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2016年5月20日 (金)

國體破壊政党=日本共産党を徹底的に排撃せよ!

君主制を廃止した共産主義国家は民主的で平等の社会だというのは真っ赤なウソである。

 

日本共産党の「綱領」には、「(天皇制は)憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」と書かれている。

 

日本共産党のみならず、これまで世界中の共産党および共産主義政治組織は、「君主制は資本主義体制の背骨である」としてこれを打倒することを目標としてきた。それは、ロシア革命においてロマノフ王朝を打倒し、皇帝一族を惨殺して以来の伝統である。

 

しかし、共産主義革命が行なわれ、君主制が廃止された国では、君主制以上の独裁専制政治が行なわれた。ロシアでは共産革命の後、レーニン、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフという党最高指導者による独裁専制政治が行なわれた。今日は、プーチン独裁体制になっている。

 

支那も、辛亥革命で清朝は打倒されたが、共産革命の後、毛沢東・鄧小平・江沢民による独裁専制政治が行なわれてきた。今日は、習近平独裁体制になっている。

 

ロシアや支那の君主制と、わが国の「天皇中心の國體」とは、全くその本質を異にしており、同列に論じることは出来ない。しかし、ロシアと支那は君主制打倒の後、一党独裁の専制政治が行なわれたことは歴史的事実である。

 

北朝鮮は文字通り、「金日成王朝」と言われているように、金日成・金正日・金正恩の三代にわたる残酷・凶暴なる専制政治が行なわれている。北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和国」などという長ったらしい国名を付けているが、決して「人民が主人公の民主主義国家」ではなく、金正恩一族のみが専横を極め金一族を批判する国民は迫害され粛清される国であり、金一族を批判しなくとも国民が栄養失調で死んで行く国なのだ。

 

共産主義体制とは、プロレタリア独裁=共産党独裁=党最高指導者専制という政治になる。それはまさに「歴史的必然」なのである。『君主制度の国は民主的でなく国民の自由は奪われ、国民の差別されるが、共産主義国家は民主的であり国民平等の社会が実現する』というのはまったく大ウソである。

 

もしわが国において戦争直後、共産革命が成功していたらどうなっていたか。徳田球一が独裁者となり、共産党による専制政治が行なわれ、悲惨な国となっていたであろう。そしてその後、徳田と野坂参三と宮本顕治による凄惨な権力闘争が繰り広げられ、数多くの人々が粛清され、殺され、収容所に送られたであろう。そればかりではなく、そうした権力闘争に旧ソ連や共産支那や北朝鮮が介入し、内乱となり、日本国の独立すら失われた可能性もある。ともかく、今日の日本のような自由民主体制と繁栄は実現しなかったことは火をみるよりも明らかである。

 

日本共産党は、大正十一年(一九二二)七月十五日、ソ連の世界侵略共産化のための謀略組織であるコミンテルン日本支部として結成された組織であり、本来ソ連の手先なのである。「自主独立」などということは口が裂けても言えないのだ。

結党以来、「天皇制打倒」を叫んできた日共が、何故今ごろになって、「天皇制は憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」などと言っているのか。それは言うまでもなく、民進党などとの野党共闘をやりやすくするための方便である。

 

日本共産党という共産主義革命を目指す政党が「君主制」を肯定することは絶対にありえない。われわれは決して騙されてはならない。

 

「綱領」をよく読めばそれは明らかである。「綱領」には、「(象徴天皇制は・注)憲法上の制度であり、存廃は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」と書かれている。つまり、「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟していないので、共産党が権力を握るまでは廃止しない」と当たり前のことを言ったまでのことである。共産党は権力を掌握したら、いわゆる「天皇制」を否定した「共産主義憲法」を制定する。共産党が「天皇中心の日本國體」を容認したわけでは絶対にない。

 

それは、「綱領」の『前文』に「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴になるという現制度は、民主主義及び人間平等の原則と両立するものではなく…民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ」と明確に書かれていることによっても明らかである。

 

前述したとおり、共産主義革命によって君主制が打倒された国々は、民主主義も人間平等もまったく実現していない。それどころか、独裁専制政治による差別虐待の体制になっている。この事実を見れば、共産党の主張は全く誤りであることは明白である。

共産党議員は、政府や地方自治体の公式行事で、『国歌斉唱』が行なわれても、共産党所属の議員は決して歌わないし、起立もしない。共産党の「天皇制否定」はこれほどまでに徹底しているのだ。共産党が、「綱領」で「天皇制を容認した」と言うのなら、色々な行事において国歌斉唱が行なわれる時、起立して威儀を正して高らかに斉唱するべきである。しかし、今後共産党および共産党所属議員がそのようなことをすることはないであろう。

 

「綱領」には、いわゆる「天皇制」について「情勢が熟した時に国民の総意によって解決される」と書かれている。これは、「天皇制廃止論が多数になれば憲法を改正して天皇制を廃止する」という事である。

 

「現行占領憲法」の「(天皇の御地位は)主権の存する日本国民の総意に基く」という条文を、憲法九十六条の「憲法改正は各議院の総議員の三分の二以上の賛成、国民の過半数の賛成を必要とする」という規定に基き、「国民の多数意思によって『天皇制』は廃止され得る」と解釈するのは誤りである。

 

現行憲法上の『国民の総意』は選挙人である国民及びその代表者の国会議員の多数意思(多数決の総計)ではない。言い換えると、天皇の御地位は国民の投票によって選ばれた共和国の大統領のような御存在ではない。申すも恐れ多いことであるが、「現行憲法」下で、「天皇選出の選挙」が行なわれた事は一度もない。

 

「國民の総意」とは、日本国民の普遍意志すなわち過去・現在・将来にわたる日本国民の伝統的意思である。現行憲法上の「國民の総意」とは三千年の長い歴史の中で、遠い祖先から継承され培われてきた「日本国民の普遍的な意思」という解釈が、日本國體に合致した解釈である。

 

ともかく、「天皇制廃止」を目指す日本共産党は、日本國體と絶対に相容れない政党であり、国民の自由・繁栄を奪う政党である。共産党は「国民が主人公の政治を実現する」などと宣伝しているが、共産主義国家とは、共産党の独裁者が主人公になり、国民は永遠に虐げられる社会であることをわれわれは正しく認識すべきである。國體破壊政党=日本共産党を徹底的に排撃せよ!

 

本稿においても論理の展開上、止むを得ず『天皇制』という言葉を用いたことを深くお詫びします。

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