« 千駄木庵日乗五月二十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月三十日 »

2016年5月30日 (月)

この頃詠みし歌

 

街角の小さき焼鳥屋の若き夫婦仲良く楽しげに仕事してをり

 

講演で理路整然と語りし人 しどろもどろの答弁をする

 

尊皇の思ひ深く切にしてみささぎを拝せし人の懐かし(田中望子先生著『みささぎ』)

 

御陵巡拝の文章を尊く讀みにけるわが青春の日々の思ひ出()

 

命燃え奮ひ立つかなこの國に生まれし子としてますらをとして

 

清らけき山のみ社に響き渡る太祝詞言に魂(たま)奮ひ立つ

 

神の御前にただひたすらにかしこみて御代の榮を祈りまつれり

 

工事中の道路が多し 障害物乗り越えて行くが人生ならば

 

金切り声を張りあげてわめく女性議員 国会中継とは何と厭はしき

 

狭き道を歩めば猫が横切りぬ用心深さうに我を見つめて

 

みづからの金銭疑惑は棚上げにしてわめきゐるをみなの何と醜し

 

次々と建て替へられし家ばかり古き町はすでに古くはあらず

 

湯島天神の祭ちょうちんのほの灯りゆかしく浮かぶ夕つ方かな

 

夕暮の湯島の町は賑はひて初夏の祭りは今盛りなり

 

東叡山寛永寺根本中堂の屋根を仰ぐ徳川三百年の栄華を偲び

 

過ぎし昔の栄華は今は跡形もなくなりしかな上野のお山

 

金色の葵の紋は輝けり上野寛永寺の根本中堂

 

午後七時といふに明るき街を行く赤ら顔なるを恥ずかしみつつ

 

お塔婆をを立てて祖霊を供養するこのひと時はやすらぎの時

 

ともどちの誠こめたる誓願詞聞きつつ心引き締りたり

 

夕暮の乃木のみ社の庭に立ち柏手を打つ時のすがしさ

 

遠き世に来たりし思ひす夕暮のみ社の前に佇みをれば

 

父と共に銭湯に行きし思ひ出は昨日の如くに思ひ出さるる

 

わが町に銭湯は一軒も無くなりて五月の鯉幟も一本も無し

 

過ぎてゆく時は惜しまねど 古き良きものが消えゆくことをさみしむ

 

日の本の天地清らけきこの佳き日 伊勢の神域に首脳ら集ふ

 

片割月雨上がりの空に浮かびゐて眺める人の心和ます

 

半月がおぼろに浮かぶ初夏の空 平安なる世を守るごとくに

 

日米が強く絆を結ぶことにあせりゐるなる支那の外相

 

何でもかでも反対せずにはゐられない不健全野党 そは民進党

 

やがて来るそうめんの季節を楽しみにしつつ腹を撫でさすりゐる

 

キュウリ切る包丁の音の耳に響く朝の台所に一人の男

 

バス待てばやがて来ることを信じつつこれを必然と言ふのか否か

|

« 千駄木庵日乗五月二十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月三十日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/63703111

この記事へのトラックバック一覧です: この頃詠みし歌:

« 千駄木庵日乗五月二十九日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月三十日 »