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2016年7月 7日 (木)

わが國の傳統的死生観を否定する岡田克也、そしてそれを支持する谷口雅宣・生長の家

 

岡田克也氏は、『文藝春秋』平成二十二年七月号所載の「魂の存在は無か」といふ文章で、「十代の頃、『人にとって死とは終点なのか、それとも一つの通過点にすぎないのか』、言い方を変えれば、人の死を超えて魂は存在するのかということについて、真剣に考えた日々がありました。当時の私の結論は、人間に魂は存在するはずもなく、人は死によって『無』になるというものでした。この考えは、三十年以上経ったいまも基本的には変わっていません」と書いてゐる。

 

岡田氏は、「肉体は滅びても生命は不滅であり永遠である」といふ信仰を持ってゐないのである。かういふ人を唯物論者と言ふ。だから平気で唯物論を信奉する共産党と結託できるのである。かかる人物に政権を握らせてはならない。

 

日本人は古来、肉体は滅びても、生命は永遠といふ信仰を持ってゐる。今日の日本人の多くもさういふ信仰を持ってゐる。日本人は肉體が滅びても人間が無に帰することはないと信じて来た

 

生の世界と死の世界は絶対的に隔絶してゐない。人が死んでも、その魂をこの世の近くにゐて我々を守ってゐると信じてゐる。 

 

『萬葉集』では、「よみがへり」といふ言葉に「死還生」(死の世界から生きて帰るといふ意であらう)といふ字をあててゐる。

 

日本には死んだご先祖の霊が草葉の蔭から子孫を守って下さるとか、あるいはその反対に怨みを持って死んだ人の霊が生きてゐる人のところに化けて出るといふ信仰がある。死んだ人の霊は「草葉の蔭」から生きてゐる人を見守ったり祟ったりするのである。といふことは、死後の世界と現世は遮断してゐないで交流し連動してゐるといふことである。

 

柳田國男氏は、「日本人の大多数が、もとは死後の世界を近く親しく、何か其の消息に通じているやうな気持を、抱いて居た…第一には死してもこの國の中に、霊は留まって遠くへは行かぬと思ったこと、第二には顕幽両界の交通が繁く、単に春秋の定期の祭りだけでなしに、何れか一方のみの志によって、招き招かるゝことがさまで困難でないやうに思って居たこと、第三には生人の今はのときの念願が、死後には必ず達成するものと思って居たことで、是によって子孫の為に色々の計画を立てたのみか、さらに三たび生まれ代って、同じ事業を続けられるものゝ如く、思ったものの多かったといふのは第四である。」(『先祖の話』)と論じてゐる。

 

死者の靈魂は、無に帰するのでもなく、はるか彼方の他界に行ってしまふのでもなく、この國土の近くに留まって子孫を見守ってゐるといふ信仰は、わが國において永く継承されてきてゐる。

 

この世を去った人の靈魂を身近に感じて来たのが日本人の傳統的祖靈観・死生観である。日本人が比較的死を恐れない強靭な精神を持ってゐるのは、かうした信仰が根底にあるからであらう。

 

ともかく日本民族は肉体が滅びても魂は永遠である信じてきた。日本人にとって肉體の死は靈魂の滅亡ではないのである。これがわが國の傳統的死生観である。そして死者の靈を弔ひ鎮めることが現世に生きる人間のつとめである。「敬神崇祖」がわが國民道徳の基本である。祖靈を尊ぶことがわが國の道統である。

 

日本の伝統的死生観とは全く逆の死生観を持ってゐる岡田克也氏が代表をつとめる民進党が政権を奪取することは絶対にあってはならないことである。

 

最近、その変質が問題になっている生長の家の創立宣言とも言ふべき『七つの光明宣言』の第二項には、「吾等は生命顕現の法則を無限成長の道なりと信じ個人に宿る生命も不死なりと信ず」とある。

 

また、生長の家の根本経典たる『甘露の法雨』には、「人間は物質に非ず、肉體に非ず、…人間は靈なり。生命なり。不死なり」「神は靈なるが故に人間もまた靈なるなり」「汝ら決して肉體の死滅をもって人間の死となす勿れ。人間は生命なるが故に常に死を知らず」「人間の本體は生命なるが故に常に死することあらざるなり」と書かれてゐる。

 

宗教法人・生長の家は「今夏参議院選挙に対する生長の家の方針」として「与党とその候補者を支持しない」と宣言した、といふことは「野党」を支持するということだ。野党第一党の民進党は唯物論者の岡田克也が代表をつとめてゐる。第二党の共産党は唯物論者の集団である。まさに谷口雅宣は、國體信仰のみならず、生長の家の「生命の永遠」「霊魂不滅」といふ根本教義と正反対の思想を持つ政治勢力に投票せよと呼び掛けてゐるのである。

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