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2016年4月30日 (土)

「特別展・生誕150年 黒田清輝─日本近代絵画の巨匠」展参観記

昨日参観した「特別展・生誕150年 黒田清輝─日本近代絵画の巨匠」は、「『湖畔』で広く知られ、日本美術の近代化のために力を尽くした黒田清輝(1866-1924)の生誕150年を記念した大回顧展です。この展覧会は師コランやミレーなど、黒田がフランスで出会い導かれた作品をあわせて展示しながら、留学時代の『読書』『婦人像(厨房)』や帰国後の『舞妓』『智・感・情』などの代表作によって、黒田清輝の画業全体を振り返ろうとするものです」(案内書)との趣旨で開催された。

 

「編物する女」 「婦人像(厨房)」 「横浜本牧の景」 「大磯鴫立庵」 「日清役二龍山砲台突撃図」 「湖畔」 「智・感・情」 「舞妓」 「春畝」「自画像(ベレー帽)」「ダリア」「瓶花」「祈禱」などを観る。

 

どの作品も百年以上昔のものとは思えないみずみずしさがある。だから今日まで伝えられているのであろう。近代日本洋画のスタンダード作品と言える。花を描いた絵が実に美しかった。「外光派」と言われたそうで、戸外で光に照らされた風景や女性像が多く明るい作品が多かった。

 

女性の裸体画を多く描いている。明治の初期のことである。だから、「公序良俗」に反するという批判が起こり、展覧会では作品の一部を布で隠したり、参観者を規制する特別室が設けられたらしい。今日では全く考えられないことである。

 

「源清輝」という署名が書かれている作品があった。鹿児島の「黒田氏」は源氏の末裔だと言う。そういう面では自分の「氏」を大切に思う人であったのであろう。

 

私は、黒田清輝は鹿児島出身であるので、明治の元勲であり、総理大臣をつとめた黒田清隆の弟か子息かと思っていたが直接の血縁関係はないことが分かった。しかし、黒田清輝の父上の黒田清綱は戊辰戦争で「山陰道鎮撫総督参謀」の任についた。維新後は、元老院議官を経て、子爵に叙せられ、貴族院議員、錦鶏間祗候、枢密顧問官を歴任した。黒田清輝も東京美術学校教授、帝室技芸員、帝国美術院院長などを歴任し、父の死去により子爵を襲爵し、貴貴族院議員に就任している。こうしたことによって画家としての活躍が制限され、晩年は大作を創作ことが出来なかったようである。

 

黒田清輝は近代画壇において優れた業績をのこすと共に公的にも高い地位についたという意味で、文壇の森鷗外と似た立場であったと言える。女性を描いた作品が素晴らしかった。いわゆる「美人画」というのを超えた迫力というか訴えかけてくるものがあった。

 

 

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