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2015年12月15日 (火)

「天孫降臨」「天津日嗣高御座」の意義

 「天津日嗣高御座」について本居宣長は、「天津日嗣(アマツヒツギ)の高御座(タカミクラ)は、天皇の御統(ミツイデ)を日嗣(ヒツギ)と申すは、日ノ神の御心を御心として、其御業(ミシワザ)を嗣坐(ツギマス)すが故なり。又その御坐(ミクラ)を高御坐と申すは、唯に高き由のみにあらず、日ノ神の御座なるが故なり。日には、高照(タカヒカル)とも高日(タカヒ)とも日高(ヒダカ)とも申す古語(フルコト)のあるを思へ。さて日の神の御坐を、次々(ツギツギ)に受け傳へ坐()して、其ノ御坐に大坐(オホマ)します天皇命にませば、日の神に等(ヒトシ)く坐すこと決(ウツナ)し。かゝれば、天津日ノ神のおほみうつくしみを蒙(カガフ)らむ者は、誰(タレ)しか天皇命には、可畏(カシコ)み敬(ヰヤ)び尊(タフト)みて、奉仕(ツカヘマツ)らざらむ」(『直毘霊』)と説いてゐる。

 

「天津日嗣の高御座は、皇統を日嗣と申すのは、日神の御心をわが御心として、その御業を継承なされてゐるためである。御座を高御座と申すのはただ高いからだけではない。日神がをられるところであるからである。日には高照るまたは高日とも日高とも申す古語があることを思ふべきである。さて、日神の高御座を次々に受け継ぎ伝へられて、その御位におはします天皇命であられるので、日神と等しくゐらっしゃることは疑ひがない。したがって天の日神の慈しみを蒙る者は、天皇命を畏敬し尊びて、ご奉仕しないことがあらうか」といふほどの意。

 

平田篤胤は「我が天皇命の高御座は、天照大御神の、萬千秋之長五百秋(ヨロヅチアキノナガイホアキ)に、所知看(シロシメ)せと依(ヨサシ)賜へる御座なる故に、その高御座に位(マ)すは、御孫ながらに、御代御代、天ツ神ノ御子とは申し奉ることなり。此はその高御座に位(マシマ)すは、即天照大御神の御子に坐せばなり」(『靈の真柱』)と説いてゐる。

 

「天津日嗣高御座(アマツヒツギノタカミクラ)」の「天津」とは「高天原の」の意であり、「日」は「太陽」もしくは「靈」の意である。「天津日嗣」とは、太陽神たる天照大神の靈統を嗣(つ)ぐといふほどの意である。つまり、高天原の天照大神から皇位を永遠に継承してゐるといふ意である。

 

「高御座(たかみくら)」は、『宣命』(宣命體で書かれた詔勅)や『萬葉集』や『中臣寿詞』に、「天津日嗣の高御座」と示されてゐるやうに、「天津日嗣」と不可分であり、天皇の「みくらい」を表す言葉である。

 

折口信夫氏は、「天津日嗣の高御座」とは「天上の神の居られる場所、と同一な高い場所といふ意味である。」(『大嘗祭の本義』)と論じてゐる。

 

「高御座」とは高天原の天照大神のおられる所と同じ高さの所といふ意味なのである。「天津日嗣の高御座」とは、天の日神即ち天照大御神の御神霊を受け継がれて天下を統治されるお方が坐される高い場所の意である。

 

天皇陛下が即位式において「天津日嗣の高御座」に登られるのは、現御神として日本國を統治される事を闡明され、天照大神の地上における御代理即ち「現御神」としての御本質を開顕され天つ神と同格になられるのである。

 

高御座に上られ百官の前にお姿を現はされた天皇の御装束は、日の神の御姿である。

 

「天孫降臨」は、日神であり祖母神であらせられる天照大御神の御神霊そして穀霊を體された邇邇藝命が、「日嗣の御子」として豊葦原瑞穂國の稲穂の稔りを體現される御存在として地上に降られたのである。「即位の大礼」及び「大嘗祭」「新嘗祭」は「天孫降臨」の繰り返しの意義がある。

 

『紀元節』の歌に、「天津日繼ぎの高御座 千代よろづ世に動きなき 基い定めしそのかみを 仰ぐけふこそ楽しけれ」(高崎正風作詞)とある。

 

皇位の繼承は肉體的な血統のみによるのではなく、日の神の神靈を繼承するといふ神代以来の信仰に基づくのである。邇邇藝命は正しくは、「天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命」(アメニギシ・クニニギシ・アマツヒコ・ヒコホノ・ニニギノミコト)と申し上げる。この御名は、「天地に賑々しく實ってゐる太陽神の御子であり立派な男児である稲穂の靈の賑々しい命」といふほどの意である。邇邇藝命は、太陽神の御子であるとともに稲穂の神の体現者であらせられる。

 

穀物を稔らせる根源の力である太陽神の靈力を受けた天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命が、地上に天降り、天上の斎庭の神聖なる稲穂を地上に稔らせるといふ「天孫降臨神話」は、稲穂がにぎにぎしく稔る國を地上に実現することが天皇のご使命であり日本民族の理想であることを示してゐる。「天孫降臨神話」は、まさに日本人の「米作りのくらし」の中から生まれてきたのである。

 

皇祖神・天照大神は、稲穂を邇邇藝命に傳持させ、その稲穂を地上において栄えさせるといふ使命を歴代の天皇に与へられた。それがわが日本の肇國であり、わが日本民族の基本的性格である。この尊い神話に日本といふ國家と民族の理想が示されてゐるのである。

 

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