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2015年11月30日 (月)

太古の共同體統合の精神が高度文化の時代に國家変革の原基となり得たのは日本のみ

明治維新は尊皇攘夷といふ國民的自覚によって行はれたが、この國民的自覚は「日本は天皇を祭祀主・君主と仰ぐ神國である」とする精神にもとづき、この精神は伊勢皇大神宮に祀られてゐる皇祖天照大御神への崇拝に根ざしている。太古における宗教的な共同體統合の精神が高度文化の時代になほ國家変革の原基となり得たといふ現象は、日本のみに起ったのであり、世界に類がない。

 

明治維新で封建制度は顛覆され、天皇を君主と仰ぐ一君萬民の國家が復興した。畏れ多いことながら江戸時代を通じて事實上京都御所に軟禁状態にあった天皇は、國民の全體性統一性を體現される真正権威を有しておられたのである。太古以来の傳統的國柄即ち日本國體信仰は決して死んではいなかった。

 

これが重要である。中世近世を通して天皇の宗教的神聖権威はなくなっていなかった。薩長閥を中心とした勢力の武力・権力によって明治日本・近代日本が形成されたのではない。

 

明治維新は「神武創業」への回帰を理念とした。「神武創業への回帰」とは具體的には如何なることを意味したのか。それは、富國強兵・殖産興業・四民平等・廃藩置県であった。さらに議會開設・憲法発布も行なはれた。

 

日本國民の國民的自覚・國民精神は、近世國学や水戸学そして吉田松陰の思想など明治維新を導いた思想の芽生へ、西欧列強の圧迫、徳川幕府への抵抗などによって醸成されたといはれる。そして、日清・日露の戦ひを中心とする時代にもますます燃え上がった精神とされる。

 

日本の近代化は、外圧に対する独立の維持のために行はれたと言っても過言ではない。そしてその近代化は、西洋に学ぶことによって進行した。西洋の文物を輸入しそれに学んだことは、学ぶ主體としての日本にその基盤と能力があったから出来た事であるのは言ふまでもない。それが日本の強靭性であり柔軟性である。それこそが大和魂であり民族の正気である。

 

外圧によって國内を革新した先駆は、長州と薩摩である。長州は馬関戦争、薩摩は薩英戦争の後、藩内改革が進行し、明治維新の大動力となった。それにしても「薩英戦争」とは何とも日本民族の気宇壮大さを示す呼称である。日本の一藩と世界中に植民地を有する大英帝國とを同等と認識してゐたのである。

 

ともかく維新の大激動期に、日本國は、西洋の文明を学ぶことが西洋の植民地にならない道であると認識したのである。それが「和魂洋才」である。この「和魂」を「大和魂」「やまとごころ」「日本精神」と言ひ換へもいいと思ふ。

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