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2016年6月21日 (火)

日本人の天地の神への信仰 

         

 天地の 神を祈りて 幸矢(さつや)(ぬき) 筑紫の島を さして行く吾は

                     (四三七四)

 

 『萬葉集』に収められた下野の國(現在の栃木県)の火長大田部荒耳(くわちゃうおほたべのあらみゝ)といふ防人の歌である。

 

 「天地の神」とは天の神と地の神。わが國の神は天の神・地の神、陽の神・陰の神に系統が分かれてゐる。『古事記』冒頭に「天地の初発の時、高天原になりませる神の御名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ) 。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ) 。次に神産巣日神(かみむすびのかみ)」と記されてゐる。この三神を造化の三神といふ。天地宇宙の根源の神であり生成の神である宇宙大生命の神といってもよい。高御産巣日神は陽の神であり、神産巣日神である。

 

 そして、國土生成の神であられる伊耶那岐命・伊耶那美命は、伊耶那岐命が男性神・陽の神であり、伊耶那美命が女性神・陰の神である。伊耶那岐命が筑紫の日向の小門の阿波岐原で身禊をされた左の目を洗はれた時になりませる神が天照大神である。鼻を洗はれた時になりませる神が須佐之男命である。

 

 天照大神の系統の神様が天の神である。天照大神の御孫であらせられ、地上に天降られて地上を統治される神が、皇室の御祖先である邇邇藝命である。

 

また、天照大神の弟君である須佐之男命の系統の神様が地の神である。須佐之男命の子孫の神が國土の神であり邇邇藝命に「國譲り」をされた大國主命である。

 

そして、神武天皇をはじめとした御歴代の天皇は、天の神・地の神の霊威を身に帯びられて國家を統治されて来てゐる。

 

 全國各地に、天照大神をお祀りした神社、須佐之男命をお祀りした神社があるやうに、わが國民は、天の神・地の神(これを天神地祇といふ)を共に敬って来た。農耕生活を営む上において、天の恵み(太陽)と地の恵み(土と水)は欠かすことができないので、わが國の祖先は天神地祇を篤く信仰したのであらう。

 この歌にも「天地の神」と歌はれてゐるやうに、また「天神地祇」と言ふやうに、日本人は、天の神・地の神を対立して考へず、一体のものとしてとらへた。天の神・地の神として全てを包み込んでしまひ、漏れ落ちることがないといふのが日本人の伝統信仰である。

 

 地の神である須佐之男命も、天の神である天照大神の弟神であられる。天の神も地の神も根源的には姉と弟であり一つなのである。そして、須佐之男命は、天照大神に反抗して高天原で大暴れするけれども、出雲の國に天降ると、豊饒の神となって、民を助ける。

 

日本人は「天と地」・「善と悪」を厳しく峻別するといふ考へ方はなく、「悪」も見直し・聞き直しをすれば「善」となるといふ寛容にして大らかな精神を持ってゐる。

 

 キリスト教などの一神教では天と地とは隔絶した存在であり、人間がこの世から天國へ行くのは簡単ではない。イエス・キリストを神の一人子として受け容れ、信仰し、他の宗教を捨て、原罪を悔い改めなければならない。

 

 しかし、わが國の伝統信仰においては、天と地とは隔絶した存在ではないととらへてきた。それはわが國が四方を海に囲まれてゐて、水平線をよく見ることができる。水平線の彼方は海(天)と空とが一体になっている。ゆえに空のことも「天(アマ)」といひ、海のことも「アマ」といふ。日本人は、天地は一如であると観察してゐたのである。

 

 「幸矢」とは狩猟の用いる矢をいふ。「幸」とは山の幸すなわち山で捕れる獲物。その山の獲物を取ることができる力を持つ矢の意味で「幸矢」といふ。獲物が捕れることは人にとって幸いであるので「幸福」といふ意味が生まれた。『古事記』に出て来る「海幸彦」「山幸彦」とは、それぞれ「海の獲物を捕るのが上手な人」「山の獲物を捕るのが上手な人」といふことである。

 

 「貫く」とは、矢を靫(ゆぎ・太い筒形の中のがらんどうな所に矢を入れ、腰につけて持ち歩く道具。矢を入れて背に負う器具)に収めて身に帯びること。

 

「筑紫の島」の「島」とはある限られた地域のことで、筑紫の方面といふ意。 

 

 「天地の神に祈って、矢を身に帯びて筑紫の方を目指して行くのである」といふほどの意。

 

防人としての決意と宣誓の歌である。この歌によって、この時代の東國の庶民にも、わが國の伝統信仰が生き生きと根づいてゐたことが分かる。

                         

 天の神・地の神(天神地祇)は截然と区別できるわけではない。三輪山にも葛城山にも神様がおられる。山の神は本来地神であるが、三輪山は大和地方における太陽信仰の山であり、その麓には元伊勢と呼ばれる天照大神をお祀りした檜原神社がある。この神社は、天照大神が伊勢に鎮まります前にお祀りされてゐたところと言はれてゐる。

 

 日本民族の神観は柔軟であり、幅が広く奥行が深い。悪神が善神になる。そこが日本伝統信仰の特徴で、とらはれないし硬直した考へ方ではない。日本の神の定義について本居宣長は、「尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳のありて、可畏(カシコ) きものを神とは云ふなり」と述べてゐる。

 

 キリスト教の神と日本の神との大きな違ひは、キリスト教の神は天地の創造主として人間を造るのであるが、日本の神は國土や人間を生むのである。そしてキリスト教の唯一絶対神は「天にまします我らの父」であって、普通の状態では人間は神に近づき難い存在であり隔絶した存在である。また地上と天國も隔絶してゐて、地上から簡単に天國に行くことはできない。

 

 ところが、日本の神は、國土や人と血族関係にある。天地に遍満したもうのが日本の神である。また、今の代と神代、地上と高天原は互ひに交流してゐる。それどころか、「今即神代」(この世がそのまま神代であるといふ信仰)といふ考へ方がある。神も単に天におられるのではなく、地上にもおられるのである。

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