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2016年6月 6日 (月)

『川端康成コレクション 伝統とモダニズム』展参観記

昨日参観した丸の内の東京ステーションギャラリーで開催中の『川端康成コレクション 伝統とモダニズム』展は、「ノーベル賞作家の川端康成は、美術品の収集家としても知られています。近世絵画の傑作や近代工芸の優品から、現代アートの巨匠の作品にまでいたるそのコレクションは、優れた審美眼によって形成された、独自の魅力的な美の世界を作りだしています。本展では、伝統とモダニズムの双方にまたがる川端の収集品を軸に、川端文学の展開や、画家、文学者たちとの交流をも視野にいれ、その深淵な美意識の世界に分け入ろうとするものです」(案内書)との趣旨で開催された。

 

古賀春江の「そこに在る」「公園のエピソード」東山魁夷の「晩鐘」「マリアの鐘」「山湖静」「北山初雪」草間彌生の「不知火」パブロ・ピカソの「ヴェールの女」渡辺崋山の「桃花山禽双孔雀図」小林古径の「双鶴図」などの絵画、菊池寛・横光利一・太宰治・三島由紀夫・坂口安吾などの川端康成宛書簡、古墳時代の「埴輪」、縄文時代の「土偶」、アフガニスタンで発掘された「仏頭」などの塑像、黒田辰秋の「拭漆栗楕円盆」などの木製漆塗、川端康成の「美しい日本」「以文會友」などの墨書。昭和初期の浅草の劇場のチラシ広告などが印象に残った。

 

普通の展覧会と違って、それぞれの展示品に関する川端康成の文章が添えられているのが良かった。川端康成の文章は読みやすいがとても深いものであった。東山魁夷の絵画はこれまで随分鑑賞する機会かあったが、「晩鐘」「マリアの鐘」という外国それもヨーロッパの風景を描いた作品を見るのは初めてであった。川端康成に宛てた太宰治の長文の書簡は芥川賞受賞を懇望する凄まじい内容であった。太宰の執念と自負が綿綿と書かれていた。それに比較して坂口安吾の書簡は、無頼派といわれたが原稿用紙に飼い犬のことが丁寧な字で書かれた冷静な内容であった。川端康成は、昭和初期の浅草を描いた『浅草紅團』という作品がある。浅草によく通った川端が逝去するまで保管していたカジノ・フォーリーなどの宣伝のチラシも展示されていた。田谷力三・羽衣歌子の名前が書かれているチラシもあった。田谷力三氏とは親しくさせて頂いたし、羽衣歌子さんとも一回お会いしたことがある。懐かしい方々である。

 

川端康成は、二十代から三十代にかけて千駄木・谷中・上野桜木町に住んでいた。昔の地名では、本郷区千駄木町三十八番地、下谷区谷中坂町七十九番地と言う。上野桜木町には昭和四年から十年まで住んだという。私宅の近くなので親しみを感じる。昭和十年に上野桜木町から鎌倉に引っ越し、昭和四十七年に自殺するまで住んだ。宅間ケ谷と言う所で、そこには林房雄氏も住んでいた。学生時代、生学連・日學同の同志たちと共に林房雄邸をお訪ねし、色々お話を伺ったことを思い出した。

 

川端康成は、大正末期から昭和初期にかけての文学運動であった「新感覚派」のメンバーであった。「新感覚派」には、川端をはじめ横光利一、中河与一、今東光、片岡鉄平などが属していた。今回の展覧会では、横光利一の書簡や写真が展示されていたが、中河与一はまったく登場していなかったので少しさみしかった。

 

私は、川端康成の作品は『伊豆の踊子』『雪国』『山の音』『眠れる美女』などを讀んだ。題名からすると、美しい日本の風景や女性を描いているように思えるが、讀んでみるとそうではない。『伊豆の踊子』は別として、虚無の世界、異常性愛の世界が描かれている。川端はただ単に日本の伝統美を描いた人ではない。魔界、妖美な世界、人間の醜と悪、非情・孤独・絶望の世界も描いている。

 

川端康成、太宰治、芥川龍之介、三島由紀夫などを見ても分かる通り、天才作家は自殺・自決で、この世を去った人が多い事は厳然たる事実である。

 

昭和時代の偉大なる作家であった川端康成のことがあらためて色々勉強になった展覧会であった。

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