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2016年5月 5日 (木)

明治天皇御製を拝し奉りて

明治天皇御製

ことのはのまことのみちを月花のもてあそびとはおもはざらなむ

 

明治四十年、御歳五十六歳の砌、 『述懐』と題された御製である。

 

「ことのはのまことのみち」とは、やまと歌のことである。日本人にとって歌を詠むとは、ただ単に花鳥風月の美を愛で、それを五七五七七の歌にするといふ遊びでは決してない、といふ事を教へられた御製である。

 

徳川幕府が、朝廷に対する規制的意図を持って制定した『禁中並びに公家諸法度』(別名『禁中方御条目十七箇条』)に「和歌は、光孝天皇より未だ絶えず、綺語たりと雖も、我が國の習俗なり。棄て置くべからず」などと記されてゐる。

 

「綺語」とは、美しく表現した言葉といふ意味であると共に、仏教の「十悪」の一つで真実に反して飾り立てた言葉といふ意味である。徳川幕府は、やまと歌をまさに「月花のもてあそび」と思ってゐたのである。徳川幕府が、和歌といふ日本伝統文学に対する理解がいかに浅かったかを証明してゐる文言である。

 

『禁中並びに公家諸法度』は、徳川家康が黒衣の宰相といはれた悪名高い金地院崇伝(世人から「大欲山気根院僭上寺悪國師」とあだ名されたといふ)に命じて起草させた。わが國和歌の道統について正しい理解がないのは当然といふべきである。明治天皇のこの御製は、『禁中並びに公家諸法度』を厳しく批判された御歌と拝することが可能である。

 

明治天皇は、同じ年、『歌』と題されて、

「まごころをうたひあげたる言の葉はひとたびきけばわすれざりけり」

と詠ませられてゐる。

 

また、明治三十七年には、『歌』と題されて、

「世の中のことあるときはみな人もまことの歌をよみいでにけり」

「天地をうごかすばかり言の葉のまことの道をきはめてしがな」

と詠ませられてゐる。

 

これらの御製は、やまと歌の本質について歌はれてゐる。和歌は決して遊びごとでもないし単なる美辞麗句を連ねたものでもない。まさに「まごころをうたひあげたる言の葉」なのであり、「世の中のことあるときによみいでる」ものなのであり「天地をうごかす」力を持つものである。神代の昔に発生し日本の道統を継承する最高の文藝が和歌である。

 

『古今和歌集・仮名序』(紀貫之)に「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)とある。

 

歌の語源は「訴へる」である。物事に感動して何事かを訴へた声調・調べ(音律の調子を合わせ整へること)のある言葉を歌といふ。そして、五七五七七といふ一定の形式と調べが自然に生まれた。

 

日本國民の心・思想・精神は、和歌によって表白せられ傳承されて来た。幕末維新期の志士の歌などを見てもそれは明白である。 

 

わが國は元寇・明治維新・大東亜戦争など國家的危機の時に尊皇愛國の精神が燃え上がった。そしてやまと歌が勃興した。それが『萬葉集』であり、幕末維新の志士の歌であり、大東亜戦争で散華した英靈たちの歌である。

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