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2016年7月 5日 (火)

菅野完氏著『日本会議の研究』について

 

最近、菅野完氏著『日本会議の研究』という本が話題になっている。菅野完氏は、一体どういう目的でこの本を書いたのか。それは『日本会議の研究』の「むすびにかえて」に明確に示されている。曰く「(日本会議の規模と影響力を維持した来た人々の・注)地道な市民運動が今、『改憲』という結実を迎えようとしている。彼らが奉じる改憲プランは『緊急事態条項』しかり『家族保護法』しかり、おおよそ民主的とも近代的とも呼べる代物ではない。むしろ本音には『明治憲法復元』を隠した、古色蒼然たるものだ。しかし彼らの手法は間違いなく、民主的だ。…その運動は確実に効果を生み、安倍政権を支えるまでに成長し、国憲を改変するまでの勢力となった。このままでいけば、『民主的な市民運動』は日本の民主主義を殺すだろう。なんたる皮肉。これでは悲喜劇ではないか!」「賢明なる市民が連帯し、彼らの運動にならい、地道に活動すれば、民主主義は守れる。2016年夏の参院選まで、あと数か月、絶望するには、まだ早い」

 

菅野完氏は、戦後体制打倒(ヤルタポツダム体制打倒)・正統憲法の回復を阻止し、「戦後民主主義」を守るために、この本を書いたのである。そして、「戦後レジームからの脱却」を主張する安倍晋三氏、安倍氏を支持する日本会議を批判し、その「危険性」を指摘し、参院選挙において、自民党の敗北を目指すためにこの本を書いたのである。

 

菅野完氏は、「民主主義」を金科玉条にしている。誰にも否定的出来ない言葉が「人民のために」であり「民主主義」である。共産中国は「人民のために」を合言葉にしている。しかし実際には権力者のための政治になっている。「朝鮮民主主義人民共和国」は世界で最も反民主的・専制国家である。

 

戦後日本で言われ続けて来た「個の確立」「主体性の確立」は<戦後民主主義>の精神的支柱であるが、「個」や「自我」というものを如何にとらえるかが大事である。正しき人間観・國家観の確立なくして、正しき「個の確立」も「主体性の確立」もあり得ない。道義精神なき「個の確立」は欲望民主主義に陥り、正しき國家観なき「個の確立」は利己主義となる。それが今日の日本の姿である。

 

長谷川三千子氏は、「重要なことは全員が一致協力することによって本当の『人民のための政治』が実現するということなのであって、…『人民のための政治』ということは、古来、多くのまっとうな政治思想が目指してきた究極の目標であった…古代メソポタミアの都市国家においては、王は神からその国を手厚く世話する義務を負わされているものと考えられており…わが国の伝統的な政治思想――天皇は皇祖皇宗の教えにより、民を『おおみたから』として第一に重んじる――もその典型と言えよう」と論じている。

 

つまり、わが日本國體精神が真の「人民のための政治=民主主義」なのである。そして近代において日本國體精神を明確に成文化した憲法が『大日本帝国憲法』なのである。

 

菅野完氏は、『大日本帝国憲法』を「古色蒼然としたもの」として否定するが、『大日本帝国憲法』は、日本の伝統精神・国家国民観を基とした正統憲法である

 

わが國體精神・天皇の國家統治は、國民の幸福実現を最高の目標としている。國民の幸福の実現こそが天皇の統治の目的である。わが國においては、古代より國民を「おほみたから(大御宝)」と言ってきた。民を尊ぶことが天皇の御統治の基本である。日本伝統信仰おいては、人は神の分け御霊であり、人間は本来神の子として尊ばれるべき存在である。

 

歴代天皇は、國民の幸福を祈られ、「おほみおや(大御親)」としての仁慈の大御心を以て「おほみたから」であるところの國民に限りない仁政を垂れたもうてきた。國民の幸福を実現する政治制度という意味で「民主政治」という言葉を使うとするなら、わが國の天皇統治はまさにそういう政治制度を生み出す根幹なのである。

 

天皇中心の國體を正しく実現する事を目的として断行された明治維新の基本的精神は、慶応四年三月一四日、明治天皇が京都御所南殿で、公家、諸侯や百官を率いて天地神明に誓われた『五箇条の御誓文』に示されている。それは、「広く会議を興し万機公論に決すべし」「上下心を一にして盛に経綸を行ふべし」「官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す」「旧来の陋習を破り天地の公道に基くべし」「智識を世界に求め大に皇基を振起すべし」の五か条であり、國民の幸福を実現する政治制度という意味での民主政治の基本が示されている。

 

葦津珍彦氏は「五箇条の御誓文に見られる政治思想そのものは、決して外國の政治学理論によってはじめて教えられたものではなく、いわゆる幕末時代、約二十年の間に、日本人が政治実践の中から、自然成長的に形成されてきた日本人の政治思想であった。」(『近代民主主義の終末』)と論じている。

 

 昭和天皇は、昭和五十二年八月二三日、那須御用邸で、宮内庁記者団に対して、「(『昭和二十一年元旦の詔書』の)第一の目的は御誓文でした。神格とかは第二の問題でありました。当時アメリカその他の勢力が強かったので、國民が圧倒される心配がありました。民主主義を採用されたのは、明治天皇の思召しであり、それが『五箇条の御誓文』です。大帝が神に誓われたものであり、民主主義が輸入のものではない事を示す必要があった」と仰せになられた。

 

天皇の國家統治は、まさに「輸入のものではない民主政治であり民主主義」なのである。天皇の國家統治をやまとことばで「きこしめす」「しろしめす」と申し上げる。天皇の統治は民の心をお聞きになり、民の心をお知りになる事が基本である。そしてそれは議会によって実現する。ゆえに、『五箇条の御誓文』の御理想に実現すべく。帝國議会が開設され『大日本帝國憲法』が発布されたのである。

 

『大日本帝国憲法』は、日本の伝統精神・国家国民観を基としてた民主的正統憲法である。

 

近代に於いてのみならず、古代日本においても、國民のために政治が天皇の統治によって実現していたのである。『日本書紀』の「仁徳天皇紀」には次のように記されている。「天皇の曰はく、『其れ天の君を立つるは、是百姓(おほみたから)の爲になり。然れば君は百姓を以て本とす。是を以て、古(いにしへ)の聖王(ひじりのきみ)は、一人(ひとりのひと)も飢ゑ寒()ゆるときには、顧みて身を責む、今百姓貧しきは、朕(われ)が貧しきなり。百姓富めるは朕が富めるなり。未だ有らじ、百姓富みて君貧しといふことは』とのたまふ。」

 

 天皇が國民の幸福を祈られる祭祀を執行され、國民は天皇の大御宝であるという事が正しく実現され、萬機は公論によって決せられるという体制が真に確立する時、國民のための政治即ち民主政治が、言葉の上においてではなく、実際政治に於いて正しく実現するのである。天皇の「まつりごと」にこそ、真の民主政治なのである。

 

天皇は常に國民の幸福を祈られておられる。天皇統治とは國民の意志をお知りになることが基本である。わが國の天皇は民の幸福をわが幸福とされ民の不幸をわが不幸とされてきた。わが國は君民一体の國柄である。これこそ言葉の真の意味における「民主政治」でなくして何であろうか。

 

『大日本帝国憲法復元』は谷口雅春先生の悲願であった。しかるに、谷口雅春先生の孫であり、生長の家三代総裁である谷口雅宣は、『大日本帝国憲法』を「古色蒼然たるもの」として真っ向から否定する書籍を、生長の家の書籍を頒布する世界聖典普及協会で頒布している。生長の家は完全に変質し、雅宣は雅春先生の意思を完全に踏み躙ったのである。

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