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2016年7月15日 (金)

 「現行憲法」は諸悪の根源であり、これが存在する限り戦後が終わらない

 戦後日本は大東亜戦争の敗北による「反戦意識」、そしてそれに伴う戦勝国の日本弱体化政策により、“戦争否定”というよりも“国家防衛否定”の意識が横溢してしまった。そして、「日本国憲法がある限り、平和は守られる」という幻想を抱き、国家防衛体制の構築を「悪」であるとして否定している人がまだまだ多い。鳥越俊太郎はその代表的人物である。

 

 「現行憲法」は諸悪の根源であり、これが存在する限り戦後が終わらないばかりでなく、わが国は国家存立の基盤である自主防衛体制の確立すら正しく実現することはできない。

 

 「現行憲法」は、占領憲法といわれているように終戦直後に戦勝国の恫喝によって押し付けられたという不幸な制定経過を持っている。従って、わが国の伝統に基礎を置かず、欧米民主主義思想を根幹としている。また、大東亜戦争は日本の一方的侵略であったという自虐史観の論理で汚染され、日本を自主独立国家として規定していない。その結果、日本国民は、内には祖国への誇りを喪失し、外には国際社会から軽侮と不信を受け続けてきた。

 

 「現行憲法」は、再び日本がアメリカなどの戦勝国に歯向かう国にならないよう仕組まれたものである。つまり、「現行憲法」の条文を守れば守るほど、日本国家の国防・政治・教育・社会・家庭が混乱するようになっているのだ。

 

 冷戦は終結し、世界は新たな時代を迎えたと言われた。ところが新しい時代とは決して平和な時代でも明るい時代でもなく、民族と民族・国家と国家がエゴをむき出しにした対立・闘争の時代である。わが国は最早、国家意志を曖昧にしたまま、世界の傍観者であり続けることはできなくなった。

 

 「現行憲法」が如何に亡国憲法であるかはその「前文」を見れば明らかである。「現行占領憲法」前文には、「諸国民の公正と信義に信頼してわれらの生存と安全を保持しようと決意した」と書かれているが、これほど現実を無視した文章はない。

 

今日、公正と信義などという抽象概念で世界は動いていない。北方領土を奪取して返さないロシア・竹島を奪取して返さない韓国・わが国国民を拉致しスパイ船を派遣して破壊活動を行いミサイルをわが国上空に飛ばしている北朝鮮・尖閣沖縄を侵略しようとしている共産支那という公正さも信義も無い国に取り囲まれている国が日本なのだ。

 

 こうした状況下に置かれたわが国が、「諸国民の公正と信義に信頼してわれらの生存と安全を保持しようと決意」するだけで、一切の軍事力を放棄していたら、わが国はそうした周辺諸国の餌食になるだけである。現実にわが国は戦後ずっと、周辺諸国に馬鹿にされ領土を奪われたままではないか。

 

 さらに「前文」には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と書かれている。これは大東亜戦争のことを言っているのだが、あの戦いは政府のみの行為ではない。一億国民が火の玉となって戦った戦争であったのだ。

 

 「現行憲法」の「前文」の主旨は、日本国及び日本国政府は悪者であり、他国は公正と信義のある国であるということを前提にしているのだ。こんな詫び証文のような「前文」を持つ憲法を、戦争が終わってから五十年以上も経過している今日、後生大事に抱えているのは文字通り国恥である。

 

 「現行憲法」は正しい日本語で書かれていない。「前文」には「われら」という言葉が数多く登場するが、一体これは誰を指しているのか。「現行憲法」は、「戦勝国の戦勝国による戦勝国のための憲法」なのである。

 

 他の国の国民は全て「公正と信義」なるものを持っているのだから、日本にはわが国を侵略しようなどという「公正と信義に反する敵国」はあり得ないということになる。だから、わが国には「非常事態」はあり得ない。そういう嘘八百・虚構を前提に法律が組み立てられている。

 

この「前文」の精神に基づいて、「本文」を読めば、「第九条」は、「日本国による防衛戦争」も否定していると考えるのが妥当だ。「九条第一項」の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」は、不戦条約をそのまま文章にしたもので日本のみではない。しかし、「第二項」の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。交戦権はこれを認めない」というのは日本以外に無い条項である。「前項の目的」とは」国際紛争を解決する手段」であり「自衛」ではないというのは苦しい読み方であり曲解と言っていい。

 

「現行憲法」は占領の基本文書であり、二度と再びわが国が戦勝国に立ち向かうことのないようにすることを目的として押しつけられたのだから、「交戦権」も「戦力」も与えられなかったのである。

 

 「徴兵制違憲論」が横行している。政府もそういう見解であるらしい。これは、「現行憲法」第一八条に「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。また、犯罪による処罰を除いては、その意に反する苦役に服させられない」とあることを根拠にしている。「徴兵が苦役になる」などと解釈している国は無い。

 

 要するに、現行占領憲法には国防が定められていないのである。このことが日本という国家を駄目にしたのである。国防は国家の生命だ。「憲法前文」と「第九条」が続くことは日本は独立国家ではないという状況が続くということである。          

 

 「現行憲法」は占領行政基本法であるから占領終了後停止すべきであった。防衛は米軍が全部やってやるという占領時代の憲法をいまだに持っているのはおかしいし、「現行憲法」が存続する限り日本は独立と安全と平和を守ることはできない。

 

 「現行占領憲法」は、日本が主権を持っていなかった時期に戦勝国によって押しつけられた。のだから、主権を回復した時に『大日本帝国憲法』に回帰すべきだったのである。

      

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