« 千駄木庵日乗五月二十四日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月二十五日 »

2016年5月25日 (水)

天之御中主神は、神々や人間や一切のもの生成の根源・宇宙の中心のにゐます神

 「言靈のさきはふ國」といはれるやうに古代日本人の言葉に対する信仰は深かった。神の名・人の名についての信仰はその最たるものであった。

 

 中西進氏は、「(『古事記』は)神々の誕生という主題のもとで、単に神々の名を連ねるという独自の神話的方法によっている…心理的文脈は神名の蔭にかくれている。」(『古事記を読む』)と論じてゐる。

 

 「天之御中主神」といふ神名には、古代日本人の壮大なる信仰精神が込められてゐる。大國主命・一言主命・事代主命・大物主命といふ神々がをられるやうに、古代日本人は森羅万象の中に何処かに「ぬし(主)」がゐると信じ、天地宇宙の中心にも「ぬし(主)」がゐると信じた。日本民族の叡智は、それを「天之御中主神」といふ神名で表現した。天之御中主神は、神々や人間や一切のもの生成の根源・宇宙の中心にゐます神である。

 

 影山正治氏は、「天(あめ)は全宇宙を意味し、御中(みなか)は眞中であり、主(ぬし)は主宰者を意味する。即全宇宙の根源の神であり、一切の可能性を内包された始發の神であり、宇宙そのものゝの神である。」(『古事記要講』)と論じてゐる。

 

 古代日本人は、宇宙の中心にまします無限定の神、無限に流動する神・神聖性の母胎を「天之御中主神」といふ神名で表現した。天之御中主神は、無限定にして特定の姿形なき天地宇宙の中心にまします神であり、一切を生み一切の存在の生成の根源の神である。現象世界の神ではなく目に見えぬ世界の神である。そのことを古代日本人は「独神に成りまして、身を隠したまひき」と表現した。

 

 「天之御中主神」といふ神名は、神話的な思考としてもっとも高次なものである。天之御中主神は、生命の根源・宇宙の中心の神であるが、他の神々と対立し他の神々の存在を一切認めない「唯一絶対神」ではない。多くの日本の神々の根源の神である。

 

 ゆゑに、天之御中主神は『古事記』の冒頭に登場するのみで、あとはまったく活躍しないのである。宮廷で重視された宮中八神殿の奉斎神にもみえず、地方でもこの神が祭祀された形跡はほとんどない。平安時代の『延喜式神名帳』にも、その神名や神社名はみあたらない。まさに「身を隠したまひき」なのである。しかし、天地生成の根源神として日本民族の信仰生活といふ實際の経験の中で仰がれてきたのである。

 

 中西進氏は、「(天之御中主神は)天の真中の支配神という抽象的な名である。…この神は神話體系を構築する時におかれた抽象神で、新しい時代の産物という通説は正しいであろう。…天の永遠性と、地の永遠性の真中に、天之御中主神がいるという一つの體系が看取できる」(『古事記を読む・天つ神の世界』)と論じている。

 

 天之御中主神は、古代日本人が天地宇宙・世界の生成の不思議を神話的に物語る時に生まれた神であり、その意味において英雄神・自然神・祖先神の出現よりも新しく生まれた神であり、相当人知の進んだ時期に至って生まれ神と見ることができる。だからと言って、虚構の神とすることはできない。古代日本人が天地生成の不思議を信仰的に把握した神の御名である。

 

「天之御中主神」と「天地生成神話」は、古代人の宇宙の神秘に対する驚嘆の思ひから生まれた「神」であり「神話」なのである。天之御中主神=宇宙主宰神を神統及び皇統の根源神と仰いだのである。

 

 『古事記』冒頭の天之御中主神及び天地生成の神話は、まさに古代日本人の信仰精神・宇宙観・神観の表白であって、「天之御中主神の如きものを國體の本源だと論ずるが、それは、何ら國體事實ではない」「思惟されたもの、観念形態であり、實在するものではない。したがって事實でもない」「事實としての國體とは全く無関係である」「科學的には何の価値もない独断に過ぎない」「価値を認めればユダヤ教がエホバを信ずるのと同等またはそれ以下のもの」などと論ずるのは断じて誤りである。誤りどころか日本神話への冒瀆である。

 

 『古事記』はその「序文」に示されてゐる通り、天武天皇の大御心によって編纂が企画され、元明天皇の「勅語」によって撰録され、天皇に献上されたものである。その内容について學問的な真摯な論議は当然としても、『古事記』に根源の神として仰がれてゐる「天之御中主神」に対して「天之御中主神の如きもの」「ユダヤ教がエホバを信ずるのと同等またはそれ以下のもの」などと論述するべきではない。古代日本人と同じく天地生成の不思議を信仰的に把握しした神として尊崇すべきである。

|

« 千駄木庵日乗五月二十四日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月二十五日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/63679701

この記事へのトラックバック一覧です: 天之御中主神は、神々や人間や一切のもの生成の根源・宇宙の中心のにゐます神:

« 千駄木庵日乗五月二十四日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月二十五日 »