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2016年5月 7日 (土)

昭和天皇御製・皇后陛下御歌に拝する「現御神信仰」

昭和天皇おかせられては、昭和三十四年、『皇太子の結婚』と題されて、

 

あなうれし 神のみ前に 日の御子の いもせの契り むすぶこの朝

 

と詠ませられてゐる。「日の御子」とは「日の神すなはち天照大御神の御子」といふ意味である。「日嗣(ひつぎ)の御子」と同じ意義である。この御製は、戦勝國アメリカの占領軍の無理強いによって発せられた『昭和二十一年元旦の詔書』が「人間宣言」であったなどといふことを根底から否定する。昭和天皇におかせられては、天皇及び皇太子は「天照大御神の生みの御子=現御神である」との御自覚はいささかも揺らいでをられなかったことは、この御製を拝すればあまりにも明白である。

 

『萬葉集』に収められてゐる柿本人麻呂の歌には「やすみしし わが大君 高照らす 日の御子 神ながら 神さびせすと…」と高らかに歌ひあげられてゐる。「四方をやすらけくたいらけくしらしめされるわが大君、高く光る日の神の御子、神ながらに、神にますままに、…」といふほどの意である。この歌は、古代日本人の現御神日本天皇仰慕の無上の詠嘆である。

 

「高光る 日の御子 やすみしし わが大君」といふ言葉は、『古事記』の景行天皇記の美夜受比売(みやづひめ)の御歌に最初に登場する。現御神信仰は、わが國古代以来今日まで繼承されて来たてゐる。

 

御歴代の天皇そして皇太子は、血統上は天照大御神・邇邇藝命・神武天皇のご子孫であり血統を継承されてゐるのであるが、信仰上は今上天皇も皇太子もひとしく天照大御神の「生みの御子」であらせられるのであり、天照大御神との御関係は邇邇藝命も神武天皇も今上天皇も皇太子も同一である。  

 

皇后陛下は、昭和三十五年、「浩宮誕生」と題されて、

 

あづかれる 宝にも似て あるときは 吾子(わこ)ながらかひな 畏れつつ抱(いだ)く

 

と詠ませられてゐる。ご自分のお産みになった御子ではあるけれども、「高光る 日の御子」であらせられるがゆゑに、宝の如く畏れつつ抱かれるといふ、まことに崇高なる御心をお詠みになったと拝する。

 

民間から皇太子妃殿下となられ、キリスト教教育を受けられた皇后陛下は、神話時代以来の「現御神信仰」を正しく受け継いでをられるのである。國體擁護・尊皇の立場に立つ人の中に、皇后陛下に対し奉り、不当にして理不尽な批判を行ふ人がゐるが、厳に慎むべきである。

 

葦津珍彦氏は「(注・今上天皇のご成婚に際して、皇后陛下がミッションスクールのご出身であられることによって)『皇室の傳統精神は確保され得るや』との真剣な憂念は、政府に対して強力に働きかけて来る。政府としては、御慶事を迎ふるための不可欠の準備としても、これら國民の心配を解消させなくてはならない。昨年末の十二月二十九日、皇太子妃教育の科目が発表されたが、その初めには宮中祭祀があげられ、次いで神宮祭祀が講義されると発表された。一月十四日、納采の儀に際しては、伊勢の神宮、畝傍の陵などに勅使が奉告のためさしつかはされた。いよいよ御成婚の盛儀は、賢所大前で神式の國家儀式でとり行はれるといふことになったわけである。…このやうな努力の必要を、政府に痛感させた原因は、…正田美智子さんが聖心女學院といふカトリック學校の優等生だったといふことから起ってゐる。…皇室は、キリスト教的教育を受けられた正田美智子さんを迎へたために、皇室神道の傳統を回復すべき好機を得られた、といふこともできる。歴史の流れといふものは、まことに複雑微妙であり、時によっては逆説的なコースをとるものである。」(「東宮殿下の御成婚の波紋」・『みやびと覇権』所収)と論じてゐる。

 

皇后陛下に対し奉り、國體否定論者ではなく、國體擁護の立場にあるとされる人からも色々な批判を耳にすることがある。中には「正田王朝」などといふ言葉を用いる「學者」もゐる。不届き至極である。

 

昭和三十四年のご成婚の時、「皇后は民間出身であってはならない」といふ批判が起って以来皇后陛下に対する反感が、一部の人々に地下のマグマのやうにくすぶり続けて来た。あってはならないことである。

 

皇后陛下は、宮中祭祀への伺候をはじめ「皇后」としてのご使命を果たされるべくつとめてこられた。皇后陛下の御歌を拝すれば、皇后陛下が、日本傳統精神そして皇室の傳統を常に重んじられ、回帰されつつ、皇后としての尊き道を歩まれてをられるがか分かる。

 

平成十五年  皇后陛下御歌

 出雲大社に詣でて

國譲(ゆづ)り 祀(まつ)られましし 大神の 奇しき御業(みわざ)を 偲びて止まず

 

平成十三年

外國(とつくに)の 風招(まね)きつつ 國柱(くにばしら) 太しくあれと 守り給ひき

 

この御歌についての、宮内庁ホームページの説明には「明治の開國にあたり,明治天皇が広く世界の叡智に學ぶことを奨励なさると共に,日本古来の思想や習慣を重んじられ,國の基を大切にお守りになったことへの崇敬をお詠みになった御歌。明治神宮御鎮座八十周年にあたり,御製,御歌の願い出があったが,六月に香淳皇后が崩御になり,今年の御献詠となった」とある。

平成十一年

結婚四十年を迎えて

遠白(とほしろ)き神代の時に入るごとく伊勢参道を君とゆきし日

 

平成八年

 終戦記念日に

海陸(うみくが)のいづへを知らず姿なきあまたのみ靈(たま)國護(まも)るらむ

 

平成五年

 御遷宮の夜半に  

秋草の 園生(そのふ)に虫の 声満ちて み遷(うつ)りの刻(とき) 次第に近し

 

平成三年

 立太子礼

赤玉の 緒(を)さへ光りて 日嗣(ひつぎ)なる 皇子(みこ)とし立たす 春をことほぐ

 

平成二年

 明治神宮御鎮座七〇周年

聖(ひじり)なる 帝(みかど)にまして 越(こ)ゆるべき 心の山の ありと宣(の)らしき

この御歌についての宮内庁ホームページの説明には「この御歌は,明治天皇の御製『しづかなる心のおくにこえぬべきちとせの山はありとこそきけ』を拝してお詠みになったものです」とある。

 

 御即位を祝して

ながき年 目に親しみし み衣(ころも)の 黄丹(に)の色に 御代の朝あけ

 

畏れながら、「遠白(とほしろ)き神代の時に入るごとく伊勢参道を君とゆきし日」の御歌は、「今即神代」「神代即今」といふ日本傳統信仰の基本精神を、つつましくも清らかに歌はれた御歌と拝する。「赤玉の緒(を)さへ光りて日嗣(ひつぎ)なる皇子(みこ)とし立たす春をことほぐ」の御歌は、皇太子殿下は、天照大御神の靈統を継がれる御方であるといふ古来の傳統信仰すなはち現御神信仰を歌はれたのである。

 まことに畏れ多いことながら、皇太子雅子妃殿下におかせられても、色々精神的肉体的御苦労はあおりになったとしても、天皇皇后両陛下の祭祀、そして日本傳統信仰のご体得、国民を思はれる仁慈の御心を見習はれ、継承されることであらう。

 

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