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2016年2月17日 (水)

日本伝統信仰と現代の危機

 

戦後日本が文化の土台を無視して来た結果が現在の混迷だ

 

今日、わが國は政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になり、日本國民の心の中に不安と空虚感が広まっている。人心は乱れ、大人はもちろん幼き子供たちまで、常軌を逸した犯罪行為に走っている。

 

こんな情けない國家に日本がなってしまった原因は、日本民族がその主体性・民族的一体感・愛國心を否定もしくは隠蔽し、わが國の伝統文化・道義精神を顧みなくなったことにある。戦後日本は六十年近くにわたって日本文化の土台を無視或いは軽視してやって来た。その結果が現在の混迷である。

 

終戦後、わが國に対する精神の奥底に達する破壊行為=〈日本弱体化策謀〉が、昭和二十年から六年八ヵ月の占領期間に行われた。神道指令による伝統信仰の破壊、憲法の押し付け、東京裁判史観・自虐史観の強制、誤れる個人主義の押しつけ、愛國心の否定、家族制度の解体、偏向教育、出版物の検閲、近代日本の行動原理たる教育勅語の失効などによって、日本民族は精神的にも制度的にも弱体化された。そして、紀元節・天長節・明治節が世俗的次元の休日に引き下された。こうした日本弱体化策謀が、今日、実を結び花開いているのだ。

 

國家の基本法である『日本國憲法』の民主主義・平和主義・基本的人権の尊重といういわゆる『憲法三原理』の土台には日本の文化伝統はない。敗戦後戦勝國によって日本弱体化の意志を以て押し付けられた憲法なのだからそれは当然である。

 

憲法だけではない。政治・國防・外交・教育などをあらゆる面において、戦後日本は日本民族としての主体性を喪失している。國を守るという神聖なる使命を放棄し、國を愛するという高貴なる精神を喪失した國民が、正しき道義心を持つはずがない。日本民族としての主体性を喪失した戦後教育の行き着いた果てが今日の日本である。

 

日本の抑制された簡素な文化に中にある価値観と社會の仕組みが、日本の近代化の成功の原因であった。伝統を重んじながら、常に進取の気性を持っていた日本人は、本来優秀である。その優秀さは、勤勉性、高い道義心、協力と献身の精神の旺盛さ、謹厳実直さといったものに価値を置いてきたことと一体である。ところがこういった価値観を戦後五十数年間かけて否定あるいは軽視してしまったのである。 

 

日本民族の主体性の核は天皇を祭祀主とする神道である

 

 人間の土台は文化である。文化にはその國その民族の特殊性がある。わが國には三千年来の伝統文化がある。しかるに戦後民主主義は家族を否定した。これを何とかしなければならない。日本民族としての主体性・帰属意識(いわゆるナショナル・アイデンティティ、民族的一体感・國民的同一性)、帰属する共同体としての民族伝統精神の回復が緊急の課題である。

 

 民族の主体性の回復とかナショナリズムと言うと、戦争につながるとか軍國主義だと鸚鵡返しのように言う人がまだまだ沢山いる。そもそも戦後日本はそういう人たちが主導してきたのだ。そしてそういう考えが日本國を衰退させたのだ。

 

 「天皇中心の國體」はわが民族伝統の根幹である。「天皇中心の國體」とは、神話の世界以来の信仰に基づき一系の血統と道統を継承される天皇による國家統治の本姿である。そして天皇の國家統治は、権力・武力による人民支配ではなく、祭祀主としての宗教的権威による統治(統べ治める=共同体の中心者として統一すること)ということである。天皇國日本の倫理・生活伝統・信仰精神そしてそれに基づく國柄を総称して「國體」という。

 

伝統的な信仰は、民族精神の最も端的な表現であり民族意識の中核である。伝統信仰は、政治・経済・法律・芸術など他の文化と並立するものではなく、これらの文化の根源に位置する。日本神道は、日本の伝統信仰である。日本民族の主体性・独自の文化の核は、天皇を祭祀主とする日本神道である。

 

 そのわが國伝統信仰たる神道の基本は、自然信仰と祖霊信仰である。自然信仰と祖霊信仰は、太陽神であり皇室の祖先神である天照大神信仰によって結ばれている。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。

 

 言い換えると、わが國において太陽神という自然神への信仰と祖霊への信仰は、天照大神及びその御子孫である天皇への尊崇の精神によって統合されている。日本民族の天皇尊崇の念が日本民族としての独自性の原点である。

 

 また日本伝統精神は文献としての「神話」によって伝えられているだけではない。天皇は神話の世界からの道統である「祭祀」を今日においても行っておられる。天皇の祭祀は「生きている神話」であり、天皇は「日本伝統精神の生きませる象徴」である。だから、天皇は生きたまう神・現御神と申し上げて尊崇されてきた。日本民族の信仰・文化・伝統を体現されるお方が天皇である。

天皇は<日本民族の道義心の根源・道の体現者>として仰がれて来た

 

 わが國の道徳観念・倫理思想は、〈天皇の祭祀〉を通して指し示された。日本天皇は祭祀を行われることによって道徳心の体現者となられる。なぜなら「神を祭る」ということは自分を「無」にして神に合一することであるからである。つまり祭祀主たる天皇は、〈無私の精神〉の体現者であらせられるのである。

 

 折口信夫氏は、「日本では、神祭りの主體となられるのは宮廷の神祭りで、その祭りに於ける主體は、歴代聖主であられた。主上の御生活には、日常の御生活のほかに、神としてのあらたまった御生活があった。そのハレの生活は更にケの生活の規範であって、同時に我々のハレの生活の典型であった。」(『宮廷と民間』)と論じた。

 

和辻哲郎氏は、「日本は人倫國家であり、その中心は天皇の神聖なる権威である。人々は天皇の神聖な権威を通じて正義を自覚した。」(『日本倫理思想史』)と論じ、新渡戸稲造氏は、「我々にとりて天皇は、法律國家の警察の長ではなく、文化國家の保護者(パトロン)でもなく、地上において肉身をもちたもう天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもうのである」(『武士道』)と論じている。

 

天皇は、〈日本民族の道義心の根源・道の体現者〉として長い歴史を通じて仰がれて来たのである。天皇は権力機構としての國家の最高権力者ではない。また天皇を唯一絶対神として尊崇することを政治権力の國家支配のイデオロギーとするのでもない。「天皇を、わが國の祭り主、もっとも清浄な御方、地上における神の御代理、人間の姿をした神(現御神)と仰ぎ、政治・軍事・文化・宗教の最高権威者・道義の要として仰ぐ」というのが、建國以来の天皇のあるべき姿である。

 

わが國の歴史において、日本國民の価値判断の基準は天皇を中心とするわが國體の精神であった。特に政治・倫理・文化など國家民族形成の基本においてしかりであった。政治・倫理・文化など國家民族形成の基本に天皇がある。それがわが國の歴史である。

 

橘曙覽は「利(クボサ)のみむさぼる國に 正しかる日嗣のゆゑを しめしたらなむ」と詠んだ。強い者勝ち・利益至上の醜い闘争・戦争に終止符を打つのは、わが國伝統信仰すなわち天皇を祭祀主とし道義の鏡と仰ぐ神道である。しかし、その大前提として、日本國自身が民族の誇りと伝統信仰を忘却し「利のみむさぼる國」になり果てていることを、大反省し禊祓いすることが必要である。

 

日本人の高い倫理観を生み出した〈日本國體精神〉が、國家主義・民族主義をよりい一層強固にするとともに、半面、強い者勝ち・力づくの精神を規制し緩和させ、ナショナリズムをより健全なものにする。それはわが國の歴史を見れば明らかである。

 

今こそ天皇を中心とした國體の回復を目指す大維新運動を繰り広げるべし

 冒頭に述べたように、今日わが國は、政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になっている。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。そして人々の心の中に不安と空虚感が広まっている。これを克服するためには、日本民族としての主体性・帰属意識が大事になってくる。今こそナショナリズムが勃興すべき時である。今こそ天皇を中心とした國家の回復を目指す皇道大維新運動を繰り広げねばならない。 

 

わが國において、民族的一体感・國民的同一性の中心は天皇以外にあり得ない。そしてわが國伝統信仰は、一神教ではないから、包容力があり排他的はではない。日本神道は混迷する現代において極めて重要な役割を担うと考える

その本来の天皇のお姿が顕在化することは、わが國の正常な発展にとってきわめて大切である。

 

日本天皇の宗教的・文化的権威がこれからのわが日本の安定と発展の基礎である。世界は激しく変化しても、日本は古来からの伝統を保持しつつ急速な変革を為し遂げてきた。それは日本國の中心・不動の核に天皇がおわしましたからできたことである。天皇が上におわしますかぎり、日本民族は統一体としての日本・道義國家としての日本を回復し、新たなる力を発揮していくと信じる。 

日本民族としての主体性の回復=ナショナリズムの興起は、単に回顧的なものではなく、将来へ向けて自國・自民族が独立を維持するための精神である。これからの日本の独立維持のために欠くべからざるものなのである。明治維新の基本精神が神武建國への回帰であったように、インドの反英独立運動=ナショナリズムの思想的基盤が古代精神への回帰であったように、民族の主体性の回復すなわちナショナリズムの基礎にはその國の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。

 

西洋から発した唯物文明・強いもの勝ちの覇道精神を反省し訂正せしめるものとして、東洋の精神特に農耕生活から発した大自然と人間の共生の精神たる日本伝統精神の使命は重要である。日本伝統精神よって西洋唯物文明を克服するべきである。天皇がその体現者であられる日本伝統精神は、現代の危機を打開し将来の日本及びアジアそして地球の救済の力となり得るのである。

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