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2016年4月 1日 (金)

やまと歌と本質と「禁中並びに公家諸法度」

明治天皇は、

 

 

 

「世の中のことあるときはみな人もまことの歌をよみいでにけり」

 

「天地をうごかすばかり言の葉のまことの道をきはめてしがな」

 

「まごころをうたひあげたる言の葉はひとたびきけばわすれざりけり」

 

と詠ませられてゐる。

 

 

 

 ところが徳川幕府が、皇室に対して規制的意味をもって制定した「禁中並びに公家諸法度」(別名「禁中方御条目十七箇条」)に「和歌は、光孝天皇より未だ絶えず、綺語たりの雖も、我が国の習俗なり。棄て置くべからず」などと記されてゐる。

 

 

 

「綺語」とは、美しく表現した言葉といふ意味であると共に、仏教で言ふ「十悪」の一つで真実に反して飾り立てた言葉といふ意味である。徳川氏の和歌といふ日本伝統文学に対する理解がいかに浅かったかを証明してゐる言葉である。この「御法度」の草案は、金地院崇傳とかいう坊主が造った。この坊主は、 豊臣家滅亡への謀略であった「方広寺鐘銘事件」にも関与した悪坊主である。当時の庶民は崇傳を『大欲山気根院僣上寺悪国師』と綽名し、大徳寺の沢庵宗彭は『天魔外道』と評してゐる。

 

 

 

和歌は決して遊びごとでもないし単なる美辞麗句を連ねたものでもない。まさに「まごころをうたひあげたる言の葉」なのであり、「世の中のことあるときによみいでる」ものなのであり「天地をうごかす」力を持つものである。神代の昔に発生し日本の道統を継承する最高の文藝が和歌である。

 

 

 

『古今和歌集』仮名序(紀貫之)に「力も入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女(をとこをんな)の中をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。」(力を入れないで天地を動かし、目に見えない鬼神をも感動させ、男女の間をも和ませ、猛々しい武士の心をも慰めるのが歌である)とある。

 

 

 

「萬葉集」は太平無事な時代に遊びごと・綺語として歌はれた歌が収められてゐるのではない。「萬葉集」は、大化改新・壬申の乱・白村江(はくすきのえ)の戦ひ(唐新羅連合軍と日本百済連合軍の戦ひ)の敗北といふ國家変革・激動・外患の危機の時期の歌集である。「萬葉集」が生まれた時代は、明治維新の時期とよく似てゐた時代であった。また、今日の日本の状況ともよく似てゐた時代であった。

 

 

 

さらに「萬葉集」の時代は、わが國が支那の思想・文化・政治制度・法制度を受容した時代であった。わが國が異質の文化(特に仏教・儒教といふ精神文化と唐の政治法律制度の受容)に遭遇した激動の時期であった。かうした時期にわが國傳統的精神文化が興起した結晶が、「萬葉集」である。

 

 

 

権力闘争・皇位継承の争ひもあったが、大和朝廷の基礎が固められた時期である。つまり、天皇中心の國家体制が法律的・制度的に確立した時期である。

 

 

 

当時の日本人が國難の時期に如何に日本國體精神を讚仰し道統を継承し、それを元基として國難を乗り越えたかが、「萬葉集」の歌を読むとひしひしと傳はってくる。「萬葉集」には天皇國日本が様々苦難を経ながら國家體制が確立した時期である大和時代から飛鳥奈良時代にかけての「時代精神」「國民精神」が歌はれてゐるのである。

 

 

 

大陸からの文物輸入時代であり内憂外患交々来たるといった時期に、國體精神を謳歌し天皇國日本の永遠を祝福する歌集である「萬葉集」が編纂されたことに重大な意義がある。 国難に際会してゐる今日において「萬葉集」の精神を学ぶことはきはめて大切である。

 

 

 

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