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2016年7月20日 (水)

支那のことを支那と呼んで何が悪い

 渡辺はま子という歌手がおられた。戦前においては、『支那の夜』『蘇州夜曲』『愛国の花』、戦後においては『サンフランシスコのチャイナタウン』『ああモンテンルパの夜は更けて』というヒット曲を飛ばした大歌手である。戦前は支那大陸の戦地の慰問、戦後はフィリッピンのモンテンルパに収容されていた日本人戦犯者の釈放運動に挺身した文字通り<愛国の花>である。ところが渡辺はま子女史の最大のヒット曲『支那の夜』はテレビなどで歌うことはできなかった。「支那という呼称は蔑称であり『中国』といわなければ国際問題になる」というのがその理由であるという。日本人の誤った観念がこの名曲を歌ったり聞いたりする機会を奪っているのだ。

 

 マスコミ・出版界では支那という呼称は禁句である。ところが、なぜ支那が蔑称となるのか納得のいく説明はない。というよりもできないのだ。支那が蔑称であるのなら、支那そば・東シナ海・インドシナ半島という呼称も蔑称になる。

 

 支那という呼称をわが国及びわが国民が用いたとて支那及び支那人を蔑視したことにはならない。そもそも何処の国もそして国連などの国際機関も支那のことを支那(China)と呼称している。

 

 支那とは、秦帝国(始皇帝が周および六国を滅ぼして天下を統一した王朝)の「秦(シン)」の音変化に由来し、サンスクリット語の仏典を漢訳した時から漢字では支那と書くようになった。以来、支那人自身が用いてきた言葉である。だから諸外国も支那と呼称するようになり、英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語などでも支那と呼んでいる。英語ではChina(チャイナ)と呼称した。支那は歴史的名称であり、わが国も支那と呼称するようになったのである。何故にわが国民が支那を支那と呼称すると差別・蔑視になるのか。

 また、中華人民共和国・中華民国という国は存在していても「中国」という国はこの地球上に存在しないし、かつて一度も存在したこともない。支那大陸に中国という国は存在しないのだから支那を中国と呼ぶことはできないのである。

 

 わが国は古代より「日本」が国号である。ところが、支那は「五千年の伝統」などと威張ってはいるが、革命が繰り返されて、一つの王朝が継続してこなかった。したがって一つの国号が続かなかった。すぐ思い浮かぶだけでも隋・唐・宋・元・明・清・中華民国・中華人民共和国と実に多く国名が変わった。こんなに国名が変化しているのにわが国に対して「中国と呼ばなければ駄目だ」などと指図する資格はない。

 

 わが国には葦原中国(あしはらなかつくに)という国号もある。またわが国の朝廷の御事をことを中朝ともいう。江戸前期の儒学者・山鹿素行が赤穂配流中に著した歴史書は『中朝事実』という。中朝とはわが日本のことである。つまり、わが日本国も中国なのである。

 

 日本のみが支那と呼んではいけないというのは日本に対する差別である。日本に対してのみ支那を中国と呼ばせるのは、支那が日本を属国と思っているからであり、日本人を西洋人より下に見て、差別し蔑視しているからである。こうしたシナの日本に対する差別観念は中華思想から来ている。

 

「中国という言葉はすでに定着しているのだから、中国を刺激してまで無理に支那と呼称することはない」という意見があるが大間違いである。これはわが国の尊厳性・文化の独自性の保持、突き詰めればわが国の独立に関わる問題なのである。

 

 世界の先進国で支那を中国と呼んでいる国は日本以外にない。支那大陸に盤踞する「共産中国」は近年とみに軍事力を強化し、アジアにおける覇権確立を狙っている。そしてわが国固有の領土・尖閣諸島を自国領だと主張し、さらに沖縄侵略の機を窺い、わが国を政治的・軍事的・経済的・文化的に隷属させようとしている。

 

わが日本は支那共産政権のこうした野望を打ち砕きわが国の独立と自由を守らねばならない。支那の強要によってわが国が支那のことを中国などと呼称する自体、わが国にとってこれほどの屈辱はないし、「日本は中国の属国であり冊封国だ」と認めることになり、わが国が中華思想に侵略され支那に併呑される原因となる。

 

 中国とは中華の国の略称なのだろう。支那は世界の中心・地球の真ん中にあって文化が華のように咲き誇っているという思想である。支那は世界帝国であり、支那の皇帝に朝貢(皇帝にみつぎものを差し上げること)する属国の形式でしか外国の存在を認めず、支那以外の世界各地域は支那に朝貢しなければならないと考えて来た。世界各地の支配者はシナの皇帝の冊封(天子の命で官・位を授ける書きつけである『冊』により諸侯に封禄・爵位を授けること)によってその地位と権力を認められる、とする。こうした中華思想には対等な外交関係はあり得ない。

 

 それだけではなく、周辺諸民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と獣や虫けらのように呼んでこれを蔑視し侮った。東夷とは東方の野蛮人のことで、日本・満州・朝鮮などの民族を指した。西戎とは西方の野蛮人のことで、チベットやトルコ系の諸民族を指した。南蛮とは南方の野蛮人のことで、インド支那など南海諸地方の民族を指した。北狄とは北方の野蛮人のことで、ウイグル・韃靼(等の遊牧民族を指した。これが中華思想の基本的考え方のである。

 

 このように中華思想こそ、とてつもない帝国主義思想・差別思想なのである。そしてこの中華思想が支那歴代王朝の精神であり、「共産中国」といえども中国という呼称に固執している以上変化はない。

 

毛沢東も鄧小平も支那の皇帝だったのであり、国内的には残虐にして強固な独裁体制、国外的には侵略思想・差別思想を持ち続けた。 今日の独裁者・習近平も支那共産王朝の皇帝の地位を確立しつつあるのだ。

 

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