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2016年5月 7日 (土)

日本人の言霊信仰がやまと歌などの日本文藝を生んだ

日本では太古から、天地自然の奥に生きてをられる天地の神に、五穀の豊饒や民の幸福を祈る「まつりごと」が行はれた。その「まつりごと」において祭り主が神憑りの状態で「となへごと」が発した。神憑りの状態から発せられた「となへごと」が度々繰り返された結果、一定の形をとるやうになったのが祝詞である。それが「やまとうた」(和歌)の起源である。

 

祭祀における「となへごと」は「やまとうた」のみならずわが國の文藝全体の起源である。「やまとうた」はまつりごとから発生したのである。日本人の言霊信仰が歌などの日本文藝を生んだといへる。

 

「敷島の日本(やまと)の國は言霊のさきはふ國ぞまさきくありこそ」 

(敷島の大和の國は言霊の力によって、幸福がもたらされてゐる国です。どうか栄えて下さい、といふほどの意)

 

これは、『萬葉集』柿本人麻呂歌集に収められてゐる歌である。この歌は言霊の霊力が発揮されて、人の幸福が実現することを祈り予祝した歌である。

 

山上憶良の「好去好来(かうこかうらい)歌」(遣唐使の出発に当たってその無事を祈り祝福した歌)には、

 

「神代より 言ひ傳(つ)て来らく そらみつ 大和の国は 皇神(すめがみ)の 嚴(いつく)しき國 言霊の 幸はふ國と 語り繼ぎ 言ひ繼がひけり 今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり…」

(神代以来言い伝えられて来たことですが、そらみつ大和の國は皇神の威徳が厳然としてゐる國であり、言霊が幸をもたらす国であると、語り継ぎ、言ひ継いでき来ました。それは今の世の人もことごとく目の当たりに見て知っゐます…、といふほどの意)

 

と歌はれてゐる。

この憶良の歌について保田與重郎氏は、「憶良は、實は専ら儒佛の思想を喜んだ人で、その方では當時の代表的な文人であるが、その人が歌った歌の中に、言霊の幸ふ國を云ひこれを今の目のまへに見たと歌ひ、聞いたと云うてゐるのは、却って、かういふ傾向の人の言葉だけに、尊い道のありさまを云ふものである。…萬葉集のありがたさは、かういふ道のありさまを示してゐるところにある。」(『言霊私観』)と論じてゐる。 

 

古代日本人は、言葉の大切さ、偉大さを本然的に強く自覚し信じ、言葉の霊力によって、幸福がもたらされてゐる国が大和の国であると信じてゐたことが、この二首の歌によって理解されるのである。

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