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2016年2月10日 (水)

この頃詠みし歌

 

母上が家に帰らうとつぶやくを聞くは悲しく切なかりけり

無愛想なあるじの店に今日も行き煮込みを食すは面白きかな

灯の消えし店の前に立ちて読む閉店の挨拶は悲しかりけり

消え残る雪を踏みしめ歩みたり冬といふ季節を確かめるごとく

待ち合はせし水道橋の改札口昭和の日々の面影残す

破邪顕正か売り上げ増加かは分からねど不正追及の週刊誌讀む

朧月の下に輝くスカイツリー東京の夜は美しきかな

神の齋(いつ)く島に詣でし思ひ出は海中に立つ朱色の鳥居(厳島神社)

水清き大和島根に今日も生きわが身も清くあらまほしきかな

雪が降る外出控へろとNHKが放送するを疎ましく聞く

わが部屋より見ゆる景色は建ち続くビルに次々と狭められゆく

幼子の如くにならねば入り行けぬ天国といふは何処に在りや

今此処がこのまま天国浄土なりと教へられたり原宿の地で

夜が明けて朝日が昇り甲斐の國の山々美しく照り映えにけり

『武田節』の歌詞の通りに甲斐の國の山々は日に照り映えてをり

父と二人で木戸の修理をする夢を見ぬ健やかなその面影恋し

神ながら靈(たま)ちはへませと唱へつつ祈りは終る朝の神前

静かなる時をいとしみ過ごす夜 筆の音のみさらさらと鳴る

わが魂の底よりほとばしり出る力 強く保ちて今日を生きなむ

若き友と酒酌み交はし語らへる時ぞ楽しき神保町の夜

反戦だ護憲だ平和だと言ふ声は祖国を敵に売り渡す声

アメリカに押し付けられし憲法を護れと言ふは反米主義者

シャワー浴びすがしかりければそのままに暫く座して目を閉じてゐる

鏡見てまだ若いなあと思ふ時少し幸せな気分になりぬ

春浅き丘の上なるみ寺にて護摩焚き祈る節分会かな

過ぎし日に父母と連れ立ち参り来し菩提寺に今日は一人来たりぬ

父の眠る墓を磨きて春立ちぬ

たらちねの母は今日も笑顔にて我を迎へる施設の小部屋

鬼は外と大き声出し豆を撒くこの世の憂さを吹き飛ばす如く

施設暮らしを嘆く言葉を聴くことが何よりつらき母の子われは

父に似たるわが顔を鏡で見るたびに父を思へり父の子われは

うつせ身は何時この世から去り行くか分からねど強く今を生き行く

鷹といふ鳥の姿を見しことなく都に生きて雀見てをり

ベランダにカラス来たりてすぐ去りぬ好きになれざる鳥なればこそ

妻も無く子も無く七十歳になることを致し方なしと肯ひてゐる

太陽に祈る朝(あした)に冬の光 われにさし来て力湧き来る

わかき夫婦の営む店で楽しくも語らひにつつ白飯(しろいい)を食す

慶喜公の曾孫が語る慶喜論 歴史の秘話と言ふべかりけり

乃木坂の乃木会館で乃木會の講演を聞く冬の日の午後

肥満体で青山通りを歩み行くわが目指すビルはまだまだ遠し

帰り来しマンションの廊下に靴が鳴り一人居の部屋に入り行かんとす

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