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2015年11月 4日 (水)

 明治維新の思想的基盤としての国学

 明治維新の思想的基盤である近世国学は、それまでの日本で重んじられていた儒教や仏教という外来思想に抗して、それとは別なる日本独自の「道」を主張した。そこに近世国学の特質があった。

 

 日本独自の道とは、日本民族が古来より持ち続けている信仰精神である。国学とは、古代日本精神の復興による当時の時代思潮への批判思想である。

 そして国学は政治思想という狭い範疇に属するものではなく、文献学であり、和歌の学問であり、国語学・国文学であり、神道学である。

 

 そして外来の思想や文化を「からごころ」(からとは支那のことであり支那を通して日本に伝来した思想や学問そしてそれをもととした思考のこと)批判を展開した。

 

 十九世紀後半当時の世界情勢を見ると、東アジア西洋列強の侵略支配の危機に瀕していた。そしてそれに抗して、民族独立運動・植民地化への抵抗運動が起こっていた。そうした状況下にあって、アジア諸地域において、民族の覚醒を促す思想運動が起こっていた。

 

 日本も勿論その例外ではなく、日本の国の歴史を探求し、日本独自の思想・信仰を進化させんとする運動が起こったのである。それが近世国学運動の思想である。

 

 したがって、国学運動は決して偏狭な排外主義や、単なる時間的過去への郷愁の思想ではなく、世界情勢に対してかなり積極的に目を開き、それに呼応した運動であった。

 

 キリスト教や、欧米の歴史や現状についてもかなり詳しく研究し、海外の政治情勢についても情報収集につとめたうえでの学問であり思想運動であった。

 

 国学は幕末期の日本に対する悲憤慷慨の学問と言ってもいい。危機的状況を迎えんとしていた日本に対して、このままではいけない、何とかしなければならないという精神が国学運動を起こしたのである。

 

 そしてその底流にあったのは、日本をこのままにしておいたら、先人たちや祖先に対して申しわけない、相済まないという悲憤慷慨の思いであった。そういう思いは、次に挙げる国学者たちの歌に表れている。

 

 最も早い時期の国学者であり、国学の始祖といわれる荷田春滿(京都の人。古典・故実・国史・歌道の研究者)は、

 

「ふみわけよ大和にはあらぬ唐鳥の跡を見るのみ人の道かは」 

 

 「よく道を踏みわきまえて間違わないようにせよ。日本ではない唐(支那)の鳥の足跡のみを見つめて歩くのが、日本人たるものの道ではないぞ」というほどの意。唐鳥の跡とは、漢籍・漢字のこと。

 

 八代将軍・徳川吉宗は、各国の古書を集めたが、その真偽玉石の鑑定を春滿依頼した。その徳川将軍家の学問は儒教であった。林羅山・中江藤樹・荻生徂徠・新井白石・伊藤仁齋等々江戸時代の中期までの学者の殆どは儒教・漢学の系統であった。そうしたことを悲憤慷慨して詠んだ歌がこの春滿の歌である。

 

 また、鹿持雅澄(幕末土佐の国学者・萬葉集を中心として古典を研究。『萬葉集古義』の著者)は、

 

「神國の道ふみそけて横さらふいづくにいたる汝が名のらさね」

 

 と詠んでいる。「わが神国の正しき道を踏みそらして、蟹のように横這いの道を歩む者共よ、お前の名は何と言うのか、名乗ってみろ」というほどの意。雅澄は日本の伝統思想に目もくれず外来の蘭学に現を抜かしいる者たちに対して憤慨しているのである。日本伝統精神に対する雅澄の態度精神を昂然と歌い上げている。

 

 この歌が歌われた時期は蘭学が盛んになり、日本に英船米艦露艦がしばしば渡来した。

 

 春滿は儒教と仏教、雅澄は蘭学に対して批判的態度を示しているのである。

 さらに雅澄は、ペリー来航を憂いて、安政元年(一八五四)正月、六十四歳の時に、

 

「神風に息吹きやらはれしづきつつ後悔いむかもおぞの亞米利加」

 

 と詠んでいる。「神風に吹きやられ、海底に沈められた後に、後悔するのであろう。愚かなアメリカは」というほどの意。この憂国の至情と気概が、彼の学問の奥底にあったのだ。

 

 さらに、橘曙覽(福井の人。国学者にして萬葉調の歌人)は、

 

「湊川御墓の文字は知らぬ子も膝をりふせて嗚呼といふめり」

 

 と詠んだ。「湊川の『嗚呼忠臣楠子之墓』の文字は、文字を知らない子も墓前に屈んで『ああ』と口に出して言うごとく見える」というほどの意。児童子供といえども、楠公の忠義と墓碑の意義を知らぬ者無しということを歌っているのである。幕末の尊皇愛国の精神そして明治維新の精神は、楠公の忠義・七世報国の精神を継承したものであることがこの歌によってわかる。

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