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2015年12月 7日 (月)

天皇が日本國の君主であらせられることは「帝国憲法」下においても「現行憲法」下においても全く変りはない。

日本天皇は日本國の君主であらせられることは日本建國以来の傳統であり事実である。それは「大日本帝國憲法」下においても「現行占領憲法」下においても全く変りのないわが國の國體である。

 

国歌「君が代」の「君」とは日本國の君主であらせられる天皇の御事であり、「君が代」とは「天皇の御代」といふ意である。そして日本國は天皇と國民は対立する関係ではなく、精神的に一体関係にあるから、「君が代」=天皇の御代とは「天皇及び天皇を君主と仰ぐ日本國及び日本國民」と解釈するのが正しいし、これ以外の解釈はあり得ない。

 

「君主」とは、「世襲により國家の最高位にある人。天子。皇帝。帝王」と定義される。この定義にあてはまる御存在はわが國においては建國以来今日に至るまで天皇以外にあり得ない。「現行占領憲法」下においても、天皇が君主であらせられることは、条文に照らしても、また、皇居における様々な行事そして國會の開會式などを見ても、あまりにも明白である。

 

「現行占領憲法」においても、天皇が日本國の君主であらせられることについて、佐伯宣親氏は、「君主とは…『統治権の重要部分を掌握し(特に行政の主体であり)、國家の象徴的性格を持つ、世襲の独任機関』であるというのが最も一般的な定義のようである。…今日ではほとんどの君主國において君主の権限が形式的なものとなってゐることを考慮すれば、形式的ではあるが、内閣総理大臣の任命、最高裁判所長官の任命、國會の召集および解散という國家統治権の中枢的なことがらが天皇の権能とされており、さらに、皇位が象徴的性格をもつ世襲制の独任機関であるというところからして、天皇は現代的意味で日本國の君主であると解するのが妥当なところであろう。」と論じてゐる。(『現代憲法學の論点』)

 

「形式的」と言ふけれども、形式は非常に大事なのである。國家においても団体においても家庭においても重要なことであるばあるほど、ある形式を踏まなければ物事が成立しない。そのことについて佐伯氏は「内閣総理大臣や最高裁判所長官は天皇の任命を得てはじめてその地位につくのであり、天皇によらない任命は無効である。また、天皇によらない國會の召集や衆議院の解散も無効である」と述べてゐる。

 

昭和四十八年六月二十八日の参議院内閣委員會で吉國一郎内閣法制局長官(当時)は、「わが國は、國民の総意に基づいて象徴たる天皇をいただいておるという意味の天皇制の國である…公選による大統領その他の元首を持つことが共和制の顕著な特質であるということが一般の學説でございまするので、わが國は共和制ではないことはまず明らかであろうと思います。…わが國は近代的な憲法を持っておりますし、その憲法に従って政治を行なう國家でございます以上、立憲君主國と言っても差し支えないであろうと思います。」と答弁してゐる。(大原康男氏編著『詳録・皇室をめぐる國會論議』)

 

 「現行占領憲法」において「天皇は、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴」と規定されてのは、過去から現在そして将来へと永遠に続く日本國と日本國民の生きた姿が、日本國の君主であられる天皇御一身によって体現されるといふ事である。天皇が日本國の君主であらせられるからこそ「日本國及び日本國民統合の象徴」といふお役目を果たされるのである。「天皇は象徴であって君主ではない」とすることは重大なる國體隠蔽といふよりも國體破壊である。

 

「現行占領憲法」の押し付けによって、「天皇の御地位は統治者・元首から象徴になった」といふ議論があるが、「天皇」といふ御存在自体が「君主」であらせられ「元首」であらせられるのである。「天皇といふ御稱号を持たれる日本國の君主が、日本國の象徴であり日本國民統合の象徴である」といふのが正しい憲法解釈であり、それ以外の解釈はあり得ない。

 

わが國は永遠に天皇が君主であらせられる國である。それを「君が代」といふのである。すなわち君が代とは「天皇國日本」なのである。これを否定し破壊する事は断じてあってはならない。

 

そもそも「國歌君が代」は、大日本帝國憲法下であらうと現行占領憲法下であらうと、その原義が変化する事はあり得ない。解釈は解釈であって原義ではない。「和歌」の原義は憲法がどう変化しやうとも変化する事はあり得ない。『萬葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』などに収められた和歌の原義が、「現行憲法」下と「帝國憲法」下とで変化したなどといふ事はあり得ない。和歌である「國歌君が代」の原義と憲法は無関係である。

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