« 千駄木庵日乗七月十日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十一日 »

2016年7月11日 (月)

國體信仰の甦りによる危機の打開

 

維新は、神道の「祓ひ清め・禊祓ひ」と同意義である。「祓ひ清め・禊祓ひ」とは、本来のあるべき姿・元初の姿から乖離し堕落し穢れてしまった状態を、元に戻すといふことである。

 

影山正治氏は、「我々は神前に大祓の祝詞を至心に奏上することによって御國の罪・穢を祓ひ清めて神國の本来に還へらむ事を祈り、又我の罪・穢を祓ひ清めて神我の本領に還へらむことを祈るである。…今こそ全日本人が朗々と大祓の祝詞を斉唱しつつ、皇國の維新、全世界の維新に當らねばならない。」(『正續古事記要講』)と論じてゐる。

 

「祓ひ清め・禊祓ひ」は、日本傳統信仰の中核である。維新運動・民族運動の基盤には、日本傳統信仰たる神道・國體信仰がある。大化改新も建武中興も明治維新も、その基盤に國體信仰があった。日本國は、危機に瀕すると必ず、國體信仰が甦る。そして國を変革し危機を乗り越える。これがわが國の光輝ある歴史である。

 

外患等の國家の危機に際會して、「神祭・神事」が盛んになるのは、わが國の傳統である。未曽有の危機に瀕している今日唯今においてこそ、祭祀主日本天皇の真姿が開顕されるべきである。神道精神・國體信仰を基盤とする愛國維新運動を展開していくべきである。

 

神道精神・國體信仰は、決して偏狭なものではないし、独善的ではない。八紘を掩ひて宇(いへ)と為す精神であり、四海同胞の精神であり、真の世界平和の精神である。この精神に回帰し、世界に闡明することが大切である。

 

影山正治氏は、「維新に際して、『攘夷』が不可缺であることは、より大いなる『修理固成』のため、より高き『むすび』のため、より美しき『大和』のためであって、決して獨善的な『鎖國』のためではない。最も急進的な攘夷論者の松陰先生が、死を賭してアメリカに渡海しようとしたではないか。」(『正續古事記要講』)と論じてゐる。

 

葦津珍彦氏は、「日本が維新の道を進んでゆくのには、復古傳統の精神を確りと固有した人物が、もっとも新しい國際知識を知り、これを利用し得るだけの能力をもたねばならない。…もっとも日本的な復古維新の傳統精神を確保する日本人が、もっとも新しい國際潮流と知識とを學んで、これを変質させ利用することによって、創造への道につとめなければならない時代である。」(「現代社會思潮と日本文明」・『新勢力』昭和四十六年八月号所載論文)と論じてゐる。

 

中河与一氏は、「我々は一日も早く新しい生命をとりかえさなければならない。そのためには古典を回復し、それが教えている道統によって近代文明を批判しつつ、新しい文明を築かねばならない。…私は日本人が、今日の科學文明に参加し、同時に東洋人としての汎神論的思考方法、合理主義以上のものの存在を自覚することによって、ヨーロッパの二の舞いを味わってはならない。日本人は八百萬の神々と言った。すべてのものの中に神を見る精神を失って、ただ人間中心の思い上がった思想に行き、自然を破壊していると、人間は必ずその復讐を受けねばならない。」(『森林公園』)と論じてゐる。

 

勝部真長氏は、「日本の珍しさは、紀元五世紀頃の青銅期君主國の原型をくずさずに、ほとんどそのまま生き永らえてきて、しかも現代も、最尖端の科學技術文明に適応しているという不思議な事實にあるのである。…日本は常に新しがり屋で好奇心のかたまりでありつつ、しかも古式で原始式的である。」(『天皇は日本人にとって必要か』)と論じてゐる。

 

大化改新も明治維新も日本的な復古即革新の傳統を確保しつつ、当時としてはもっとも新しい國際潮流と知識とを學んで断行された一大変革であった。

 

維新とは「天の岩戸開き」である。日本天皇そして日本國の真姿開顕が維新である。戦後、天皇のご詔勅が発せられなくなった。そして天皇陛下が示されたご意志は「お言葉」といふ表現で発表される。また、『勅撰和歌集』も編纂されることがなくなって久しい。かうしたことは、國體隠蔽の大きな事象の一つである。

 

日本國體の真姿を隠蔽する勢力、天皇・皇室の尊厳性を破壊する勢力と厳しく対決しこれを粉砕することが維新である。

|

« 千駄木庵日乗七月十日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十一日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/63898395

この記事へのトラックバック一覧です: 國體信仰の甦りによる危機の打開:

« 千駄木庵日乗七月十日 | トップページ | 千駄木庵日乗七月十一日 »