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2016年1月17日 (日)

復古即革新が日本的変革の根本精神

今日の日本は大きな転換点に立ってゐるといはれる。激動の時代であり混迷の時代であることは確かである。かかる時においてこそ、目先の事象を見て右往左往することを慎み、物事を長い目で見る必要がある。わが國は悠遠の歴史を有してゐる。その歴史的観点から物事を正しく見極めるべきである。三千年に及ぶ歴史を貫いて来た傳統精神、民族の精神的核に立ち返って、現状を正しく観察し、変革の方途を見出すべきである。

 

我が國は過去において何回か國家的危機に際會し、見事に乗り越えて来た。外圧によって國家の独立が危殆に瀕した時、強烈な民族精神・尊皇精神が勃興し、変革を断行し、危機を打開して来た。

 

大化改新は唐新羅連合軍侵攻の危機があった時に行はれた。元寇=蒙古襲来の時、日本國民は愛國心を燃え立たせ神國意識を強固なものとした。それは建武中興へとつながった。明治維新は欧米列強による侵略の危機があった時に行はれた。

 

天の下 清くはらひて 上古(いにしへ)の 御まつりごとに 復(かへ)るよろこべ

 

橘曙覧(江戸末期の歌人・國学者。越前の人)の歌である。

 

清明心(きよらけくあきらけき心)が日本民族の傳統的道義精神である。現状の穢れを祓ひ清め、神代のままの清く麗しい日本を回復することを喜び希求した歌である。維新すなはち復古即革新の精神をうたひあげてゐる。この歌の心が維新=日本的変革の根本精神であると思ふ。

 

慶應四年十二月九日の『王政復古の大号令』(『王政復古の諭告』『王政復古御沙汰書』とも申し上げる)に、天皇國日本の真姿すなはち日本國體を回復することによって、現状の悪・穢れを祓ひ清めといふ明治維新の理念及び構想が示されてゐる。

 

「徳川内府、従前御委任の大政返上と将軍職辞退の両条は、今般、断然と聞こしめされ候。・・・(中略)これによって、叡慮を決せられ、王政復古、國威挽回の御基を立たせられ候間、自今、摂関、幕府等廃絶せられ、総裁、議定、参与の三職を置かれ、萬機を行はせられ、諸事神武創業の始めに原(もとづ)き、縉紳(官位が高く、身分のある人)武弁(武士)、堂上(清涼殿への昇殿を許される家柄。また、公卿になれる家柄)、地下(清涼殿殿上の間に昇殿することを許されていない官人の総称。また、官職・位階など公的な地位をもたな人。農民や民衆)の別なく、至当の公議を竭(つく)し、天下と休戚(「休」は喜び、「戚」は悲しみ)を同じくあそばさるべき叡慮に付、各々勉励し、旧来の驕惰の汚習を洗ひ、盡忠報國の至誠を以て奉公致すべく候事」。

 

橘曙覧が歌った「上古(いにしへ)の 御まつりごと」とは、「時間的過去」の政治形態をとり戻すことではない。時間的過去は永遠に取り戻す事は出来ない。民族の歴史と傳統の精神を変革の原理とするといふことである。

 

「復古」とは、「古きがゆゑに良い」といふ骨董趣味ではないし、時間を過去に戻すことでもない。日本の理想的姿を単なる「時間的過去」に求めるのでもない。「元初の時」「物事の始まりの時」に回帰し復興するといふことである。「元初の時」の新たなる復活・発見である。

 

「諸事神武創業の始めに原(もとづ)き」とは、「復古」の精神であり、「至当の公議を竭(つく)し」「旧来の驕惰の汚習を洗ひ」とは、革新の精神である。さらに、「至当の公議を竭(つく)し」とのお言葉に議會政治を開き民意をきこしめす精神が示されてゐる。ここに、外國の革命とは全く異なる日本的変革すなはち維新の根本がある。

 

「元初の清浄なる日本」に帰ることが維新である。「神話の精神」は今日唯今、「天皇の祭祀」に脈々と継承され生きてゐる。太古の神話の精神が今日も生き続けている民族は日本民族のみである。ゆゑに、わが國體は萬邦無比なのである。

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