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2016年7月15日 (金)

猪瀬直樹氏の内田茂氏批判と、樺山卓司氏の自殺について

 猪瀬直樹元東京都知事は七月十三日、〈猪瀬直樹が語る「東京のガン」〉と題した記事をニュースメディア「News Picks」に投稿し、“都議会のドン”と呼ばれる自民党の内田茂都連幹事長を名指しで批判した。平成二十三年七月一日に自殺した樺山卓司東京都議会議員(享年六三歳)を追い込んだのは内田茂氏にあるとして次のように語った。

「樺山卓司さんという都議会議員が、内田氏に反旗を翻そうとしました。樺山さんは、初代台湾総督の樺山資紀のひ孫です。しかし、樺山さんは、201171日に自殺してしまいました。その原因は内田氏にあります。先日、樺山さんの娘さんから『父は憤死した』との連絡をもらって、樺山さんの遺書を見せてもらったのですが、そこには以下のような言葉がつづられていました。『これは全マスコミに発表して下さい。内田を許さない!!人間性のひとかけらもない内田茂。来世では必ず報復します。御覚悟!!自民党の皆さん。旧い自民党を破壊して下さい』。ちょうど樺山さんが死んだ夜に、樺山さんは「反内田」の仲間たちと飲んでいて、23時半ごろに帰宅し、3時ごろに自殺しているのを奥さまが発見したそうです。具体的に、内田氏に何をされたかというと、学校のいじめのようなことがあったそうです。都議会議員の集まりの中で嫌がらせ的に罵倒されたり、議長になれたのにならせてもらえなかったり、ギリギリといじめ抜かれた。きっと、内田氏としても『反内田』のグループが大きくなるのを恐れたのだと思います。『反内田』の声を上げると粛清されてしまう──そんな世界が都議会にはあるわけです。いわば、キムジョンイル支配のような世界です」。

樺山卓司氏は、小生の学生時代の同志であり友人であった。日本大學の学生時代、民族派学生組織・全日本学生評議会を結成し活動していた。小生とはその頃知り合った。樺山氏の母上は料理学校を経営されており、大変立派な方であった。たしか樺山家は修養団という精神運動団体に属しておられたと思う。

 

樺山氏が、初めて葛飾区議選に立候補される直前、樺山氏の母上が経営される料理学校で、勉強会が催された。講師は島村宜伸衆院議員であった。以後、葛飾区議を三期務めて、平成五年に都議に初当選。五期目をつとめていた平成二十三年七月一日に、六十三歳で自ら命を絶たれた。

 

同年七月六日に、西小岩の月光殿で執行された『樺山卓司氏通夜祭』参列しご冥福を祈った。その時、香典返しに頂いた腕時計を今も大切にしている。

どうして自ら命を絶たれたのはまったく不思議でならなかった。元気であったし、性格も明るく、意志も強い人であった。非常に礼儀正しく、大して年の差の無い私を先輩として立ててくれた。

 

葬儀の時、私は次の歌を詠んだ。

 

筆とりて 香典袋に わが名をば 記しつつ 逝きし友を偲べり

 

なにゆゑか 自ら命を 絶ちし友の 遺影は悲しき 笑顔なりけり

 

そして昨日、猪瀬氏の記事を読んだ後、次の歌を詠んだ。

 

友の自殺は ボス政治家の いじめとの 報道を知り 驚く我は

 

伏魔殿と 言はれし都議会 今もなほ その体質は 変はらずにあるか

 

あの明るく大らかだった樺山氏が「人間性のひとかけらもない内田茂。来世では必ず報復します。御覚悟!!」などと激しい言葉を吐露したのは余程の事があったのであろう。

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