« 千駄木庵日乗二月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月二十八日 »

2016年2月28日 (日)

歴代天皇は全て高天原から天降って来られた神聖なる御存在である

天皇のご即位が天孫降臨の繰り返しであるといふ信仰は「高市皇子尊の城上(きのへ)の殯(あらきの)(みや)の時、柿本朝臣人麿の作れる歌」に歌はれてゐる。

 

「かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやにかしこき 明日香(あすか)の 眞()(がみ)の原に ひさかたの 天(あま)つ御門(みかど)を かしこくも 定めたまひて 神(かむ)さぶと 岩隱(いはがく)ります やすみしし わが大君の きこしめす 背面(そとも)の國の 眞木立つ 不破(ふは)山越えて 高麗劍(こまつるぎ) 和蹔(わざみ)が原の 行宮(かりみや)に 天降(あも)りいまして 天の下 治めたまひ 食國(をすくに)を 定めたまふと…」(心に思ふのも憚り多いことだ。言葉に出すのもとても畏れ多い。飛鳥の眞神の原に天の宮殿(天武天皇の飛鳥清御原の宮の御事)を畏れ多くもお定めになられて天下を統治され、今は神様らしく岩戸の中にお隠れになったわが大君(天武天皇の御事)が、お治めになる北國(美濃の國を指す)の眞木の立ってゐる不破山を越えて、和蹔が原の仮宮に天降られて(天皇は高天原から天降られたご存在であるので、天武天皇が御出陣になられたことを天降ると表現した)、天下をご統治され統治される國をお定めになると、といふほどの意)

 

人麻呂は、天武天皇の崩御は、天の岩戸にお隠れになることと信じた。天皇は現御神であらせられ、天照大御神の生みの御子即ち地上的御顕現であらせられるから、天皇の崩御は「天の岩戸隠れ」であると信じたのである。

 

そして柿本人麻呂は、天武天皇が挙兵され和蹔が原(今日の関ヶ原)に軍陣を張られた御行動は、天武天皇が天降られて天下を統治され、治められる國を確定されるためであったと歌った。

 

つまり、柿本人麻呂は天武天皇の御行動を、天孫邇邇藝命の御降臨と同じであると信じたのである。邇邇藝命は天照大御神から稲穂を授けられ「これを地上に沢山稔らせなさい」といふ御命令を承って地上に降って来られた。邇邇藝命とは、「にぎにぎしく稲穂を稔らせるご使命を承ったお方」といふ意味である。日本民族は、歴代天皇は全て高天原から天降って来られた神聖なる御存在であると信じて来たのである。地上に天降られた邇邇藝命は肉身としての皇統の祖として祭られ、南九州に御陵が鎮まりまします。天照大神は皇祖神として伊勢の神宮に祭られてゐる。

 

「食國」とは、天皇が治められる國を言ふ。この國の各地で生育したお米は、天津神及びそのご代理であらせられる天皇がお食べになるので、日本國を「食國」(天皇がお食べになる國)と言ふ。「食國」といふ言葉には、天皇がお米をお食べになる事によってそのお米が生育した國土の魂が天皇と一体になって、天皇が日本國を霊的・信仰的に統治されるといふ信仰が込められてゐる。

 

即位後最初の新嘗祭とされる大嘗祭では、悠紀國・主基國から収穫された新穀が奉られる。その新穀を、天皇が神に捧げ、神と共に召し上がられる。その事によって、新たに皇位につかれた天皇と、天照大御神と稲穂の霊が合体して、天皇は現御神としての御資格を開顕されると承る。天皇は、天照大御神・邇邇藝命の御子孫であらせられると共に、御一代御一代の天皇が天照大神と御一体なのである。大嘗祭は、天武天皇・持統天皇の御代から、皇室の祭祀として執行されるやうになったと承る。

|

« 千駄木庵日乗二月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月二十八日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/63272810

この記事へのトラックバック一覧です: 歴代天皇は全て高天原から天降って来られた神聖なる御存在である:

« 千駄木庵日乗二月二十七日 | トップページ | 千駄木庵日乗二月二十八日 »