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2015年11月 1日 (日)

天孫降臨以来の薩摩の歴史と伝統

 南九州・薩摩の地は、天孫降臨から神武天皇御東征御出発までの神話が伝えられている地である。

 

 南九州は海に面している地なので、海の神への深い信仰が伝えられている。それが『海幸彦・山幸彦の神話』であり、『龍宮伝説』・『浦島太郎伝説』なのである。

 

 薩摩の地は、縄文・弥生時代から独自の文化が発達し、古墳時代には隼人と呼ばれる武力の秀で独立進取の気性が強かった人々がいた。五世紀前半以降には大和朝廷に服属したという。隼人族は宮門警衛や天覧相撲の力士として勇敢さが讃えられた。

 

 また南九州は、天照大神の御命令によって天孫・番(ほ・穂のこと)の邇邇藝命(ににぎのみこと・にきにぎしく穂が実ること)が降臨された地である高千穂峰(高く稲穂を積み上げた山のこと)がある。

 

『古事記』には、「天の日子番(ひこほ)の邇邇藝命(ににぎのみこと)天の石井(いはくら)を離れ、天の八重多那雲(やえたなぐも)を押し分けて、稜威(いつ)の道(ち)別(わ)き道別きて、天の浮橋に、浮じまり、そりたたして、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の高千穂の霊(く)じふる峰に天降りましき。」(天の日子番の邇邇藝命は天上の御座を離れ、八重立つ雲を押し分けて勢いよく道を押し分け、天からの階段によって、浮洲にお立ちになって、筑紫の東方の高千穂の尊い峰に天降りさないました、というほどの意)と記されている。

 

 高千穂の峰は現在の鹿児島県の霧島山の一峰と、宮崎県西臼杵郡の二ヵ所がその伝承地である。天孫降臨神話の思想は大嘗祭の稲穂の上に穀霊神としての天皇の御霊が天降ったということである。

 

 『古事記』にはさらに、南九州とりわけ鹿児島がわが國本土最南端にあり、海に面した黒潮洗う地であり、明るい太陽に照らされた地であることを次のように表現している。天照大神が「此地(このち)は韓國に向ひ笠紗(かささ)の御前(みさき)にま来通りて、朝日の直刺(たださ)す國、夕日の日照る國なり。かれ此地ぞいと吉(よ)き地(ところ)」(この地は海外に向かって、笠紗の岬に(良き國を)尋ね求めて通って来て、朝日が真っ直ぐに照り輝く國、夕日の輝く國である。こここそは大変良い所である、というほどの意)と詔りされたと記されている。「笠紗の岬」とは現在の鹿児島県河辺郡笠沙町の岬という。

 

 南九州の地には邇邇藝命などの御陵も鎮まっている。我が國生成の神話は薩摩を中心とする南九州の地から始まっている。ゆえに、薩摩人が戦いに強く、敬神・尊皇の念が篤いのは神代以来の伝統である。聖武天皇の御代に國分寺が立てられているということは、南端の地でありながら、律令國家に組み込まれたのが早かったことを証明している。

 

 御家人・島津氏は二階堂氏などと共に、十三世紀に鎌倉幕府の時代に地頭として薩摩に派遣された。島津氏は土着すると共に勢力を強め、第十五代・島津貴久は南九州(薩摩・大隅・日向)を統一し、第十六代・義久は九州全体を制覇せんとするが、豊臣秀吉に敗れる。その後、豊臣氏に忠節を尽くす。義久の弟の第十七代義弘は朝鮮出兵に戦功を立て、関ヶ原で徳川方と勇敢に戦う。

 

 徳川時代には徳川幕府の圧迫に遭った。薩摩藩は鎖國政策を取り、他藩との交通を厳しく制限し、隠密侵入を取り締まった。さらに領内に外城といわれる百十三の出城を築き、武士を土着させて兵農一致態勢を敷き、幕府側の侵攻に備えた。しかし、宝暦三年(一七五三)には幕府の圧迫政策の一環である木曾川の治水工事で四十万両の出費があり藩財政は逼迫した。

 

 幕末期には、薩英戦争では世界の超大國イギリスを相手にして戦い、その後イギリスと友好関係を結び、パリで開かれた万國博覧會では、幕府と同格の立場で参加し、ナポレオン三世に薩摩藩独自の勲章を与えている。そして明治維新の戦いでは、同じく関ヶ原で徳川氏と戦った長州と共に徳川幕府打倒の中心勢力となる。鎌倉時代から明治維新まで七百年の長きにわたって一貫して同じ領國を支配した大名は島津氏以外にはないという。維新後においてさえ薩摩は新政府に対抗して西南戦争を戦った。

 

 このように薩摩藩は敬神尊皇思想が篤かったが、独立進取の気象もまた旺盛であった。地理的にも外國との接触を早く受けやすい地であったため、中世においては坊津が倭寇の根拠地となり、近世においては明との交易も盛んとなり、鉄砲やキリスト教が我が國で最も早く伝来した。近代においては、多く人材を失った西南戦争の痛手が大きかったことは否めない。

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