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2016年6月13日 (月)

冷戦構造崩壊後の混乱と闘争の歴史と、天皇国日本の使命

旧ソ連および東欧の共産主義体制の崩壊し、東西冷戦構造も消滅した。しかしこれで世界は平和になったわけでは全くなかった。東西冷戦構造の時代はアメリカと旧ソ連という二超大国の世界支配が強大であったので民族間・国家間の対立抗争は押さえられてきた。言ってみればソ連とアメリカという重石が「冷戦構造」という名の「平和」を維持して来たと言って良い。それが無くなってしまったのだ。そして国家と国家・民族と民族・宗教と宗教の鋭い対立抗争の時代に突入したのだ。冷戦構造崩壊後の歴史を見れば火を見るよりも明らかである。

 

 また、民族主義は急速な科学技術の進歩と世界の統合化現象によって、人類の中に吸収され消滅するという見方がある。しかし歴史的社会的に長い時間をかけて形成されて来た運命共同意識としての民族主義は消滅するものではない。このことは、民族を超え国家を超えんとした共産主義が破滅した後において、民族主義が破滅しなかったどころか逆に勃興したという事実によってと明白である。どんなに科学技術が進歩し世界統合化現象が顕著になってきたように見えても民族主義はなお根強く生き続けるのである。

 

 旧ソ連東欧の人々は民族主義へ回帰した。しかもそれはかなり尖鋭的にして排他的な民族エゴ国家エゴとして噴出している。バルカン半島やロシアなどの国内紛争を見てもわかるように経済の不均衡と民族間の武力抗争問題が新たなそして深刻な問題となっている。

 

 アジアにおいてもしかりである。共産支那の軍事的膨張は日に日に深刻になり、我が国をはじめとしたアジア諸国に大きな脅威を及ぼしている。

 

 要するに戦後四十数年間の米ソ二超大国支配という冷戦構造というある意味の「秩序」崩壊した後、それに代わる新秩序が構築されず混乱と闘争の世界が現出したのである。

 

しかもわが日本はこうした事態に正しく対応できる国家体制を確立していない。大東亜戦争侵略史観(東京裁判史観)に呪縛されたまま、戦後体制(護憲安保体制)を解体することもできず、「平和国家」の虚名に酔い、「戦後平和主義」呪縛から解放されず、「占領憲法」を破棄できずにいる。

 

 民族エゴ国家エゴのぶつかり合いの世の中になった現在、日本は何を如何に為すべきかが問題なのである。その場しのぎの政策ではなく、新たなる世界秩序建設のために日本が正しく貢献し参画出来得る原理を示すべき時なのである。しかるに、いまだに戦後が終わらない日本即ち東京裁判史観から脱却し得ず戦後体制を打倒解体し得ない日本は、とてもそのようなことを為しうる状況には立ち至っていない。これが最大の問題なのである。日本も健全にして正統な民族主義・民族的自覚(これは民族エゴとは似て非なるものである)を強めねばならない。

 では、この民族的自覚とは何であろうか。特に現代日本における民族的自覚とは何かが問題なのである。民族は人種とは異なる。人種という概念は皮膚の色・容貌、毛髪の色および形状、骨格、瞳の色など、人間の身体的特色、即ち先天的とも言うべき要素によって分類された一団の人間たちのことである。

 

 一方、民族とは、人種を基礎とはしているが、必ずしも同じ人種ではなくても、言語と生活様式を共通にするとともに、運命の共同性に基づいて結合された人間集団の全体ということである。言い換えれば運命共同体であり、運命を共同するという意識を持っている人々によって形成された精神的文化的共同体である。

 

 日本という国に生まれ基本的生活様式を共同にし共通の運命を持つ人々を日本民族という。そしてその人々が共同に有する意識・精神を日本民族主義と言うのである。日本民族の基本的生活様式とは稲作農業である。そしてそこから日本民族の独自の宇宙観・世界観・宗教が生まれる。

 

 民族主義は伝統的な信仰と切り離せない。民族に固有な心のあり方・精神はその民族の信仰が最も雄弁に物語る。日本民族主義の特色は何か。それは天皇中心の國體精神である。天皇中心の國體とは日本の伝統信仰の継承者であらせられ、祭祀主であらせられ、日本文化の体現者であらせられる萬世一系の天皇が日本国を統治されるという国家の在りようをいう。そしてそれは日本民族がこれまで継承して来ただけでなく今日も脈々と生きている様々な倫理・制度・生活伝統などの全ての中核精神である。

 

 この日本國體精神こそが日本人の運命共同意識の根幹である。故にこれまでの国史上の大難は、天皇中心の国体を正しく開顕することによって突破し打開してきた。幕末における尊皇攘夷の思想はその典型である。

 

日本の歴史を繙くと、大化改新直前や元冦や明治維新直前の時などのように外圧という国家的危機に際して運命共同意識が湧きいでて民族主義が勃興した。そしてそれは伝統信仰即ち神道思想そして何よりも日本國體精神に回帰した。

 

民族主義は、時の今昔洋の東西を問わず、国家的危機状況において勃興する。インドにおいても反英独立運動という民族主義の勃興時においてインド古代思想への回帰が起こった。そしてラーマクリシュナ、ヴィヴェーカーナンダ、オーロビント・ゴーシュなどの神秘思想が生まれた。そしてこれらの思想家たちはみな親日的であった。

 

 しかし、現在世界的に活発になりつつある民族エゴと国家エゴのぶつかり合いを見ても明らかなように、民族主義は往々にして闘争的排他的になりやすい。なぜなら民族主義は理性的、現実主義的、論理的なものではなく、ある危機に際会しての多分に情念的、ロマン的、感情的な窮地の打開運動であるからである。

 

今日の求められている民族主義には、民族の伝統に回帰することによってその民族が幸福になるのみならず、世界の平和実件に寄与するという理想がなければならない。今日の日本に求められているのは、日本傳統信仰・日本民族精神による世界平和確立への貢献である。

 

前述したように民族主義はそれぞれの民族の中核精神への回帰と憧憬の心がその根幹となっている。日本建国の精神は世界平和の思想(八絋一宇・万邦共栄の精神)であり、日本民族の中核精神たる日本国体精神は、覇権覇道闘争の精神ではなく、米作りという絶対に平和的な人間の生産活動より生まれた精神である。地上においてお米を豊かに実らせるというのが、日本天皇が神から授かった御使命である。我等日本人はこの精神を発展させて、いよいよ混迷を深める真の全世界の安定と繁栄の実現のために貢献すべきである。それが即ち「この漂へる國を修理固成(つくりかためな) せ」との御神勅を奉行することなのである。

今こそ、『大日本帝国憲法』の國體条項に示された日本國體精神すなわち「天壌無窮のご神勅」の精神の恢弘が大切なのである。

 

 

  

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