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2016年3月31日 (木)

『政治文化情報』平成二十八年四月号のお知らせ

四宮政治文化研究所発行・『政治文化情報』平成二十八年四月号のお知らせ

 

『政治文化情報』は、昭和五十九年創刊以来、小生の論考、時局問題などに関する主張、活動状況の報告、各方面から得た様々な情報などを掲載し、それなりの評価を得て来たと自負致しております。
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平成二十八年四月号(平成二十七年三月二十日発行)の内容

 

〈皇都の一隅より〉

日韓関係について考へる

いはゆる「慰安婦問題」での合意は反故にされる危険がある

 

虚構の「反日プロパガンダ」を撃破しなければならない

 

政府は韓國に対し竹島からの撤退と謝罪と賠償、李承晩ライン問題の謝罪と賠償を要求すべきだ

 

韓國が「日韓基本条約」を踏み躙るのなら、日本人の個人資産返還・戦後賠償返還を韓國に求めるべきだ

 

日本は自らの主体性を正しく確立しなければならない

 

千駄木庵日乗

吉野文雄拓殖大學國際學部教授「華人・華僑には反日がいる。マニラの中國人墓地には『抗日烈士』の碑がある。『抗日記念館』もある。看板の字は銭其琛が書いた。日本はぼんやりしていると危ない。『抗日烈士の碑』はアジア各地にある」

 

阿南惟正氏「昭和四年侍従武官となる。昭和八年まで、昭和天皇にお仕えする。その時の侍従武官長が、鈴木貫太郎。父は鈴木貫太郎氏を深く尊敬。この時の信頼関係が終戦時の二人の意思疎通につながる」

 

川島真東京大學大學院総合文化研究科教授「『和解とは相手を許すが忘れない』というレベルに到達していない。『許さない。忘れない』というレベル」

 

西野純也慶応義塾大學法學部准教授「朴韓國大統領が國際社會で日韓関係悪化を訴えるのはやめてもらいたい。朴大統領が行く先々で日本批判をするのはやめてもらいたい」

 

渡部恒雄東京財団上席研究員「日本の『右』は、日米同盟は支持しているが反米の部分がある。安保法制反対は、アメリカにどこまでついて行くのかという反米ナショナリズムがある。この左右の反米ナショナリズムをどう整理するか」

 

永江太郎氏「西郷は和魂洋才、開國進取の考え。西郷は王政復古に力を入れた。大久保は文明開化に力を入れ欧米に早く追いつこうとした」

 

ケント・E・カルダー博士「イラン・トルコでは、日本が日露戦争に勝ったことを大喜びした。中東には、日本経済のダイナミズム・繁栄が實効性ある関与をして来たという印象がある」

 

この頃詠みし歌

 

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2016年3月30日 (水)

愛国心・尊皇心は理論や教条によって表現されるよりも、和歌によってよく表白されてきた

 今日の日本は高度工業文明が発達し物質生活が向上しているにもかかわらず、人々の心の中に不安と空虚感が広まっている。今日の日本の政治や経済の腐敗・教育の荒廃の根本原因は、日本国民が物質的繁栄を追い求め、民族の道統を忘却し、精神的価値を顧みなくなったところにあるといえる。

 

 こうした混迷状況を打開し変革するためには、長い歴史を有する日本民族が育み継承してきた伝統精神への回帰とそれを基盤とした愛国心(日本民族としての帰属意識)の昂揚が必要である。

 

 愛国心とは個人が運命共同体として結集し拡大された鞏固なる歴史的存在意識である。戦後日本は個として生きることが重視され、共同体の一員即ち日本国民として生きることは全く軽視されてきた。これを是正することが今日の急務である。そして愛国心の昂揚とは時間的過去への回顧ではなく現時点から将来への変革に焦点がある。

 

 大化改新・明治維新を見ても明らかなように、日本における変革や国難の打開は、必ず愛国心・尊皇心の興起と一体であった。

 

 伴信友は、日本伝統文藝たる和歌とは「其をりふしのうれしき、かなしき、たのしき、恋しきなんど、其をりふしのまごころのままにうたふべければ…」と言っている。そもそも愛国心・尊皇心は抽象的人工的な「理論」「理屈」ではなく、この日本に生を享け、日本に生きる者が抱く素直な感情であり自然な心である。さらに言えば日本人の「道」であり「まごころ」である。したがって愛国心・尊皇心は理論や教条によって表現されるよりも、和歌によってよく表白されてきた。現代に生きる我々は古人の歌によってその志・まごころ・道を学ぶべきである。

 

 大化改新における『萬葉集』、平安時代の国風文化復興期における『古今和歌集』、明治維新における志士たちの述志の歌、日清戦争・日露戦争を戦った明治中期の和歌の勃興、そして大東亜戦争従軍兵士の歌がそれである。  

 

 国を愛し、伝統を尊ぶ心は、勇ましい歌・述志の歌にのみ継承されてきたのではない。日本の家庭において自然に素直な形で永続的かつ普遍的に愛好された恋歌が多く収録されている『百人一首』は、天智天皇・持統天皇の御歌で始まり、後鳥羽院・順徳院の御歌で終わっている。つまりわが国の伝統美を歌った王朝時代の歌が集められており、日本文化は宮廷とりわけ王朝時代の勅撰和歌を典拠にし、中心にして継承され発展してきたことを証しする歌集が『百人一首』である。今日『百人一首』が家庭から消え去りつつあるのは、青少年たちが日常生活の中で感覚的に日本の古典を理解することができなくなっているのである。これはまさに日本伝統美の衰微そのものである。実に以て嘆かわしい限りである。

 

 日本人として自然な心で天皇を仰慕し、国を思い、国土を讃美する歌は萬葉時代から現代まで数限り無くある。

 

 大化改新を断行した後、日本は天智天皇二年(六六三)に白村江の戦いに敗れた後も、反乱も起こらず国家の統一を失わなかったのは、愛国心・ナショナリズム燃え上がったからである。萬葉時代とは、そういう時代である。だから萬葉集には柿本人麻呂などの天皇讃歌国土讃歌の歌や防人歌という国土防衛への決意の歌が収められているのである。

 

いざ子どもはやく日本(やまと)へ大伴の御津の濱松待ち戀ひぬらむ

 

 山上憶良が遣唐使として唐にいた時、祖国を偲んで歌った歌である。「さあ、人々よ。早く日本へ帰ろう。あの難波の大伴の郷の御津の濱松ではないが、残してきた家族が待ち焦がれているだろう」という意。

 

日本回帰の心が見事に美しく歌われている。憶良は唐との文化の対比において日本を自覚し祖国愛に目覚めたのである。和歌の表現に関していえば、支那を知らない大伴旅人(讃酒歌を作った歌人)よりも実際に支那で生活した憶良の方がかえって日本的である。

 

 仁和三年(八八七)宇多天皇が即位されると、天皇新政の復活と摂関藤原氏の抑制に力を尽くされると共に、遣唐使を廃止し、平安初期百年の間支那模倣の科挙の制度のための漢詩文全盛の陰になっていた伝統的な和歌を復興するなど、支那崇拝を排して国民的自覚を明確にし国体意識興起の復古維新を断行された。そして、延喜五年(九0五)醍醐天皇の命により、紀貫之などによって、日本の伝統美・風雅を見事に結晶させた勅撰歌集『古今和歌集』が撰進された。

 

美濃國(みののくに)関の藤川絶えずして君に仕へむ萬代までに

 

 陽成天皇の大嘗祭の悠紀國であった美濃国の神前で舞いながら歌われた「神遊びの歌」である。「美濃国の藤川が絶えることがないように、大君に仕えよう、永遠に」という意。平安時代の人々の心の中核には天皇仰慕の心と神代への回帰の心とがあった。

 

ゆえに在原業平は「大原や小塩の山も今日こそは神代のことも思ひいづらめ」「ちはやぶる神代もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」と詠んでいる。さらに国歌『君が代』の典拠である「わが君は千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて苔のむすまで」も『古今和歌集』の「賀歌」である。

 

 源平の争乱は終結した後、武士の勃興によって王朝文化が滅びゆかんとする乱世変革の時代に、後に北条氏と戦い隠岐に流されたまいし後鳥羽上皇の命により藤原定家などによって元久二年(一二〇五)に撰進された勅撰歌集が『新古今和歌集』である。

 

もろこしも天の下にぞありときく照る日の本を忘れざらなむ

 

 成尋法師という人が延久四年(一〇七二)支那に渡った時に、その母が詠んだ歌。「唐土も同じ天の下にあると聞いています。天に照る日の本である日本を忘れないで下さい」という意。

 

息子が仏道修行に行く支那も日の本の国たるわが天日の光が照らしているのだから、日本人としての誇りを忘れるなと呼びかけているのである。聖徳太子の御精神に相通ずる誇らかな愛国精神の歌である。

 

 武士階級の勃興により皇威が次第に衰退して行く中にあってもかえって、「君が代」を讃える歌が多くなり、『新古今和歌集』には「君が代は久しかるべし度会や五十鈴の川の流れ絶えせで」(大江匡房)「宮柱下つ岩根に敷き立ててつゆも曇らぬ日のみ影かな」(西行)「君が代は千代ともささじ天の戸や出づる月日の限りなければ」(藤原俊成)などの歌が収められている。

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千駄木庵日乗三月三十日

午前は、諸雑務。

午後は、資料の整理・検索。

この後、施設に赴き、母に付き添う。機嫌良し。

帰宅後は、インタビューの準備など。

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2016年3月29日 (火)

『WSD世界人権サミット』における登壇者の発言

昨年十二月十三日に開催された『WSD世界人権サミット』は、「このサミットには、政財界、学界、スポーツ界から国際的リーダーが集い、グローバルな視点で人権問題を討論します。今回のサミットでは、世界が直面する喫緊の人権問題の一つ、人身売買に関する認識を広めることをテーマにします。外交問題としては、ハードの安全保障に対する、ソフトの安全保障です。つまり、人の安全保障問題なのです。現在、人身売買を行う犯罪組織に対抗するため、国際的に様々な努力がなされています。このサミットでは、それらの努力の成果や協力性を高めるため、創造的な戦略を提言します。しかし、サミットなので、横道にそれた話しが興味深いのです」(案内書)との趣旨で開催された。

 

 登壇者の発言は次の通り。

 

高村正彦氏(WSD顧問、自民党副総裁)「人身取引は国境を超えた重大犯罪。自らが被害者であってもそういう自覚を持っていない被害者は数え切れない。人身取引は人間の安全保障に対する悪質な犯罪。女性が被害者の七割。女性が輝く世界の構築はかけがえのない要素。わが国が率先した役割を担ってゆくべし。人身取引の収益がテロ活動に使われている可能性あり」。

 

スラキアット・サティアンタイ氏(元タイ副首相)「奴隷は過去のものではない。人身取引は新しい奴隷制度。フランス、アメリカにもある。二千百万人の人身取引の犠牲者がいる。毎年六十~八十万人が人身取引の対象者。犯人に金が入る。五二〇憶ドルの産業になっている。貧困で生き残るために家族を売らねばならない人がいる。組織が関わっている。リスクのある人を狙っている。人身取引は紛争地でよく見られる。若い女性が犠牲になる。臓器を取るために犠牲になる人もいる。現代の奴隷制度である。『バンコック人権宣言』では『奴隷は禁止されるべし』と言っているのに、今日もこの残虐行為が行われている。九〇ドルで一人を強制労働に縛ることが出来る。使い捨てにされる。昔のアメリカの黒人奴隷より価格が下がっている。アジア太平洋での野蛮で非人間的な慣行を止めなければならない。根本原因を排除せねばならない。安定した統治が必要。我々は平和が必要。紛争・貧困と戦い、人身取引の根本原因を断とうとしている」。

 

城内実氏(衆院議員)「人身売買は基本的人権を侵す行為。最も尊ばれるべき人権が商品として取引されているのは許されない。欧州における難民の内少なからぬ人々が悪質な組織によって労働を強制されている。国際社会が一体となって協力することが必要。二〇二〇年のオリンピック・パラリンピックの年はテロ犯罪が起こる可能性が高まる。人身売買組織に隙を与える。即戦力となる外国人労働力が劣悪な条件で働かされている。受け入れ企業への管理監督体制が強化が必要。あらゆる搾取形態に対応できることが必要。犯罪収益がテロの資金になる可能性あり。二〇一四年に人身取引対策の法執行面で実効的方策を取ることを決めた。官房長官をヘッドに各省横断的議論ができる会議を作った。最高レベルで取り組んでいる。日本は差別のない国。人権が重んじられている。日本の国会は『パレルモ条約(国際組織犯罪防止条約)』を承認した。しかし野党の反対で批准していない」。

 

オン・ケン・ヨン氏(元ASEAN事務総長)「人身取引問題にはASEAN加盟国が長年取り組んできた。各国が法整備をしなければいけない。軍も警察も一丸になって取り組まないといけない。一万五千の島からなる国がインドネシア。各州が調整しなければいけない。各州長が力を持っていない。ASEAN諸国はモニタリングできる機関を持っていない。不法入国の活動をどうやって阻止したらいいのかが重要な課題。人と人との認知力をアップしなければいけない。母国に仕事が無いので他国に出稼ぎに来ている。経済労働環境を整備しなければいけない。送り出している地域の経済を高めれば雇用を求めて出て行く必要はなくなる」。

 

ヴァレリー・エイモス氏(ロンドン大学東洋アフリカ研究学院長)「貧困・腐敗と教育・雇用の不足が背景にある。イギリスでは家庭内での奴隷状態が存在する。安価な労働力として使われている」。

 

半田晴久氏(WSD総裁)「メディアが人身取引の実態を一般の人々に知らせるべし。政治家の動きも大切。人身売買している組織を国際協力して潰す戦略が必要。そして一人一人の努力が必要。政府間の取り組みと共に下から一人一人が取り組んでいくことによってこの問題を解決する」。

 

ベス・ヴァン・シャーク氏(WSDハンダセンターシニアフェロー)「人身取引は国境を超えた問題。根本原因を断つ。これは保護の問題。パートナーシップが大事。市町村レベルの戦略が必要。日本はまだ『パレルモ条約』を批准していない。アジアの潮流として参加しようという動きあり。人身売買をなくすための大きな取り組みが必要」。

 

 

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千駄木庵日乗三月二十九日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、原稿執筆の準備、資料の検索と整理など。

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2016年3月28日 (月)

渡辺利夫拓殖大学総長による「『戦後七十年』とは何だったのか」と題する講演内容

昨年十二月五日に開催された『アジア問題懇話会』における渡辺利夫拓殖大学総長による「『戦後七十年』とは何だったのか」と題する講演内容は次の通り。

 

「岡崎久彦氏が亡くなって一年経過した。岡崎氏はわが内なるオピニオンリーダーであった。岡崎氏は逝去の直前まで論文を書いておられた。遺作の『国際情勢判断半世紀』(育鵬社刊)に岡崎氏は『歴史問題は、一九七〇年代は、過去のこととなっていたのである。…戦後一世代を経て、戦争の記憶は過去のこととなっていたのである。そして、こうしていったん過去となった問題が復活した発端は、すべて日本人の手によるものである』と書いた。

 

 

 

慰安婦を公権力が強制連行したというのは嘘。慰安婦を広告で募集すれば続々と応募して来た。強制連行する必要なし。日本がまっとうな反論をしていない。

 

 

 

『日本国憲法』の『第十三条 すべて国民は、個人として尊重される』『第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立』の二つが日本人をすれっからしにした。日本人をバラバラにした。この条文では、同胞としての観念は生まれてこない、流砂のような社会にした。『社会契約論』がアメリカを通して日本に入って来た。これは日本文化文明のあり方に関わる問題。

 

 

 

南京記念館と抗日戦争記念館に複数回足を運んだが、殆どが捏造のパネル。情報発信する構えを日本の外務省は持つべし。反証する学問的蓄積を日本は持っている。

 

靖国神社の代替え施設を作るというのは日本人の総意になっていない。総理大臣の靖国神社参拝を日本人は反対していない。外国の干渉によって参拝できないという屈辱的なことはやめてもらいたい」。

 

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『政治文化情報』平成二十八年四月号のお知らせ

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〈皇都の一隅より〉

日韓関係について考へる

いはゆる「慰安婦問題」での合意は反故にされる危険がある

 

虚構の「反日プロパガンダ」を撃破しなければならない

 

政府は韓國に対し竹島からの撤退と謝罪と賠償、李承晩ライン問題の謝罪と賠償を要求すべきだ

 

韓國が「日韓基本条約」を踏み躙るのなら、日本人の個人資産返還・戦後賠償返還を韓國に求めるべきだ

 

日本は自らの主体性を正しく確立しなければならない

 

千駄木庵日乗

吉野文雄拓殖大學國際學部教授「華人・華僑には反日がいる。マニラの中國人墓地には『抗日烈士』の碑がある。『抗日記念館』もある。看板の字は銭其琛が書いた。日本はぼんやりしていると危ない。『抗日烈士の碑』はアジア各地にある」

 

阿南惟正氏「昭和四年侍従武官となる。昭和八年まで、昭和天皇にお仕えする。その時の侍従武官長が、鈴木貫太郎。父は鈴木貫太郎氏を深く尊敬。この時の信頼関係が終戦時の二人の意思疎通につながる」

 

川島真東京大學大學院総合文化研究科教授「『和解とは相手を許すが忘れない』というレベルに到達していない。『許さない。忘れない』というレベル」

 

西野純也慶応義塾大學法學部准教授「朴韓國大統領が國際社會で日韓関係悪化を訴えるのはやめてもらいたい。朴大統領が行く先々で日本批判をするのはやめてもらいたい」

 

渡部恒雄東京財団上席研究員「日本の『右』は、日米同盟は支持しているが反米の部分がある。安保法制反対は、アメリカにどこまでついて行くのかという反米ナショナリズムがある。この左右の反米ナショナリズムをどう整理するか」

 

永江太郎氏「西郷は和魂洋才、開國進取の考え。西郷は王政復古に力を入れた。大久保は文明開化に力を入れ欧米に早く追いつこうとした」

 

ケント・E・カルダー博士「イラン・トルコでは、日本が日露戦争に勝ったことを大喜びした。中東には、日本経済のダイナミズム・繁栄が實効性ある関与をして来たという印象がある」

 

この頃詠みし歌

 

 

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この頃詠みし歌

おほやまと 國のまほろばに今日来たりここがこのまま神代とぞ思ふ(山の辺の道)

 

日の大神祭れる宮は二上山に向かひて立てり大いなる神秘(檜原神社)

 

三味の音の聞こえ来し路地の家々は毀たれて今は空地となりぬ

 

長く住みし老婦人はこの世を去りゆきて売地の看板立ちてゐるなり

 

スーパーに通ひ慣れたる一人身の我の買ふ物は大体同じ

 

長き階段下りゆくなり大江戸線の地底深きホームを目指し

 

六本木の高層ビルの下を歩く何故か異邦人の如くに我は

 

何処へと行くか知らねど鳥の群れ急ぎ飛び行く春の夕空

 

木の上に群れなす鳥の鳴き声を聞きつつ信号を待ちてゐるなり

 

機嫌良く健やかな笑顔のわが母と語らふ時の有難さかな

 

靖國の社の桜咲きたれば日の本の榮とこしへにと祈る

 

老いませる皇后陛下のお姿をテレビで見つつ胸迫り来る

 

すめらぎの御霊鎮めのお姿をただ肅然と仰ぎまつれり

 

二千年来の宗教対立今に続き無辜の民斃れるブリュッセル空港

 

幼な子の悲鳴はテロの恐ろしさ如実に伝へるブリュッセル空港

 

十字軍の兵士などでは絶対にあらざる幼な子の叫び声聴く

 

悲鳴あげる幼な子は十字軍の兵士にあらず 狂気のテロといふほかはなし

 

今日もまた老いませる母に励ましの言葉かけたり手を握りつつ

 

家に帰らうとのたまへる母のその言葉最もつらきものにぞありける

 

大きな声で歌をうたへるわが母の命の光いまだまばゆし

 

切々と命尊しと思ふなり今日もわが母は生きてをはせり

 

悪逆非道の国に対峙し懲らしめる日の本の力強くあるべし

 

のどかなる春の光の満ち溢れる青山霊園に死者たちは眠る

 

玉串をささげて祈る春の霊園 金玉均大人の御霊の前で

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千駄木庵日乗三月二十八日

午前は、諸雑務。

午後は、資料の整理。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後も、原稿執筆。

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トランプ氏の大統領就任は、対米自立・自主防衛体制の好機

報道によると、26日、ニューヨークタイムズ紙に掲載されたインタビューでドナルド・トランプ氏は、「日米安全保障条約」について、「負担が偏った取り決めで、アメリカが攻撃を受けても日本は助けにこないことが問題だ」と改めて主張し、日本が負担しているアメリカ軍の駐留経費について、「日本が負担を増やさなければアメリカ軍を撤退させるのか」と聞かれると「喜んでではないが、それもいとわない」と応じたという。さらに北朝鮮の脅威から守るため、日本が核兵器を保有したとしても「アメリカにとってそんなに悪いこととは思わない」と述べ、否定しなかった。またトランプ氏は、「日本や韓国が、アメリカ軍の駐留経費の大幅な増加を図らないのであれば、両国からアメリカ軍を撤退させるべきだ」との主張も展開したという。

 

わが国の安全を「アメリカり核の傘」の下にいることで確保してきたことへの根本的見直しが迫られたということである。わが国はトランプ発言に周章狼狽することはないし、してはならない。むしろ「自主防衛体制」確立即ち「核武装」の好機ととらえ喜ぶべきである。

 

安倍総理の言う「積極的平和主義」「戦後レジームからの脱却」は、窮極的にはアメリカからの自立であり「自主防衛体制確立」である。そしてそれは核武装によって実現するのである。

 

経済大国・文化国家・平和大国と言われてきたわが国が、今後も「平和」「文化」「経済繁栄」を守り、対米自立を達成するには、自主国防体制確立が絶対条件である。

 

北朝鮮・ベトナム・イスラエルは「小国」でありながら、大国を相手に戦い続け、自立と独立を維持している。日本もそうあるべきなのだ。アメリカは日本の核武装を許さなかった。ところがトランプ氏は、アメリカの負担軽減のために、北朝鮮や中国と対峙する日本や韓国が、核兵器を保有することも排除しないと主張し、「アメリカが現在の道をそのまま歩めば、日韓両国は、いずれにしても、核兵器を保有したくなるだろう」と述べたという。トランプ氏の大統領就任は、対米自立・自主防衛体制確立の好機である。我が国の維新変革は、大化の改新・明治維新の歴史を見ても分かる通り、外患・外圧の危機によって起こったのである。

 

 

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2016年3月27日 (日)

千駄木庵日乗三月二十七日

朝は、諸雑務。

午前十一時半より、青山霊園にて、『金玉均祭』執行。頭山興助とが祭主挨拶。福永武氏が斎主を務め、祝詞奏上・金玉均先生碑文奉唱・玉串奉奠・献杯が行われた。この後、阿形充規氏及び小生が挨拶を行った。

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祭主挨拶をされる頭山興助氏

午後一時より、ESTA青山にて、『金玉均祭二部』開催。菅沼光弘氏(元公安調査庁調査第二部長)が講演。質疑応答。

午後六時半より、春日の文京シビックセンターにて、「第六十回日本の心を学ぶ会」開催。渡邊昇氏が主催者挨拶。小生が「『現行占領憲法』無効論について」と題して講演。活発に討論が行われた。

帰宅後は、原稿執筆。

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2016年3月26日 (土)

『現行占領憲法』無効確認、『大日本帝国憲法』回復・復元改正」が正道である

「現行占領憲法」の改正すべき項目を項目ごとに国会で改正を発議し、国民投票を行うと、全ての改正を行うのに、三十年くらいかかるという。とてもそんな悠長なことはやっていられない。改正するなら全面改正でなければならない。ところが、自民党は「ワン・イシュー(一つの論点)でやる。パッケージ(ひとつに包装する)ではなく一つ一つ丁寧にやる」と言ってしまった。全面改正をしないのであれば、各方面から出されている「改憲試案」というのが無意味ということになりかねない。

 

三潴信吾氏執筆の「憲法問題に対する基本的態度」(昭和三十七年発表)と題する論文に極めて重大なことが論じられている。

 

「およそ一国の憲法典が憲法典として成立するための要件を二点に要約することが出来る。即ち、一、自主的に制定されること。二、国家傳統(立国法、國體法又は不文法)に立脚すること。…日本国憲法制定の当時は、国家としての占領下にあり、国民は重大な飢餓と住居難に直面し、おびただしい未帰還者、追放者、処刑者があり、物心両面にわたり未曾有の恐怖、不安、混乱状態にあったのであるから、国家の自主、自由の志向や行動などは到底思ひもよらなかったのである。…我々は、日本国憲法を、…断じて憲法として認め難い。人々は或は云ふ。天皇の裁可を得て、天皇の詔書によって公布された正式の憲法であり、又帝国議会の議決を経て、憲法上の改正手続を正式にとったものであると。しかし、吾人は、その底に、『ポツダム宣言の受諾』と『占領』との重大事実のあったことを見逃してはならない。『総司令官の下に従属せしめられた』天皇や議会、それは、畏れながら『管理天皇』であり、『管理議会』であったのであり、占領中の詔書は『管理詔書』であったのであって、『萬世一系の天皇』のそれではあり得なかったのである。マ司令官と仮に一体たらせ給ふた天皇のそれに他ならない。従って、最高司令官も、占領も、すべてが消滅したる今日に於ても尚且これを憲法として、詔書として有効ならしむべき何等の筋合も無いものである。即ち、日本国憲法は今日に於て、全く憲法典としての資格条件を欠如して居るから、看板だけを以てこれを憲法なりと云ふわけに行かない。…ただ、日本の主権回復後に於てもこれを、他の法律や命令等の諸々の国法に対し、より高次の国法(その意味での最高法規)として、自主制定の憲法の確立するまでの過渡期を担ってゐる『臨時基本法』として黙認されてゐるに過ぎない。その意味での最高法規ではあるが、憲法では絶対にあり得ない。…主権の回復後既に十二年。一日も速やかにわが国家伝統に立脚した憲法を回復しなければならない」。

 

三潴信吾氏は、『現行占領憲法』は「憲法」ではないとされ、「有効ならしむべき何等の筋合も無い」と断じているのである。そして、「一日も速やかにわが国家伝統に立脚した憲法を回復しなければならない」と論じてゐる。即ちこの文章は、『現行占領憲法』無効、『大日本帝国憲法』回復を論じているのである。

 

『現行占領憲法』を改正するということは、無効であるところの『現行憲法』が有効であることを承認することになり、日本の歴史伝統の継承、國體精神の継承について、大きな禍根を将来に残してしまう。また、改憲は冒頭に書いたとおり、煩雑にして時間のかかる作業である。

 

『現行占領憲法』が無効である事実を確認し、速やかに『大日本帝国憲法』を回復・復元するべきである。それこそが「現行憲法改正」とは比較にならない正道であると信ずる。

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千駄木庵日乗三月二十六日

午前は、諸雑務。

午後は、明日の「日本の心を学ぶ会」における講演の準備。

この後、施設に赴き、母に付き添う。母が「一緒に家に帰ろう」と言うのが本当につらい。

帰宅後も、明日の準備など。

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ロシアによる千島列島へのミサイルシステム配備について

ロシアのショイグ国防相は25日、国防省内の会議で、千島列島に今年、最新鋭の地対艦ミサイルシステム「バル」と「バスチオン」を配備すると明らかにした。

国防相は新型の無人機(ドローン)を配備するとも語った。バスチオンは、ロシアが編入したウクライナ南部クリミア半島を皮切りに、順次配備が進められている。
国防相の発言は、北東アジアにおける軍事的要衝としての千島列島の重要性を強調し、日本の領土要求をけん制したものといわれる。

言うまでもなく南樺太全千島は、わが国固有の領土である。そこに「日本を牽制するためにミサイルを配備するなどということは絶対に容認できない。明らかに敵対行為であり、軍事的恫喝である。

 

ロシアの経済状況は悪化している。それでもプーチンの支持率が八割を超えている。軍事的に周辺諸国を圧迫し、さらにウクライナ南部クリミア半島を軍事力で併合したことで国民の支持を得たのである。プーチンはこれに味を占め、北東アジアにおいても同じことを繰り返そうとしているのである。

 

ロシアの独裁者は他国を侵略し、「ロシアの強さ」を国民に示すことによって独裁体制を強化してきた歴史がある。帝政ロシアの皇帝ニコライ二世は、第一次大戦への参戦を決めた時、国民的人気は絶頂に達した。スターリンも、「日ソ不可侵条約」を踏み躙り日本への侵略を開始し、南樺太全千島を手に入れた。また、フィンランドや東欧諸国を侵略支配し、その独裁体制を強化した。ソ連・ロシアはそういう体質の国である。

わが国は、共産支那・北朝鮮そしてロシアの核攻撃の標的になっているのである。愈々以て、自主防衛体制の強化即ち核武装を断行しなければならないと、私は思う。支那・北朝鮮・ロシアから核攻撃されようとしたら、それを抑止し反撃する体制を確立すべきである。

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千駄木庵日乗三月二十五日

午前は、諸雑務。

午後は、明後日行われる『日本の心を学ぶ会』における講演の準備。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は,資料の整理・原稿執筆など。

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2016年3月24日 (木)

『勝川春章と肉筆美人画―<みやび>の女性像』展参観記

本日参観した『勝川春章と肉筆美人画―<みやび>の女性像』展は、「江戸時代中期の浮世絵師・勝川春章(1726-92)は、迫真的な役者絵版画で人気を集める一方で、晩年には自らがひと筆ひと筆、絵の具と墨を引き重ねてあらわした肉筆美人画の制作に専念するようになりました。その多くは身近で日常的なモチーフをとらえながらも、同時に優美で上品な雰囲気をたたえています。生誕290年を記念した本展では、春章による肉筆美人画を特集し、彼が目指したみやびやかな女性美の世界をご紹介します」との趣旨で開かれた。(案内書)

 

勝川春章の「美人鑑賞図」「立姿美人図」「文を読む遊女図」「桜下遊女図」「柳下納涼美人図」「遊女と達磨図」「衝立二美人図」「竹林七妍図」「見立江口の君図」など、菱川師宣の「秋草美人図」「二美人図」、鳥文斎栄之の「乗合船図」喜多川歌麿の「更衣美人図」西川祐信の「詠歌美人図」作者不詳の「邸内遊楽図屏風」などを参観。

 

春章の「美人鑑賞図」は、駒込の六義園で十一人の美女が絵画を観賞している光景が描かれている。六義園は小生の家の近くにあるので親しみを覚えた。この作品や作者不詳の「邸内遊楽図屏風」を見ると、徳川中期が平和な時代であったことが実感できる。私は徳川氏の天下取りの歴史や朝廷軽視の姿勢には嫌悪感を覚えるのだが、「徳川三百年の太平」という言葉がある如く、德川氏が戦国の世を終わらせ、平和で繁栄した世の中を築いたことは事実だと思う。

 

春章は単に美女を描いただけではなく、日常的情景の中の美女と日本や支那の古典とを関連させているところが面白い。「竹林七妍図」という作品は竹林の中に立っている七人の美女を描いている。これは支那の「竹林七賢」と関連させている。「妍」とは優美な・美という意。「遊女と達磨図」は、十年の奉公を終えると自由の身になる遊女と、九年間の坐禅修業を終え解脱の境地に至った達磨とを対比させている。とても面白い着想である。「見立江口の君図」は、観阿弥の謡曲『江口』の西行と遊女との交流の物語を絵画化した作品で、遊女「江口の君」が普賢菩薩となり白象に乗って天に昇って行く絵である。

 

鳥文斎栄之の「乗合船図」は、春の隅田川の渡し船に、猿回し・芸者・僧侶・幼児・武士が一緒に乗って行く光景が描かれている。堤に咲く桜の花が美しく描かれていた。江戸時代の風俗・生活が偲ばれる作品であった。

 

勝川春章の作品は、浮世絵であっても肉筆画である。肉筆画は摺り物である版画と異なり、作家が一筆一筆描き上げるので、美女の着衣や背景の景色などが実に精緻に描かれている。江戸時代は階級社会であり、浮世絵師は、日本画家の格下に置かれていた。肉筆画を描いた勝川春章は、他の浮世絵師とは一線を画したという。春章は単に美人を描いたのではなく、精神性と優雅さがある作品をのこしたと言える。

 

本日は、昼過ぎまでは雨が降ったが、夕刻には晴れ、出光美術館の休憩室からは、緑豊かな皇居の森、富士見櫓、宮内庁、桜田門が美しく眺められた。

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千駄木庵日乗三月二十四日

朝は、諸雑務。

午前十時より、目黒にて、ケント・ギルバート氏にインタビュー。『伝統と革新』掲載のためなり。宗教問題、歴史問題などについて大変興味深いお話を伺い勉強になった。気さくな方であった。

この後、丸の内の出光美術館にて開催中の『勝川春章と肉筆美人画ーみやびの女性像ー』展参観。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2016年3月23日 (水)

江戸時代初期からすでに竹島はわが國の実効支配下にあった

韓國は、戦後の誤った反日教育を受けた世代が中心になり、反日感情は強まっている。日本統治時代を体験していない人すなわち韓國における誤った反日教育によってのみ日韓関係史が理解される人が韓國民の大多数を占めるようになっている。そして、日本による朝鮮半島発展への貢献がまったく無視されて、反日感情が高まり、反日運動が愈々強まっている。

 

竹島はわが國固有の領土である。竹島は、島根県隠岐郡五箇村に属し、松江市から約二百二十㌔、隠岐島の北西約一五七㌔の北緯三七度九分、東経一三一度五五分に位置する二主島と数十の岩礁からなる総面積〇・二三平方㌔(日比谷公園よりやや広く東京ドームの約五倍)の島である。近海はベニズワイガニなどの好漁場になっている。竹島周辺は、北から寒流のリマン海流、南から暖流の対馬海流が流れて来てぶつかり、複雑に海流が入り乱れる絶好の漁場となっている。

 

わが國は、遅くとも一七世紀はじめには、竹島を実効支配しその領有権を確立し、竹島(当時の「松島」)を認知していた。このことは歴史的事実に照らし、且つ、多くの文献、地図などにより明白である。

 

江戸時代(元和年間)にわが國漁民は隠岐を経て漁場であった欝陵島(うつりょうとう)を往復する途中の寄港地として竹島(当時の名は松島)を利用していた。江戸時代初期からすでに竹島はわが國の実効支配下にあったのである。 

これに対して、李氏朝鮮は一三四八年(わが國の南北朝時代)から欝陵島すら放棄しており、欝陵島よりなお九二㌔日本に近い竹島についてはその存在すら知らなかったのである。竹島に李氏朝鮮の支配が及んだことはない。

 

江戸時代初期の元和四年(一六一八)、伯耆國(鳥取)の大谷、村川両家が幕府から竹島を拝領し、竹島周辺に漁場を開拓し経営した歴史的事実がある。元禄九年(一六九六)、鬱陵島周辺の漁業を巡る日韓間の交渉の結果、幕府は日本國民の鬱陵島への渡航を禁じたが、鎖國体制下にあっても、竹島への渡航は禁じなかった。竹島は江戸時代初期から日本固有の領土である。

 

韓國は竹島(韓國名・獨島)が西暦五一二年以降、韓國領に組み込まれたと主張している。しかし、韓國側が自國領とする当該島は、今日の欝陵島であり、わが國の竹島ではない。韓國側の主張は、古文献・古地図の読み変え・誤読による歴史歪曲に過ぎない。

 

明治三八年(一九〇五)一月に、わが國政府は閣議決定に基づいて、近代國家として竹島を領有する意志を再確認した上で、この島を「竹島」と命名し、同年二月二二日島根県告示第四〇号を以て告示された。わが國は、閣議決定及び島根県告示により領有を再確認し、島根県所属の隠岐島島司の行管と定められ、島根県が國有地として管理することとなった。これによりそれまでもわが國の領土であった竹島は島根県の管轄下にあると再確認されたのである。以後、隠岐島民が渡り、東島に漁業基地を設け、アシカを捕獲するようになった。

 

韓國側は、「日本政府による竹島編入の時、韓國は日本に外交権を奪われて抗議できなかった」と言うが、その頃韓國は日本の保護領ではなかった。当時の韓國は、竹島に関心が無かったのだ。一九〇五年二月二二日は、韓國は歴然とした独立國(大韓帝國)であった。第二次日韓協約(日韓保護条約)によって、日本が韓國の外交面を担当するようになったのは、一九〇五年一一月一七日である。従って強奪でも強制でもなんでもないのである。大韓帝國は主張できる立場にあった。また、当時、新聞にも掲載され、秘密裡に行われたものではなく有効に実施されたものである。

 

韓國は、「日本の韓國侵略の始まりは竹島の日本編入からである」と主張しているが、その当時からわが國に朝鮮併合の意思があったなら、わが國政府は、領土的には何の価値も無い竹島ではなく、人が住める鬱陵島の主権を奪ったはずである。ところが日本政府は江戸幕府と同様に一貫して鬱陵島は朝鮮領とした。これは、竹島がその時以前からわが國固有の領土であったからである。

 

明治三十八年の、閣議決定及び島根県告示による竹島の島根県への編入措置は、日本政府が近代國家として竹島を領有してきた事実を再確認したものであり、それ以前に、日本が竹島を領有していなかったこと、ましてや他國が竹島を領有していたことを示すものではない。

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千駄木庵日乗三月二十四日

午前は、諸雑務。

午後は、明日のインタビューの準備。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、原稿執筆など。

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わが国政府は、総力を挙げて、反日プロパガンダを粉砕すべきである

ケント・ギルバート氏は次のような正論を吐露している。

 

「日本政府や外務省は、今回の日韓合意の中にある『軍の関与の下で』とは、具体的にどのような関与だったのか。あるいは戦時中、実際に存在した『女子挺身隊』とはどのような制度で、『慰安婦』とは何が違うのか。さらに、慰安婦問題がなぜ世界で大きく取り上げられるようになったのか。その経緯など、『二〇万人の性奴隷』というバカげた作り話を信じてしまった欧米人が歴史の真実を理解できる情報を、すべて証拠を示しながら、ホームページや動画を通じて発信すべきだと思います」「これまで数少ない学者やジャーナリスト、民間の有志らが、自腹や寄付を元手に最前線で戦ってきましたが、これはもはや国同士の『歴史戦』です。明らかな『プロパガンダ戦争』を国家レベルで仕掛けられているのに、日本は国として何の対処もしてこなかった。貴族のように『金持ちケンカせず』のような態度だったから、政治家や官僚が思っている以上に日本はプロパガンダ戦で負け続けて来たのです」。(『やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人』)

 

ソ連の崩壊――東西冷戦の終結によって、それまで社會主義を礼賛し日本の共産化を呼号してきた勢力は、「目標」を失った。それに代わる目標あるいは自己の存在証明が、「慰安婦強制連行プロパガンダ」などの「反日的歴史問題」の「追及」になったのだ。虚構の「反日プロパガンダ」を撃破しなければならない。

 

問題は日本の近現代史を悪逆非道と描き出す「朝日新聞」などの反日メディア、社民共産民主党左派などの反日勢力の存在である。わが國の歴史を汚し、旧軍人を侮辱することは天人共に許さざる行為である。

 

いはゆる「従軍慰安婦」とは、相当の報酬を得てゐた特殊職業婦人(俗にいふ売春に携はる女性)のことで、勿論、わが國軍に強制されたものではなかった。

 

軍は戦地での強姦暴行事件が起こるのを未然に防止するために、業者によるこの種の女性の募集を認めた。従って性病防止などのため管理面で軍が関与したことはあっても、日本軍が強制連行したことはない。

 

韓國や日本國内の「反日勢力」は「従軍慰安募集」を、不当に歪曲し、誇大化して「強制連行」などと大々的に報道し、キャンペーンを張ったのである。その結果、内外の多くの人は「強制連行」があたかも歴史的真實であるかのやうに信じ、日本軍及び日本政府が行ったかのやうに思ひ込んだ。そして、女性の人権を蹂躙した人道的犯罪を、日本軍が犯したと妄信してしまった。

 

公表された「慰安婦」関係の記録文書には、朝鮮半島出身者に関する文書に「強制」「強要」「甘言」があった「事實」を示す記録は一件もなかった。「従軍慰安婦」問題はでっち上げであったのである。

 

わが国政府は、総力を挙げて、反日プロパガンダを粉砕しなければならない。

 

また、吾々は「朝日新聞」などの反日メディア、社民共産民主党左派などの反日勢力、そして反日政党・日本共産党、社民党と手を組んで政権を奪還しようとする民進党を排撃しなければならない。

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千駄木庵日乗三月二十二日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、書状執筆・明後日のインタビューの準備。

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2016年3月21日 (月)

共産支那の侵略・弾圧・殺戮・核実験に対しては口をつぐんで何も言わない日共は侵略国家の手先

 報道によると、中国の著名コラムニスト、賈葭氏(35)が今月15日、北京空港で北京市の公安当局に連行されたことがわかった。香港メディアによると、中国では今月上旬、ネットメディアに習近平国家主席の辞任を要求する公開書簡が一時掲載され、当局が捜査を開始。書簡掲載の経緯をめぐり、取り調べを受けている可能性があるという。共産支那は、最高権力者に辞任を要求する国民の声をネットメディア掲載しただけで、拘束されるのである。

 

昨年の十一月には、『新疆日報』の編集長趙新尉氏を「民族政策などで異論を公言した」という理由で、共産党から除名した。

 

さらに共産支那当局は、「反テロ」の名目で、東トルキスタンの民衆に対して残虐なる弾圧を強化している。世界ウイグル会議(WUC)はこの事実を指摘し抗議している。WUCは昨年十一月に起きた「バリ同時テロ」に乗じて東トルキスタン(支那は新疆ウイグル自治区と呼称している)への弾圧を強化している。

先日も書いたが、「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長は昨年10月20日に都内の参院議員会館で記者会見を行い次のように語った。

 

「習近平(国家主席)が政権を取ったこの2年あまりはウイグルに対する弾圧が一段と激しくなっている。政権は弾圧を隠蔽しているが、まったく抵抗しない普通の農民や市民らを殺害している」

 「私は国連に驚いている。歴史的な問題を彼らは追及するが、現在行っている殺戮(さつりく)に対してはなぜ黙っているのか。なぜ現在進行形の問題については追及しないのか。大国のやっていることには何もタッチしないという態度なのか。中国当局はウイグルの資源を略奪し、その金を世界にばらまいて、民族浄化を正当化している」

 「今、彼らはウイグル人に対する銃殺の権限を末端の警察官に与えている。2001年の米中枢同時テロ以降、反テロを利用して無実のウイグル人を大量に逮捕し、テロ分子を処刑したという名目で人権侵害を行っている」。

共産支那の王毅外相は、「新疆の過激派対策は世界規模のテロとの戦いの重要な一環だと表明した。これは東トルキスタンの独立運動を「テロ」と同一視し自己を正当化する発言である。

さらに、金燦栄中国人民大学教授はかつて「米同時テロは米国にとっては悲劇だったが、中國の発展にとってはとても有益だった」と語った。これが共産支那の本音であろう。昨年十一月も、バリ同時多発テロなどに乗じて、残虐無比な対テロ対策を行った。

 

東トルキスタンは、一九四九年に、共産支那によって侵略され以来、植民地支配が続いている。また、チベット亡命政府によると、共産支那政府は「政治犯」として50万人もの東トルキスタン人を処刑したといわれ、妊婦に対して「計画生育」という名目で胎児の中絶を強制し、犠牲になった胎児は850万に上ると推計されている。チベットでも同様の産児制限と中絶・不妊手術の強制が行われた。さらに共産支那が行った45回の核実験と核廃棄物の投棄により、多くの人々が放射能中毒で犠牲になり19万人が急死し、急性放射線障害など健康被害者は129万人にのぼり、そのうち、死産や奇形などの胎児への影響が35000人以上、白血病が3700人以上、甲状腺がんは13000人以上に達するという。

 

これが共産支那の本質なのである。絶対に許してはならない。日本共産党などのわが国内の反日勢力は、「戦前の日本軍の侵略行為・残虐行為」なるものそしてアメリカなど自由国家の核実験を口を極めて非難攻撃するが、共産支那の正真正銘の侵略・弾圧・殺戮・核実験に対しては口をつぐんで何も言わない。まさに、彼らこそ侵略者の手先なのである。こんな政党と共闘するのが今度できる民進党なのである。

 

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千駄木庵日乗三月二十一日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後四時より、神宮前の南国酒家にて、『故名和健一郎 偲ぶ会』開催。全員が献花・黙祷を行った。そして実行委員長の渡邊謙二氏が挨拶。発起人・友人の方々が追悼の言葉を述べた。小生も思い出を語らせていただいた。多くの同志が参集した。

帰宅後は、原稿執筆・資料整理。

帰宅後は、

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2016年3月20日 (日)

『笹川平和財団 日米交流事業主催 講演会地域の視点、市民の視点から読み解く日米関係の今』における登壇者の発言

〇十一月十六日に行われた『笹川平和財団 日米交流事業主催 講演会地域の視点、市民の視点から読み解く日米関係の今』における登壇者の発言は次の通り。

 

サトゥ・リマイェ氏(イースト・ウエストセンターワシントンD.C.事務所長)「アジアは抬頭して来る。アセアンの中で二つの重要な国は、日本とオーストラリア。一九六五年のアメリカ移民法でアジアからアメリカに多くの人が入って来た。二〇五〇年にはアジア生まれの人がアメリカで最大の集団になる。日米関係はかなりエキセントリックな面が出て来た。両者の関係は衰退していない」。

 

ブルース・ストークス氏(ピュー・リサーチセンター国際経済世論調査部長)「議論を刺激し、交流を活発化させる。日本人もアメリカ人もお互いに信頼している。中國に対する信頼を欠如している。日本では七パーセント、アメリカでは三〇%しか中国を信頼していない。日本でアメリカ人は中国は不公正と思っている。昔は、日本が不公正と思っていた。悪者は一国。中國の抬頭で、日本との経済軍事関係が重要になっている。中國という存在があるので、日本の存在感が増している」。

 

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田村秀雄氏(産経新聞特別記者)による「膨張する中国リスクと日米協調の行方ーTPPを主導する日米はAIIBを仕切る中国を包囲できるか―」と題する講演内容

十一月七日に開催された『アジア問題懇話会』における田村秀雄氏(産経新聞特別記者)による「膨張する中国リスクと日米協調の行方ーTPPを主導する日米はAIIBを仕切る中国を包囲できるか」と題する講演内容は次の通り。

「日本のデフレはアベノミックスによって解決の方向に向かっているように見える。日本のデフレとは、日本の経済のパイが二十年前に五二〇兆円あったのに今は四九〇兆円に過ぎない。『中國に押されている』の一語に尽きる。この危機感が安倍内閣の土台。デフレ脱却のブログラムが迷走。二〇一四年の中国のGDPは日本の二倍以上。経済の委縮は日本の政治の失策にある。

 

中國は迷走し、中國経済崩壊論が店頭をにぎわしている。中國の崩壊とは、中国共産党体制の崩壊。AIIB(アジアインフラ投資銀行)は人民元の国際化、中国経済のグローバル化を方向性とした発展。中國は長らく外貨準備の大半を米国債への投資に充て、米国はこうした投資を利用して国内のインフラ建設などに投資して来た。この循環が破れれば、中国は巨額の外貨準備を有効に利用できなくなるだけでなく、米国の債務システムに『拘束』され、金融市場で益々受け身の立場に立たされる。

 

AIIBは人民元の国際化がある程度のレベルに達した時に、人民元を投資通貨として選択することが可能。関連国のインフラ建設は中国に輸出をもたらし、関連の金融機関に対する需要を喚起し、関連の金融機関の設立は将来の人民元によるグローバル決済、資金調達、備蓄、貿易に完成したシステムとプラットフォームを提供。中國主導の国際金融機関は経済問題だけではなく外交軍事の問題でもある。軍事外交経済の総合戦略に基づく。

 

雲南省からミャンマーへ鉄道が引かれる。軍事そのもの。インフラ整備で金を出してくれるのなら結構ということだが、中国の軍略ではないのか。行き詰った中国経済開発モデル(=投資+輸出)打開を模索。投資・輸出主導に代る経済モデル(個人消費主導など)見当たらない。新シルクロード経済圏=『一帯一路』という中華思想。アジア、ユーラシアの全ての道を北京につなげる中華経済圏建設によって、投資、輸出主導型成長復活。その金庫となるのがAIIB。対国際通貨基金(IМF)工作で、人民元をドル、ユーロに次ぐ第三国際通貨と認定させ、人民元を刷り、石油も高度技術も何でも買えるグローバル帝国を目指す。関心は、通貨・金融による中華帝国の膨張戦略であり、世界経済と安全保障のダブル・リスクを引き起こす恐れあり。

 

中國に入る投機資金は細くなっている。中國の七つの軍区はそれぞれが総合商社。中國人民銀行がお金をガンガン刷る。中國は資金がどんどん逃げている。中國の外に対する債務が滅茶苦茶増えている。外貨準備より対外債務の方が大きい。中國は自由市場ではない。公安が株式投機を取り締まっている。中國に魅力的な投資物件が無い。外貨準備を減らさないために株価操作をしたが、それが失敗した。

 

中國の膨張をいかにして止めるが、スローダウンさせるかが、日本の戦略であるべし。中國金融市場の自由化をやらせること。金融市場の門戸を完全に解放させること。日本は今後、戦時体制だと思ってやらねばならない。

 

アジア開発銀行は日本の生真面目さが定着。日本の財務省OBが総裁。メンバー国の中国と仲良くしたい。アジア開発銀行には危機感が全くない。正々堂々としたルールを作って日本に発注が回るようにすればいい。アジア開発銀行は日本の為になっていない。日本の官僚は喧嘩や摩擦を起こしたくない。

 

台湾沖縄が中国に靡くと、台湾は人民元で商売をしなければならなくなる。人民元が国際通貨に認定されると、台湾は中国経済に呑み込まれる。貿易協定が発効すると、台湾の中国化が一挙に進む。中国マネーによって台湾は占領される。経済と情報が大陸によって支配される。日本はそれを止めようがない」。

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千駄木庵日乗三月二十日

午前は、諸雑務。

午後は、北区にある菩提寺に赴き、四宮家の墓所を掃苔。拝礼。ご加護とご冥福を祈る。ご住職ご夫妻にご挨拶。

この後、施設に赴き、母に付き添う。食欲あり、元気なり。有り難し。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆。

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2016年3月19日 (土)

『2016深見東州バースデー書画展』開幕式における登壇者の発言

本日開催された『2016深見東州バースデー書画展』開幕式における登壇者の発言は次の通り。

 

松井武利氏(元求龍堂編集長)「絵描きとして三要素は、①純粋②素朴③下手。うまく描こうとしないことが良い。入選しようとか、他人を蹴落としていい思いをしようという気が無いのが良い。稚拙なのが良い。ゴーギャン、ゴッホ、棟方志功はそうだった。北宋時代の水墨画を見ると遊んでいる。その絵の中に住んでしまいたいと思う絵。そういう絵を描いている」。

 

亀井静香氏「評判の良くない傘貼り浪人の亀井です。深見氏は自分が絵を描くだけではなく、若者たちに芸術活動をさせようとしている。持ち上げすぎかもしれないが、現代のダビンチと言ってもいい。世界にも日本にもこういう芸術家はいない」。

 

小沢一郎氏「私は芸術的才能は皆無。政治家に心が無いということは同感。政治家はテクニカルなこと以上に心を大事にしていかねばならない。豊かな心、純粋な心を持ち続けることに努力したい」。

 

下村博文氏「同日選挙はない。深見先生はあらゆる分野でパワーを発揮されている。文化藝術で世界に発信している」。

 

平沢勝栄氏「城内実先生は私の息子の家庭教師。どんどん成績が落ちた。私は安倍さんの家庭教師。日本の新聞で信用できるのは、『日付、テレビ番組欄、死亡通知の三つ』。ところが中国人から『日本の新聞は三つあるからまだいい。中国の新聞は日付しか信用できない』と言われた」。

 

海江田万里氏「深見先生の案内状は三回以上読む。ドリア、クサヤ、鮒ずしを目指すと書いてあった。深見先生の心の豊かさ、柔軟さがを学ばなければならない」。

 

原口一博氏「大けがをした私にとって深見先生は灯であった。生きる力を引き起こしていただいた。深見先生のおっしゃることは全て信じる。下村先生は嘘をつく時に横を向く。さっきも横を向いていた。同日選挙はある」。

 

城内実氏「深見先生は、ゴルフの達人。ギャグの達人。藝術だけではない。感服している」。

 

伊藤憲一氏(日本国際フォーラム理事長)「政治家の祝辞に感服した。私はこれ以上申し上げることはない。半田さんの会合に出るのはこの催しだけ。半田さんは六十五歳になられた。私は今月七日に七十八歳になった」。

 

深見東州氏「逃げ道をなくしてやっている。去年とは違うことをした。西洋画のような水墨画を描いた。百二十九点の新作を描いた。今朝も、午前五時に起きて十数点描いた。数多く描くと名作が出てくる。一つ一つに思いを入れ過ぎると駄目。沢山の中で良い絵が出る。自分が良いと思うと良くない。去年よりも今年、今年よりも来年という意気でやっている。逃げ道のない世界、ぎりぎりのところからいい作品を生み出す」。

 

             〇

この報告は、小生のメモと記憶によるものですので、きわめて不完全です。文責は言うまでもなく小生にあります。

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千駄木庵日乗三月十九日

朝は、諸雑務。

午前十一時より、ラフォーレミュージアム六本木にて、『2016深見東州バースデー書画展』開幕式開催。八代英太氏が司会。

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帰宅後は、『政治文化情報』発送作業、完了、送付。購読者の皆様には週明けにはお届けできると思います。

この後、原稿執筆。

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『五箇条の御誓文』は、維新日本出発の基礎であり、近代日本の基本精神

 

『五箇条の御誓文』は、慶応四年(明治元年)三月十四日、明治天皇が、百官・公家・諸侯を率いられて京都御所紫宸殿に出御あらせられ、御自ら天神地祇をお祀りになり、維新の基本方針を天地の神々にお誓ひになった御文である。

 

『五箇条の御誓文』には、「我國未曽有ノ変革ヲ為サントシ,朕躬ヲ以テ衆ニ先ンジ,天地神明ニ誓ヒ,大ニ斯國是ヲ定メ萬民保全ノ道ヲ立ントス。衆亦此旨趣ニ基キ協力努力セヨ」と示されてゐる。『五箇条の御誓文』は、維新日本出発の基礎であり、近代日本の基本精神と言っても過言ではない。

 

慶応三年十二月九日(一八六八年一月三日)に、江戸幕府を廃絶し、同時に摂政・関白等の廃止と三職の設置による新政府の樹立を宣言した『王政復古の大號令』は、明治維新の構想を明示した大宣言であるが、それには「諸事神武創業之始ニ原キ、縉紳武弁堂上地下之無別、至当之公議竭シ、天下ト休戚ヲ同ク可被遊叡慮ニ付、各勉励、旧来驕惰之汚習ヲ洗ヒ、盡忠報國之誠ヲ以テ可致奉公候事」と示された。

 

「公議を竭す政治」の實現は、明治維新の大きな目的の一つであった。萬延元年六月に岩倉具視が提出した『上申書』に「誠に皇國危急の秋に際して、憂慮に堪へず候。之に依り其の匡済(注・悪をただし、乱れを救ふこと)の長計を愚考仕り候には、関東へご委任の政柄(注・政治を行ふ上での権力)を隠然と朝廷へ御収復遊ばされ候御方略に為されられるに拠り、先づ億兆の心を御収攬(注・人の心などをとらへて手中におさめること)、其帰向する所を一定為し致し候て、輿議(注・世論)公論(注・公けの議論)に基き、御國是を儼然と御確立遊ばされ候半(そうらは)では、相成り難しと存じ奉り候」と論じた。

 

徳川幕府に委任してゐた國政に関する権能を朝廷に収復し、さらに國民全体の意志をよく確認し、世論や公論をよく聞いて國是を確立すべきであるといふ意見である。井伊大老天誅直後において、すでに、天皇中心の政治、議會政治・國民世論重視の姿勢の確立が主張されたのである。

 

慶応三年十月三日、山内豊信(土佐藩第十五代藩主、隠居後の号は容堂)が幕府に提出した『建白書』に添へられた『上書』には「一、天下の体制ヲ議スル全権ハ朝廷ニアリ。乃チ我皇國ノ制度法則一切萬機必ズ京師ノ議政所ヨリ出ツベシ。一、議政所上下ヲ分チ議事官ハ上公卿ヨリ下陪臣庶民二至ル迄正明純良ノ士ヲ撰挙スベシ」と書かれてゐた。

 

朝廷中心の政治・萬民の中から選ばれた人による議會政治の實現が説かれてゐる。この「上書」は坂本龍馬の『船中八策』を参考にしてものと言はれる。

『船中八策』とは、慶応三年六月九日土佐藩船「夕顔」で長崎を出航、十二日に兵庫に入航するまでに、坂本龍馬の発案により、長岡謙吉(土佐藩士。海援隊隊員)が筆記したもので、「一、天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク朝廷ヨリ出ヅベキ事。一、上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ萬機ヲ参賛セシメ、萬機宜シク公議ニ決スベキ事」「一、古来ノ律令ヲ折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベキ事」とある。朝廷中心の政治と議會政治實現と共に「無窮の大典」即ち「憲法」制定をも提言してゐる。

 

「朝廷中心の政治」「公議を竭す政治」の實現は、德川幕府打倒を目指した側のみならず、幕末期の徳川幕府においても論じられてゐた。慶應四年十月十四日に提出された『大政奉還の表』には「當今、外國の交際日に盛んなるにより、愈々朝權一途に出で申さず候ひては、綱紀立ち難く候間、從來の舊習を改め、政權を朝廷に歸し奉り、廣く天下の公議を盡くし、聖斷を仰ぎ、同心協力、共に皇國を保護仕り候得ば、必ず海外萬國と並び立つ可く候」と書かれてゐた。

天皇中心の日本國體の回復即ち天に二日無き一君萬民の國家實現と萬民の公議による政治が、旧幕府側からも論じられたのである。

 

諸事神武創業に回帰することを大眼目とし、公議を竭(つく)して天下と休戚(喜びと悲しみ、幸福と不幸)を同じくし、旧習を洗ひ清めて、國民の身分差別をなくし、國民が倦むことなく明るく幸せに暮らす一君萬民の理想國家を建設することが「王政復古」即ち明治維新の理想である。

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千駄木庵日乗三月十八日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

午後六時より、六本木のグランドハイアット東京にて、『世界の医療と、国際政治サミット』開催。半田晴久氏がモデレーターを務め、舛添洋一・武見敬三・高村正彦・城内実の各氏なとが討論。

帰宅後は、原稿執筆。

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2016年3月18日 (金)

わが国は自主防衛体制を確立し、アメリカ及びアジア諸國と連帯して中華帝國主義に対抗すべきである

支那人自身が自國を「支那」と称していた。一千年以上昔の唐代の三蔵法師以来、支那の仏典において「支那」という言葉が使われた。なぜなら、中國あるいは中華という漢語は、中央の國という意味であり、仏教信者にとっては、世界の中央とはインドであったからである。

 

 また、近代の章炳麟・梁啓超・胡適・宋教仁・孫文・康有為・茅盾などの革命家・政治家・思想家、小説家も自國のことを支那と言っていた。

 

 支那という言葉の起源は、秦(春秋時代の諸侯の一つ。今の甘粛・陝西省の地方)であるという。決して蔑称ではない。わが國は江戸時代の學者(新井白石といわれている)が、英語のChinaの訳字として支那という漢字を当てたという。したがって、支那という言葉には支那に対する侮蔑の心は全くないのである。もっとも最近の支那共産政権の侵略主義と専制政治、そしてわが国に不法入国して繰り返す支那人の犯罪は他国から侮蔑される要因を支那自身が作り出しているのである。

 

 今日においても、國際舞台で支那共産政府自身、自國のことを「China」と名乗っている。ということは、彼らは今日でも「支那」と名乗っているということなのである。自國が名乗っている言葉を日本人が用いたからと言って、「差別」だの「侮蔑」だのと言って騒ぐのは全くおかしい。「支那」という言葉が蔑称であり「國家主義的発想」であるのなら、「China」も悪いということになる。ともかく、支那を支那と言って何が悪いということになるのである。

 

 「中國」「中華」という言葉は、世界の中心に位置する國という意味であり、きわめて普遍的であって、支那のみが中國なのではなく、インドにも「中國」という意識があったのである。わが國日本にも、「中國」という自覚がある事は昨日述べたとおりである。

 

 つまり、日本人が支那のことを中國というのは、まことにおかしいということになるのである。

 

 ところが、敗戦後、支那に対して誤れる贖罪意識を持つようになった日本人が、「支那」という言葉を自己規制するようになってしまった。ここに大きな問題がある。

 

「中華」を名乗っている支那は有史以来帝國主義的侵略を意図し世界は全て支那の領土と心得ている

 

 支那が「中華」「中國」を自称するのは、支那民族が、周囲の國・民族よりすぐれているという独善的な観念に基づく。そして支那人は、周辺諸國・諸民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と言って差別するみならず、支那の支配下に置くことを目的とした対外膨脹思想を抱いている。これを「中華思想」という。

 

 そして支那には、周辺諸國を自國の属國とみなし、これに朝貢(外國人が来朝して朝廷にみつぎものを差し上げること)させて来た長い歴史がある。そうした悪しき伝統は共産主義政権になっても脈々と生きている。と言うよりもますます顕著になっている。だから周辺諸國の領土を掠め取るのは当たり前だし、気に入らない國に対しては武力で恫喝し制裁を加えるのは当然という考え方があるのだ。現に支那共産政権は、チベット・内蒙古・満洲・東トルキスタンに対して侵略支配を行っている。

 

 支那人の抱く中華思想には、もともと國境という観念がない。なぜなら、自らを「世界帝國」と見做し、世界は全て支那の領土と心得ているからである。もちろん実際には、支那大陸にある政権の権力支配の及ぶ範囲は限られている。しかし、支那人の観念からすれば、そのために生ずる境界は「國境」ではなく、その境界の外は「辺境」だとされる。

 

 大東亜戦争後、蒋介石政権が台湾を接収した時、台湾のことを「辺境」と言った。この「辺境」とは「本来支那が支配すべき地域だが、目下のところそうはなっていない地域」という意味である。

 

 したがって、事情が許せば「辺境」は支那の支配下に置く意志を持っている。つまり「中國」「中華」を名乗っている支那大陸の政権は、有史以来帝國主義的侵略支配を意図する政権なのである。日本は「中華帝國」の広域支配下に組み入れられてしまう危険がある。

 

 共産支那は、急速な経済近代化・経済建設が進行、その経済力をベースに、露骨に軍事力増強の「富國強兵」策を採っている。

 

 周辺諸國を「辺境」と見做し、あわよくば侵略し支配しようという支那の伝統的な傾向が、現実性を帯びている。東アジア諸国への軍事的圧力となって表れている。さらには、わが國の沖縄に対してすら領土権を主張し始めるであろう。

 

 支那共産政権は、「戦前の日本は侵略國家だった。そして日本に軍國主義が復活しつつある」と攻撃しているが、共産支那こそ、アジア最大の侵略國家であり、軍國主義國家である。これに対して、わが国は戦後七十年にわたって「富國強兵」とは正反対の「富國弱兵」政策を採り続けてきた。

 

 このような状況が続けば、日本は「中華帝國」の広域支配下に組み入れられてしまう危険がある。しかるに、わが國においては、「軍備や沖縄米軍基地を縮小せよ」という論議が起こっている。実に以て愚かにことと言わねばならない。わが國は、自主防衛体制を確立し、アメリカ及びアジア諸國と連帯して中華帝國主義に対抗すべきである。

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千駄木庵日乗三月十七日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後六時より、新宿にて、『黒田勝弘先生講演会』開催。阿形充規氏が主催者挨拶。黒田勝弘産経新聞ソウル駐在客員論説委員が講演。質疑応答。会食。数多くの同志が参集した。

帰宅後は、原稿執筆の準備など。

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2016年3月16日 (水)

支那を「中国」と呼ぶべきではない

私は、出来る限り、支那のことを「中国」とは書かず、「支那」と書くことにしている。わが国も、「葦原中津国」であるからであり、「中朝」であるからである。「中国」という言葉は固有名詞ではない。支那だけが「中国」ではないのだ。わが国も「中国」なのだ。

 

支那人自身が自分の国を「中国」と呼称するのは自由である。しかし、支那がわが国に対して「支那と呼ばずに中国と呼べ」と強要するのはおかしいし、それに唯々諾々と従う日本人もおかしい。「中国」という言葉が普通名詞なのだからそれは当然である。

 

「中国という言葉はすでに定着しているのだから、中国を刺激してまで無理に支那と呼称することはない」という意見があるが間違いである。これはわが国の尊厳性・文化の独自性の保持、突き詰めればわが国の独立に関わる問題なのである。

 

世界の先進国で支那を「中国」と呼んでいる国は日本以外にない。どこの国も「支那(英語ではChina)」と呼んでいる。支那の強要によってわが国が支那のことを「中国」などと呼称する自体、わが国にとってこれほどの屈辱はないし、「日本は中国の属国であり冊封国だ」と認める危険があり、わが国がとてつもない差別思想である「中華思想」を容認することとなり、「中華帝国主義」に侵略され併呑される原因となる。

 

わが國もまた「葦原中國(あしはらなかつくに)」即ち「中國」なのである。山鹿素行の『中朝事實』という著書がある。これは徳川時代初期に著されたもので、「日本は神國なり、天皇は神聖なり」という思想が根幹にあり、後世のいわゆる日本主義思想に大きな影響を与えた。

 

平泉澄氏は次のように論じている。「山鹿素行先生は…日本こそ他國にすぐれたる國であり、正しく中華といひ、中國といひ、中朝といふべき國であるとして、ここに日本の歴史を述べて、これに題して中朝事實といはれたのであります。…中朝事實こそは、長く外國の學問に耽り、外國の思想に惑ひたる後に、一朝目覺めて日本を發見し、日本の偉大に驚歎し、ここに眞の學問として日本學を樹立組織せんとしたる先哲の偉大なる足跡といふべきであります」(『日本學叢書 中朝事實』解説)と。

 

山鹿素行は我が日本こそ文化概念としての「中國」であって、支那は「中國」にあらずとの前提に立っている。

 

『中朝事實』には「皇祖高皇産霊尊、遂に皇孫天津彦彦火瓊瓊杵命を立てて、葦原中國の主(きみ)と爲さんと欲(おぼ)す。…是れ、本朝を以て、中國と爲すの謂(いひ)なり」「本朝の 神代、既に 天御中主尊有り、二神(ふたはしらのおほんかみ)國の中の柱(みはしら)を建つれば、則ち、本朝の中國たるや、天地自然の勢なり」と記されている。 

 

 津田右左吉氏は次のように論じている。「彼ら(支那人)は自分等を中華とし、自分等で無いものを夷狄として、中華は夷狄を支配するべきものと考へ、天の代表者である自分等の天子は、すべての夷狄、即ち全世界・全天下に君臨してゐるものだと考へてゐた。だから彼等の中華思想では…民族全體が一つの國として、他の國と対峙するものとも認めない」(『文學に現はれたる我が國民思想の研究』)。

 

 「中華思想」とは、世界・天下の中心の支那があり、世界・天下の人民も國土も全て支那の皇帝のものだという恐るべき侵略思想なのである。この「中華思想」があの広大にして人口の多い支那大陸を一つの権力國家にまとめあげている唯一の原理である。「中華思想」は、対内的には少数民族の抑圧の原理、対外的には軍事的侵略による覇権確立の原理となっている。共産支那による理不尽極まりわが國への恫喝・内政干渉、

 

 そして、わが國をはじめとするアジア各国に対する不法行為・侵略行為が繰り返され益々ひどくなってきている根本原因は、支那の政治権力特有の「中華思想」に拠る。支那の日本に対する侮蔑・差別観念は「中華思想」から来ている。

 

 「中華思想」は、周辺諸民族を東夷・西戎・南蛮・北狄と獣や虫けらのように呼んでこれを蔑視し侮った。「東夷」とは弓を射るのがうまい民族・東方の野蛮人のことで、日本・満州・朝鮮などの民族を指した。「西戎」とは槍術のうまい民族・西方の野蛮人のことで、チベットやトルコ系の諸民族を指した。「南蛮」とは蛮は虫扁がつく南方の野蛮人のことで、インドシナなど南海諸地方の民族を指した。「北狄」とは犬扁のつく北方の野蛮人のことで、匈奴(きようど)・ウイグル・韃靼(だつたん)等の遊牧民族を指した。いずれも野蛮な民族ということである。これほどの他民族差別思想・侵略思想・大國主義はない。

 

 支那はこの論理によってこれ迄の長い歴史において周辺諸國を侵略して来た。秦始皇帝・漢武帝・隋煬帝・唐太宗のように内乱の後に大統一帝國が成立した後には、強力な國外侵略を行っている。共産支那帝国もその歴史を繰り返そうとしているのである。

 

 

中国という観念即ち中華思想に国境の観念がない。どんどん支配地域を広げても構わないというのが支那の考え方である。事実、モンゴル・満州・チベット・東トルキスタンを侵略支配している。そして近年は海洋に進出している。台湾も沖縄も支配下に置こうとしている。

 

共産支那のアジア侵略粉砕!

東トルキスタン独立・チベット独立・台湾独立万歳!

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千駄木庵日乗三月十六日

午前は、諸雑務。

昼、施設に赴き、母に付き添う。

午後二時半より、芝の駐健保会館にて、『大行社幹部会」開催。顧問の一人としてスピーチ、

午後六時より、水道橋にて、同志二氏と懇談。意見交換。

帰宅後は、原稿執筆。

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2016年3月15日 (火)

参院選での勝利もくろんでいる民主党をはじめとする亡国野党を徹底的に排撃しなければならない

共産支那は、昨年九月三日に天安門広場で行った抗日七十周年を祝う『抗日戦争勝利記念』の軍事パレードで、近代化した壮大な規模の軍事力を誇示した。これはパレードの名が示す通りわが国に対する軍事的威圧であった。さらには、アジアにおける軍事的覇権確立の意思表示であった。

 

共産支那は、尖閣諸島のみならず、沖縄にまでその侵略の牙を向けて来ている。そしてわが国全体を属国化しようとしていることは明白である。さらに、南シナ海で岩礁を侵略し、軍事基地化している。

 

日本を共産支那から守り、わが國の独立・主権・国民の生命財策そして平和を守るためには、抑止力が絶対に必要である。その抑止力とは、今日においては、自衛隊の軍事力であり、日米軍事同盟である。安保法制の国会審議の時、政府自民党は、この事をよくよく説明すべきであった。しかし「外交的配慮」からか、公明党が反対したのか、支那の軍事的脅威について、政府自民党が国会の内外で強調することはなかった。

 

わが国は、自国の生存と安全と独立を守り、アジアの平和と安全を確保するために、何としても共産支那の軍事的拡張を抑止しなければならない。そのためには、自主防衛体制の整備及び日米軍事同盟強化を推し進めねばならない。

 

正義は力の背景なくしては実現できないし守る事も出来ない。「外交とは華麗に礼装した軍事」のである。支那からの侵略を食い止めるためには、軍事的抑止力を一層強化しなければならない。

 

これに反対する者どもは、自覚するとしないとに関わらず共産支那の手先である。『新安保法制』廃止を叫んで共闘し、次の参院選での勝利もくろんでいる民主党をはじめとする亡国野党を徹底的に排撃しなければならない。

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千駄木庵日乗三月十五日

午前は、諸雑務。『伝統と革新』編集の仕事。

 

昼は、若き友人二氏と懇談。三月十七日に六十九歳の誕生日を迎える小生のお祝いをして下さる。有難し。

 

この後、資料の整理。

 

午後五時より、虎ノ門の笹川平和財団ビル国際会議場にて、『米国議会日本研究グループ共催 パネル講演会 「3/15 2016大統領選挙と米国政治の選択」~アメリカでは今何が起きているのか?誰のための選挙か?~』開催。トーマス・ピートライ氏(元米国連邦下院議員、1979-2015年、共和党・ウィスコンシン州選出)、デニス・ハーテル氏(元米国連邦下院議員、1981-1993年、民主党・ミシガン州選出)が講演。モデレーターは中山俊宏氏(慶應義塾大学総合政策学部 教授)がつとめた。

 

帰宅後は、明日のスピーチの準備、原稿執筆。

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2016年3月14日 (月)

侵略国家の手先。民主・共産・社民連立政権樹立を阻止しなければならない

亡命ウイグル人組織を束ねる「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長が昨年10月20日に都内の参院議員会館で記者会見を開き、次のように語った。

 

「習近平が政権を取ったこの2年あまりはウイグルに対する弾圧が一段と激しくなっている。政権は弾圧を隠蔽しているが、まったく抵抗しない普通の農民や市民らを殺害している」

「私は国連に驚いている。歴史的な問題を彼らは追及するが、現在行っている殺戮(さつりく)に対してはなぜ黙っているのか。なぜ現在進行形の問題については追及しないのか。大国のやっていることには何もタッチしないという態度なのか。中国当局はウイグルの資源を略奪し、その金を世界にばらまいて、民族浄化を正当化している」

「今、彼らはウイグル人に対する銃殺の権限を末端の警察官に与えている。2001年の米中枢同時テロ以降、反テロを利用して無実のウイグル人を大量に逮捕し、テロ分子を処刑したという名目で人権侵害を行っている」

 

 「私たちのすべての抵抗は、まったくテロとは無関係だ。中国当局はウイグル人を毎日殺し、無実の人を数万人単位で投獄している。これはどうしてテロといわれないのか。国際社会のテロに対する基準ははっきりされるべきだ。“国家テロ”によって抑圧されている民族の状況を考慮すべきだ。人権侵害を激しく受けている民族の抵抗をテロに結び付けるのはとても理不尽なことだ」

 

 「私たちは長い歴史と独自の文化を持ち、人種的にも中国とまったく違う。私たちの美しい文化文明を中国はつぶしてきている」

 

 「中国当局はわれわれを浄化するひとつの手段として、未婚のウイグル人女性を就職の名目で中国本土に強制連行している。それを阻止しようとしたウイグル人たちはさまざまな名目で弾圧を受けている」

 

 「一方で中国政府は中国人を百万単位で(新疆ウイグル自治区に)移住させている。彼らは就職も資源開発も何をやっても自由だ」

 

「私たちの街は中国の軍・警察であふれている。ウイグルにおける著しい人権侵害が日本でも話題になり、国会や日本政府もこの問題に関心を寄せることをお願いするため、今回日本を訪問した」

 

「中国の弾圧はすさまじく、公表されているデータの統計では(中華人民共和国成立後の)66年間で百数十万人の犠牲を出している。最も犠牲が多かった期間の一つが習近平政権の2年余りだ。1964年から始まった原爆実験の犠牲者も入れると莫大な数になる」

                 ◎

わが国のメディアでこの記者会見を報道したのは、私の知る限り、『産経新聞』『世界日報』だけである。『朝日新聞』『テレビ朝日』では一切報道されなかった。わが国のいわゆる歴史問題に関しては、「事実」をねつ造しでも報道し追及するのに、今日唯今大陸のウィグルやチベットなどにおいて共産支那政権によって行われている「民族浄化」「虐殺」については全くと言って良いほど報道もしないし、糾弾もしない。

 

社民・共産・民主党左派も、国内のいわゆる「人権問題」に対しては、あることないこと報道し、糾弾するのに、共産支那の暴虐に対しては一切沈黙している。左翼政党・偏向メディアのこういう体質は、戦後一貫したものである。要するに、彼らは、旧ソ連・共産支那の手先なのである。

 

だから、アジアにおける共産支那の軍事的覇権確立に協力するために、わが國の防衛体制確立及び日米同盟強化に徹底的に反対してきたのである。民主党は党名を変更し、共産党・社民党と手を組む。まさに亡国、反日政治勢力が出来上がるのである。これに組みするのが「テレビ朝日」「朝日新聞」などの偏向メティアである。我々は徹底的に亡国勢力・侵略国家の手先を排撃しなければならない。民主・共産・社民連立政権樹立を阻止しなければならない。

 

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千駄木庵日乗三月十四日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。機嫌よく元気なり。有り難し。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備など。

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荒木和博氏の主張をご紹介します

権力

 

         荒木和博

 

 たびたび警察官の不祥事が問題になります。しかし、本質に関わる問題となると鹿児島の冤罪事件もそうですが、事件が大きくなればなるほど報道するのは相当な決意がいります。特に公安関係となると独自の取材は労力が多く警察情報に頼りがちになることもあり、警察に嫌われると報道できないというジレンマで自主規制することが少なくありません。山本美保さんDNAデータ偽装事件についても本来大変な問題なのですが、この12年間政府も警察も必死に押さえてきたこともあり、報道となるとごく一部の社に留まっています。

 

 先日自民党大会での安倍総理の発言を部分的に切り取って全く逆の印象を作るような操作をしたことが問題になっていました。ひどい話だと思いますが、そういうのを聞いて感じるのは、閣僚の発言の言葉尻を捉えることなども含め、些細なことには大騒ぎし、ときには情報操作までするのに、それならなぜ現政権の核心的問題点、拉致などまさにその一つですが、大事なことには何も言わないのだろうかということです。本当に政権と対決しようと思っているなら、もっと正面から切り込むべきで、どうでも良いことで騒ぐというのは、一見「反安倍」の雰囲気を出しながら実は権力となあなあになっているのではないかとすら思えるのです。

 

 マスコミに煽られて野党が左シフトすればするほど自民党の政権は安泰になります。それは昭和35年、民社党が社会党から分かれた後、野党第一党の社会党がほとんど左派と中間派になって左シフトし、結果的に自民党政権を延命させたのと同じです。その状態の中で拉致は続けられました。社会党は北朝鮮を支援していたし、自民党も事実上それを放任していました。現在の状況はあの「1960(昭和35)年体制」を彷彿とさせるものがあります。ひねくれた見方をすれば「反安倍」のカラーを出しているマスコミは逆に政権とつるんでいるのではないかとすら思えるのです。そしてその中で拉致問題は隠蔽され続け、放置していれば風化していきます。

 

 「官」はあくまで権力の意向に従って動きます。「民」の側に本当に闘う意思がなければこの現状は突破できません。

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誤れる『立憲主義』は国を亡ぼす

「立憲主義」とは、「憲法に基づいて政治が行われなければならない」という意味だそうである。問題は、基本となる「憲法」に正統性があるかどうかである。『現行占領憲法』は、憲法としての正統性は全くない。政府自民党特に自民党の真正保守の立場に立つ政治家は、それが言いたくてたまらないのだろうが、政権政党であるので、言い出せないでいる。自民党も憲法改正・自主憲法制定を党是とはしているが、憲法を改正するということはその憲法に「正当性」があると見つめているということである。

 

『現行占領憲法』は、『大日本帝国憲法』を改正したことになっているが、制定過程を見れば、全くそうではない。戦勝国の武力的恫喝による押しつけであることは、明白である。『大日本帝国』とは全く異質の理念・思想を根幹にしている。

 

このような憲法を基本として「立憲主義」成り立たない。間違った憲法、誤った憲法に基本にして政治を行ってはならない。

 

中川雅治参院議員は、一昨年五月三日に開催された『新しい憲法をつくる國民大會』において、「『立憲主義』といふ言葉がよく聞かれる。これは近代憲法の基本原則である。自民党の『改憲草案』も立憲主義に基づく。しかし『現行憲法』はGHQによって作られた。これによって政府を縛るのが『立憲主義』と言ふのには抵抗を覚える。憲法改正の手続きは今國會で通したい。憲法改正に正面から取り組む」と語った。まっとうな考へ方である。

 

今日わが國で施行されている憲法がまっとうな憲法、正統性のある憲法なら「立憲主義」は肯定される。しかし、『現行占領憲法』は正統性を失っている、と言うよりも最初から正統性などなかった。と言うのは、『現行憲法』が『大日本帝國憲法』を改正したものだなどということ自體が欺瞞だからである。天皇大権が占領軍の隷属の下にあった占領期間中の改憲は「摂政を置くの間之を変更することを得ず」という『帝國憲法』の条項に明確に違反している。『現行占領憲法』は、日本を永久に弱體化しておくために戦勝國=アメリカ占領軍が日本に押しつけた憲法である。

 

大変畏れ多いことであるが、「天皇及日本國政府ノ國家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル聯合國最高司令官ノ制限ノ下(「subject to」)ニ置カルルモノトス」(バーンズ回答・正しくは「隷属ノ下」と訳されるべきといふのが定説である)とされている時期の「天皇のご裁可」「天皇による公布」は、天皇陛下が自由に表明された御意志即ち「大御心」によるものとは異なると私は思う。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想・國家法人説や、人間不信を基盤とした國民主権論や西洋近代の成文法、そしてそうした思想が基礎になっている『現行占領憲法』の「國家観」とは基本的に相容れないのである。『現行占領憲法』に正統性がない最大の理由はここにある。その上、『現行占領憲法』は戦勝國アメリカの占領下に、強制的に押し付けられた憲法である。従って、この『現行占領憲法』には内容的・思想的にも、制定過程においても全く正統性がないのである。

 

國の基本法についてはあくまでも正義を貫かねばならない。ともかく、『現行占領憲法』は、その制定過程ばかりでなく内容もアメリカ製であり正統性は全く無い。この憲法がなくならない限り日本は真の独立國とは言えないし、日本の真の再生はあり得ない。それどころか『現行憲法』がある限り國體破壊が進行していく危険がある。

 

憲法は「不磨の大典」と言はれるが、「不磨」であるべきなのは、「國體法」である。「政體法」は必要に応じて改正されるべきである。即ち、天皇を君主と仰ぐ國體は絶対に変革されてはならない。しかし、政體は民の幸福のためになるのならどんどん変革すべきである。ともかく、正統なる憲法を回復した時、はじめて『立憲主義』が正しく確立するのである。誤れる『立憲主義』は国を亡ぼすのである。

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2016年3月13日 (日)

千駄木庵日乗三月十三日

午前は、諸雑務。

午後、専門家来宅、パソコンとのメンテナンス。

この後、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理など。

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深谷隆司氏の正論

深谷隆司氏の正論を紹介します。

                ◎

第659回「国連は信頼できるか」

 深谷隆司の言いたい放題第659

 「国連は信頼できるか」

 

 国連の潘基文事務総長が311日、元慰安婦と会見した。昨年末、慰安婦問題での日韓合意発表後、彼は、歓迎するとの声明を出した。今回の会談でも、この合意が誠実に履行されるよう望むと述べたが、しかし、一方で「両国の努力を歓迎したが、内容を歓迎したものではない」と苦しい弁解もした。

 今、アメリカには合意の無効を訴えるため、挺身隊問題対策協議会など韓国の支援メンバーが訪米し、在米団体と組織的運動を行っているが、今回の会談もその一環だ。(注 女子挺身隊とは第2次大戦中創設された勤労動員組織で、慰安婦とは無関係、1991年ごろの朝日新聞が書き誤解を招いたが、後に混同したものと認めている。)

公平中立であるべき国連の事務総長が、今(初めて)慰安婦と会う必要など全くない。彼は次期韓国大統領選挙に出馬を考えているからだと私は推察しているが、けしからん話ではないか。

国連の女子差別撤廃委員会は、対日審査の最終見解で慰安婦問題を取り上げて、「日本の軍隊により遂行された深刻な人権侵害」と決め付けた。史実を無視した一方的な言いがかりである。おまけに金銭賠償や公式謝罪などを勧告しているが、こうした戦後補償問題は、昭和40年の日韓請求権協定で解決済みなのである。

実はこの委員会、日本の皇位継承についてまで批判をし、皇位継承権が男系男子にだけあるのは女性への差別だとして、皇室典範の改正を求めようとした。日本が強く抗議してとりあえず削除されたが、日本国の象徴であり、事実上の元首である天皇のあり方についての内政干渉など、断じて許されることではない。  

男系継承が続いた国柄、伝統など、知識ゼロの連中にとやかく言われる筋合いはないのである。

こう不愉快な話が続くと、一体国連は信頼できるのかと疑問がわく。はっきり言って国連は信用できないというのが、かねてからの私の思いである。

国連の中で重要な位置を占めるのが安全保障理事会だが、この中の常任理事国は、米、英、仏、とロシア、中国だ。明らかに第2次大戦の主要戦勝国で、拒否権など特権を持って国連を牛耳っている。中国は元中華民国、ロシアはソ連の解体後の国なのに相変わらず常任理事国だ。

おまけに国連分担金は国民総所得等に基づいて決めるから、日本は米に次ぐ2位で、今日まで莫大な負担を強いられて来た。理不尽な話である。

当然、日本は国連改革を主張しているが、今やるべきはもっと日本を正しく理解させるためのプロパガンダ、積極的なロビー活動ではないか。

「遺憾である」程度の発言で事は解決しない。予算もしっかりつけて、国連を動かすぐらいの積極策はとれないものかと強く思っている。

 

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第四権力たるメディアによって、「言論の自由」「が圧殺される事態が起っている

 

本年28日に行われた衆議院の予算委員会で、高市早苗総務大臣は、『放送法』「第四条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。一  公安及び善良な風俗を害しないこと。二  政治的に公平であること。 三  報道は事実をまげないですること」について、次のように答弁した。

 

 

 

それはあくまでも法律であり、第4条も、これも民主党政権時代から国会答弁で単なる倫理規定ではなく、法規範性を持つものだという位置づけで、しかも電波法も引きながら答弁をしてくださっております。どんなに放送事業者が極端なことをしても、仮にそれに対して改善をしていただきたいという要請、あくまでも行政指導というのは要請になりますけど、そういったことをしたとしても、公共の電波を使って、まったく改善されないということを繰り返した場合に、それに対して何の対応もしないということを、ここでお約束するわけにはまいりません。そこまで極端な、電波の停止にいたるような対応を、放送局がされるとも考えてはおりませんけど、法律というのはやはり法秩序をしっかりと守ると。それで違反した場合には、罰則規定も用意されていることによって、実効性を担保すると考えておりますので。まったく将来にわたってそれがありえないとは断言できません」。

 

 

 

当然過ぎるほど当然の答弁であり、何の問題もない。しかるに、偏向メディア靴揃えて、「言論の自由」「表現の自由」への圧迫であり、放送局への恫喝だという批判キャンベーンを張っている。

[朝日新聞]「テレビ朝日]などの反日勢力は、自分たちの「御機嫌を損ねる」事象に対しては、極めて狭量にして独善的な非難攻撃を加える。国内問題では、瑣末なことでも「人権蹂躙だ」「言論の自由の侵害だ」と騒ぐのに、支那においてあれほどの人権蹂躙、言論弾圧がおこなわれていても、報道もしないし抗議も非難もしない日本のメディアは全くおかしい。社民共産両党も然りである。

 

「言論の自由」「人権擁護」を叫び、「日本は中国を侵略した」と言っている連中ほど、共産支那の暴虐には口をつぐんでいる事実を決して見過ごすことはできない。

 

「言論の自由」「政治活動の自由」を侵害しているのは偏向メディア、社民共産両党であり、民主党左派(最近これが増えて来た)であり、媚中勢力である。独裁国家支那の手先が「言論の自由」を云々すること自体許し難いことである。

 

「言論の自由」「表現の自由」は守られねばならない。最も「言論の自由」「表現の自由」を侵害している国家は支那であり北朝鮮である。そしてその手先になってゐるのが国内の反日メディアであり、反日政党なのである。この連中は、国内の人権問題には正義の味方面してがなり立てるくせに、共産支那の人権抑圧・民族自決抑圧に対しては何も言わない。こうした勢力に対する批判を強めねばならない。

 

わが国の歴史問題については、やれ侵略したの、大虐殺をしたのとがなり立てるのに、共産支那のチベット侵略・虐殺には何も言わない。こういう連中こそ、最も許すべからざる存在である。

 

「表現の自由」「政治活動の自由」は大切である。「権力」によってこれらの「自由」が束縛されることがあってはならない。しかし「権力」とは政治権力のみではない。メディアは第四権力と言われている。その第四権力たるメディアによって、「言論の自由」「表現の自由」「政治活動の自由」が圧殺される事態が起っているのである。

「言論の自由」「表現の自由」を踏み躙って、偏向報道をまき散らしている偏向メディアに対して、『放送法』に基づき、規制を加えるのは当然である。

 

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千駄木庵日乗三月十二日

午前は、諸雑務。『伝統と革新』編集の仕事。

午後は、原稿執筆の準備。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後は、資料の整理など。

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2016年3月11日 (金)

『現行占領憲法』無効論

 戦後日本は「國民主権」「人命尊重」「人権擁護」「平和」を絶対的価値、最高の目標としてきた。それは『現行占領憲法』の基本原理となってゐる。しかし、戦後六十年を経過して、人権が侵害され、人命が軽視され、國民の平和が侵される残虐無比の事件が日常茶飯事になるといふまったく逆の結果を生み出した。「人権擁護」とか「人命尊重」とか「平和」とかがいくら麗々しく憲法の原理として書かれてゐても、それは空念佛にすぎなかったのである。むしろさういふ原理に基づく戦後教育は、自分さへよければ良いといふ利己主義を養ひ、他人や國のために尽くす、親に孝養を尽くすといふ人倫の根本を忘却せしめた。そして、己の権利のみを主張する精神が横溢した。

 

今日の日本を混迷に陥れてゐる根本原因である『現行占領憲法』の「國民主権」といふ國體破壊思想、「恒久平和主義」といふ名の侵略誘発の敗北思想・似非平和主義、「基本的人権の尊重」といふ欲望民主主義・利己主義といふ三原理に要約される「戦後精神」を徹底的に祓ひ清めなければならない。

 

日本國の根幹を揺るがせ、日本國民の道義心を低下せしめてゐる『現行憲法』の三原理を肯定したままで一部の条項を変えるだけの「改憲」では駄目である。『占領憲法』の無効を宣言して真の自主憲法を開顕すべきである。敢えて自主憲法制定とはいはないのは、わが國には肇國以来『天壌無窮の御神勅』といふ最高の成文憲法があるからであり、かつ、『現行占領憲法』が無効となれば必然的に『大日本帝國憲法』が復元するからである。

 

今日の日本は成文法の根幹たる「憲法」が正統性を失ってゐる。『現行占領憲法』は制定当初から正統性がなかった。それは、「『現行憲法』は『大日本帝國憲法』を改正したもの」などといふこと自體が欺瞞だからである。

 

「天皇大権」が占領軍の隷属の下にあった占領期間中の改憲は、『大日本帝國憲法』の第七十五条の「憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス」といふ条項に明確に違反してゐる。『帝國憲法』第十七条二項の規定により、摂政が置かれてゐる間は、法律の裁可、条約の締結、議會の招集などの大権は摂政が、天皇の名に於いて行ふ。しかし、第七十五条の規定により、憲法及び皇室典範の改正は摂政を置かれてゐる間はこれを為し得ない。したがって、摂政が置かれてゐたどころか、國全體が戦勝國の占領下にあり、天皇の統治大権も國家主権も戦勝國の隷属下にあった時の『帝國憲法』改正は無効である。南出喜久治氏が最近の著書『日本國憲法無効宣言』で主張され、また谷口雅春先生が生前一貫して主張された「現行憲法無効論」は正しい。

 

石原慎太郎氏は、「この憲法が起草された段階ではほとんど日本人のイニシャチブは及んでいなかった。そういう占領下という特異の状況にあった。その憲法というものに私たちの自律性、意思というものは反映されていない限り、國家の基本法としてのレジティマシーがないんだということを國會全體で認めて、これをやはり歴史的に否定していただきたい。それは、内閣不信任案と同じように過半数の投票で是とされると私は思う」「改正の手続に乗ることはない。私は、これを否定されたらいいと思う。…今の改定手続といったって、直させるつもりがないからあんなややこしい手続にした。彼(白州次郎氏)は直す必要はない。こんなものはとにかく否定してしまったらいいんだと言ったのを今になって思い出す」」(平成十二年十一月三十日、衆議院憲法調査會における発言)と述べてゐる。

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千駄木庵日乗三月十一日

午前は、諸雑務。『伝統と革新』編集の仕事。

午後二時より、永田町の憲政記念館にて、「第五回 三月十一日東日本大震災『祈りの日』式典」開催。村上正邦氏が主催者挨拶。南丘喜八郎氏が実行委員長挨拶。山本峯章氏が報告挨拶。亀井静香氏がスピーチ。そして黙祷が行われた。

帰宅後は、資料の整理、原稿執筆。

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2016年3月10日 (木)

「一君万民」の思想そして「天皇の民」の自覚が差別をなくし國民的和合を実現する

現代日本は、社會全体の品格、國家の品格の中に自分があり得るということ、個と共同体國家との連結ということを軽視あるいは拒否している。日本列島に住む人々は、動物の群れと同じにようになり、やがては國家も人も滅び去ることとなる危険がある。

 

 「自由」とは、他人の「自由」を侵害しないところに存在するものであり、「人権」も他人の「人権」を十分に尊重するところに存在するのであり、「平等」は勤勉さ・有能さ・善良さの上に成り立つのである。「平和」とは他人に守ってもらうのではなく自分の努力で築き上げるものである。

 

つまり、自由・人権・平等・平和もその根底に、わが國の傳統に根ざした道義精神・自主独立の精神があってはじめて正しく実現するのである。

 

 ところが今日のわが國は、自國の傳統に対する誇りを喪失してしまっているから、自由とは「勝手気まま」となり、人権は「エゴイズムと欲望の充足」となり、平等とは「自分より能力のあるもの・勤勉なものを引きずり下ろす精神」となり、平和とは「祖國が侵略されても戦わない敗北主義」と成り果てている。これではわが國亡國への道を歩まざるを得ない。

 

しかし悲観してはならない。わが國には建國以来三千年という光輝ある歴史と傳統がある。「愚者は歴史を経験するのみだが、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がある。今日の國難を打開するために歴史に学ばねばならない。わが國には大化改新・建武中興・明治維新という國難を乗り切った歴史がある。その歴史に学ばねばならない。そして日本の國柄、歴史と傳統に合致した真の『自主憲法』をせねばならない。

 

人間を欲望充足の動物と考え、國家を権力機構・搾取機関と考えているかぎり、國家と個人、言い換えれば國権と人権は永遠にそして絶対的に相対立する関係となる。人権問題を考える場合、その根本において、人間とは如何なる存在であるのか、國家とは何かが、正しく把握されなければならない。

 

人間は絶対的にして永遠の宇宙大生命の地上における自己実現である。國家とは人々が共同して生活する精神的結合体である。ゆえに、人も國家も本来的には倫理的存在である。個としての人間は共同体なくして生きていくことはできない。歴史と傳統という縦(時間)の思想、共同体における共生という横(空間)の思想を回復しなければ個人も共同体も滅亡せざるを得ない。

 

歴史からも共同体からも切り離された個人は存在し得ない。歴史傳統の体現者であり國民統合の中心者を否定することが國家および國民の破壊をもたらすのである。

 

「人権」という言葉がこれまで左翼にからめ取られ、天皇を君主と仰ぐわが國の國柄の否定・傳統破壊の道具としてまで用いられてきた。戦後の「差別撤廃運動」はそのまま「天皇制否定運動」でもあった。しかし、天皇を君主と仰ぐ日本國体の開顕こそが、真の差別撤廃の原基である。

 

全國水平社設立の中心人物西光万吉氏の「人間に光あれ、人の世に熱あれ」のあの叫びをもう一度深く思うべきである。光のある人間を生み、熱のある世の中を実現するには、正しき人間観と國家観の確立がなされなければならない。そして西光万吉氏が主張した「高次タカマノハラの展開」(高天原が天照大神を中心に八百万の神々が同胞として生活していたように、地上においても祭祀主天皇を中心として全國民が同胞として生活する理想世界の実現)が今日においても光を放つ思想であると信ずる。

 

わが國の傳統たる「一君万民」の思想そして「天皇の民」の自覚が、差別をなくし國民的和合を実現するのである。

 

日本國の傳統的國家観・君民一体の國體を、西洋の絶対君主支配下の体制と同様なものとしてこれを排除し否定してはならない。天皇および天皇を中心とする國柄を「差別の根源」として否定することは誤りである。天皇を中心とする國柄を護っていくことによって國民としての権利・生命・福祉・安全が真に守られ尊重されるのである。

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千駄木庵日乗三月十日

午前は、諸雑務。

午後は、『政治文化情報』原稿執筆。

この後、施設に赴き、母に付き添う。

帰宅後も、原稿執筆・脱稿・送付。

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この頃詠みし歌

国民の選びし政府が不公正な放送を正すは当然のこと

 

電波は国民のものとのたまへど政府は国民に選ばれしもの

 

第四権力メディアを第一権力がチェックするのは当然のこと

 

大きな顔して権力をチェックするなどとのたまふ輩は国民の敵

 

風音の激しき夜はわが怒りとどめ難くて筆躍るなり

 

心躍らせ掃除するなりチャイコフスキースラブ行進曲を聞きつつ我は

 

啄木と牧水の歌をなぐさめられさらに詠みつがんやまと歌をば

 

サラダ食す朝餉は明るく朗らかに幸多き日の始まりとする

 

大観の富士山の絵はまさしくも日本男児の雄心を描く

 

大いなる力湧き来る心地する一日を仕事に精出せし夜()

 

古き写真たまさか見れば我と共に写りゐる人皆逝きにけり

 

太りたるわが身支へる足二本頑張ってくれまだ生きるから

 

裏道に白梅の花咲きをれば見上げる我は春を喜ぶ

 

わが父に無理に食べ物を食べさせて器官を壊せし看護師を憎む

 

点滴と胃瘻で命をつなぎし父延命といふは延苦なりしか

 

悔しき心今も消えることはなし苦しみて逝きし父を思へば

 

シロアリと断じて拒否する人のゐる民主党よ日共と手を結ぶ勿れ

 

シロアリと協力をする民主党もう駄目なりと思ひつつをり

 

民共共闘とは何とおぞましきことなるか野合といふより邪悪なる道

 

佳き人と語らふ時のわが心騒立ちにけり和らぎにけり

 

二人の客が語り合ひゐる傍らで我は一人で盃(はい)を重ねる

 

道灌殿の物見の丘の夕月夜 枝垂れ桜の妖艶にして

 

日暮しの里の大空 朱色(あけいろ)に染まりをればまさに日の暮れ

 

同じやうな店二つ並びどちらにも入り難くて別の店に行く

 

 

 

 

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千駄木庵日乗三月九日

午前は、諸雑務。『伝統と革新』編集の仕事。

午後は、『月刊日本』連載の「萬葉集講義」原稿執筆・脱稿・送付。

午後六時より、南大塚地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究会」開催。小生が、大伴坂上郎女などの歌を講義。質疑応答。

帰途、出席者と懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

大変忙しい一日であった。

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2016年3月 9日 (水)

「第六十回日本の心を学ぶ会」

第六十回日本の心を学ぶ会

 

 

 

憲法問題を考える

 

 

 

安倍総理は三月二日の国会で憲法改正について「私の在任中に成し遂げたいと考えている」と表明しました。今夏の参院選の争点が憲法改正になる可能性が出てきました。

 

 

 

いうまでもなく「現行占領憲法」は日本の弱体化と占領体制の継続を目的に押し付けられたものであり、この「現行占領憲法」の否定は心ある国民にとっての悲願といってもいいものです。

 

 

 

自民党は昭和33年に作った「綱領」で「平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ現行憲法の自主改正をはかり」と宣言しております。つまり「自主憲法制定」は自民党の党是であり、その党是が今夏の参院選で史上初めて「憲法改正選挙」というかたちで国民に問われることになりそうです。

 

 

 

一方で自らを護憲勢力とする民主党、共産党などの野党も安倍政権での憲法改正に危機感を高めており改憲阻止の姿勢を明確にしております。さらに「改憲阻止」を結集軸とした野党協力の可能性もあることや、公明党の動向が不明確なことからいまだに改憲の発議に必要な国会議員の三分の二が獲得できるかどうかは不透明です。

 

 

 

安倍総理は改正の具体的な条文については何もコメントしておりませんが、年頭の記者会見で「憲法改正についてこれまで同様参院選でしっかりと訴えていくことになります。同時にそうした訴えを通じて国民的な議論を深めていきたい」と発信しております。 

 

 

 

さまざまな議論が行われていますが、いずれにせよ戦後七十年にして我が国を敗戦国のままで押さえつけていた最大の拘束具である「現行占領憲法」がようやく外れる可能性がでてきたと言えます。

 

 

 

今回の勉強会では「現行占領憲法」をどうするかについて議論してみたいと思います。

 

 

 

 

 

【日 時】平成28年3月27日(日)午後600分より

 

 

 

【場 所】文京シビックセンター 3階会議室C

 

東京都文京区春日1-16-21 東京メトロ後楽園駅・丸の内線(4a5番出口)南北線(5番出口)徒歩1分都営地下鉄春日駅三田線・大江戸線(文京シビックセンター連絡口)徒歩1JR総武線水道橋駅(東口)徒歩9

 

 

 

【講 演】

 

 

 

「 『現行占領憲法』無効論について」四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

 

 

 

せと弘幸氏は調整中です。

 

 

 

【参加費】資料代500円終了後、近隣で懇親会(3千円くらいの予定です)

 

 

 

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395 

 

 

 

            ◎

 

この告知文は主催者が作成しました。

 

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2016年3月 8日 (火)

人の命・自然の命を、神として仏として拝ろがむ精神の涵養が大切

学校で人命に関わる事件が起こると、「学校長が全校集会で゙人の命の大切さ゛を改めて生徒たちに教えた」などと報道される。 

 

「人の命を尊ぶ心」は、人間が単なる物質的な存在であるとする唯物論からは絶対に出て来ない。「戦後教育」は、唯物論を本旨とするマルクス・レーニン主義勢力=左翼教員組合によって牛耳られ、学校教育の場において戦後一貫して唯物論教育が行なわれてきた。その結果が、現在の惨状である。

 

ソビエト・共産支那・北朝鮮・カンボジアなどの共産国家による自国民殺戮および対外侵略を見れば火をみるよりも明らかである。また、わが国内においても、共産主義者集団による武装闘争・リンチ・テロによる殺戮は凄まじいものがあった。

 

共産主義者・唯物論者というイデオロギーにとりつかれた人間がいかにひどい人格・人間性の持ち主になるかは、これまでの歴史が証明している。二十世紀はマルクス・レーニン主義、スターリン主義、毛沢東思想という「イデオロギー」の残酷な実験場だった。その実験場において幾千万という人間が「実験動物」として殺されたり、殺し合いを行ったのである。それが今日の残存する共産国家・共産支那や北朝鮮の本質である。

 

人の命の尊厳性を子供たちに正しく教えるには、唯物論を否定し、神仏を尊び人間生命の永遠を信じる「宗教的情操を涵養する教育」が正しく行なわれなければならない。ところが、戦後日本においては、まともな「宗教教育」が行われて来なかった。

 

しかしながら、古代から今日に至るまで宗教戦争によって多くの人命が奪われてきたことも事実である。わが国内においてもオウム真理教事件という宗教教団による大量殺人事件が起った。

 

こうしたことを考えると、宗教教育・宗教心の涵養とは言っても、宗教なら何でもいいというわけには行かない。教育の場において、正しい宗教観を子供たちに植えつけ、間違った宗教にとりつかれないようにすることが必要である。

 

正しい宗教精神の涵養によって、人の命の尊さを分からせることができるだけでなく、人の命だけでなく、自然の命、そして亡くなった人々すなわち先祖を尊ぶ心も養われるのである。「人の命・自然の命を、神として仏として拝ろがむ精神」が大切である。そして、人としての生きる道、踏み行うべき道を指し示すことができるのである。

 

「宗教教育」は、特定の教団の教義を強制的に子供たちに教えることではない。わが国生成以来の国民信仰であるところの神道、そして長い歴史の中で日本に包摂されてきた儒教や佛教などの宗教精神を、学校教育の場で正しく子供たちに教えることが「宗教教育」である。それによって人の命の尊さを分からせることができるだけでなく、人としての生きる道、踏み行うべき道を指し示すことができるのである。

 

さらに、正しい宗教精神の涵養によって、人の命だけでなく、自然の命、そして亡くなった人々すなわち先祖を尊ぶ心も養われるのである。「人の命・自然の命を、神として仏として拝ろがむ精神」が大切である。

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千駄木庵日乗三月八日

午前は、諸雑務。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、施設に赴き、母に付き添う。元気なり。有り難し。

この後、谷中にて、知人と懇談。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事。原稿執筆など。

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「國體政治研究会 第六十九回例会」における田尾憲男氏(皇學館大學特別招聘教授・神道政治連盟主席政策委員)の講演内容

昨年十月二十七日に開催された「國體政治研究会 第六十九回例会」における田尾憲男氏(皇學館大學特別招聘教授・神道政治連盟主席政策委員)の「國體から見た大御心と臣民の道」と題する講演内容は次の通り。

 

「独立回復の時点で改正すべきであった。『現行憲法』が体中のまわってしまった。なかなか改正は困難な状況。改正は國體防衛の戦い。改正を止めたら日本はアメリカの第五十一番目の州になってしまう。

 

國體は英語でコンスティチューションという。構成・組織・性質・体質を意味する。憲法は國體を一番大事なものとして定めた法だから『國體法』と言うのが正しい。それぞれの国にそれぞれの國體がある。建国の精神に基づいた國體がある。中國は革命の繰り返しの国。日本には英国・米国・ロシア・中国とは全く違った長い歴史伝統に基づく誇るべき國體がある。

 

國體は色々な方面から見るのが大事。三つの側面から見るべし。精神的文化的國體、地理的自然的國體、第一に政治的法的國體がある。政治的・法的に見た國體は、建国以来、萬世一系の天皇による統治が行われてきたこと。これが一番大事。統治者は統治権の総攬者。

 

第二は精神的文化的國體。天皇は神道の最高の祭祀主であられること。全国の神社に祭祀をすることを命じられる。皇室の祭祀と一体となって神社の祭祀が行われる。また、天皇は和歌の道の主宰者であられた。『萬葉集』二十巻に、天皇の御製、貴族の歌、庶民の歌が収められている。それが古典として残っている。和歌の前の平等。御歌所は宮中の役所。『新古今和歌集』の『仮名序』に『歴代の帝(みかど)が和歌を以て世を治め、民の心を和らぐる道とせり』と書かれている。天皇の御意志は御製を通じて国民に示される。

 

第三の地理的自然的國體は、日本は大陸から離れた島国なので侵略されることは稀であった。文化も破壊されることなく今日まで来ている。正倉院の御物にそれは象徴される。大陸国家ならとっくに盗まれている。日本は天災の国、自然災害が多い国。大津波・地震・洪水が次から次に起こった。しかしその都度、天皇は民の被災は自らの不徳の致す所、朕の罪なり、という御自覚のもとに被災者救済の強い御意志を示され、全国の神社に祭祀と救済の祷りを高めるように勅を発して来られた。

 

こういう國體が敗戦後に変革され、天皇が政治的権能を喪失し、國體条件が崩れてしまった。第一は、『大日本帝国憲法』に規定された『元首』の地位を失い、『象徴』という地位に変更された。第二に、『皇室典範』が憲法の下位法に変更された。『現行憲法』の『政教分離規定』を受けて祭祀条項が消えてしまった。第三に、憲法上、天皇が単なる『象徴』とされたことにより、天皇の果たす機能と役割が形式的・儀礼的な『国事行為』のみに限定された。

 

しかし幸いにも、昭和天皇、今上天皇の懸命なお働きによって、『現憲法』の下でも、天皇の精神的権威は保たれてきている。しかし次の世代、次の次の世代で果たしてどうなるか甚だ憂慮される。その意味でも、憲法上、天皇の『日本国の元首』の地位恢復の憲法改正が大事である。

 

私は、天皇の『大御心』と『御心』を使い分けて考えるのが良いと思っている。大御心とは神武天皇以来、歴代天皇に一貫して継承されてきた高貴な天皇精神である。御心とは、ある一代の天皇の精神であって、歴代の天皇にとってはこの大御心と一体になる御精進が大事なのである。その一体化が最初に霊的に行われるのが大嘗祭に他ならない。

 

天皇の御心が時に大御心と違う場合がある。その場合には、時によっては、側近の者や国民の側からの諫言もあり得る。一方、日本天皇にはその道を誤らないために常に国民の声をお求めになるという伝統がある。昭和天皇は『日日のこのわがゆく道を正さむとかくれたる人の声をもとむる』との御製を詠まれた。孝徳天皇は『諫諍を求むる詔』を、元正天皇は『直言を求むる詔』を下されている。民の意思を大事にして君民一致による君民共治の治政を目指す高貴な精神が國體の中に流れている。これは民主制と君主制の双方を満足させ、双方の欠点を補い合う最善の政治形態として誇っていい。万世一系の皇室が百二十五代にわたって続いてきた所以もここにある。

 

『教育勅語』に見る『道』こそが、日本国民の道であり、国民道徳の基本にして、教育の淵源であると思う。『帝国憲法』を支えるバックボーンとして『教育勅語』が、明治天皇により発布された。『教育勅語』に『斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所』とある通り、天皇にとっての道は皇祖皇宗の遺訓を守ることである。国民にとっての道は忠孝の道を実践し、勅語にある十二の徳目に努めることである。天皇と国民か『其德ヲ一ニセン』と願うもこれこそ君民一致の日本国の最高の美徳であり、強みだと言える。

 

憲法改正に向けて国民のとるべき道は、明治の先人が諸外国の憲法を参考にしながら君民一致で作り上げた帝国憲法とその立憲精神を憲法改正の最も大切に指針とすべきである。GHQが帝国憲法を変革して新規に付け加えたわが國體にふさわしくない条文や文言を削除して書き直し、既に定着した良いものは残し、新たに必要とする事項についてはさらに追加も考えていくべきである。

 

これからの改憲は帝国憲法の再改正に外にならない。敗戦占領下の混乱時に米黒人によって一週間余で作成された現憲法を改正の出発点にしてしまっては日本の國體を顕現することは到底できない。そのこと保よくよく認識すべきである」。

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千駄木庵日乗三月七日

午前は、諸雑務。

昼は、若き友人と懇談。意見交換。

午後からは、在宅して『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆など。

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2016年3月 7日 (月)

韓国の対日請求権放棄について

強調しておかなければならないことは韓国が日本に対する「請求権」を放棄したのは、わが国が韓国に対し、朝鮮半島に投資した日本資本及び日本人の個別財産の全てを放棄すると共に、膨大な額の援助を行うことになったからである。韓国は決して無償で対日請求権を放棄したのではない。

 

昭和四十年六月に、日韓両国政府が調印した『日韓基本条約』と同時に締結された付随協約の一つである『日韓請求権並びに経済協力協定』は、第一条が日本から韓国に対して経済協力が行われるための手順規定、第二条が日韓両国間の請求権問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」規定、および、第三条が日韓両国間で「この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争」を解決するための手順規定となっている。

 

この協定に基づき、日本は、韓国との正式国交開始と同時に、当時世界最貧国のひとつであった韓国に対し、合計五億米ドル(無償三億米ドル、有償二億米ドル)及び民間融資三億米ドルの経済協力支援を行った。当時の韓国の国家予算は三・五億米ドル程度、日本の外貨準備額は十八億米ドルであったことから、その額の膨大さが推し量れる。韓国は、この日本からの経済協力金を原資として、国内のダムや高速道路を整備し、「漢江の奇跡」を成し遂げたのである。

 

これについて金完燮氏は「その著『親日派のための弁明』で、「日本としては、遅れた朝鮮半島を譲りうけ、四〇年間にわたって大規模な投資をし教育を施し、近代的な制度を導入して膨大な産業基盤を建設したあげく、金を受けとるどころか賠償金まで支払わなければならなかったのは、さぞ無念なことだったろう」「日本の立場からすれば、朝鮮に残した莫大な財産を強奪され、数多くの日本人が殺害され追放された被害に対してなんらの賠償も要求できなかったうえに、大幅に譲歩しながら締結した協定について、韓国側がこれに反する言動を延々とくりかえしているのだから、韓国人はいくら与えてもつぎつぎと無理難題を吹っかけてくるおかしな集団と受けとるだろう」と。

 

今回のいわゆる「従軍慰安婦問題」の「合意」において、わが国が韓国に十億円を支払うことになったのは、「泥棒に追い銭」ではないか。韓国が「合意」を反古にして、再び『従軍慰安婦問題』で日本を攻撃して来たら、まさにそうなるのである。

 

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2016年3月 6日 (日)

千駄木庵日乗三月六日

午前は、諸雑務。

午後一時より、深川の富岡八幡宮にて、勉強会開催。国歌斉唱、「教育勅語」奉読・主催者挨拶の後、小生が「昭和天皇御製に学ぶ」と題して講演。質疑応答。

今日は久しぶりに富岡八幡宮に参拝させていただいた。

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この後、施設に赴き、母に付き添う。食欲あり。有り難し。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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萬葉古代史研究会のお知らせ

小生が講師となり「萬葉集」を勉強する會が次の通り開かれます。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。

日時 三月九日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

會場 豊島区南大塚地域文化創造館

東京都豊島区南大塚二-三六-一 ☎〇三-三九四六-四三〇一 「東京メトロ 丸ノ内線 新大塚駅」一番出口より徒歩八分。JR山手線 大塚駅」(南口)より徒歩五分。「都電荒川線 大塚駅前駅」より徒歩五分。都バス「大塚駅」停留所より徒歩五分 (都〇二、上六〇)

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』

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天照大御神の御神體・八咫鏡の意義

 

三種の神器の一つである八咫鏡は、伊勢の神宮に御神體として祀られ、草薙剣は熱田神宮に御神體として祀られ、八坂瓊曲玉は宮中に傳へられてゐる。

 

八咫鏡は、天照大御神が岩戸にお隠れになった時、石凝姥命(いしこりどめのみこと)がお造りした。天孫降臨後、天照大御神の神靈の依代(よりしろ)として宮中に安置され、垂仁天皇の時代に伊勢に移されたと傳へられる。伊勢神宮の御神體である。皇位継承の「みしるし」として宮中賢所(かしこどころ)に代りの鏡がまつられてゐる。

 

『日本書紀』には、天照大御神が天忍穂耳命(あまのほしほみみのみこと・邇邇藝命の父神)に「宝鏡」を授けて、

「視此宝鏡、当猶視吾、可与同殿共殿、以為斎鏡」(この鏡を視まさむこと、まさに吾を視るがごとくすべし。ともに床(ゆか)を同じくし殿(おほとの)を共(ひとつ)にして、斎鏡(いはひのかがみ)とすべし)

と命じられたと記されてゐる。

 

『古事記』には、邇邇藝命が天降られる時、天照大御神が、三種の神器を副へて、

「これの鏡は、もはら我が御魂として、吾が前を拝(いつ)くがごと、斎(いつ)きまつれ」(この鏡こそはもっぱら私の魂として、私の前を祭るやうにお祭り申し上げよ)

との御神勅を下されたと記されてゐる。

 

「八咫鏡」は、天照大御神の依代(よりしろ・神が顕現する時の媒體となるもの)として拝まれるのである。

 

『日本書紀』には、鏡を作って日の神の御像としたことが記されてゐる。鏡は三世紀代の古墳から発見されてをり、その頃には太陽神(日の神)祭祀に用いられてゐたと思はれる。太陽に鏡を向けると、その鏡は太陽と同じようにまぶしく光り輝くので、鏡は太陽神を象徴するのに最もふさわしいものであったと考へられる。

 

『古事記』には、天照大御神が天の岩屋戸にこもられた時、天照大御神に再び御出現していただくために、石凝姥命(いしこりどめのみこと)が八咫鏡を作り、真榊に取り付けて、さまざまな事をして喜び遊んだ。天照大御神が不思議に思はれて岩戸から外を覗かれた時、八咫鏡を示した。大神は、ご自分の姿がその鏡に映ったのでいよいよ不思議に思はれ、岩戸より少し出られた所を手力男命が御手を取って外に引き出した、といふ神話が記されてゐる。

 

天の岩戸神話は、新嘗祭に発する本縁(事の起こり。由来や起源。縁起)譚であり、冬至の日に執り行はれた太陽復活祭であるといはれてゐる。

 

松前健氏は、「冬に衰える太陽の光熱の回復のため、その神の裔としての日の御子であり、且つその化身であると考えられた天皇に対して、そのたまふりを行なったのが趣意であろうということは、すでに定説化している。…冬至は、農耕民族においては、『古い太陽が死ぬ日』でもあったし、また『新しい太陽の誕生する日』でもあった。この衰弱死する古い太陽が磐隠りするアマテラスであり、このときふたたび生まれ出る新しい太陽が『磐戸を開いて出現する日の御子』である。」(『日本の神々』)と論じてをられる。

 

「太陽復活祭」たる天の岩戸開きは、新嘗祭・大嘗祭の原型と言ってよいと思ふ。ゆへにその祭りは、神々の知力・呪力・體力・技術力・笑ひの力といふもろもろの力が結集されてをり、これ以上盛大な祭りはないといふほどの祭りである。天皇は、新嘗祭・大嘗祭を通して、日の神たる天照大神の神威を體現されるご存在と仰がれるのである。

 

鏡は太陽の光を反射させるので、太陽神も鏡に宿るとされたと思はれる。祭祀によって「高天原を地上へ」「今即神代」といふ信仰が実現する。その時に「鏡」が重要な役目を持つのである。

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2016年3月 5日 (土)

千駄木庵日乗三月五日

午前は、諸雑務。

午後二時より、内幸町の日本プレイセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。川村純彦氏(川村純彦研究所代表・元海将補)が、『どう阻止するか―中国の南シナ海覇権の野望―』と題して講演。活発な質疑応答が行われた。後日報告します。

この後、施設に赴き、母に付き添う。元気なり、共に歌を歌う。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆など。

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2016年3月 4日 (金)

現御神信仰について

 

日本人が古代から抱いてきた現人神(あらひとがみ)思想=現御神(あきつみかみ)信仰は、天皇がイエス・キリストのやうに海の上を歩いたりする超人であるとか、何の間違ひも犯されない全知全能の絶対神であるといふ信仰ではない。

 

日本物語文學の祖とされる『竹取物語』(成立年代不明・作者不明)では、かぐや姫に求婚した天皇が「天竺の宝物を持って来てくれ」などといふ難題を言ひかけられて大いに悩まれることが記されてゐる。日本人の現御神信仰が天皇は絶対無謬の御存在であり全知全能の神とする信仰であったら、このやうな物語が生まれるはずがない。 

 

和辻哲郎氏は、「(天皇が神聖な権威を担ふといふ傳統、皇統が天つ日嗣として神聖であるといふことは・註)この傳統を担っている現人をそのまま神化しようとするのではない。従ってそこには天皇の恋愛譚や、皇室内部における復讐譚などを数多く物語っている。これらは天皇の現人性を露骨に示すものと言ってよいであろう。しかしかく現人たることなしに現人神であることはできない。現人でありながらしかも現人たることを超えて民族的全体性の表現者となり、その全体性の根源から神聖な権威を得てくるということ、従ってこの権威はただ一系であり不易であるということ、それを記紀の物語は説き明かそうとしたのである。」(『日本倫理思想史』)と論じてゐる。

 

現御神あるいは現人神とは、読んで字の如く、現実に人として現れた神といふことである。人でありながら神であり、神でありながらながら人であるお方が、祭り主であられる日本天皇なのである。それを名詞で表現したことばが現人神・現御神なのである。 

 

そしてこの場合の神とは、キリスト教や回教の神のような超自然的・超人間的な神なのではない。だから現御神であらせられる天皇御自身、神仏に祈願を込められ、天皇の御名において神々に御幤を奉られるのである。

 

葦津珍彦氏は〈現御神日本天皇〉の意義について次のやうに論じてゐる。「天皇おん自らは、いつも過ちなきか、罪けがれなきかと恐れて御精進なさっている。天上の神になってしまって、謬つことなき万能の神だと宣言なさった天皇はない。…現御神とは、地上において高天原の神意を顕現なさる御方というのであって、決して無謬・無過失の神だというのではない。」「現人神というのは人間ではないというのではない。人間であらせられるからこそ、皇祖神への祭りを怠らせられないのである。天皇は、神に対して常に祭りをなさっている。そして神に接近し、皇祖神の神意に相通じ、精神的に皇祖神と一体となるべく日常不断に努力なさっている。天皇は祭りを受けられているのではなく、自ら祭りをなさっている。祭神なのではなくして祭り主なのである。その意味で人間であらせられる。けれども臣民の側からすれば、天皇は決してただの人間ではない。常に祭りによって皇祖神と相通じて、地上において皇祖神の神意を表現なさるお方であり、まさしくこの世に於ける神であらせられる。目に見ることのできる神である。だからこそ現御神(現人神)と申上げる。」(『近代民主主義の終末』)。

 

現御神(現人神)日本天皇は、天つ神・皇祖神の御子としての神聖なる権威を担って、目に見える人の姿として、現実に地上に現れられた神であらせられる。そして、皇祖天照大神の住みたまふ天上界(高天原)と地上とは隔絶した関係ではなく、常に交流してゐる関係にある。

 

日本人の傳統信仰は、皇祖神と天皇の関係ばかりでなく日本の神々と一般國民も種々の形で交流し、両者の間に超えがたい区別などはないのである。神はしばしば人の姿をとって現実世界に現れ、人の口を借りて神意を傳へんとする。

日本國の祭り主であられる天皇は、「無私」になって神のまつろひ奉る御方であり、神のみ心を伺ひ、それを民に示される御方である。また民の願ひを神に申し上げて神の御加護を祈られる御方である。

 

「祭る」とは無私になって神にまつろふといふ事であり、祭る者が自分を無にして祭られる者=神に従ふといふ事である。「祭り」とは神人合一の行事である。

天皇が祭り主として「無私」であられるからこそ、神のみ心を実現され、天照大神の神霊を體現される御方となられるのである。だから民から天皇を仰ぐ時には「この世に生きたまふ神」すなはち「現御神(あきつみかみ)」あるいは「現人神(あらひとがみ)」と申し上げるのである。

 

天照大神と天皇の関係は、単に、天照大神が天皇の御祖先であり天皇は天照大神の御子孫であるといふ関係だけではなく、天照大神の神霊が天皇のお体に入り、天皇が天照大神の御意志(地上に稲を実らせること)を地上(豊葦原の瑞穂の國=日本)において実現するといふ関係である。日本天皇は日本の神々の中で最高の尊貴性を持たれる天照大神の「生みの御子」として地上に現れられたお方であらせられる。

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千駄木庵日乗三月四日

午前は、諸雑務。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、明後日行う講演の準備。原稿執筆など。

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私が考えた民主党新党名

民主党が新党名を募集しています。

 

私も一生懸命考えました。そして次のような党名を思いつきました。

 

野合党

 

元の鞘におさまる党

 

離合集散党

 

理念なき議席維持党

 

反自民党

 

消滅回避党

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天皇を中心とする日本國體の淵源と系統を記したものが「日本神話」である

 「日本神話」は、神々の世界が地上に連続するものであること=「神統譜」を語ってゐる。そして、日本の神々の根源神・天地生成の神が、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)即ち「造化の三神」であり、国土生成の神が、伊弉諾大神・伊弉諾大神であり、高天原の主宰神にして最高尊貴の神が、天照大神であり、その生みの御子が、邇邇藝命であり、そのご子孫として地上に顕はれられた神が、現御神日本天皇であらせられることを語ってゐる。つまり「神統譜」と「皇統譜」を一続きとしてして語ってゐるのである。まさに天皇を中心とする日本國體の淵源と系統を記したものが「日本神話」である。

 

 上山春平氏は「『古事記』の神統譜が、一方にタカミムスビーイザナギーアマテラスーニニギという高天の原の系譜、他方に、カミムスビーイザナミースサノヲーオホクニヌシという根の國の系譜を設定し、この二つの系譜が、アメノミナカヌシを共通の始点とし、イハレヒコ(神武天皇)を共通の終点とする、という形でとらえられ…」(『神々の體系』)と論じてゐる。

 

 伊耶那岐命の國土生成は、『古事記』冒頭に示された「天つ神」=「天地初発の時に高天原になりませる神々」のご命令によって行はれたのである。「造化の三神」の否定は日本國土生成の否定である。

 

 『記紀』『風土記』に登場する日本の神々は、日本各地の地域共同體で信仰されて来た神々であるが、「日本神話」全體として統一され系統化された。その始原・根源の神が「造化の三神」である。

 

 「日本神話」は神統神話であり皇統神話である。一貫した道統・靈統の継承がはっきりと明確に示されてゐる。「万世一系の天皇」は「天地生成の神からの靈統・神統・皇統を継承する天皇」といふことである。

 

 日本民族は、天之御中主神を天地宇宙の根源神と仰ぎ、天照大神を日本の神々の中で最高至貴の神と仰ぎ、天皇を現御神(地上に生きたまふ神)として仰いだのである。

 

 『古事記』神代史は、神々と皇室の系譜を神話として物語ってゐるのであるから、神話の上に立つ歴史である。

 

 「言靈のさきはふ國」といはれるやうに古代日本人の言葉に対する信仰は深かった。神の名・人の名についての信仰はその最たるものであった。

 

 中西進氏は、「(『古事記』は)神々の誕生という主題のもとで、単に神々の名を連ねるという独自の神話的方法によっている…心理的文脈は神名の蔭にかくれている。」(古事記を読む)と論じてゐる。

 

 「天之御中主神」といふ神名には、古代日本人の壮大なる信仰精神が込められてゐる。大國主命・一言主命・事代主命・大物主命といふ神々がをられるやうに、古代日本人は森羅万象の中に何処かに「ぬし(主)」がゐると信じ、天地宇宙の中心にも「ぬし(主)」がゐると信じた。日本民族の叡智は、それを「天之御中主神」といふ神名で表現した。天之御中主神は、神々や人間や一切のもの生成の根源・宇宙の中心にゐます神である。

 

 影山正治氏は、「天(あめ)は全宇宙を意味し、御中(みなか)は眞中であり、主(ぬし)は主宰者を意味する。即全宇宙の根源の神であり、一切の可能性を内包された始發の神であり、宇宙そのものゝの神である。」(『古事記要講』)と論じてゐる。

 

 古代日本人は、宇宙の中心にまします無限定の神、無限に流動する神・神聖性の母胎を「天之御中主神」といふ神名で表現した。天之御中主神は、無限定にして特定の姿形なき天地宇宙の中心にまします神であり、一切を生み一切の存在の生成の根源の神である。現象世界の神ではなく目に見えぬ世界の神である。そのことを古代日本人は「独神に成りまして、身を隠したまひき」と表現した。

 

 「天之御中主神」といふ神名は、神話的な思考としてもっとも高次なものである。天之御中主神は、生命の根源・宇宙の中心の神であるが、他の神々と対立し他の神々の存在を一切認めない「唯一絶対神」ではない。多くの日本の神々の根源の神である。

 

 ゆへに、天之御中主神は『古事記』の冒頭に登場するのみで、あとはまったく活躍しないのである。宮廷で重視された宮中八神殿の奉斎神にもみえず、地方でもこの神が祭祀された形跡はほとんどない。平安時代の『延喜式神名帳』にも、その神名や神社名はみあたらない。「身を隠したまひき」なのである。しかし、天地生成の根源神として日本民族の信仰生活といふ實際の経験の中で仰がれてきたのである。

 

 天之御中主神は、古代日本人が天地宇宙生成を神話的に物語る時に生まれた神である。古代日本人が天地生成の不思議を信仰的に把握した神の御名である。「天之御中主神」と「天地生成神話」は、古代人の宇宙の神秘に対する驚嘆の思ひから生まれた「神」であり「神話」なのである。天之御中主神=宇宙主宰神を神統及び皇統の根源神と仰いだのである。

 

 『古事記』冒頭の天之御中主神及び天地生成の神話は、まさに古代日本人の信仰精神・宇宙観・神観の表白であって、「天之御中主神の如きものを國體の本源だと論ずるが、それは、何ら國體事實ではない」「思惟されたもの、観念形態であり、實在するものではない。したがって事實でもない」「事實としての國體とは全く無関係である」「科學的には何の価値もない独断に過ぎない」「価値を認めればユダヤ教がエホバを信ずるのと同等またはそれ以下のもの」などと論ずるのは断じて誤りである。誤りどころか日本神話への冒瀆である。

 

天神地祇について

 

 

 

 日本民族は太古より「天地の神」を信仰して来た。わが國の神は、根源は一つであるが、天の神・地の神、陽の神・陰の神に、ご使命・系統が分かれてゐる。『古事記』冒頭に「天地の初発の時、高天原になりませる神の御名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ) 。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ) 。次に神産巣日神(かみむすびのかみ)」と記されてゐる。この三神を造化の三神といふ。天地宇宙の根源の神であり生成の神である宇宙大生命の神といってもよい。高御産巣日神は陽の神であり、神産巣日神である。

 

 

 

 そして、國土生成の神であられる伊耶那岐命・伊耶那美命は、伊耶那岐命が男性神・陽の神であり、伊耶那美命が女性神・陰の神である。伊耶那岐命が筑紫の日向の小門の阿波岐原で身禊をされた左の目を洗はれた時になりませる神が天照大神である。鼻を洗はれた時になりませる神が須佐之男命である。

 

 

 

 天照大神の系統の神様が天の神である。天照大神の御孫であらせられ、地上に天降られて地上を統治される神が、皇室の御祖先である邇邇藝命である。また、天照大神の弟君である須佐之男命の子孫の神が國土の神であり邇邇藝命に「國譲り」をされた大國主命である。そして、神武天皇をはじめとした御歴代の天皇は、天の神・地の神の霊威を身に帯びられて國家を統治されて来てゐる。

 

 

 

 全國各地に、天照大神をお祀りした神社、須佐之男命をお祀りした神社があるやうに、わが國民は、天の神・地の神(これを天神地祇といふ)を共に敬って来た。農耕生活を営む上において、天の恵み(太陽)と地の恵み(土と水)は欠かすことができないので、わが國の祖先は天神地祇を篤く信仰したのであらう。

 

 

 

「天神地祇」といふやうに、日本人は、天の神・地の神を対立して考へず、一体のものとしてとらへた。天の神・地の神として全てを包み込んでしまひ、漏れ落ちることがないといふのが日本人の伝統信仰である。

 

 

 

 地の神である須佐之男命も、天の神である天照大神の弟神であられる。天の神も地の神も根源的には姉と弟であり一つなのである。そして、須佐之男命は、天照大神に反抗して高天原で大暴れするけれども、出雲の國に天降ると、豊饒の神となって、民を助ける。日本人は「天と地」・「善と悪」を厳しく峻別するといふ考へ方はなく、「悪」も見直し・聞き直しをすれば「善」となるといふ寛容にして大らかな精神を持ってゐる。

 

 

 

 キリスト教などの一神教では天と地とは隔絶した存在であり、人間がこの世から天國へ行くのは簡単ではない。イエス・キリストを神の一人子として受け容れ、信仰し、他の宗教を捨て、原罪を悔い改めなければならない。

 

 

 

 しかし、わが國の伝統信仰においては、天と地とは隔絶した存在ではないととらへてきた。それはわが國が四方を海に囲まれてゐて、水平線をよく見ることができる。水平線の彼方は海(天)と空とが一体になっている。ゆえに空のことも「天(アマ)」といひ、海のことも「アマ」といふ。日本人は、天地は一如であると観察してゐたのである。

 

 

 

 

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2016年3月 3日 (木)

千駄木庵日乗三月三日

午前は、諸雑務。

午後は、資料の整理。

この後、施設に赴き、母に付き添う。施設の玄関にお雛様が飾られている。母は機嫌良し。

帰宅後は、資料の整理、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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今日における「大アジア主義」「脱亜論」

明治維新は、アジアを植民地化せんとしてゐた西欧列強に抗して祖國の独立を守るための大変革であった。維新に成功した日本が、欧米列強による植民地支配に呻吟するアジア諸國・諸民族を解放しようといふ思想が「大アジア主義」である。この思想は頭山満などによって継承され実践された。

 

頭山満をはじめわが國の維新運動指導者は、インドのビハリ・ボース、支那の孫文、朝鮮の金玉均などを支援し、インド、支那、朝鮮の独立と近代國家建設に協力した。福沢諭吉も、当初は金玉均などの改革派を支援した。福沢の『脱亜論』は、朝鮮の守旧派が、福沢が支援した金玉均などの改革派を弾圧し、無残に粛清した事への絶望と怒りがその根底にある。今日の支那・朝鮮の國内情勢、支那によるわが國などアジア諸國に対する悪行を見ると、福沢諭吉の「脱亜論」における激語も理解できる。

 

「脱亜論」と「大アジア主義」とは相対立する思想であるとされてきたが、西欧列強のアジア進出から如何にして祖國の独立を守るかといふ根本姿勢は共通する。

 

「脱亜論」は、日本を西欧化し近代化を成し遂げて、独立を守るといふ思想である。これを「夷を以て夷を制す」(「夷」とは西洋の事で、西洋文明を取り入れ日本を近代化して西洋からの侵略を制する)と言ふ。「大アジア主義」は、アジア各國各民族が団結連帯協力して残虐酷薄なる西欧列強の侵略を制するといふ思想である。

 

今日において、この二つの思想といふか考へ方をどう学ぶべきかが大切である。わが國は、日清・日露戦争は勝利し、第一次大戦では戦勝國になった。その後、アジアでの影響力を強め貢献もしたが、大東亜戦争で敗北した。今日及び今後の日本とアジアを考へる上で、近代日本の対外関係史から学ぶべきことは何であらうか。

 

頭山満と盟友関係にあり、共に「大アジア主義」を唱へた孫文は、大正十三年(一九二四)十二月二十八日、神戸高等女学校において神戸商業会議所外五団体に対して行った講演で「貴方がた、日本民族は既に一面欧米の覇道の文化を取入れると共に、他面アジアの王道文化の本質をも持って居るのであります。今後日本が世界文化の前途に対し、西洋覇道の鷹犬となるか、或は東洋王道の干城となるか、それは日本國民の詳密な考慮と慎重な採択にかかるものであります」と語った。

 

しかし、今日アジアで覇道精神を実践し、軍事的・政治的・経済的拡張と侵略を行ってゐるのは共産支那である。さらに、五族共和どころか共産支那国内の諸民族を抑圧してゐるのは共産支那である。今日の共産支那には仁義も道徳もありはしない。今日の支那は、権力者が富と権力を独占し、まさに清朝時代に戻ったと言ってもいい。

 

今日において、「脱亜論」「大アジア主義」のどちらの考へ方も正しいのである。今日、「道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め」(「脱亜論」)、アジアを「残忍酷薄」「野蛮」(「大西郷遺訓」)に侵略し支配せんとしてゐる國は、欧米にあらずして共産支那である。そして韓國はその属國に成り果てようとしてゐる。かかる「亜細亜東方の悪友を謝絶する」べきである。そして、他のアジア諸國およびアメリカと同盟関係を深めて、中華帝國主義のアジア侵略の野望を撃ち砕くべきである。これが今日における「脱亜論」と言ふよりも「脱支那論」であり「大アジア主義」である。

 

支那・朝鮮がわが國の隣國であるからとて、何をされても、ニコニコ笑って「大人の対応」をするべきではない。「悪友」の侵略・不法行為から、わが國の独立と主権を守るために、わが國の尊皇攘夷精神を発揮して「處分す可きのみ」である。真正保守に立場に立ち維新を目指す者は、支那の独裁政権を打倒し、真の東洋平和を構築するために何を為すべきか。それは中華帝國主義打倒の戦ひである。

 

今日における「大アジア主義」及び「脱亜論」は、「残忍酷薄を事とし、己れを利する」のみの共産支那のアジア侵略植民地支配を打破するために、アジア諸國・諸民族が連帯し、アジアを「中華帝國主義」の桎梏下から解放しようといふ思想である。

 

アジア情勢は危機に瀕してゐる。わが國は、自國の力を強めると共に、アメリカや東南アジア諸國との連帯を深めて、中華帝國主義に対処すべきである。「集団的自衛権行使容認」はその第一歩である。「支那・朝鮮の公正と信義に信頼して自國の生存と安全を保持しようと決意した」などと呑気なことは言ってゐられないのである。

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千駄木庵日乗三月二日

午前、専門家が来宅し、パソコンのメンテナンス。

この後、諸雑務。

午後四時より、西荻窪にて、『伝統と革新』誌編集会議。この後、出席者と懇談。

帰宅後は、資料の整理、原稿執筆など。

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2016年3月 1日 (火)

福澤諭吉も強烈なる「大アジア主義者」だった

 

頭山満らが唱へ實践した「大アジア主義」と福沢諭吉の「脱亜論」とは相対照的思想として論じられることが多い。しかし、「大アジア主義」は、一つの大きな思想運動・政治運動であったし、近代日本の一つの思想潮流となったが、「脱亜論」は思想潮流とはならなかったし、政治運動として発展はしなかった。

 

「大アジア主義」の根源となってゐるのは『大西郷遺訓』の「文明とは道の普(あまね)く行はるるを言へるものにして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。世人の西洋を評する所を聞くに、何を文明と言ひ、何を野蛮と言ふや、少しも了解するを得ず。真に文明ならば、未開の國に対しは、慈愛を本とし、懇懇説諭して開明に導く可きに、然らずして残忍酷薄を事とし、己れを利するは野蛮なりと言ふべし」といふ主張である。

 

近代日本には、西欧列強に対する抵抗意識と、西欧列強によって虐げられ搾取され続けるアジア諸國に対する同胞意識、アジア諸民族を救済しやうといふ義侠心が共存してゐた。

 

明治維新は、アジアを植民地化せんとしてゐた西欧列強に抗して祖國の独立を守るための大変革であった。西欧諸國と対等に交はる國家体制を確立せんとしたのである。そしてそれはほぼ成功した。

 

維新に成功した日本が、欧米列強による植民地支配に呻吟するアジア諸國・諸民族を解放しようといふ思想が「大アジア主義」である。この思想は頭山満などによって継承され實践された。頭山満をはじめわが國の維新運動指導者は、インドのビハリ・ボース、支那の孫文、朝鮮の金玉均などを支援し、インド、支那、朝鮮の独立と近代國家建設に協力した。

 

では、「脱亜論」を書いた福澤諭吉は、欧米文化を拝跪崇拝するのみで、アジア諸民族に対する義侠心は無かったのか。決してそんなことはない。

 

福澤諭吉が、欧米崇拝、欧化一辺倒の人物ではなかったことは、彼の代表的著書『文明論の概略』第十章において、「今の亜米利加は元誰の國なるや。其國の主人たる『インヂヤン』は、白人のために遂はれて、主客処を異にしたるに非ずや。故に今の亜米利加の文明は白人の文明なり、亜米利加の文明と云ふべ可らず。此他東洋の國々及び大洋州諸島の有様は如何ん。欧人の触るゝ処にてよく其本國の権義と利益とを全ふして真の独立を保つものありや。『ペルシャ』は如何ん。印度は如何ん。暹邏(シャム)は如何ん、呂宋(ルソン)爪哇(ジャワ)は如何ん。欧人の触るゝ所は恰も土地の生力を絶ち、草も木も其成長を遂ること能はず。甚しきは其人種(ひとだね)を殲(つく)すに至るものあり。是等の事跡を明にして、我日本も東洋の一國たるを知らば、仮令ひ今日に至るまで外國交際に付き害を蒙たることなきも、後日の禍は恐れざる可らず」と論じてゐることによっても明白である。

 

この福澤の文章は、欧米列強のアジア侵略への怒り、白人文明に対する怒りの表明である。西郷隆盛の思想と相似である。

 

さらに福澤諭吉は『學問のすゝめ』において、「日本とても西洋諸國とても同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海を共にし、空気を共にし、情合い相同じき人民なれば、ここに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互に相教へ互に相學び、恥ずることもなく誇ることもなく、互に便利を達し互にその幸いを祈り、天理人道に従て互の交を結び、理のためにはアフリカ黒奴にも恐入り、道のためには英吉利、亜米利加の軍艦をも恐れず、國の恥辱とありては日本國中の人民一人も残らず命を棄てゝ國の威光を落とさゞるこそ、一國の自由独立と申すべきなり」「王制一度新たなりしより以来、わが日本の政風大に改まり、外は万國の公法をもって外國に交り、内は人民に自由独立の趣旨を示し、既に平民へ苗字乗馬を許せしが如きは開闢以来の一美事、士農工商四民の位を一様にするの基こゝに定まりたりと云ふべきなり」と説いてゐる。

 

福澤諭吉は、日本人の自尊心・愛國心・道義心を捨てて欧化の風に染まった人間ではなかった、寧ろ強烈なる愛國心と義侠心を持つ人だったのである。「天理人道に従て互の交を結び、理のためにはアフリカ黒奴にも恐入り、道のためには英吉利、亜米利加の軍艦をも恐れず」といふのは『大西郷遺訓』に示された西郷隆盛の思想と共通するものがある。

 

さらに、福澤諭吉は明治十四年発表の『時事小言』においては「我武備を厳にして國権を皇張せんとする。其の武備は独り日本一國を守るのみに止らず、兼て又東洋諸國を保護して治乱共に其魁を為さんとする目的なれば…亜細亜州中協心同力以て西洋人の侵凌を防がんとして何れの國かよく其魁を為して其盟主たる可きや、我輩敢て自から自國を誇るに非ず虚心平気にこれを見るも亜細亜東方に於て、此魁盟主に任ずる者は我日本なりと言はざるを得ず」と論じた。これぞ正真正銘の「大アジア主義」でなくて何であらうか。

 

「脱亜論」と「大アジア主義」とは相対立する思想であるとされてきたが、西欧列強のアジア進出から如何にして祖國の独立を守るかといふ根本姿勢は共通する。と言ふよりも、福澤諭吉自身も強烈なる「大アジア主義者」だったのである。

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千駄木庵日乗三月一日

午前は、諸雑務。

午後は、原稿執筆の準備。

この後、施設に赴き、母に付き添う。穏やかに過ごしているので安心する。

帰宅後は、原稿執筆など。

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偏向報道こそ第四権力による権力犯罪だ

 数人のテレビキャスターが会見を開き、放送局が政治的公平性を欠く番組を繰り返せば放送法違反を理由に電波停止もあり得るとした高市総務相の発言に抗議した。記者会見をした人々は、自分たちがさんざん好き勝手な偏向報道をしてきた反省は微塵もない。実に許し難い。「剣を持つ者は剣にて滅びる」という言葉をかみしめてもらいたい。国民の信託を受けた行政機構の責任者即ち総務大臣が、偏向報道を監視し規制するのは当然である。テレ朝・TBSの報道はあまりにもひどすぎるのである。反省し自戒すべきなのはテレビ局・キャスター自身である。彼らが行っている公共の電波を使った好き勝手な偏向報道こそ、第四権力を使った権力犯罪である。

 

そこで、小生は昨日の深夜に次のような歌を詠みました。

          〇

電波は国民のものと主張すれど 政府は国民に信託されしもの

 

不公正な報道をするテレビ局を規制するのは当然のこと

 

大きな顔して権力をチェックするなどと言う奴らこそ国民の敵

 

第四権力メディアを第一権力がチェックするのは当たり前なり

 

風音の激しき深夜 わが怒り止めがたくて筆躍るなり

           

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