戦勝国によって押し付けられた占領憲法の制約下に、上御一人日本天皇を置き奉る事があっては絶対にならない

 西洋の成文法というものは、一定の地域で共同生活を営む人間同士が信頼することができなくなり、文章で色々な決め事を書いておかなければならない状況になってから作られるようになったのであろう。

 

 要するに西洋の成文法とは共同生活を営む人間同士の契約文書である。ということは、人間同士が本当に信頼し合って生きていく世の中であれば成文法などは本来不必要だとも言える。極論すれば成文法は人間性悪説に立脚していると言っても過言ではない。

 

 西洋の成文憲法の淵源とされる『マグナカルタ』(一二一五年、イギリスの封建諸侯が國王ジョンに迫り、王権の制限と諸侯の権利を確認させた文書。國王の専制から國民の権利・自由を守るための典拠としてイギリスの立憲制の支柱とされる)は、専制君主と國民との間の不信感に発して作られた契約文書にほかならない。ここから憲法は権力の制限規範だという考え方が生まれた。

 

 天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀国家・信仰共同體である日本國には成文法は本来不必要なのである。

 

 しかし、現実には明治以来、近代國家が建設され、國家権力機構も巨大化し、西洋文化・文明も輸入されてきたため、國民が政治に参与し、且つ権力の圧迫から國民の自由を守るためにも、成文憲法が必要であるということが常識となっている。つまり、近代以後西洋法思想が日本に入ってきて、日本にも欧米諸國と同じような成文憲法が必要であるということになった。そこで制定されたのが『大日本帝國憲法』である。

 

 明治天皇は『大日本帝國憲法及び皇室典範制定の御告文』(明治二十二年二月十一日)に、「茲ニ皇室典範及憲法ヲ制定ス。惟フニ此レ皆 皇祖 皇宗ノ後裔ニ貽(のこ)シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス」と示されている。「洪範」とは天下を統治する大法という意味、「紹述」とは先人の事業や精神を受け継いで、それにしたがって行なう意味である。

 

 『大日本帝國憲法』と『皇室典範』は、天照大神の御命令によって高天原より瑞穂の國に天降られた天孫邇邇藝命以来御歴代の天皇の日本國御統治の大法を実行することを記した成文法なのである。

 

 成文法がどうしても必要であるとすれば、、日本國の成文憲法は、人間同士の不信ではなく、信頼という日本の麗しい精神伝統に立脚した成文憲法でなければならない。天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀國家という日本國の道統が成文憲法の条文にも正しく表現されなくてはならないのである。

 

 國體(國柄)は、憲法に基づいて確立されるのではない。一國の國體(國柄)に基づいて憲法の國體に関する条項が成文化されなければならない。天皇國日本の國體は、成文憲法が制定される以前からずっと続いてきたのであり、憲法に規定されることによって合法性が与えられたのではない。

 

 成文憲法は國の基本法であるけれども、「憲法にこう書かれているから、皇室はこうあらねばならない」とか「天皇はこういうことをされてはならない」と主張するのは本末転倒なのである。日本國の憲法は天皇の國家統治の道統に即して制定されなければならないのである。「憲法があって國家がある」のではなく、「國家があって憲法がある」のである。

 

 また、成文憲法というものは、あくまでも國家の権力機構やその権限を文章に規定したものなのである。日本國の國體とか伝統とかは憲法に規定されるものではない。

 

 したがって、成文憲法及び成文法そしてそれに基づく政治権力機関は、天皇日本の道統を破壊したり否定したり隠蔽する権限は全くないのである。むしろ天皇日本の道統に即した憲法及び法律そして権力機関であらねばならないのである。

 

 憲法や政治権力は、その権限を越えて、共同體國家の精神伝統及び國民の精神生活、道徳生活、文化創造活動などに介入したり制限を加えたりしてはならない。特に成文法によって、天皇皇室を規制し奉ってはならない。成文憲法や政治権力は、日本國の道統に立脚し、その道統を正しく実際の國家において実現するための役割を果たすべきなのである。

 

 繰り返し言うが、日本國の憲法は、天皇中心の日本國體(國柄)に基づいて制定されなければならない。

 

 そもそも日本國という國家は、単なる権力機構・政治的支配機関ではない。もっと大らかにして神聖なる存在であり、精神的・道義的・信仰的・文化的存在である。人と人とが精神的に結合した共同體である。日本國はその生成の過程を見れば明らかな通り、天皇を祭祀主とする信仰共同體である。日本國は革命とか開拓によって人為的に造られた國ではなく、神が生みたもうた國であるという神話と信仰が古来から今日まで信じられて来ている。

 

 國家を単なる権力機関として見ると、天皇の神聖性・国家の道義性を否定し、日本國の文化も、伝統信仰も、文化も、道義も、全て権力機関としての國家の下に置かれ、その支配を受けなければならなくなる。そして権力機関としての國家のみが前面に出て、それが國民と対立し、やがて國家の中で権力と國民の闘争が日常化する。現代日本は、まさにそうした状況に置かれつつある。

 

 西洋法思想がその理念となり、國家を権力機関としてとらえた現行憲法がある限り、國家は美しく良きものであり、人間はその國の國民として生きることによって幸福を得るということが不可能になるのである。

 

 今日においてさらに重大な問題は、神聖君主・日本國天皇が、成文憲法しかも戦勝国によって押し付けられた占領憲法の制約下に置かれるようになっていることである。こうしたことは天皇の眞姿を隠蔽するのみならず國體破壊の導火線である。

 

本日、内閣法制局などは、生前御譲位を将来にわたって可能にするためには「憲法改正が必要」と指摘し、これは「占領憲法」第1条で「天皇の地位は国民の総意に基づく」と定めていて、天皇のご意思で譲位されることはこれに抵触するという理由だというニュースが流れた。

 

繰り返し言う。成文憲法及び成文法そしてそれに基づく政治権力機関は、天皇日本の道統を破壊したり否定したり隠蔽する権限は全くないのである。むしろ天皇日本の道統に即した憲法及び法律そして権力機関であらねばならないのである。戦勝国によって押し付けられた占領憲法の制約下に、上御一人日本天皇を置き奉る事があっては絶対にならない。 天皇の「詔」「大御心」が最高最尊の「法」である。

 

 

 

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千駄木庵日乗八月二十二日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、原稿執筆・書状執筆・資料の整理など。

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2016年8月22日 (月)

現代における維新とは、今日の日本に巣食っている邪悪な者共を禊祓いし、天皇國日本の真姿を回復することである

神道の基本行事は、神を祭ること即ち祭祀である。「祭り」とは神に奉仕(仕え奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。

 

 人は、はじめから神に生かされ、神と離れた存在ではなく神と一體の存在であった。しかし、様々の罪穢が神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまった。禊によって罪穢を祓い清め、祭りと直會(神と共に供え物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 

 つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』に示されている「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

 今日、混迷の度を深めている我が國も、「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の元初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の伝統的な信仰である。

 

 維新とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。

 

 國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿とは、遥か彼方にある天國とか極楽浄土ではない。今此処に、日本人の本来の生活と信仰とを戻すことである。

 

 実際、日本民族は、全國各地で毎日のように禊と祭りを行っている。それは信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

 

 國家を愛することができなくなっている国民が存在するのは、その人たちが國家に対して誤った見方をしているからである。精神的共同體としての國家と権力機構・経済體制としての國家とをはっきり区別して考えなければならない。権力機構・経済體制としての國家がいかに混乱し破滅的状況にあっとしても、精神的共同體としての國家は永遠に不滅である。

 

 わが國の歴史を顧みても、これまで、壬申の乱、南北朝時代、応仁の乱そしてそれに続く戦國時代、幕末の国難、大東亜戦争の敗北というような大混乱・大国難の時代も経験したが、天皇を中心とする精神共同體としての國家・日本は生き続け、國家的・民族的統一を全く喪失する事なく必ず太平の世を回復してきた。

 

 我が國國民が祭りが好きであるということは、日本人が本来明るい精神を持っているということである。厭世的でもなければ逃避的でもないというのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができる信じ続けてきているのである。

 

 今日のこの混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。しかしそのためには、歴史を回顧して明らかな如く、真に國家の伝統精神を継承する者たちの必死の努力精進が必要である。

 

 維新変革は、この國を何とかしなければならないという情熱を持つ者によって行われるのである。情熱は時として誤れる方向に突っ走ることがある。それを防ぐためには、深い神への祈り、神を祭る心、神の意思通りに生きんとする心を持たなければならない。また、日本国の祭り主であらせられる天皇に対するかしこみの心が根底になければならない。

 

 明治維新が徳川幕藩體制を打倒して天皇中心の國體を明らかにした如く、現代における維新とは、今日の日本に巣食っている邪悪な者共を禊祓いし、天皇國日本の真姿を回復することである。

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千駄木庵日乗八月二十一日

午前は、諸雑務。

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2016年8月21日 (日)

國體・憲法・国民主権論

 

 主権という言葉ほど多種多様に用いられているものはないが、君主主権とか国民主権とかいう場合の主権は、西洋法思想の影響下にある国法学では、一般に「国家における最高の政治権力」と解せられている。

 

 日本では古来主権という言葉はなく、天皇の御権能を「知らす」ないし「治らす」と申し上げた。言葉自体から見ても、権力的な臭みはなかった。『大日本帝国憲法』ではこれを統治権という言葉で表現した。

 

 主権の観念は、近世の初期以来、西洋わけてもフランスにおいて、君主の権力を擁護する手段として、君主主義の形で主張された。それは封建諸侯やカトリック教会の勢力を制圧して、統一国家を形成するためには有効なる手段であった。君権至上主義や王権神受説も、これがために唱えられ、これがために利用されたのである。しかるにその後、専制君主の圧政から国民が自由を獲得するためには、別の旗印が必要になった。フランス革命の思想的根拠をなした国民主権説が、すなわちこれであった。

 

 国民主権説は、西洋の社会契約説、国家契約説と結合して発達し、広く世界に及ぼしたのである。君主主権といい国民主権といい、いずれも一つの政治目的に利用されて発達したものであるから、主権を権力中心の概念として見たのも当然だ。そしてその根底には「力は法の上にあり、法は強者の権利である」という思想が流れていたという。いずれにしても国民主権・君主主権という言葉も意味内容も、西洋の国家観念・法思想から生まれてきたのであるから、日本天皇の国家統治の傳統、日本國體とは全く異なる概念であり法律用語である。

 

 西洋流の国家観によれば、君主主権と国民主権とは相対立するもので両立し得ない観念である。君主と人民との闘争に終始した西洋の歴史からすれば、これは当然のことと言えよう。西洋の国法学説は、この観点に立って展開されてきたのである。

 

 西洋の国法学説でいう主権とは、近代中央集権国家がフランスに初めて成立する過程において国王の権力の伸長を国内外に主張し、絶対王政を正当化するための理論的武器となったものである。それは「朕は国家なり」という言葉でも明らかな如く、国王は何ら制約を受けない最高絶対の権力者とされ、国民は国王に信者の如く絶対服従するものとされ、国王と国民とは二極の対立概念として理解されているのである。

 西洋の国民主権論は、もっとも徹底した「反君主制」の理論として確立されたのである。そしてかかる反君主制の思想が、敗戦後戦勝国によって憲法の中に盛り込まれたのである。

 

 日本国は欧米の国家のような契約国家ではなく、信仰共同体であり、祭祀国家である。西洋の主権概念は、日本国体とは絶対に相容れない。なぜなら日本では、古来西洋のような闘争の歴史は無かったからである。日本の歴史と伝統は、天皇を中心として君民一体となって祭祀共同体・信仰共同体を形成し発展させてきた。天皇と国民、国家と国民の関係は、相対立するものではなくして、不可分一体の関係にある。天皇と国民とを、氷炭相容れない対立関係と見るのは、西洋流の考え方に立っており、日本の伝統とは相容れない。

 

 我々がここで確認しておきたいことは、国民主権は決して人類普遍の原理ではないということである。前述したように、国民主権という考え方は国王・皇帝と国民が対立し抗争した歴史を持つ西洋諸国の考え方である。十七世紀のヨーロッパにおける国王と人民との争いの中で、ルソーが理論化した考え方が国民主権であるといわれている。国王の権力の淵源は国民の委託にあるのだから国民に主権があり、国民の意向に反する君主は何時でも打倒できるという考えである。

 

 主権という言葉は西洋の国法学の影響により、国家における最高の政治権力と一般に解せられており、権力至上主義の臭みが濃厚である。「帝国憲法」における天皇の統治権も権力中心の立場において理解する憲法学者がいたし、今日においても存在する。しかしこれは、わが国の歴史と伝統に合致しない。

 

 日本の法学者は、大なり小なり西洋の学説の影響を受けているが、主権とか統治権という言葉が古来無かった日本としては、学者が西洋の学理をそのまま取り入れてしまったことが、今日の憲法論議において混乱を招いてる原因である。

 

 日本天皇の統治の伝統は、祭祀であり、祈りである。そして公平無私、慈悲であり徳であった。権力ではなかった。日本國體の特質はこれである。

 

 日本は建国以来天皇を中心として全国民が統合され、同じ運命、同じ使命を担う祭祀共同体・信仰共同体として生成発展してきたこと。天皇と国民との関係は、天皇の権力支配によって成り立っているのではなくて、君民一体、君民一如の歴史的、精神的、信仰的つながりを不可欠の内容としている。

 

 「現行占領憲法」における国民主権は西洋的意味で用いられており、日本国体の道統と相反するものである。

 

 美濃部達吉氏はその著『憲法概論』において、国民主権を定義して、主権は国家意思を構成する最高の源泉であり、その源泉を国民とすると「国民主権」となり、この源泉を天皇とすると「天皇主権」となる、と論じている。しかし、日本においては天皇と国民は、権力的・政治的に対立する存在ではなく、信仰的・精神的に一体の存在だったのである。それを敢えて相対立する存在ととらえて、国民主権をわざわざ憲法に規定するというのは、國體破壊・伝統無視につながる。

 

 「国民」とは国の伝統をその感性と理性の双面において継承する人々の集合体のことであり、この集合体のうちに蓄積されていると考えられる伝統の知恵が法の根本規範を与える。

 

「現行憲法」における「国民」とは今日ただ今実際に生存する人々のみのことである。そういう意味の「国民」は伝統精神に同調することもあれば、それから逸脱することもあり得る存在である。そのような国民は民主主義にあっては「多数参加に基づく多数決」という形で、政治的決定を行う。しかしそれは誤りを犯すこともありうるのである。

 

 また「主権」につていも、「なにものにも制限されることのない最高権力」であり、歴史のうちに蓄積されていく根本規範そのものにあるという考え方がある。知性においても徳性においても不完全たるを免れ得ない国民が主権を持つというのは独裁政治・専制政治・衆愚政治への危険が伴う。不完全なものである国民は、不完全な政治制度帆選択することがある。

 

今日ただ今実際に生存している人々という意味における「国民」に主権が存するとする「現行憲法」は、「多数参加に基づく多数決」として民主主義方式が「多数者の専制」という名の衆愚政治、あるいは国民が選んだ個人あるいは集団による専制政治へ堕ちていく危険がある。

 

 天皇の地位が、「国民の総意に基づく」とすると、天皇の地位は現在における多数派の国民の意志に基づき、国民の代表者からなる国会で議決すれば、天皇の地位はいかようにでも左右できるという見解が成り立つ。今日の憲法学者の多数はこの見解に立っている。

 

 一国の憲法はそれを構成する民族の伝統的規範意識を踏まえたものであることが不可欠の条件であるとされている。欧米の古い憲法が生きた憲法として欧米においては効力を持っているのに対し、欧米の憲法を真似て制定した新興国の憲法が画餅化しているのはこのためである。

 

 「現行占領憲法」は、戦勝国たるアメリカに強制されて制定された。そして「憲法三原理」なるものとりわけ「国民主権」の考え方は、欧米においてのみ通用するものであり、天皇国日本には通用しない。

 

欧米の歴史的所産である主権在民・国民主権という国家体制を押しつけることは、日本の國體を破壊する。日本国は天皇国である。日本国の国柄に合致した憲法を回復すべきである。

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千駄木庵日乗八月二十日

午前は、諸雑務。『政治文化情報』発送作業。

午後、発送完了。購読者の皆様には、週明けにお届けできると思います。

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2016年8月19日 (金)

「日本は満洲を中國から奪った」「日本は満洲を侵略した」というのは全くの嘘出鱈目である

満洲建國は断じてわが國の侵略ではない。侵略とは、「他國の支配下の土地等を、侵入して奪い取ること」と定義される。しかし、満洲は本来的に支那の領土ではない。また、満洲は独立主権國家ではなく諸民族が混在する無主の地であった。

 

『後漢書東夷伝』に、「九夷」ということが書かれているが、朝鮮・満洲・日本がその中に入っている。満洲は朝鮮・日本と同じく「東夷」であり支那人の言う「中華」ではないのである。

 

萬里の長城の内と外とは有史以来敵対する世界であり、共存できない摩擦と衝突が繰り返されてきた。萬里の長城の外は歴史的に支那ではない。

 

漢民族にとって満洲族は東夷(野蛮人)、満洲は化外の地であり、萬里の長城の北側である満洲は、「絶対に一緒になりたくない世界」ではあっても「絶対不可分の固有の領土」ではなかったのである。

 

一九○五年八月二十日、孫文が東京で結成した『中國革命同盟會』の綱領には「韃虜(北方の異民族満洲人に対する蔑称)を追い払い、中華を回復し、民國を創立し、地権を平均しよう」とある。革命党は、強烈な民族主義を主張し、満洲王朝の打倒を主張した。そして満洲人をイギリス人と同じような異民族と断じた。満洲を外地・外國と考えていた。日本人に対して孫文は、「日本は大いに満洲に進出したがいい」と言った。

 

孫文はまた、「余は人民自ら己を治むるを以て政治の極則なるを信ず。故に政治の精神に於ては共和主義を執る。…況や清虜(満洲人への蔑称)政柄を執る茲に三百年。人民を愚にするを以て治世の第一義となし、その膏血を絞るを以て官人の能事となす。…試みに清虜の悪政に浴せざる僻地荒村に到り見よ。彼等は現に自ら治むるの民たるなり」と論じた。(宮崎滔天の『三十三年之夢』)

 

明治四十四年(一九一一)の辛亥革命は「反清復明」(清朝に反対して明朝を復元する)「滅満興漢」(支那大陸を征服し漢民族を支配していた満洲族を滅ぼして漢民族を復興する)を合言葉にして行われた。辛亥革命後の中華民國にとっても、満洲は正に化外の地であった。それは日本統治下に入る以前の台湾と同じである。

 

孫文が、革命の資金援助交渉で、満洲を日本に売却する交渉をしたのも、孫文が満洲を自國領と考えていなかったからである。明治四○年(一九○七)一月、日本に亡命していた孫文は、東京で「革命の目的は『滅満興漢』である。日本がもし支那革命を援助してくれるというのなら成功の暁には満蒙を謝礼として日本に譲ってもよい」と演説した。自國の領土を外國に売り渡す「革命家」「愛國者」がいるだろうか。このように「日本は満洲を中國から奪った」「日本は満洲を侵略した」というのは全くの嘘出鱈目である。日本が満洲に進出しても、わが國が支那・漢民族を侵略したことにはならない。

 

満洲は清朝崩壊後、馬賊(清末から満洲に横行した群盗。馬に財貨を積んだ隊商の宿泊地などを襲い馬ごと略奪した)や軍閥が跳梁跋扈する地となった。軍閥の支配は文字通り苛斂誅求で民衆は苦しめられていた。

 

わが國は、日露戦争勝利後、明治三八年(一九○五)五月、「ポーツマス条約」により合法的に、南満洲鉄道とその付属地(関東州)の権益をロシアより譲り受けて、鉄道を敷設し産業開発と治安維持に努力した。そして毎年百萬人の漢民族が支那大陸の戦乱を逃れて満洲に流入した。辛亥革命当時は千八百萬だった満洲の人口は、満洲事変の頃には三千萬に達した。

 

共産革命後のソビエト・ロシアは、アジア赤化=侵略の前線基地として満州を手に入れようとして中國共産党を支援して「反日闘争」を支援した。

 

わが國軍民は「ポーツマス条約」に基づいて合法的に満洲に在留していた。そして、日本軍によって満洲の治安が回復した。そしてわが國は、「五族(日・満・蒙・韓・漢)協和」「王道楽土」の理想國家を作ることによって満洲に住む人々に平和と繁榮をもたらした。

 

満洲國では、各種の改革が実行され、土地の農地化・重工業の発展・治安の向上が実現し、混乱の続く支那大陸をはるかにしのぐ安定した國家建設が行われた。多くの民衆は不安と恐怖と貧困と飢えから解放された。他の地域にいた民衆が年間百萬人前後満洲に移住してきて人口はさらに急増し、満洲事変前の人口は三千萬人であったのに、十年後の一九四一年(昭和一六年)には四千三百萬人になった。

 

満洲という地域が、日本軍によって侵略され、日本によって植民地支配され、搾取され、民衆は虐待され、虐殺され、酷い目に遭ったという説が、全くの嘘出鱈目であることを証明する数字である。

 

満洲國建國以前は農林業しかできなかった満洲が、自動車・戦闘機まで生産する一大工業國になった。日本の國家予算が年間二○億円だった時代に、日本は満洲に対して十数年間で一三○億円前後の資本投下を行ったのである。

 

満洲事変はわが國による侵略では絶対にないし、満洲建國はわが國による搾取が行われた植民地支配では絶対にない。西欧列強がアジア・アフリカ・中南米などで行ってきた植民地支配・収奪・搾取とは全く異なる。近代國家建設の理想と情熱で満洲を開発し、十三年半という短期間に近代國家を作り上げたのはまさに奇跡である。わが民族は、満洲事変は自存・自衛のための止むを得ざる作戦であると認識し、満洲建國を誇りとしなければならない。

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千駄木庵日乗八月十九日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、『大吼』誌連載の「萬葉集」講義原稿執筆・脱稿・送付。資料の整理。

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萬葉古代史研究会のお知らせ

萬葉古代史研究會

 

小生が講師となり『萬葉集』を勉強する會が開かれております。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。 

 

日時 九月十四日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

 

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 「東京メトロ南北線 駒込駅」四番出口より徒歩一分 「JR山手線 駒込駅」(北口)より徒歩二分

 

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』第一巻

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天皇と國民と國土は靈的・魂的に一體の関係にある

神話とは、現實の歴史を反映し理想化して描いた物語であり伝承である。日本國の祭祀的統一の歴史が、神話において物語られた。君主と國民とは対立関係にあるのではないし國家と國民も対立関係にあるのではないことは、日本神話に示されてゐる。

 

村岡典嗣氏は、「(國家の神的起源思想の特色として・註)國家成立の三要素たる國土、主權者及び人民に對する血族的起源の思想が存する。即ち皇祖神たる天照大神や青人草の祖たる八百萬神はもとより、大八洲の國土そのものまでも、同じ諾册二神から生れ出たはらからであるとの考へである。吾人は太古の國家主義が實に天皇至上主義と道義的關係に於いて存し、天皇即國家といふのが太古人の天皇觀であったことを知る。皇祖神が國土、人民とともに二神から生れ、而も嫡子であると考へられたのはやがて之を意味するので、換言すれば天皇中心の國家主義といふに外ならない。」「日本の國家を形成せる國土(即ち大八洲)と元首(天照大神)と、而してまた國民(諸神)とが、同じ祖神からの神的また血的起源であるといふことである。」(『日本思想氏研究』四)と論じてゐる。

 

日本國は神の生みたまひし國である。日本國の肇國・建國・生成は、決して武力や権力による統一・結合そして支配被支配関係の確立ではない。

 

伊耶那岐命・伊耶那美命は、自然神であると共に、人格神であらせられた。岐美二神はお互ひに「あなにやし、えをとめを」「あなにやし、えをとこを」(『本当にいい女ですね』『本当にいい女ですね』)と唱和されて、國生みを行はれた。二神の「むすび」「愛」によって國土が生成されたのである。國土ばかりではなく、日本國民の祖たる八百萬の神々もそして自然物も全て岐美二神のよって生まれたのである。

 

國土も自然も人も全てが神の命のあらはれであり、神靈的に一體なのである。これが我が國太古からの國土観・人間観・自然観である。

 

日本神話においては、天地が神によって創造されたのではなく、二柱の神の「愛・むすび」によって國土が生まれた。つまり神と國土・自然・人間は相対立し支配被支配の関係にあるのではなく、神靈的に一體の関係にあるのである。ここに日本神話の深い意義がある。神と人とが契約を結び、神は天地を創造し支配するといふユダヤ神話とここが全く異なる。

 

伊耶那岐命が伊耶那美命に「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。故(かれ。だから・註)この吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に、刺し塞ぎて、國土(くに)生みなさむと思ふはいかに」とのりたまふた。

 

伊耶那岐命が「國土を生みなさむ」と申されてゐるところに日本神話の素晴らしさがある。

 

中西進氏は、「(世界各地の神話は・註)人類最初の男女神は、人間を生んでいる。國を生むのではない。ところが、日本神話ではそれが國生みに結び付けられ、國土創造の話に転換されている。これは日本神話の特色で…」(『天つ神の世界』)と論じられてゐる。

 

岐美二神は、単に大地の創造されたのではなく、國土の生成されたのである。太古の日本人は劫初から、國家意識が確立してゐたのである。この場合の「國家」とは権力機構としての國家ではないことはいふまでもない。

 

天皇と國民と國土の関係も、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。靈的魂的に一體の関係にある。これを君民一體の國體と言ふ。

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2016年8月18日 (木)

千駄木庵日乗八月十八日

午前は、諸雑務。

午後は、『やまと新聞』に連載中の「天皇御製に学ぶ」の原稿執筆。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後、原稿執筆・脱稿・送付。資料の整理。

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2016年8月17日 (水)

『現行占領憲法』の「天皇条項」について

『現行占領憲法』においては、「国会は国権の最高機関」であり、「天皇の御地位」は、主権の存する国民の総意に基くのであるから、国民の代表者である衆参両院議員は最高権力者であり、天皇は、衆参両院議員よりも「下の地位」にあるといふことになる。そして、衆参両院議員及び衆参両院議員によって選出され信任されてゐる内閣は、天皇よりも「上」の存在だといふ悪逆思想が、意識するにせよしないにせよ、衆参両院議員に植えつけられる。

 

最近、政治家・権力者の皇室軽視・皇室冒瀆・皇室の政治利用の言動が頻繁に起ってゐる根本原因は、この条文にある。

 

「日本国憲法の制度は、国民→国会→内閣→天皇といふ序列で構成されてゐる」などといふ憲法解釈が可能なところにある。「主権者国民の代表であり国権の最高機関を構成する国会議員は、天皇陛下よりも上に地位にある」といふ考へ方が無意識的に政治家たちに植え付けられてゐるのである。

 

そして、国会議員に「国権の最高機関の一員であり主権の存する国民に選ばれた国会議員は最高権力者だ。天皇は象徴にすぎない」などといふ意識が生まれ、政治家は天皇・皇室への「かしこみの心」を無くし、不敬な言動を行ふやうになるのである。

 

皇室へのかしこみの心・尊皇精神・勤皇精神が希薄になればなるほど、日本國民の道義心・倫理感が希薄になる。なぜなら、天皇は、日本國民の道義感・倫理感の鏡であるからである。皇室への尊崇の念の希薄化と今日の日本國民の道義心の低下とは相関関係にあると考へる。

 

日本国民の道義精神・倫理感の基本は「尊皇精神」であり「神聖君主日本天皇へのかしこみの心」である。ところが今日、国民全般に尊皇精神が希薄となり、皇室を蔑ろにする政治家・官僚が増えてゐる。政治家・官僚に不祥事が相次ぐ根本的原因、そして現代日本の政治・行政・司法の腐敗・堕落・横暴の根本的原因は、政治家・官僚の尊皇精神の希薄化にある。

 

ともかく、政治家・官僚などの権力者(第四権力たるメディアも含む)が皇室へのかしこみの心・尊皇精神を喪失した時、日本國は崩壊の危機に瀕する。亡國勢力による天皇及び皇室の尊厳性の冒瀆とりわけ政治権力・政治家による皇室利用を根絶しなければならない。

 

日本國存立の基礎は、神聖君主・天皇の御存在である。日本民族が天皇及び皇室を尊崇する精神を喪失し、天皇の神聖性・尊厳性が冒瀆される時、日本國は崩壊の危機に瀕する。皇室の危機はとりもなほさず國家の危機である。

 

日本国の君主であり現御神であらせられる日本天皇は、成文憲法によって規制去せらられる御存在ではない、まして戦勝国によって押し付けられた「占領憲法」下に置かれるご存在ではない。我々国民は、この事を明確に認識しなければならない。 

天皇陛下の大御心・御意志が『現行占領憲法』によって規制されたり、制限されることがあっては絶対にならない。わが国においては、天皇の「おほみことのり」は絶対最高の「法」である。

 

 

 

 

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千駄木庵日乗八月十六日・十七日

京都に出張。

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2016年8月15日 (月)

 日本は古代からの祭祀國家・信仰共同體が今日も生きている 

  祭祀國家日本の祭り主である日本天皇は、常に國民の幸福を祈る祭り主なのであるから、國民と相対立する存在ではないし、日本天皇は國民を力によって支配し隷従せしめる存在ではない。國民と共に神に祈り、神を祭り、神の意志を國民に示し、また國民の意志を神に申し上げ、國民の幸福の実現を最高の使命とされるお方が天皇である。つまり君主と民は「和」と「共同」の関係にあるのであり、「対立関係」ではない。こうした天皇中心の日本の國柄を「君民一體の日本國體」というのである。

 

 このような日本の國柄は、歴史のあらゆる激動を貫いて今日まで続いてきている。ところが外國では、太古の王家も古代國家もそして古代民族信仰もとっくに姿を消し、その後に現れた王家は武力による征服者であり、その後に現れた國家は権力國家であり、その後に現れた信仰は排他的な教団宗教である。古代オリエントや古代シナにおいては、祭祀を中心とする共同體が武力征服王朝によって破壊されてしまった。共同體を奪われ祭りを喪失したよるべなき人々は、貨幣や武力に頼らざるを得なくなり、権力國家・武力支配國家を形成した。

 

 それに比してわが日本は、古代からの祭祀主を中心とする共同體國家が、外國からの武力侵略によって破壊されることがなく、今日も続いている唯一の國なのである。皇室祭祀だけでなく、全國各地で一般國民が参加する祭祀が続けられている。まことにありがたき事実である。

 

 これまでの日本は日本天皇の中核として統合・安定・継承・発展を遂げてきた。特に、日本は、世界の中でめざましい変化と発展を遂げた國である。しかし、日本は進歩し発展はしたけれども、祖先から受け継いだ伝統を決して捨て去ることはなかった。むしろ伝統を堅固の保守し続けてきた。現実面の変化の奥に不動の核があった。それが日本天皇であることはいうまでもない。

 

 今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給う天皇を、現実の國家元首と仰ぎ、國家と民族の統一の中心として仰いでいる。これは日本の麗しい自然と稲作生活が完全に滅びない限り続くであろう。こうした事実が、西洋諸國やシナと日本國との決定的違いである。

 

 わが國が、長い歴史を通して様々な変化や混乱などを経験しつつも國が滅びることなく統一を保ち続けたのは、天皇という神聖権威を中心とする共同體精神があったからである。日本という國は太古以来の伝統を保持する世界で最も保守的な國でありながら、激しい変革を繰り返して来た國なのである。その不動の核が天皇である。

 

 天皇は、権力政治面・経済面・軍事面ではいかに非力であっても、常に日本國の統一と調和と安定の核であり続けてきた。源平の戦い、南北朝の戦い、応仁の乱、戦國時代、戊辰戦争、そして大東亜戦争の敗北と、日本國の長い歴史において、國が内戦によって分裂し疲弊し、國土が爆弾や原爆で破壊された時期があった。しかし、天皇および皇室が日本民族の精神的核となってその危機から立ち直り、國を再生せしめてきた。そして日本民族は常に國家的・民族的統一を失うことはなかったし、國が滅びることもなかった。これは、世界の何処の國にもなかったところの日本の誇るべき歴史である。日本がどのような危機にあっても、再生のエネルギーを発揮したのは、日本という國家の本質が権力國家ではなく、天皇を中心とする信仰共同體であるがゆえである。

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千駄木庵日乗八月十五日

午前は、諸雑務。

午後は、書状執筆。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、資料の整理。

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2016年8月14日 (日)

浅川公紀筑波学園大学名誉教授による「米国大統領選挙と日米中関係の行方」と題する講演内容

五月七日に開催された『アジア問題懇話会』における浅川公紀筑波学園大学名誉教授による「米国大統領選挙と日米中関係の行方」と題する講演の内容は次の通り。

 

「米大統領選挙は予測が難しいから話題になっている。アメリカ国民のアメリカの国家システムに対するモヤモヤがある。トランプは極端な暴言で有権者の怒りを煽っている。それを支持する層が拡大している。既存の政治家に対する飽きが来ている。トランプはそれを良く分かっていたから有権者の怒りを扇動する発言をする。メディアは『ドラマは始まっているがトランプのやっていることは余興』と言っていた。荒唐無稽の発言をしている。テレビ受けするイメージ。これが国民に受けている。トランプは文化的素養を欠いている。伝記作家のマイケル・ダントニオは『トランプは大学時代から今まで真面目な本を一冊も読んでおらず、文化的素養を欠いている。マンハッタンのトランプタワーにペントハウスにも本を一冊も見なかった』と書いている。アメリカには内容の濃い報道よりも単純なフレーズが大衆受けする風潮がある。白人低所得者層・貧困層が熱狂している。

 

二〇〇八年のリーマンショックで数百万の白人中産階級が一気に低所得者に落ちて行った。こういう人々は経済成長の恩恵を受けていない。白人の低所得者層は自分たちだけが見捨てられたという挫折感がある。これを放置している政治に反発を持っている。不法移民が労働力になっている。税金を払っていないのに社会保障を与えているのは不公平と思っている。排他的民族主義が勢いを増している。ワシントンへの怒りが広がっている。この怒りが不信感を抱いてトランプに引き寄せられる。

 

トランプ自身も自分が被害者だと言っている。『トランプ自伝』には『良くしてくれた人にはこちらも良くする。けれども不公平な扱いや不法な処遇を受けたり、不当に利用されそうになった時には徹底的に戦うのが私の心情た』と書いている。エスタブリッシュメントの不公正への怒りがトランプにはある。

 

大統領になってもそういう事は出てくる。環太平洋パートナーシップに反対している。相手国に有利だがアメリカにとって不公平な協定と批判している。『日米安保』についてもアメリカが攻撃されても日本は何もしないのは不公平と言っている。トランプの不公平感が表に出ている。これに低所得者層は拍手している。中間層を中心として鬱積している不満が出てきている。反ワシントンブームが顕著になっている。中間層は医療保険制度に入らない人々の金を払うことに対して不満を募らせている。オバマケア(国民皆保険)があるのが良いとうのが前提ではない。

 

政治の素人がベテランの政治家よりもはるかに人気を高めたのが予備選の特徴。サンダースの善戦も既成の政治家への不信がある。庶民の不満をサンダースが代弁している。大学授業料無料化が受けている。金融機関に公的資金を投入しつつ若い学生を救済しないのはおかしいという議論がある。サンダースには若い人々の支持が多い。

 

一つの政権で国防長官が四人代るのは異例。オバマ外交がなめられている。オバマ外交への失望感がある中で、トランプがアメリカを強くするのではないかという錯覚がある。トランプは日米同盟の現状はアメリカにとって不利と考えている。軍拡競争を煽る発言をしている。世界的リーダーシップからの撤退。トランプは『世界の警察官』へは消極的。

 

アメリカは最早、自由と民主主義という価値観を世界が共有すべきであるとは考えなくなっているのではないか。かつてのアメリカとは変化している。テロとの戦いは必要だが、よその国まで出て行く必要があるのかというのがブッシュ政権末期。それを受け継いだのがオバマ。内向きの気分が高まっている。『危機に陥った全ての国の債権を引き受けることはしない』とオバマは言った。絨毯爆撃では問題は解決できない。トランプは海外との同盟に消極的。アメリカはアジアから離れて行く傾向あり。経済的発展にはアジアは重要。その点においてアメリカはアジアを無視することはできない。トランプは保護貿易主義。

 

日本が『核武装する』と言うと、アメリカはやめてくれと言ってくる。日本が独立し中国に立ち向かうことは可能か。トランプでもクリントンでも安保面では日本はもっと金を出せと言ってくる。

 

レーガンは大統領に当選する前は『世界戦争を起こすファシスト』と言われていたが、大統領になった後、冷戦を終結させた。今、立派な大統領として評価されている。共和党は自由と民主主義という価値観を大事にしてきた。しかしそう思わなくなった人が多くなった。

 

民主党はプラグマチズム。価値観外交よりプラグマチズム外交への移行の可能性あり。アメリカ人もものの考え方が変わってきている。黒人大統領も大きな変化。女性大統領が生まれるであろう。大統領候補者の支持層を人種だけで考えるべきではない。ヒスパニックの増殖率は高い。ヒスパニックの大統領が誕生するという冗談もある」。

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千駄木庵日乗八月十四日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』発送準備、原稿執筆、資料の整理など。

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2016年8月13日 (土)

東京財団・明治大学国際総合研究所共催 国際シンポジウム2016 ―中国はどのような「大国」か?―』における登壇者の発言

四月二十五日に、明治大学 駿河台キャンパス グローバルフロントグローバルホールにて開催された『東京財団・明治大学国際総合研究所共催 国際シンポジウム2016 ―中国はどのような「大国」か?―』における登壇者の発言は次の通り。

 

高村正彦氏(自民党副総裁)「日本は戦後七十年間、どこの国とも戦争していない。兵隊を一人も殺していないし、殺されていない。『平和努力』と『日米安保・自衛隊』という二つの抑止力が相俟って平和を維持している。日本には、『憲法第九条を持っているから抑止力は有害』と思っている人がいる。日本が平和外交努力と抑止力が平和を維持して来たことに私は誇りを持っている。私は村山内閣の経済企画庁長官を務めた。村山氏が『自衛隊合憲・日米安保を肯定する』と言った感激し、不毛な論議は終ったと思って来た。しかし最近不毛な論議が始まったことを悲しんでいる。憲法の文言に忠実であると自衛隊は合憲かということに首をひねらざるを得ないのも現実。憲法制定当時に吉田総理は陸海空三軍を持っていないのだから自衛力を持っていないと言ったのに、その後自衛隊を持ったのだから政策の大転換。憲法の文言はともかく、常識に基づいて自衛隊を持った。五十五年体制の対立は、自衛隊・日米安保の抑止力は必要か有害かの対立であった。八〇年代にアメリカで『安保ただ乗り論』が出てきた。日本はアメリカの経済を台無しにしているという批判が起った。サダム・フセインがクウェートを席巻した時、『国連平和協力法』を出したが廃案。一兆円以上のお金を出した。クウェートの感謝広告には日の丸はどこにもなかった。そこでPKOをやった。高度な政治的問題は国会・内閣にゆだねるべし。『国連憲章』には『加盟各国に個別的集団的自衛権を与えた』と書いてある。昭和四七年の政府見解の法理の部分は、『砂川判決』の法理をそのまま引き継いでいる。国会は長く議論をすれば議論が収斂するわけではない。PKOの時も、憲法学者の八割は反対。『徴兵制になる』と言っていたが、徴兵制になっていない。三国会二百時間を審議に費やしたが故に国論分裂。昭和三十四年、『砂川判決』が出た。『憲法前文の平和的生存権を考えると、憲法九条二項を文言通り読んではいけないと。必要な自衛の措置をとる』という判決。日米同盟が緊密であることを発信し続けねばならない。そうでないとアイシルとの戦いも、南シナ海での戦いも出来ない。野党から出ている『廃止法案』に対して世論調査では反対が多い。『徴兵制』になるというのは合理性が無い。今は人海戦術の時代ではない。政治的合理性も無い。トランプの『安保ただ乗り論』がアメリカの国民に受けていることを我々は考えなければいけない」。

 

川口順子氏(東京財団名誉研究員、明治大学研究知財戦略機構特任教授)「外国を理解するのは難しい。中國は特に然り。中國は不透明性が高く、早いスピードで変化している。大変大きな國なので多様性がある。国際的影響力を強めているが、よく見えない。コミュニケーションが十分でないことが紛争の種につながる。中國への理解は大事。日本では、中国に対して日中関係という二国関係で見るきらいがある。中國はアフガンに関与している。日本ではそういう情報は見えてこない。我々は何をしたらいいのか。中國はどういう国なのか。二〇〇二年、中国政府は『共産党は統治政党』と言い出した。自分たちの正当化を言い出した。中國は選挙を省のレベルまで引き上げたことはない。習近平は弾圧を始めた。習近平の『中国の夢とは中華民族の偉大な発展。二〇四九年に全面的に先進国になる』と言った。それは政治改革や選挙に結びついていない。権力の集中を進めている。習近平の汚職撲滅のキャンペーンは党のあらゆるレベルの人々への捜査が行われている」。

 

王逸舟氏(北京大学国際関係学院副院長)「母国なのにどう理解していいか分からない。膨大な国であり変化している。革命第一世代の夢は海外の大国による支配から独立することを目指した。鄧小平がリーダーシップを持った第二世代は経済成長が第一の主題。鄧小平はそれを成功させた。一人あたりの所得を八百ドルにしたいと言ったが、今は八千ドルになっている。現在は、他の大国の比較する国民一人あたりの所得も低い。地域格差もある。このまま成長を続けることは容易ではない。共産党の基盤が変って来ている。汚職が深く広くはびこっている。所得の配分が課題。南シナ海に於いて緊張が高まっている。アメリカ・日本・アセアン諸国と戦争になるのではないかと言われている。南シナ海の問題は中国にとってものすごく小さな問題。戦争にはならない。軍事手脅威にはならない」。

 

宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表/元中国大使)「経済が持続的に発展しない限り、中国の発展と中国共産党の統治はあり得ない。中国国内の安定のためにナショナリズムをどう取り扱うか。グローバル化した経済では他国と仲良くしなければいけない。仲良くすると国内の反発を招く。中国あらゆる分野で試行錯誤を繰り返している」。

 

菱田雅晴氏(法政大学法学部教授)「社会を考える時の重要な要素は、時間の経過と人口動態の変化。解放の後に生まれた人が全体の人口の九割以上。一九七八年の改革開放スタート以後に生まれた人も六割以上に達している。天安門事件以後に生まれた人は総人口の半分。中間層は現状肯定的であり、体制の担い手。中國は平等な貧しさから不平等な豊かさになった。絶対的貧しさ、失うものは鉄鎖のみという人々によって革命は起った。不満は広がっても体制転覆はない。権力構造を潰すことはない。パナマ文書に習近平の親族の名が出ても驚くに値しない。十三億のサイズを忘れてはならない。これをガバナンスとして統治して行くには共産党以外の組織があり得るのか。中国共産党統治が根底からひっくり返ることになっていない。他の選択がない」。

 

宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表/元中国大使)「中国は三十数年にわたって十%以上の成長率を続けている。十三億の人口の所で人類が経験した事のない大変革。社会変革とは価値の多様化。清朝末期、中国人・漢民族は自分たちの考えていることは正しいと思い、他民族の考えていることは間違っていると思っていた。今の中国も同じ」。

 

エフィ・フィトリアニ氏(インドネシア大学国際関係学部長)「シンガポールは四百万人しかいない。中國とどう比較するのか。インドネシアは一億二千万人。中國ではベストではないが共産党以外に選択肢がない。国民に必要なのはいい政府であって必ずしも民主主義ではない。人口の多い国に適応できるシステムを作らねばならない。南シナ海での活動はマイナスイメージになっている。ASEAN諸国との平和的関係を保つことは小さい問題ではない。南シナ海で中国がやっていることは、世界で懸念が高まっている。アジアの国々は黙っていることはない。声をあげる時には声をあげる。中國が今のままでは声をあげなければならない。緊張が高まり脅威になり、アメリカが入って来たら、安定的関係は不可能になる。中國の戦略にアジアとしては対応しにくい。政治的経済的信頼関係の構築が必要。一帯一路の中国の提案は南シナ海での中国の行動があるので受け入れがたい」。

 

柯隆氏(富士通総研主席研究員)「経済力だけが強化されても大国にはなれない。経済・軍事力・文明の力の三つがなければ大国にはなれない。今の中国は文明が発展していない。大国にも強国にもなれない。三十五年間の改革開放の成功の功績は経済の成長ではない。三億人の中国人が自分の頭で考えるようになった。これが一番素晴らしいこと。しかし貧困層はそうなっていない。産業経済は政治統制下にある。国有企業の民営化はできない。民営化と私有化が混同している。経済をさらに自由化しなければならない。如何に消費を刺激するか。社会保障が出来ていない。格差がある。日本で爆買いしている人間は、中国で造られている製品を信用していない。資本ストックが過剰。中国独自の製品が出来ない。『模倣するとはメイドインチャイナと訳す』という冗談がある。今の中国のマーケットは最終消費財で競争が激しい。国有銀行が資金を独占しているが、これを取り除かないといけない。イノベーションをどう起こすのか。中國発の技術を開発しなければプラントは出せない。朱鎔基は改革に尽力した。スタンフォード大学からアドバイザーを呼んだ。今の政権には海外からのアドバイザーがいない。

 

肖耿氏(香港大学経済・工商管理学院教授、HSBC社外取締役)「中国は西欧・日本・アメリカをコピーする。真似し続けている。中国人はそこが嫌なら別の所に移動する。日本ではインフラはすでに作られている。中國は十分ではない。中國は三十年前は全てが不足していた。地方公務員のインセンティブがなくて経済が停滞した。安定した経済が必要。生産性の上がりそうなところにお金が流れ込んでいかないのが問題。我々の統治のシステムでは新しい投資はできない。経済圏構想である『一帯一路』は、習近平はお金を使ってインフラを作れば皆発展すると見ている。しかし軍事的戦略と誤解された。中国人も理解していない」。

 

津上俊哉氏(津上工作室代表/元経産省通商政策局北東アジア課長)「中国は解決するのに困難な深刻な問題を抱えている。今の共産党の合議システムで正しい解決が図れるのか、道は長い。中國は右と左に振り子のパターンが大きく振れる。中國は危なくなると危機回避のためにプラグマチズムの対応をする。三中全会のリフォームプランは七十点で終わる。落第はしないが『優』は取れないのが中国共産党。中國はとんでもない事だけにはならないでくれ」。

 

エリック・ヘジンボサム(マサチューセッツ工科大学主席研究員)「一九七八年から中国は改革をやって来たが、国有企業の民営化などこの二、三年改革できないことが出てきた。中國では大規模な市場改革が国有企業改革につながらない」。

 

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千駄木庵日乗八月十三日

午前は、諸雑務。

午後は、原稿執筆。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、原稿執筆・資料の整理など。

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今日思ったこと

三軍の長たる内閣総理大臣、国防担当の防衛大臣が、國の為に身を捧げた英霊が鎮まる靖国神社に、支那やアメリカに遠慮して参拝できないということは、我が国がまだ敗戦国家の悲哀から脱していないということであり、極言すれは、戦勝国の支配下にあるということである。これでは「美しい日本」ではないし、「日本をとり戻す」こと、「戦後レジームからの脱却」はできない。

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日共は戦後一貫してソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀の手先であった

 

日本共産党は、あらうことか長い間、「朝鮮戦争はアメリカの侵略だった」といふ嘘八百を並べ立ててゐた。

 

『日本共産党の四十五年』といふ書物(昭和四五年八月二五日・日本共産党中央委員會出版局発行)には「アメリカ帝國主義は、(一九五○年)六月二十五日、わが國を前進基地として朝鮮への侵略戦争をはじめました」と書いてゐる。

日本共産党は、わが國における最初にして最大の北朝鮮軍事独裁政権支援組織だったのである。また、日本共産党は戦後一貫して、朝鮮労働党の日本における窓口であった。

 

また、「在日朝鮮人の祖國帰還運動」にも積極的に協力した。日本共産党と北朝鮮は昭和三十四年、在日朝鮮人の北朝鮮への「集団帰還事業」をわが國政府に働きかけ實現させた。これによって、約九万八千人の在日朝鮮人(約七千人の日本人を含む)が北に永住帰國した。

 

この「集団帰還事業」について宮本顕治書記長(当時)は、朝鮮労働党第四回大會で帰國熱を煽った。つまり、日本共産党は多くの在日朝鮮人を地獄に送り込んだのだ。

 

七〇年代初頭、北朝鮮の國家保衛部は、九万八千人の在日朝鮮人帰國者たちを粛清の対象にした。絶え間ない監視と罪状の捏造によって、金日成父子冒瀆、反動宣伝煽動罪、スパイ罪をかぶせ、七三年から八〇年の間に、全帰國者の約二割を処刑もしくは政治犯収容所送りにしたといふ。

 

帰國事業では、日本共産党の有力者が、全國の「帰國協會」で「事務局長」を務め、地方党員が實働部隊となって在日朝鮮人を帰國させ、政治的には「北朝鮮に社會主義國の建設を」と宣伝した。

 

在日朝鮮人の北朝鮮への帰國に決定的な役割を果たしたのは日本共産党であった。共産党は自らが犯した犯罪行為に対して何の謝罪も行なってゐない。のみならず、悲惨極まる状況に陥ってゐる帰國者の救援・救出にもソッポを向き、それを妨害して来た。共産党は、昭和四十年代前半くらいまでは、北朝鮮を理想國家・天國のように宣伝してゐた。

 

日本共産党は拉致問題に関しても、平成十二年十月五日の党首討論で、不破哲三委員長(当時)らが「政府は拉致の確たる証拠を示してゐない」とか「確たる物証がなく状況証拠だけだ」などと述べた。拉致された人々は北朝鮮におり、拉致したのは北朝鮮なのである。「確たる物証」は北朝鮮にはあっても日本國内にあるはずがない。わが國の警察の捜査が及ばない北朝鮮の國家ぐるみの犯罪について、わが國の治安当局が「確たる証拠を示す」ことは殆ど不可能である。不破氏がこんなことを言ったのは、共産党が北朝鮮を擁護し拉致問題解決の意志が無かった何よりの証拠である。

 

日本共産党こそ北朝鮮問題で歴史的に拭ひ去ることのできない大きな罪を犯したのである。日共は戦後一貫してソ連・共産支那・北朝鮮のアジア赤化・侵略策謀の手先であった。その罪は永遠に消し去ることはできない。

 

日本共産党は、根源的には北朝鮮と同根である。日本共産党は、日本の平和・安全・独立を内側から脅かしてきたのある。共産党こそが日本國及び日本國民の安全と平和を脅かしてきたのである。

 

かうした歴史を考へれば、日本共産党が「新安保法制」に反対し廃棄するために「國民連合政権構想」なるものをぶち上げたのは、今日唯今においても、共産支那や北朝鮮の軍事侵略に協力し加担するためである事は明白である。さうした政党と共闘しようといふのが民進党である。

 

そもそも日本共産党とは、大正十一年(一九二二)七月十五日、ソ連に司令部があった國際共産主義組織・世界赤化侵略策謀組織=コミンテルンの日本支部として誕生した政党である。本来的にソ連の手先の政党である。「自主独立」などとは口が裂けても言へないのだ。ソ連軍の後押しで朝鮮半島の北半分を占領して出来上がった傀儡國家=北朝鮮と同質の政党なのである。

 

共産主義体制とは、プロレタリア独裁=共産党独裁=党最高指導者専制といふ政治である。共産主義者の「君主制度の國は人間平等の原則に反し、民主的でなく、國民の自由は奪はれ、國民が差別される。共産主義國家は民主的であり國民平等の社會が實現する」といふ主張は全く大ウソである。共産主義体制の國こそ、國民の自由と繁栄は奪はれ、共産党幹部以外の國民は差別され虐げられる自由も民主も無い専制國家なのだ。

 

もしわが國において戦争直後、共産革命が成功してゐたらどうなってゐたか。徳田球一が独裁者となり、共産党による専制政治が行はれた。そしてその後、徳田と野坂参三と宮本顕治と志賀義雄などによる凄惨な権力闘争が繰り広げられ、数多くの人々が粛清され、殺され、収容所に送られたであらう。そればかりではなく、さうした権力闘争にソ連や共産支那や北朝鮮が介入し、内乱となり、日本國の独立すら失はれた可能性がある。つまり、戦後共産党内部の権力闘争・派閥抗争が、國家的規模で行はれたのである。ともかく、今日の日本のような自由民主体制と繁栄は實現しなかったことは火を見るよりも明らかである。

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千駄木庵日乗八月十二日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、『月刊日本』の原稿執筆、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2016年8月12日 (金)

この頃詠みし歌

ルノワールの美しき絵を眺めつつこの世の平和とやすらぎを祈る

 

その中に入り行きたき思ひする川合玉堂の風景の絵は

 

選挙終り花火はどんどん上がるなり明日は百合の花が咲くらん

 

隅田川に花火はどんどん上がるなり楽しむ人々に幸あれかしと

 

ともかくも野党共闘は敗れたりああ嬉しくも楽しかりけり

 

あれほどに騒ぎ立てたるデモの群れ今は何処に行きしものやら

 

異様なる言葉を吐きし老作家長生きするが良しとは限らず

 

タカ派とて勇ましき事を言ふ男 尊皇精神かけらほども無し

 

鳥越が売國奴なら某作家は國賊なりと思ひつつをり

 

口汚い言葉で他人を貶める男は作家で元都知事なり

 

『平和憲法』といふ欺瞞を信ずる人多くして平和危うし

 

つひにして新しき知事が誕生す『反戦平和』の愚者を落として

 

あなさやけ鳥越敗れて東京の空は真青く白き雲浮かぶ

 

遠くより眺めるのみのスカイツリー何時昇るかはいまだわからぬ

 

東京タワーに昇りし事は今までに一回のみの我にしありけり

 

高いところを恐れる心はなけれどもしいて昇りたしと思ふことなし

 

昭和の帝(みかど)ねむりましますみささぎに友と二人で参り来にけり

 

参道を友と歩めば彼方より知り人夫妻が歩み来にけり

 

静かなるみささぎへの道昭和の御代の激動の歴史偲びつつ行く

 

かしこくも昭和聖帝の眠りますみささぎは今日静かなりけり

 

香淳皇后慈悲の尊顔眼裏(まなうら)に浮かびてかしこしみささぎの御前

 

この夜は様々なことに怒り燃え筆も激しく揺れ動くなり

 

困ったものだと嘆きつつ讀むインタビュー谷口雅宣の戯言ぞこれ

 

明治大帝の御聖徳を偲ぶ館にて御真影を仰ぎまつれり

 

緑なす芝生の上に外つ國の人ら憩へる真夏日の下

 

日の御旗夏空の下にひるがへる明治神宮の広らけき庭

 

日暮里の街はまさしく日が暮れて人らが駅に急ぎ行くなり

 

駅の前に同じやうな店二つあり 幼き頃よりの思ひ出の店

 

根津の坂を下りて行けば三日月がぼんやり浮かぶなつかしさかな

 

太陽は立秋の日に燦々と照り輝きて汗流れ来る

 

手を握り語りゐる母 時々に理路整然とした事を言ふ

 

侵略國家との友好などはさらに無し暴支膺懲の時近づきぬ

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千駄木庵日乗八月十一日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』原稿執筆。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後、原稿執筆・脱稿・送付。

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2016年8月11日 (木)

今こそみんなで『元寇』の歌を歌いましょう。

 

 わが国のような海洋国家にとって島嶼は国境線となる。この国境線を定めるのは民族の伝統的生活空間である。ということは、国境線は民族の盛衰(生活力・生命力の強弱)に比例して拡大、縮小するということだ。加えて国境は政治的、軍事的な力量によって大きく変動し、場合によっては他国から侵略され併合される危険もあるのである。したがって平和外交によって領土問題を解決するなどと呑気なことを言っていられなく場合が大いにあるのである。

 

 ある地政学者は「国境は前進する」と喝破したが、これは一面の真理であり、国境の向こう側即ち日本から見るとロシア・韓国・共産支那の国境線がわが国に向かって前進して来る危険があるということである。現実にそうなっている。

 

 しかし、領土侵犯に対して国連が有効な措置をとってくれるわけではない。共産支那のチベット、東トルキスタン侵略支配を見ればそれは明白である。日本と同盟関係にあるアメリカも尖閣問題や竹島問題で日本を支援する保障はない。

 

 要は自助による権利擁護・領土防衛が基本なのである。具体的な何の努力もしないでただ「何処何処は日本固有の領土だ」と外務省が支那大使を呼びつけて権利を主張したところで、相手国の侵略によって権利そのものが消滅してしまう危険があるのだ。

 

 寸土をおろそかにすれば、それは他の領土の喪失につながる。相手の弱みの付け込み、足元を見て、次々に領土権主張を拡大してくるのが、国際社会の常識だ。韓国や共産支那のやり方はまさにそれだ。

 

 情勢が自国にとって不利な時は問題を先送りし、状況が有利になると一方的に自国の主張を押し通すのは、共産支那の外交の常套手段である。

 

 「日中平和条約」締結(昭和五十三年)当時は、旧ソ連の圧力を受け、またベトナムとの関係緊迫のために条約の早期成立を求めていた共産支那は、尖閣問題を先送りすると言明した。ところが、平成四年になって共産支那は“領海及び関連海域法”を公布、一方的にその領有を宣言した。

 

共産支那の一方的な既成事実化を阻止するべきである。わが国としても死活的な国益を守るために相応の決意をすべきである。

日本政府は第一に、島嶼の領有権擁護について確固たる信念を示し、国際世論にそれを周知せしめるべきだ。第二に、領有権擁護のため経済制度、自衛権発動を含む対応措置を策定することである。それによりはじめて領土の保全を確保し得るのである。

 

 「彼の強大さに萎縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親かえって破れ、ついに彼の制御を受けるに至らん」との西郷隆盛の遺訓は、現在でも外交の基本指針である。

 

 わが国は一個の独立国家として、外国に屈従する事なく、不当な領土権主張のみならず、橋本総理の靖国参拝そして歴史問題についての内政干渉に、勇気を持って対処すべきである。

 

「大人の対応」「理性的」などと言っている状況ではない。侵略者に対しては断固たる対処をすべきである。支那に対して軍事的に日本が劣っているという事は無い。自衛隊高官は「鎧袖一触であり支那の空母など一発で沈めることが出来る」と言っていた。

 

『元寇』は、明治二十五年に発表された軍歌である。作詞・作曲共に永井建子(男性)。文永十一年に続き、弘安四年に九州北部に来襲した元軍を日本がよく防ぎ、「神風」の助けによってこれを撃滅した故事を歌った作品である。日清戦争の折、戦意高揚のために盛んに歌われた。

 

一、(鎌倉男児)

四百余州(しひゃくよしゅう)を挙(こぞ)る /十万余騎の敵 /国難ここに見る /弘安四年夏の頃 /なんぞ怖れんわれに /鎌倉男子あり /正義武断の名/一喝して世に示す

 

二、(多々良浜)

多々良浜辺の戎夷(えみし) /そは何 蒙古勢 /傲慢無礼もの /倶(とも)に天を戴かず /いでや進みて忠義に /鍛えし我が腕(かいな) /ここぞ国のため/日本刀を試しみん

 

三、(筑紫の海)

こころ筑紫の海に /浪おしわけてゆく /ますら猛夫(たけお)の身 /仇(あだ)を討ち帰らずば /死して護国の鬼と /誓いし箱崎の /神ぞ知ろし召す/大和魂(やまとだま)いさぎよし

 

四、(玄海灘)

天は怒りて海は /逆巻く大浪に /国に仇をなす /十余万の蒙古勢は /底の藻屑と消えて /残るは唯三人(ただみたり) /いつしか雲はれて /玄界灘月清し

 

今こそみんなでこの歌を歌いましょう。

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千駄木庵日乗八月十日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後五時半より、駒形にて同志の方々と懇談。六本木にて二次会。

帰宅後も、原稿執筆。、

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2016年8月10日 (水)

『第六十五回 日本の心を学ぶ会』のお知らせ

 

第六十五回 日本の心を学ぶ会

 

皇室と日本の伝統―「憲法第一章について考える」

 

平成二十八年夏の参院選において自公政権は改憲に必要な三分の二を超える議席を確保しました。

公明党が真に改憲勢力であるかどうか疑問はありますが、衆参ともに自公が三分の二の議席を確保したことから憲法改正を巡る動きは新しい局面に入ったと言われています。

これまで憲法改正の争点は主に集団的自衛権など九条に関連したものが大部分でした。

しかしながら、憲法が國家の最高法規である以上、國體についての条文即ち「第一章 天皇条項」が真に日本の伝統に合致しているかどうかが、最も大切であると思います。

『現行占領憲法』の第一条には「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴で

あつて、この地位は、主権の存する日本國民の総意に基く」と規定されております。

日本弱体化のために「憲法」を押し付けた戦勝國も、日本天皇・皇室の御存在を否定することはできなかったのです。しかし、この条文は、日本國體を正しく表現しているとはとても言えません。

我が國は建國以来、万世一系の天皇を日本國の君主と仰いできました。そして、天皇は常に國民の幸福を祈られ、國民も常に天皇を君主・祭り主として仰いできました。正しい憲法を回復して、天皇を君主・祭祀主と仰ぐ祭祀國家、信仰共同体日本の國體の眞姿を開顕するべきと思います。

また、八月八日には、天皇陛下が直接國民にお気持ちを述べられました。

今こそ、皇室と日本の伝統、國體、そして「憲法第一章」にについて考えてみたいと思います。

 

(今回の勉強会は会場と時間がいつもと若干変わります。お間違えのないようご注意下さい。)

 

日 時】平成28828日(日)1300分より

 

【場 所】文京区民センター 3E会議室

 

東京都文京区春日1-16-21 東京メトロ後楽園駅・丸の内線(4a5番出口)南北線(5番出口)徒歩1分都営地下鉄春日駅三田線・大江戸線(文京シビックセンター連絡口)徒歩1JR総武線水道橋駅(東口)徒歩9

 

【講 演】

 

 皇室と日本の伝統―「憲法第一章について考える」

 

講師 四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

 

【司会者】林大悟

 

【参加費】資料代500円終了後、近隣で懇親会(3千円くらいの予定です)

 

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

 

        ◎

 

この告知文は主催者が作成いたしました。

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國體破壊が日本共産党の窮極の目標

共産党の志位和夫委員長は八日、天皇陛下の「ご表明」について、「高齢によって象徴としての責任を果たすことが難しくなるのではないかと案じているお気持ちはよく理解できる。政治の責任として生前退位について真剣な検討が必要だと思う」と述べたという。

 

 

 

國體破壊を窮極の目的とする共産党にこんな発言をする資格はない。日本共産党のみならず、これまで世界中の共産党および共産主義政治組織は、「君主制は資本主義体制の背骨である」としてこれを打倒することを目標としてきた。これは、ロシア革命においてロマノフ王朝を打倒し、皇帝一族を惨殺して以来の恐ろしき体質である。「君主制打倒」「天皇制廃止」こそ、日本共産党の基本姿勢なのである。

 

 

 

日本共産党は、今日においても、天皇を君主と仰ぐ日本國體の破壊を目指してゐる。日本共産党の指導者・不破哲三氏は、「私たちは、目標としては民主主義の精神、人間の平等の精神に立って、天皇制をなくす立場に立ちます。これをどうして實現するかといえば、主権者である國民の多数意見が、その方向で熟したときに、國民の総意で解決する、ということです。これが、天皇制の問題を解決してゆく、道理ある方法だと考えて、今度の綱領に明記したわけであります」「日本の國の制度、政治の制度の問題としては、一人の個人が『日本國民統合』の象徴になるとか、あるいは一つの家族がその役割をするとか、こういう仕組みは民主主義にもあわないし、人間の平等の原則にもあわないと考えています。ですから将来の日本の方向として、どういう制度をとるべきかということをいえば、天皇制のない民主共和制をめざすべきだというのが日本共産党の方針であって、この点に変わりはありません」(平成十六年の日本共産党創立八十一周年記念講演)と述べてゐることによって明白である。

 

 

 

日本共産党の「綱領」にも、「(象徴天皇制は・注)憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に國民の総意によって解決される」と書かれてゐる。

 

 

 

つまり、「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟してゐないので、共産党が権力を握るまではできない」といふ当然至極のことを言ったまでのことである。日本共産党は情勢が熟したら、天皇を君主と仰ぐ建國以来の日本國體を破壊することを目指す政党である。この事には何に変はりはない。「解決」などと言ふ欺瞞的な言葉を使ってゐるが、「廃止する」「打倒する」といふことである。共産党は権力を掌握したら、いはゆる「天皇制」を否定した「共産主義憲法」を制定するのである。

 

 

 

それは、「綱領」の「前文」に「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『國民統合』の象徴になるという現制度は、民主主義及び人間平等の原則と両立するものではなく…國民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の實現をはかるべきだとの立場に立つ」と主張してゐることによって明らかだ。

 

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天照大神の「生みの御子」であらせられる天皇が永遠に統治される国が日本国である

 

 日本という國は農耕生活を基本とする祭祀國家である。武力・権力を基本として成り立っている権力國家ではない。また多くの人々が契約を結んで成立した契約國家でもない。また、日本人は平和なる農耕生活を営む民族である。

 

 『天孫降臨神話』そして『天壤無窮の神勅』『斎庭穂の神勅』示されている日本民族の理想・日本伝統信仰は、聖書やコーランなどのようなある特定の人物が説いた教義ではない。古代日本人のくらしの中から自然に生まれて来た信仰である。建國以来今日までの日本人のくらしを支えてきた古代人の理想の表現である。 

 

 天皇の國家統治の基本は農耕生活から生まれた平和な信仰精神である。天皇の國家統治は、平和的な農耕生活・稲作文化が基本である。ここで言う平和とは「現行憲法」の三原理の一つである欺瞞的な「平和主義」ではないことは言うまでもない。

 

 天皇は、祭祀國家日本の祭祀主であり、天照大神の御神霊と一體となられた神聖なる存在であらせられ、常に國家と國民の安泰と五穀の豊饒を神に祈られるお方である。

 

 天皇統治は天照大神の「生みの子」としての神聖な権威に基づく統治である。ゆえに、「天壤と窮まりなかるべし」なのである。これに反して武力・権力・財力による國家支配は、相対的支配である。ゆえに、興亡常なき支配なのである。源氏・平家・徳川などの覇者の歴史を見れば火を見るよりも明らかである。

 

 現御神であられる天皇は、皇祖皇宗(天照大神・邇邇藝命・御歴代の天皇)と一體であられる。天皇の國家御統治は過去も未来もそして今日も永遠である。そして永遠に発展し栄え続けるのである。「天壤無窮」とは、「永遠」を表すと共に、「今」を意味している。わが國の歴史は「永遠の今」の展開であり、永遠の生命が流れ続けている。今即久遠・今即神代という真理が具體的に展開した國が「天皇國日本」である。

 

 このように、わが日本國は崇高なる理想を持った「天皇を中心とした神の國」なのである。しかるに、今日の日本は政治は混迷の極に達している。このままで行けば亡國の淵に立たされる危険がある。

 

 権力機構としての國家は、天孫降臨の神話以来続いてきている<天皇を中心とした祭祀國家・信仰共同體>の上に成立しているのである。権力機構としての國家を正しく機能させ、現実政治を浄化し、より清らかなものとするには、権力機構としての國家をその基盤となっている信仰共同體の姿に限り無く近づけなければならない。そして、日本を立て直し、國家を正しく保つためには、信仰共同體の祭祀主たる天皇の神聖権威を正しく回復しなければならない。

 

 実際の政治活動及び権力の行使には、闘争・謀略もあり駆け引きもありさらに腐敗もある。しかし、政治家や官僚に「天皇の臣下である」という自覚と慎みの心があれば、腐敗や闘争はかなりの程度これを抑止することができる。天皇の神聖なる権威のもとに國会も行政府もあるという體制を整え、政治家も官僚も天皇の神聖権威に慎みかしこむことが、闘争や謀略や駆け引きの中で政治の理想を失った現代日本の政治の頽廃・堕落を反省せしめることとなる。

 

 政治家・官僚の使命は、『天壤無窮の神勅』に示された天皇の國家統治の理想実現をおたすけすることである。

 

 『天壤無窮の神勅』に示された日本國體、すなわち日本國は天皇を中心とした家族國家・信仰共同體であるという日本國體、天皇は日本の統治者であらせられるという國の本姿を隠蔽しているのが現行占領憲法なのである。「現行憲法が諸悪の因である」というのはこの意味である。

 

 天皇の御存在・歴史を貫く天皇の伝統的神聖権威は、まさに「天壤無窮」である。しかし、それは日本を弱體化せんとして戦勝國・アメリカによって國際法を蹂躙して戦争直後に押しつけられた占領憲法の「法律的規定」によって隠蔽され続けている。そうした状況が半世紀以上になっている。

 

 江戸時代、天皇を天子様として敬して遠ざけ、畏れ多い言い方だが、天皇様を京都に軟禁状態にして、実際の政治から全く切り離し、天皇中心の國體を隠蔽した。「天皇は神の子孫であるから尊い存在である」という観念は武士や庶民にもあったが、実際には、天皇は武士たちの忠誠の対象ではなかった。

 

 戦後日本もまた、天皇の統治者としての眞姿を隠蔽している。それが今日の政治の腐敗と混迷と頽廃の根本原因である。

 

 憲法とは「基本となるきまり。特に、國家の統治體制の基礎を定める法。國家の根本法。」である。であるならば、『天壤無窮の御神勅』こそ日本國の最高の憲法であり憲法中の憲法である。この御神勅の精神を隠蔽する一切の憲法・法律は否定されなければならない。

 

 『教育勅語』に、「國を肇むること宏遠」と示されているのはまさに、日本という國が永遠の昔からの存在であると言うことなのである。

 

 天照大神の「生みの御子」であらせられる天皇か永遠に統治される國がわが日本國である。だから日本は神國なのである。

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千駄木庵日乗八月九日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

夕刻、谷中にて、神道学者にしてある神社の宮司さんと懇談。色々ご教示をいただく。

帰宅後も、原稿執筆。

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2016年8月 9日 (火)

今日詠みし歌

大君は 國民の理解を 得たいと 宣り給ふ われらは畏み承るのみ

 

國民は 承詔必謹の 正道を 永久にやすらけく 歩み行くのみ

 

承詔必謹の 大義失はず 國民は すめらみことの 御心かしこむ

 

日の本の 國は永久に 盤石に すめらみことの しらしめす國

 

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2016年8月 8日 (月)

明治天皇御製とやまと歌の道統

明治天皇は、

 

「世の中のことあるときはみな人もまことの歌をよみいでにけり」

「まごころをうたひあげたる言の葉はひとたびきけばわすれざりけり」

「天地をうごかすばかり言の葉のまことの道をきはめてしがな」

「ことのはのまことのみちを月花のもてあそびとはおもはざらなむ」

 

と詠ませられてゐる。

 

わが國は元寇・明治維新・大東亜戦争など國家的危機の時に尊皇愛國の精神が燃え上がった。そして「やまと歌」が勃興した。それが『萬葉集』であり、幕末維新の志士の歌であり、大東亜戦争で散華した英靈たちの歌である。

 わが國の文學史とりわけ和歌の歴史に於いて、最も偉大なる時代は、國家の変革期である。変革期においてこそ偉大なる和歌がが生まれる。日本最高最大の歌集『萬葉集』は大化改新・壬申の乱・奈良遷都という大変革を背景として生まれた。

 

 在原業平に象徴される平安朝の和歌は、藤原氏の専横への抵抗から生まれて来たと言える。後鳥羽院の覇者・北條氏の武家政治に対する戦いの時代には『新古今和歌集』が生まれた。

 

 幕末維新の時代には、尊皇攘夷を目指した志士たちの詩歌は永遠不滅の光彩を放っている。さらに東洋の解放を目指した大いなる戦いであった大東亜戦争に殉じた将兵たちの辞世の歌は、万人をして慟哭せしめる不滅の価値を持つ。このように國家変革即ち維新と和歌は不可分である。

 

和歌は決して遊びごとでもないし単なる美辞麗句を連ねたものでもない。まさに「まごころをうたひあげたる言の葉」なのであり、「世の中のことあるときによみいでる」ものなのであり、「天地をうごかす」力を持つものである。神代に発生し日本の道統を継承する最高の文藝が和歌である。

 

わが国最大最古の歌集である『萬葉集』は太平無事な時代に遊びごと・綺語として歌はれた歌が収められてゐるのではない。大化改新・壬申の乱・白村江(はくすきのえ)の戦ひ(唐新羅連合軍と日本百済連合軍の戦ひ)の敗北といふ國家変革・激動・外患の危機の時期の歌集である。また天皇中心の國家体制が法律的・制度的に確立した時期である。また、わが國が異質の文化(特に仏教・儒教という精神文化と唐の政治法律制度の受容)に遭遇した激動の時期であった。かうした時代状況にあって、わが國傳統的精神文化が興起した結晶が『萬葉集』である。

 

当時の日本人が國難の時期に如何に日本國體精神を讚仰し道統を継承し、それを元基として國難を乗り越えたかが、『萬葉集』の歌を読むとひしひしと傳はってくる。大陸からの文物輸入時代であり内憂外患交々来たるといった時期に國體精神を謳歌し天皇國日本の永遠を祝福する歌集が編纂されたことに重大な意義がある。

 

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千駄木庵日乗八月八日

午前は、諸雑務。

 

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

 

午後三時より、虎ノ門の笹川平和財団ビルにて、『講演会・紛争解決の視角から見た日中の歴史和解』開催。汪錚氏(シートンホール大学平和と衝突研究センターディレクター、ジョン・C・ホワイト外交国際関係大学院准教授)、新井立志氏(国際トレーニング大学平和構築と紛争解決課程 教授)、楊大慶氏(ジョージワシントン大学歴史と国際関係学部准教授)、高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授、公共政策大学院副院長)、呂暁波氏(コロンビア大学政治学教授、バーナード校政治学部主任)、劉傑氏(早稲田大学社会科学総合学術院教授)が討論。質疑応答。

 

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事。『政治文化情報』の原稿執筆など。

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軍事力の増強と日米軍事同盟強化に反対する者どもは敵性国家の手先である

 

 北朝鮮は先週、「ノドン」とみられる弾道ミサイルを発射し、日本海の排他的経済水域に初めて落下させた。八月七日、共産支那海警局の公船五隻が沖縄県・尖閣諸島周辺で領海に侵入した。また、周辺の接続水域をこれまでで最も多い共産支那公船十三隻が航行した。尖閣周辺では五日に中国漁船に伴う形で共産支那の海警船が領海に侵入した。六日には接続水域に公船七隻が相次いで入り、周辺では中国漁船約二三〇隻の行動も確認された。

 

社民共産両党、民進党左派、そして偏向メディアは、わが國の防衛力強化に対しては強烈なる批判を行っても、共産支那のわが国に対する領海侵犯、北朝鮮のミサイル発射には何の抗議も行わない。それだけでなく、沖縄県においては、わが國の防衛力強化、日米軍事当面強化を妨害している。戦後の左翼運動は一貫してすべてそういう姿勢を貫いてきた。

 

さらに旧ソ連・ロシア・共産支那・北朝鮮の侵略行為・残虐行為・人権侵害がいかに酷くても、何の批判も抗議もしないといのが左翼である。彼等は、侵略勢力の手先である。断じて許し難い。

 

日本は、いかにして北朝鮮や「中華帝国主義」の侵略から祖国を守るかが最大の課題である。

 

「九条を守れ」とか「戦争法案」などと言っている輩こそ、侵略戦争を誘発し、国を亡ぼす輩なのである。再び言う。「安保法制」に反対している勢力=社民・共産・民進党左派・偏向メディアは、共産支那の侵略行為、他国への軍事的圧迫ついて一切批判しない。彼らは支那の手先なのである。断じて許してはならない。

 

北朝鮮の核武装、ロシアによる北方領土の占拠、韓国の竹島占拠、共産支那の軍事力的膨張・尖閣侵略策謀など、わが国をめぐる情勢は緊迫している。にもかかわらず、自主防衛体制確立のための核武装論議を封殺し、日米軍事同盟強化に反対し弱体化を目指す勢力が存在する。鳥越俊太郎はその一人であった。そういう人物が都知事にならなくて本当に良かった。

 

「現行占領憲法」前文に書かれている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」するということなど全く不可能であり、妄想である事は、今日の世界情勢を見ればあまりにも明らかである。

 

今日の国際社会は「専制と隷従圧迫と偏狭を永遠に除去しようと努めて」なんかいない。むしろ、「専制と隷従、圧迫と偏狭」はますますひどくなっていることは、北朝鮮や共産支那の所業、欧米・中東におけるテロを見れば明々白々である。

 

つまり、「現行占領憲法」前文には絵空事が書かれているのである。こんな憲法は一日も早く破棄しなければ国家の安全と独立は保てない。日本が戦後直接的に戦争の惨禍を受けることがなかったのは、「現行憲法」を無視して、再軍備を行い、日米軍事同盟を締結してきたからである。

 

わが國が行うべき真の平和への努力とは、軍事力の増強と日米軍事同盟強化以外にあり得ない。これに反対する者どもは自覚するしないにかかわらず敵性国家の手先と考えて間違いない。

さらに言えば、自民党は小池いじめなどすべきではない。一致結束して防衛意識の高い都知事と共に国内外の敵に対処すべきである。今は国難の時である。

 

 

 

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2016年8月 7日 (日)

千駄木庵日乗八月七日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、原稿執筆。

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今日における維新・変革の第一歩は、「現行憲法」を否定し、正統憲法に回帰することである。

 今や一神教がその根底うる近代西欧科学技術文明・西洋法思想のゆきづまりが明らかになっている。今後は自然との共生・人と人との共同意識を基本とする日本の精神文化が重要な役割を果たすと思われる。西洋思想そのものが基本的に反省を迫られている。ゆえに、西洋傳来の法思想をそのまま日本にあてはめること自體を基本的に反省するべきである。

 

 アメリカ製の「現行占領憲法」が諸悪の根源になっていると言われている。それは「現行憲法」が、日本の傳統や文化とは相容れない西洋政治思想(主權在民論・契約國家思想・權力國家思想・西洋的君主論・個人主義・物質主義)に基づいており、日本國體・日本傳統精神を隠蔽しているからである。

 

 日本國に成文憲法が必要であるならば、その成文憲法は、日本國の「國體」を正しく表現していなければならない。つまり日本の傳統と文化と歴史に立脚した憲法でなければならない。

 

成文憲法は國家あっての成文憲法であり、國家理念・國家の道統をまず明らかにして、成文憲法を制定すべきである。

 

國體法とは、「立國の基本たる法」とも「國家の根本法の根本法」とも定義づけることができる。これに対して政體法とは、國體法の基礎の上に定められた國家の統治組織や國家活動の原則や國民の権利義務などに関する基本的な定めを総称する。

 

 政體法は、わが國の悠久の歴史の中に築かれた國體に合致していなければならない。具体的には、成文憲法の「天皇条項」がどのように規定されるかが最も重要なのである。

 

 「占領憲法」の「戦後民主主義」(欧米民主主義思想と言い換えてもよい)なるものが如何に日本國を堕落させ破壊したかは、今日の日本の現状を見れば火を見るよりも明らかである。我々は日本を亡國の淵から救い、立て直すために、「戦後民主主義」を根底から反省しなければならない。そしてされは日本の伝統的國家観・政治思想の復興によって行われるのである。言い換えると、日本國體精神の回復が第一なのである。

 

 終戦直後、國際法の禁を破って押し付けられた「現行占領憲法」の個々の条項の内容の是非を問うことよりも、根本的に、わが國の歴史的な國體精神に立脚した憲法を回復しなければならない。

 

 天皇は日本國の永続性および日本國民統合の中心であり、日本文化の継承と発展の中心であられせれる。日本國はいかなる時代にあっても、天皇及び皇室が國家・國民の統合と連帯の基礎であり続けてきた。この歴史的連続性を成文憲法に正しく規定されていることが大切である。

 

 西洋法思想・欧米國家観に貫かれた「現行占領憲法」では、前文で「主権が國民にあることを宣言し」、第一条には「主権の存する日本國民の総意に基づく」という規定がある。これを根拠にして日本は君主制の國ではないとする意見がある。こういう議論が起こるところに「現行憲法」の重大欠陥があるのである。日本とは國の成り立ち・歴史伝統が全く異なる欧米の國家論に基づく「國民主權論」「契約國家論」は、日本國體とは絶対に相容れないのである。

 

 西洋諸國の外國の國家観・君主観・権力論を基本にした「現行占領憲法」は、祭祀國家・信仰共同体日本の國柄の精神を正しく表現していない。というよりも、「現行憲法」は、天皇の國家統治を、西洋の絶対君主の暴力的支配と同一視し、國家は個人の暴力的抑圧装置であるとし、天皇及び國家は「個人の敵」であるという考え方に立って制定された憲法である。

 

「国民」を「君主と対立する人民」の意義にとる「國民主権論」は、わが國の國家伝統の破壊し、共和制革命への突破口となる危険がある。「国民主権論」が一般國民の常識となって浸透していることは実に以て國家存立の基礎を揺るがす大事である。

 

ともかく、「現行占領憲法」は、日本國體の真の姿を正しく表現していない欠陥憲法である。天皇が日本國の君主であらせられるという「國體法(不文法)」は日本國建國以来不変である。天皇は日本の長い歴史を通じて「統治者」として君臨されてきている。

 

「現行憲法」によるわが國の建國以来の麗しい國柄の隠蔽が、國家の解体・家族の解体・道義の頽廃を招いているのである。國家存立の根本である「天皇中心の日本國體」を正しく顕現するために、正統憲法に回帰しなければならない。

 

 日本の伝統的國家観・君主観とは絶対的に相容れない原理で成り立っている「現行憲法」が長く続けば続くほど、麗しい伝統的な日本の國柄が隠蔽され破壊され続けることとなる。これが現代の混迷の根本原因である。今日における維新・変革の第一歩は、「現行憲法」を否定し、正統憲法に回帰することなのである。そして日本國の建國以来の國柄へ回帰し、現代の混迷を打開しなければならない。

 

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千駄木庵日乗八月六日

午前は、諸雑務。

午後一時より、明治神宮武道場至誠館にて、「明治天皇御製とやまと歌の道統」と題して講演。質疑応答。この後、荒谷卓館長と懇談。憲法問題なとについて意見交換。

帰途、明治神宮宝物館参観。

帰宅後は、原稿執筆、書状執筆。

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2016年8月 6日 (土)

世界でも類を見ないわが國独自の現象=神佛習合

 

 日本人は模倣が上手だとか言われるが、外國の文化や文明を模倣によって日本文化・文明・思想は成立しているのではない。外来思想の輸入は、必ず日本本来の思想精神を契機にしている。強靱なる伝統精神が厳然と存在していたからこそ、日本民族は外國の文化・思想・宗教・技術を幅広く寛大に輸入し、さらに発展させ自己のものとしたのである。

 

 佛教が日本に受容されたのは、佛教と日本伝統信仰の根底にある自然観が、非常に共通するものがあったからである。日本人は、天地に遍満する自然神を八百万の神として仰いだ。佛教も、天地自然を佛の命として拝んだ。自然と日本の神と佛の三つは一つのものとして把握されたのである。それは日本の自然が美しく人間に対してやさしい存在であるからである。神佛習合(日本の神道と外来の佛教とを結びつける信仰思想)は日本の自然環境が生んだと言ってもいい。

 

日本伝統信仰における『人間観』は、人は神から生まれた存在であり、人は神の分霊(わけみたま)であるという信仰である。人はすぐに神になるし神もまたすぐ人間となる。天照大神やその弟神であられる須佐之男命をはじめとした日本の多くの神々は、人間と隔絶した存在ではない。太陽神である天照大神もまた弟神の須佐之男命もほとんど人と同じように悩まれ、戦われる。それでいて、人と國土を守り、万物を育み給い導く神である。

 

 神佛習合は、世界でも類を見ないわが國独自の現象である。大陸から盛んに文化を輸入していた時期である七~八世紀にすでに神佛習合の素地は形成された。大陸文化の摂取がいかに盛んであっても、日本の独自の精神文化が、常に摂取した外来文化を日本化してした。これは日本の伝統文化が豊かな包容力を持っていると共に強靱さを持っていることを証明する。

 

 だから日本では外國では考えられないようなことが行われている。即ち、神社という日本神道の聖所に、本来全く別の宗教であり外来宗教である佛教の聖所であるお寺が建てられ、あるいはその逆にお寺の中に、神社が建てられていても、また佛教の信仰の対象であるおマンダラに、日本の神の名が書かれても、何の不思議も感じないという事実である。

 

 平安時代になって大陸文化の直接的な影響が希薄になり、文化の國風化現象が起こった。和歌・物語・随筆・日記文学において、建築・絵画・書道・彫刻などにおいて、そして宗教において、日本独自の文化が発達してきた。そして宗教においては神佛習合がおこなわれた。

 

 佛教と日本の伝統信仰とが、融合する形で現れたのが天台本覚論である。天台本覚論とは、平安後期に始まり、中世に盛行した現実を肯定的にとらえる佛教理論で、「本覚」とは人間に本来的にそなわっている悟りの心のことである。天台本覚論は、人間および天地自然は佛の命そのものであると説く。天台本覚論には「一切衆生悉有佛性」(天地一切の生きとし生けるものはすべて佛性を持っている)「草木國土悉皆成佛」(草木も國土もみな成佛している)という言葉がある。これは日本伝統信仰の自然の神を見る精神と同じである。

 

 日本において、自然も人間も佛と分かちがたい存在であるとする天台本覚論が生まれたのは、現実世界をそのまま神の生きる國であるとする現世肯定的な日本の伝統信仰があったからである。本覚思想が佛教の融合を促進した理論であったと共に、本覚思想を生んだのも日本伝統信仰だったのである。

 

 寛容にして包容力豊かな日本伝統信仰があったからこそ、日本において佛教が広まったのである。日本伝統信仰には、佛教やキリスト教のような教義体系は無い。しかし、教義・教条を超越した大きな信仰精神があるのである。それが大きくそして強靱な土壌として存在しているからこそ、佛教のみならず多くの外来思想や文化を摂取したのである。

 

 日本の佛教受容(神佛習合思想・神本仏迹論)の形成において本覚思想と共に重要な役目を果たしたのが、本地垂迹(ほんちじすいじゃく)思想である。「本地」とは物の本源、本来の姿をいい、佛や菩薩が一切衆生を救済するために時と場所に応じて仮の姿を現すという考え方である。日本の神々は、本地である佛や菩薩が日本において仮の姿を現した存在であるとする。

 

 この思想によれば神と佛は全く対立する存在ではなくなる。神佛は一つのものの両面に過ぎない関係であって、その両面を本地と垂迹という言葉で表現したということになる。天地の奥に実体として久遠に流れる生命そのものを、あるいは神あるいは佛という名称を付けて崇敬する精神である。

 

 そもそも日本の神は、他界から来臨する。邇邇藝命のように天上から降られる神もいれば、塩椎の神のように海の彼方から来られる神もいる。ゆえにインドの佛が日本にやって来て神として姿を現すという信仰も生まれやすかったのである。

 

 こうした信仰を、後西天皇は「神のめぐみ佛のをしへふたつ無くたゞ國はこの道ぞかし」と詠まれ、崇徳天皇は「道のべのちりにひかりをやはらげて神も佛のなのりなりけり」と詠まれている。 

 

 天台本覚論や本地垂迹説・神本仏迹論の根底には、日本人の篤い敬神思想があった。だから、信仰共同体日本の相互連帯の根幹にあった神への信仰が、佛への信仰よりも先行している。これは今日の町村という共同体における生活の実態を見ても、その共同体の相互連帯の中心は、お寺よりも神社であるのが一般的である。東京においては、山王日枝神社・神田明神・浅草神社・根津神社・富岡八幡宮など数多く神社の祭りが、それぞれの地域の共同意識・連帯感の中核になっている。

 

 日本が佛教國といわれるまでに全國津々浦々に寺院があり、日本國民の殆どが何処かのお寺の檀家になっているのは、徳川時代初期に宗門改め(徳川幕府がキリシタン禁圧のために設けた制度で、各家・各人ごとに佛教の宗旨を調べ、寺に信者であることを証明させた)によるものである。これにより日本國民の殆どがいずれかの寺の管轄に属さざるを得なかった。つまり、日本國が佛教國と言われるようになったのは、権力の強制によるものと言っても過言ではない。

 

 これに反して、神社への崇拝は何ら権力の強制ではない。法事以外ではお寺の付き合いのない家や個人も、神社参りやお祭りへの参加は自由にそして盛んに行われてきた。神事が優位に立ち、佛事は副次的である。

 

 本地垂迹説は、平安末期より鎌倉時代にかけて神が本地であって佛は神の仮の現れであるという、神本佛迹説へと発展していくのである。特に元の来襲による神國思想の高まりがそれを促進した。元の軍隊は神風によって滅びたと信じた日本人は、天照大神を中心とした日本の神々が日本國を守り給うという信仰が強まれば強まるほど、神國思想が強固になっていったからである。

 

 こういう傾向が、鎌倉時代には両部神道(伊勢神道に真言宗を習合したもの・天照大神の本地は大日如来とする説)の次のような説を生む。両部神道の代表的な著作『中臣祓訓解』には「神は即ち諸佛の魂、佛は則ち諸神の性なり…是れより東の方、八十億恒河沙の世界を過ぎて、一佛國土有り。名づけて大日本國と云ふ。神聖(かみ)其の中に座(いま)せり。名づけて大日霊貴(おほひるめむち)と曰(もう)す。当に知るべし、生を此の國に受けたる衆生は、佛威神力を承けて、諸佛と共に其の園に遊ぶ。」と書かれている。大日霊貴とは天照大神の御事である。佛教の立場に立ちながらも、日本國を天照大神のいます佛國土と讃えている。これは神國思想そのものである。

 

 さらに室町時代末期に吉田神道を生む。吉田神道は、吉田兼倶という人が大成した神道の一派で、神道・儒教・佛教・道教・陰陽道の関係を説き、神道を万法の根本とし、神主佛従の立場に立ち神本佛迹を説いた。 吉田兼倶の著書『唯一神道名法要集』の典拠になったのは、慈遍(南北朝時代の天台宗の僧侶・徒然草の吉田兼好の兄で後醍醐天皇の信任が厚かった)『旧事本紀玄義』の巻五で、それには「抑も和國は三界の根にして、余州を尋ぬれば此國の末なり。…その効用を論ずれば本は神國にあり。唐は枝葉を掌り、梵(インド)は果実を得、花は落ちて根に帰す。果は流れを受くるのみ」(日本國は世界の根であって、他の國は日本の末である。根本は神國日本であり、支那やインドは枝葉や果実である、というほどの意)という日本中心思想が説かれている。

 

 また、天武天皇の御代以降、國家的祈願を行う時は、神事(祭祀によって神に祈願する)・佛事(法要によって佛に祈願する)の両様が用いられたが、やはり数において神事が優位に立っているという。また神事によるものは地域的範囲が広く、佛事によるものは京都や近畿地方内に限られていたという。そして神事と佛事が同時に行われる場合は、神事を先にしたという。つまり國家的祈願は、神事によるものが優位に立ち、佛事によるものは副次的であったということである。 

 

 日本神道は元来教義・教条を持たなかったが、佛教との融合によって日本神道の中に教義を持つものが生まれた。両部神道(真言宗の立場からの神道解釈に基づく神佛習合思想)伊勢神道(伊勢の外宮の神官度会氏が唱えた神道説で、儒教や佛教の説を取り入れている)山王神道(天台宗の教義と習合した佛教的神道)などの発生がそれである。これらは佛教の強い影響を受けた教義を持っているが、こうした佛教や儒教の教義と融合した神道教義の出現が、その反動として後に、神道の純粋性・優越性を主張する立場を生んだ。これが近世國学思想である。

 

 日本人は、佛教に帰依することによって日本伝統信仰を捨てさることはしなかった。神佛を同時に崇めることに矛盾を感じなかった。外来の佛教は日本伝統信仰と融合することなくして日本に定着することはできなかったのである。日本民族は何百年という歴史の流れの間に佛教を日本化し自家薬籠中のものとして信じたのである。

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2016年8月 5日 (金)

千駄木庵日乗八月五日

午前は、諸雑務。

 

午後は、明日の講演の準備。

 

この後、施設に赴き、母に付き添う。

 

午後六時半より、春日の文京シビックセンターにて、「第一回台湾歴史講座」(台湾研究フォーラム第174回定例会)開催。永山英樹氏「オ―ストロネシア人の島―漢人中心史観では語れない台湾史の魅力」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。

帰宅後、明日の講演の準備など。

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今日思ったこと

小池東京都知事と稲田防衛大臣が、正々堂々、靖国神社に参拝し、護国英霊に感謝の誠を捧げ、平和を祈念すれば、こんなに素晴らしいことはないのですが。

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谷口雅宣は左翼雑誌「週刊金曜日」に登場し、時代錯誤の原理主義を得々と語った

愈々谷口雅宣はその本性を現した。何と左翼雑誌「週刊金曜日」(八月五日号)に登場して、彼の政治的主張を行った。

 

谷口雅宣は言う。「生長の家は一九八三年に政治から手を引きました。当時、『政治運動をやってダメだった』という結論を出したはずなのですね」「冷戦の相手がいなくなったのです。『右』の側は、闘う相手なんかいなくなったのではないかと思いますが。でも、『敵』を作って、まだ『やらなければならない』みたいな形でいまだに政治運動をやっている」

 

谷口雅春師が「聖胎を長養せよ」と言って、政治運動から手を引いたのは、自民党の集票マシンとしての運動を停止したのである。日本国実相顕現即ち天皇中心の日本國體顕現という生長の家立教以来の目的を放棄したわれではない。

 

谷口雅春師は、「冷戦下」だから「大日本帝國憲法復元」を説いたのではない。谷口雅春師は、『現行占領憲法』が日本國體を隠蔽しているとし、國體の眞姿顕現のために「大日本帝國憲法復元」を説いたのである。

 

「米ソ対立」という「冷戦」はソ連の崩壊と共に終焉したが、その後、冷戦時代以上にアメリカ・日本・西欧諸國などの自由國家と、共産支那・ロシア・北朝鮮という全体主義國家との対立は烈しくなっている。そのうえ、イスラム過激派などのテロ・破壊活動が活発になっている。特にわが國周辺においては、共産支那の軍事的膨張・他國侵略は激しくなっている。今や「熱戦時代」に突入している。

 

かかる状況下において、わが日本はアメリカなどの自由國家と協力して、世界の平和・アジアの安定に努力しなければならない。そのためには、防衛力・抑止力を強化するのは当然である。そして、侵略國家からの祖國防衛、真のアジア及び世界平和實現のための精神的基盤として、日本の傳統的な國體精神、そして谷口雅春師が説いた國體思想は益々大切になってゐる。

 

また、信徒に「与党とその候補者を支持しない」とか「安倍政権の政治姿勢に対して明確に『反対』の意思を表明します」などという方針を発表し、そのことを「会員・信徒への指針として周知を訴える」ことはまさに政治的活動治そのものである。つまり、谷口雅宣は、民進党・共産党支持の政治運動を開始したのである。民進党左派・共産党は國體破壊勢力である。それを支持することは、國體護持、天皇国日本実相顕現という生長の家の根本目的に反する行為である。

 

さらに谷口雅宣は、「大日本帝国憲法のもとで、日本はそして生長の家は戦争に入っていった。だからどこかに問題があるはずなのですよ」と言っている。「戦争を起こした」張本人はルーズベルトであり、毛沢東であり、スターリンであり、尾崎秀實であり、ゾルゲである。即ちわが國は旧ソ連、「中國共産党」、「中國國民党左派」、そしてアメリカの左派によって戦争に追い込まれたのである。「大日本帝国憲法」にその原因があるわけではない。

 

まだまだ書きたいことは山ほどあるが、次号に続きが掲載されるようであるから、それを讀んでからにしたい。谷口雅宣は自分の主張に従わない人々を「原理主義」「時代錯誤」などと批判するが、谷口雅宣こそ、自己の誤れる考えに固執し祖父即ち生長の家創始者谷口雅春師の教えを隠蔽し否定し、その尊い足跡を踏み躙る「原理主義」者である。そして今日が「冷戦時代」どころか「熱戦時代」であるという時代認識を欠く「時代錯誤」に陥っている。

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2016年8月 4日 (木)

千駄木庵日乗八月四日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して『伝統と革新』編集の仕事、明後日行う講演の準備・原稿執筆など。

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2016年8月 3日 (水)

天皇中心の信仰共同體としての國家を回復せしめることが今日における國家変革即ち維新である

 

 日本天皇は、常に國民の幸福を祈られる祭り主でおらせられる。ゆえに國民と相対立する存在ではないし、日本天皇は國民を力によって支配し隷従せしめるご存在ではない。國民と共に神に祈り、神を祭り、神の意志を國民に示し、また國民の意志を神に申し上げ、國民の幸福の実現を最高の使命とされるお方が天皇であらせられる。つまり君主と民は「和」と「共同」の関係にあるのであり、「対立関係」ではない。こうした天皇中心の日本の國柄を「君民一體の日本國體」というのである。

 

 このような日本の國柄は、歴史のあらゆる激動を貫いて今日まで続いてきている。ところが外國では、太古の王家も古代國家もそして古代民族信仰もとっくに姿を消し、その後に現れた王家は武力による征服者であり、その後に現れた國家は権力國家であり、その後に現れた信仰は排他的な教団宗教である。

 

古代オリエントや古代シナにおいては、祭祀を中心とする共同體が武力征服王朝によって破壊されてしまった。共同體を奪われ祭りを喪失したよるべなき人々は、貨幣や武力に頼らざるを得なくなり、権力國家・武力支配國家を形成した。

 

それに比してわが日本は、古代からの祭祀主を中心とする共同體國家が、外國からの武力侵略によって破壊されることがなく、今日も続いている唯一の國なのである。皇室祭祀だけでなく、全國各地で一般國民が参加する祭祀が続けられている。まことにありがたき事実である。

 

 これまでの日本は日本天皇の中核として統合・安定・継承・発展を遂げてきた。特に、今世紀の日本は、世界の中でめざましい変化と発展を遂げた國である。しかし、日本は進歩し発展はしたけれども、祖先から受け継いだ伝統を決して捨て去ることはなかった。むしろ伝統を堅固の保守し続けてきた。現実面の変化の奥に不動の核があった。それが日本天皇であることはいうまでもない。

 

 そし今日においても、神話の世界のままに、天の神の祭り主の神聖なる御資格を受け継ぎ給う天皇を、現実の國家元首と仰ぎ、國家と民族の統一の中心として仰いでいる。これは日本の麗しい自然と稲作生活が完全に滅びない限り続くであろう。こうした事実が、西洋諸國や支那と日本國との決定的違いである。これを万邦無比の日本國體と言う。

 

 わが國が、長い歴史を通して様々な変化や混乱などを経験しつつも國が滅びることなく統一を保ち続けたのは、天皇という神聖権威を中心とする共同體精神があったからである。日本という國は太古以来の伝統を保持する世界で最も保守的な國でありながら、激しい変革を繰り返して来た國なのである。その不動の核が天皇である。

 

 天皇は、権力政治面・経済面・軍事面ではいかに非力であっても、常に日本國の統一と調和と安定の核であり続けてきた。日本國の長い歴史において、國が内戦によって分裂し疲弊した時期があった。しかし、天皇および皇室が日本民族の精神的核となってその危機から立ち直り、國を再生せしめてきた。そして日本民族は常に國家的・民族的統一を失うことはなかったし、國が滅びることもなかった。これは、世界の何処の國にもなかったところの日本の誇るべき歴史である。日本がどのような危機にあっても、再生のエネルギーを発揮したのは、日本という國家の本質が権力國家ではなく、天皇を中心とする信仰共同體であるがゆえである。

 

 神話とは太古の「神聖な歴史の物語」という定義がある。日本民族の「始まりの時」における神や聖なる存在の誕生、國土の生成などの出来事をつづった物語である。言い換えると、神話とは、日本民族の「始まりの時」「祖型」(始まりの形)を説明し、生きとし生けるもの・ありとしあらゆるものが、どのようにして生まれ存在し始めたかを語る。

 

 神や聖なる存在の誕生、國土の生成などの出来事など日本民族の始まりの時の<出来事>および<形>は、日本人一人一人およびその共同體としての國家の生き方・在り方(文化・信仰・文学・政治・教育・芸術など一切)の模範を示す。つまり、神話は日本民族そして日本國家を根源的なものを表現するものであり、日本民族の在り方・生き方に決定的な役割を持っている。

 

 神話と祭祀とは、日本民族の固有の精神の在り方を示すものであり、日本という國の根底にある精神的道統・価値観・國家観・人間観・文化観・宗教観を體現している。ゆえに、日本國家の統合・安定・継承・発展の基礎である。

 

 「日本神話」は、天皇を祭り主とする大和朝廷による日本の祭祀的統一という歴史を背景として成立したのである。

 

 あらゆる生命體は、「始まりの時」「祖型」に帰ることによって現状を変革するという希望を持っている。一人の人間として、新年を迎えた時や、春四月を迎えた時には、心機一転「初心」(始まりの時の心)に帰り新たなる気分になって仕事や勉学などに励もうとする。それと同じように、日本民族およびその共同體としての日本國家は、つねに「始まりの時」=「神話の世界」への回帰によって現状を革新しようという希望を持つ。明治維新という國家的大変革も、「神武創業への回帰」(神武天皇が即位された時への回帰)を目指したものであった。

 

 そして神話の世界は、『古事記』『日本書紀』といった記録・文献として語り伝えられると共に、祭祀という生きた現実として継承される。太古の神聖な「始まりの時」「祖型」を<「文献」と「行事」によって今日まで伝えているという意味で、神話という「文献」と祭祀という「儀礼」は一體である。

 

 大林太良氏は「(神話と儀礼は)分かちがたくたがひに結びついている。儀礼は神話によってその意味が明らかにされねば効力を失い、神話は儀礼によって描きだされねば不毛である」(神話学入門)と述べておられる。 「祭祀」とは、「始まりの時」に行われた行事を繰り返し行うことによって、「始まりの時」に回帰する行事である。日本神道の祭りは、お祓い、祝詞奏上、玉串奉奠などを行うことによって、罪けがれを祓い清めて、人としての本来の姿(祖型)に立ち帰るという行事である。言い換えると、一切の私利私欲を禊祓い去って生成の根源に回帰するということである。「無私」になって神に一切を「まつろう」(従い奉る)から「まつり」というのである。

 

 日本においては、日本神話の「神聖な歴史の物語」は、今日ただ今も<天皇の祭祀>に生きている。神話の世界で、天照大神が行われたと同じ祭祀(新嘗祭)を、今上陛下は今日も行われている。よその國では滅びてしまった「神話の世界」が、日本においては、仏教やキリスト教といった世界宗教が日本に入ってきた後も、そして近代科学技術文明が入ってきた後も、<天皇の祭祀>として今も現実に生きている。日本の國の素晴らしさはここにある。つまり<天皇の祭祀>は日本における「生きた神話」なのである。

 

 戦後半世紀、物質至上主義・営利至上主義・快楽主義に汚染され続けてきた日本及び日本國民の頽廃を救うには、日本の伝統精神・國家観・人間観を回復する以外に道はない。日本人が古来抱いて来た自然の中に神の命を観るという信仰精神を回復しなければならない。

 我々國民が愛するべき國、尽くすべき國とは、単なる権力機構でもないし利益共同社会でもない。信頼と正義と愛と真心によって結ばれた精神的道義的共同體なのである。我々は正しき國家観に回帰し、日本國を道義國家として新生せしめねばならない。

 

 そのためには、「現代に生きる神話」たる<天皇の祭祀>を根幹とした国家の回復しかないのである。古来日本の変革思想は、祭政一致の理想國家への回帰がその根本にあったのである。具體的に言えば、政治権力を掌握した人のみならず我々國民一人一人が、天皇が神をお祭りになるみ心を、道義的倫理的規範としてならい奉るということである。それが理想的な國家実現の基礎である。

 

國家の現状を改革し、天皇中心の信仰共同體としての國家を回復せしめることが今日における國家変革即ち維新なのである。永遠の維新を繰り返す日本國は永遠に不滅である。上に天皇がいますかぎりは、現代の危機を見事に乗り切るための変革を断行することができると確信する。

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千駄木庵日乗八月三日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

午後六時より、西日暮里にて、若き友人と懇談。

帰宅後は、資料整理、原稿執筆。

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祭祀と維新

 

 神道の基本行事は、神を祭ること即ち祭祀である。「祭り」とは神に奉仕(仕え奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。

 

 人は、はじめから神に生かされ、神と離れた存在ではなく神と一體の存在であった。しかし、様々の罪穢が神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまった。禊によって罪穢を祓い清め、祭りと直會(神と共に供え物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 

 つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』に示されている「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

 混迷の度を深めている我が國も、「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の最初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の傳統的な信仰である。

 

 「維新」とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。

 

 國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿とは、キリスト教や浄土思想の説くような遥か彼方にある天國とか極楽浄土ではない。今此処に、日本人の本来の生活と信仰とを戻すことである。

 

 今日唯今も実際に全國各地で毎日のように行われている禊と祭祀は信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

 

 日本傳統精神を世界に発展させて、混迷せる現代世界を救済する役目をわが日本はになっているのである。日本傳統信仰の精神が世界の國と民を永遠の平和と幸福に導く道である。これが「八紘為宇の精神」である。

 

日本傳統文化は現代文明の欠陥を是正し新たなる文化を形成する

 

 現代文明・文化は西洋文化・文明が主流となっている。現代文明とは、事物を科学の論理によって技術革新を行うようになった文明のことであるが、それは、産業革命以来機械技術の発達と資本主義そしてそれに反発するものとしての共産主義の発展を促した。どちらも経済至上・物質的豊かさ至上の社会を目指した。。

 

 そして、現代文明は、核戦争の危機・自然破壊・人心の荒廃・経済の破綻そして民族紛争・宗教紛争を見ても明らかな如く、既に頂点を越えて没落の時期に差しかかっている。現代文明・文化の欠陥を是正し、新たなる文化を形成するには、欧米文化偏重から日本傳統文化へと回帰しなければならない。

 

 自然の生命の循環と全ての生きるものの相互扶助の不思議な原理を生活の中で體験する農耕民族たる日本民族の信仰精神が、世界の真の平和を作り出すであろう。

 

 日本傳統信仰は、大自然を尊ぶ。それは、大自然から、人生を学び、生き方を学び、國の平和と人の幸福の道を学ぶ心である。山・川・海・風・樹木・石等々全ての自然に神の命が宿ると信じる。また、人の命は神の命であると信じる。一人一人が「命(みこと)」なのである。一人一人が「日子(ひこ・日の神の御子)」であり「日女(日の神の姫御子)」なのである。

 

 日本人は、森羅萬象ことごとく神ならざるものはないと考えた。人も國土も神から生まれた、神が生みたもうたと考える日本民族の信仰は、神が人間と自然を造ったと考える西洋一神教の創造説とは全く異なる。神と人間と自然とは対立し矛盾した存在ではなく、調和し、融和し、一體の存在であると考える。こうした精神は排他独善の精神ではない。あらゆるものから学ぶべきものは学ぶのである。だからわが國は古来外来の文化を大らかに包容摂取してきた。

 

 闘争戦争と自然破壊を繰り返す現代世界においてこそこの日本傳統精神が大きな役割を果たすと考える。一切の自然や人に神が宿るという大らかにして健全なる信仰精神たる日本傳統精神が、世界を救い、統合し融和して調和するのである。

 

 西洋精神は、キリスト教もイスラム教もマルクスレーニン主義も、一人の教祖の説いた教義・一つの書物に書かれた教義を絶対的なものと信ずる。一神教的ものの考え方が、いかに世界に闘争を持ち来たしたかは、ロシアや支那や朝鮮やカンボジアなどにおける共産主義思想による殺戮、欧米中東などにおける宗教戦争を見れば明らかである。

 

 自由自在にして大らかなる日本傳統精神は、教条的で固定的な西洋思想・文化・文明に訂正と活性化を与えると信ずる。

 

 日本という國家には日本の長き歴史の中から生まれてきた立國の精神というものがある。日本國體精神・日本の道統に反する一切の事象を祓い清める事は緊急の課題である。真に日本を改革するためには、今こそ、天皇を変革の中核する「維新」即ち日本傳統精神・國體精神を勃興せしめ、それに基づく変革が断行されなければならない。それが今日における維新である。

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千駄木庵日乗八月二日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、書状執筆、資料の整理。

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2016年8月 2日 (火)

もののふの心

 「もののふ」とは、武人・武士のことやまとことば(和語すなわち漢語や西洋などからの外来語に対し、日本固有の語)で言った言葉である。

 

 「もののふ」とは、「宮廷を守護する者」即ち「物部」の音韻が変化した語が「もののふ」である。「もの」とは「もののけ」の「もの」と同じで、不思議な霊力がある存在のことである。物部氏という氏族は、もっとも有力な「もののふ」だったという。

 

 「物部」の原義は、宮廷の妨げをするものを平らげ鎮める働きをする部(群れ・組。世襲的に一定の職業に従事した団体)のことである。物部氏は、古代の氏族の一つで、朝廷の軍事・刑獄のことを司った。古代日本では、霊的力・超自然的力を以て戦場に臨み、敵軍を守る精霊を抑圧する使命を果たすものが「もののふ」(物部)であった。

 

 もののふのみちは、物部、大伴の二氏によって明確なる史実として表現せられた。

 

 物部氏は饒速日命の後裔で武勇を以て聞こえた家柄で、神武天皇に奉仕し、御東征の折に大和で長髄彦を討って勲功があった。大伴氏と共に宮門を護衛し、軍事を担当した。これが後世武士の起こる濫觴とされている。用命天皇の崩御直後(用命二年・五八七)、仏教受容を唱えた蘇我氏の馬子と物部守屋が争い破れて物部氏は滅びた。大伴氏については後に述べる。

 

 なお、「もののふ」を漢語では、「武士」(ぶし)というのは、折口信夫の説では、「野に伏し山に伏して主君のために仕える者」であるからという。

 

 もののふの道(武士道)とは、宮廷を守護すること即ち皇室に忠誠を尽くすという精神である。それが原義である。それは、日本武尊の御生涯、そして笠金村の次の歌にそれは明らかである。(笠金村は伝未詳。作歌年代の明らかな歌は、霊亀元年(七一五・元正天皇の御代)から天平五年(七三三・聖武天皇の御代)まで)

 

「もののふの 臣(おみ)の壮士(をとこ)は 大君の 任(まけ)のまにまに 聞くといふものぞ」(軍人として朝廷に仕える男は、大君の仰せの通りに御命令の通りに聞き従うものであるぞ)

 

 大伴宿禰三中(系統未詳。遣新羅副使・摂津班田使などを歴任)が詠んだ歌には、次のように歌われている。

 

 「天雲の 向伏(むかふ)す国の 武士(もののふ)と いはるる人は 天皇(すめろぎ)の 神の御門(みかど)に 外(と)の重(へ)に 立ちさもらひ 内の重に 仕へ奉(まつ)りて 玉かづら いや遠長く 祖(おや)の名も 繼ぎゆくものと 母父(おもちち)に 妻に子供に 語らひて 立ちし日より…」

 (天雲の垂れ伏す遠い国のもののふといわれる人は、天皇が神の如くにおられる皇居で、外の回りを立って警備し、奥庭におそばでお仕え申し上げ、(玉かづら・長居に掛る枕詞)ますます長く祖先の名を継ぎ行くものなのだと、父母に、妻に子供に語って出発した日より…) 

 

 故郷を出発する時の朝廷奉仕の確固たる覚悟が歌われている。「天雲の 向伏(むかふ)す国」は、「遠い国」につく慣用句である。

 

 「もののふ」はこの場合は原文(萬葉仮名)に「武士」とあり、皇居を警備する武官を念頭に置いた。天皇の神の御門は現御神信仰に基づく言葉である。

 

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千駄木庵日乗八月一日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、書状執筆、書類整理など。

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2016年8月 1日 (月)

今朝思ったこと

北朝鮮の核武装、ロシアによる北方領土の占拠、韓国の竹島占拠、共産支那の軍事力的膨張・尖閣侵略策謀など、わが国をめぐる情勢は緊迫している。にもかかわらず、自主防衛体制確立のための核武装論議を封殺し、日米軍事同盟強化に反対し弱体化を目指す勢力が存在する。鳥越俊太郎はその一人であった。そういう人物が都知事にならなくて本当に良かった。

 

似非平和運動反安保法制運動を行っている連中は、北朝鮮・ロシア・共産支那が何をやっても決して抗議や反対運動を行わない。彼等は事実上北朝鮮や共産支那の手先なのだ。

 

わが國が行うべき真の平和への努力とは、軍事力の増強と日米軍事同盟強化以外にあり得ない。これに反対する者どもは自覚するしないにかかわらず敵性国家の手先と考えて間違いない。

 

「現行占領憲法」前文に書かれている「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」するということなど全く不可能であり、妄想である事は、今日の世界情勢を見ればあまりにも明らかである。

 

今日の国際社会は「専制と隷従圧迫と偏狭を永遠に除去しようと努めて」なんかいない。むしろ、「専制と隷従、圧迫と偏狭」はますますひどくなっていることは、北朝鮮や共産支那の所業、欧米・中東におけるテロを見れば明々白々である。

 

つまり、「現行占領憲法」前文には絵空事が書かれているのである。こんな憲法は一日も早く破棄しなければ国家の安全と独立は保てない。日本が戦後直接的に戦争の惨禍を受けることがなかったのは、「現行憲法」を無視して、再軍備を行い、日米軍事同盟を締結してきたからである。

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都知事選挙結果に思う

ともかく、鳥越俊太郎が都知事に当選しなくてよかった。また、野党共闘が惨敗したのも良かった。反安保法制の時国会の前で騒ぎ立てた者共は一体どうなったのか。鳥越のような蛆虫を徹底的に排除すべきである。また、民進党左派、共産党を徹底的に追撃すべきである。

 

小池さんはこれからが正念場である。彼女の本当の戦いはこれからである。薄汚い現状維持・利権優先の似非保守一掃のために頑張ってもらいたい。

 

尊皇精神のない似非保守も許してはならない。石原慎太郎の化けの皮がはがれた。彼は国家よりも家族が大事なのだ。國體護持・尊皇愛国の真正保守=維新勢力のより一層の前進を期すべきである。今回の選挙結果はその第一歩である。

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千駄木庵日乗七月三十一日

午前は、諸雑務。

 

午後は、今夜の講演の準備。

 

この後、投票に赴く。

 

午後六時より、春日の文京シビックセンターにて、『 第六十三回日本の心を學ぶ會』開催。林大悟氏が司会。渡邉昇氏が主催者挨拶。遠藤健太郎氏(一般社団法人日本政策協會)が「救國の提言」と題して講演、続いて小生が「愛國運動と宗教 生長の家の変節を考える」と題して講演。土屋たかゆき前都議会議員がスピーチ。活発な質疑応答が行われた。 

 

帰宅後も、原稿執筆。

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