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2016年2月16日 (火)

「一君万民」の思想と基本的人権――光ある人間を生み熱のある世を実現する道

戦後日本は「国家は人権擁護の敵である」という思想に支配されてきた。そして国家以前に人権があるのだから、人権擁護のためには国家は窮極的には否定されるべきであるという思想が幅をきかして、欲望充足のため権利の濫用、他者の権利や共同体の安全を無視する「自由の濫用」となった。さらに「人権」という言葉がこれまで左翼にからめ取られ、天皇を君主と仰ぐわが国の国柄の否定・伝統破壊の道具としてまで用いられてきた。戦後の「差別撤廃運動」はそのまま「天皇制否定運動」でもあった。

 

「天賦人権」の思想は、フランス革命の「人権宣言」に始まったと言われるが、その基本は、政府のみならず国家も、個としての人間の権利尊重・幸福実現のための手段に過ぎないという思想である。

 

フランス革命の思想を継承するアメリカによって押し付けられた現行憲法の「三原理」の一つ「基本的人権の尊重」は、憲法施行以来、「自分さえよければ他人はどうなってもいい」「好き勝手し放題」という思想として国民の間に浸透している。

 

「現行憲法」第十三条に「すべて国民は、個人として尊重される」と規定されている通り、「現行憲法」には、人権を歴史と伝統および共同体とのつながりで捉えるという思想がきわめて希薄である。それどころか「現行憲法」は、「国家のみならず家族・家庭は人権の敵だ」とする考え方が生まれる土壌となった。そして家庭と国家の崩壊が起こりつつある。

 

しかもこの「基本的人権の尊重」という原理によって本当に戦後日本の国民一人一人の人権が尊重され守られて来たかというと決してそうではない。むしろ国民の人権が侵害され、教育は荒廃し、犯罪は増加し、国民の共生が著しく損なわれてきた。人権尊重・人権擁護と国防・治安維持とは全く相対立するものだとして、戦後七十年以上にわたって、国防や治安維持のための有効な施策が講じられて来なかった。その結果として、北朝鮮による我が国民拉致を未然に防止できなかったという最大の人権侵害の悲劇も起った。また、人権尊重ということを目標として政治運動によって学校長など公教育関係者が自殺に追い込まれるというもっとも悲惨な人権侵害が起こっている。また学校や家庭においても凄まじいばかりの人権侵害が起こっている。

 

個としての人間の権利の擁護・尊重の思想がかえって人権のみならず生命の安全すら危殆に瀕せしめる状況を生み出している。人権尊重の思想によって起ったフランス革命やロシア革命の後、それらの国民の人権が蹂躙されたのと同じである。

 

基本的人権の尊重・擁護とは、個人の欲望の無制限の充足ではないし、自分さえ良ければ他人はどうでも良いという考え方でもない。しかし戦後日本はまさに欲望の無制限の充足、自分さえ良ければ他人はどうでも良いという観念に支配されてきた。人権に対する誤った考え方がその原因である。

 

真に国民の自由と権利を尊重するためには、人権とは何か、人権擁護とは如何なることなのかを、考え直すべきである。国民の自由や権利は最大限に尊重されなければならないが、権利の乱用を防止し、他人の権利の尊重・他者との共生や公共の福祉・共同体の維持を正しく認識しなければならない。

 

人間を欲望充足の動物と考え、国家を権力機構・搾取機関と考えているかぎり、国家と個人、言い換えれば國権と人権は永遠にそして絶対的に相対立する関係となる。人権問題を考える場合、その根本において、人間とは如何なる存在であるのか、国家とは何かが、正しく把握されなければならない。

 

人間は絶対的にして永遠の宇宙大生命の地上における自己実現である。宗教的にいえば、人間は神の子であり佛の子である。そして、国家とは人々が共同して生活する精神的結合体である。ゆえに、人も国家も本来的には倫理的存在である。個としての人間は共同体なくして生きていくことはできないし、共同体は個としての人間なくして存立し得ないのである。歴史と伝統という縦(時間)の思想、共同体における共生という横(空間)の思想を回復しなければ個人も共同体も滅亡せざるを得ない。

 

天皇および天皇を中心とする国柄を(社会主義者の言う『天皇制』)を「差別の根源」として否定することは誤りである。歴史からも共同体からも切り離された個人は存在し得ない。歴史伝統の体現者であり国民統合の中心者を否定することが国家および国民の破壊をもたらすのである。天皇を中心とする国柄を守っていくことによって国民としての権利・生命・福祉・安全が真に守られ尊重されるのである。

部落解放運動の指導者・西光万吉氏は「高次タカマノハラの展開」と主張した。これは、高天原が天照大神を中心に八百万の神々が同胞として生活していたように、地上においても祭祀主天皇を中心として全国民が同胞として生活する理想世界の実現を目指すという思想である。これは、今日においても光を放つ思想である。わが国の伝統たる「一君万民」の思想そして「天皇の民」の自覚が、差別をなくし国民的和合を実現するのである。

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