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2015年11月18日 (水)

『第二回 秋に燃ゆる国民のコンサート!』を鑑賞して

一昨日鑑賞した『第二回 秋に燃ゆる国民のコンサート!』は、「秋は芸術の季節。まばゆい紅葉の色は、音楽の陶酔を誘い、知らぬ間に人を劇場に運びます。オペラもいいが、オケと合唱とソリストが奏でるヘンデルの「メサイア」も、人を紅葉のように燃えさせます。100人の合唱とオーケストラ、優れたソリストが歌う「メサイア」の演奏。英語のメサイアを、ネイティブが美しい発音で歌います。そして、日本歌曲やオペラの名曲を、心ゆくまで楽しむ秋の宴です。あまり、マニアックな曲は歌いません。『国民が聞きたいと思う、国民的名曲を歌う』コンサートです。だから、『国民のコンサート』と呼ぶのです。また、日本屈指の実力派オペラ歌手と評される深見東州と 優れたソリストも出演します。 退屈な曲はありません。秋の夜長に、国民の芸術マインドを呼び覚まします」(案内文)との趣旨で開催された。

 

最初に深見東州氏(バリトン)が『国歌君が代』を独唱した。観客全員が起立し、唱和した。私も数多くのコンサートを鑑賞したが、冒頭に「国歌」を斉唱するコンサートは今回が初めてである。まさに「国民のコンサート」であった。

 

《第一部》大貫裕子(ソプラノ)、ロリーナ・ゴア(ソプラノ)、ジョン・ロングミュア(テノール)、タニア・フェリス(メゾソプラノ)の各氏によって、「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」より・ヴィオレッタのアリア『花から花へ』、「カルメン」より『ハバネラ(恋は野の鳥)』『セギディーリャ』、「リゴレット」よりマントヴァ公爵のカンツォーネ『女は気まぐれ(女心の歌)』、「ドン・ジョヴァンニ」よりドン・ジョヴァンニのセレナーデ『窓辺においで』などが演奏された。

私もよく聞く曲が多かった。

 

続いて、深見東州・大貫裕子両氏により、日本歌曲『もみじ』『月の沙漠』『朧月夜(おぼろづきよ)』『椰子の実(やしのみ)』『赤とんぼ』『早春賦』『ふるさと』などが演奏された。どの歌も、心が豊かになる文字通り佳き歌ばかりである。『ふるさと』『朧月夜』は施設にいる母とよく歌う歌である。

 

《第二部》出演者全員とアルプス合唱団による「メサイア」が演奏された。中学校の音楽先生は、日比野箕之介というキリスト教の牧師の資格のある人立った。「ハレルヤコーラス」を何回も授業で聴かされた。私が西洋音楽に興味を覚えたのは「ハレルヤコーラス」を聞いたからである。家では時々聴くが、生の演奏を聴いたのは今日が初めてなので感激した。

 

「メサイア」は、ヘンデルが作曲したオラトリオ(大規模な宗教的楽曲)である。「メサイア」は「メシア」(救世主)の英語読みに由来するという。聖書から歌詞を取りイエス・キリストの生涯を題材とした独唱曲・重唱曲・合唱曲で構成されている。イエス・キリストの降誕を讃える宗教音楽である。

 

たしかに聞いていると宗教的恍惚感を覚える。生の演奏であるからなおさらである。西洋音楽は、キリスト教と切り離すことは出来ない。キリスト教と共にあると言っても過言ではない。音楽だけではない。絵画・彫刻・建築も然りである。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂は、全体が巨大な美術館と言ってもいい。

 

わが国の絵画・彫刻・音楽も宗教と切り離すことは出来ない。近世以前のわが国の彫刻の歴史は、仏像の歴史である。寺院建築は日本の建築史の大きな位置を占める。法隆寺は世界最古の木造建築物である。日本傳統信仰の「神楽」はわが国音楽芸術・舞台芸術の原点であろう。洋の東西を問わず、芸術と宗教は一体である。

 

パリで、イスラム過激派により凄まじいテロが勃発した日に、西洋音楽それもバッハの「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」と並ぶキリスト教音楽作品「メサイア」を鑑賞できたのは何か不思議な因縁を感じる。

 

パリにおけるテロ事件で、犯人たちは「アラーは偉大なり」と叫びながら、無辜の民を銃撃し殺戮した。宗教とは、人間に安穏と平和をもたらすものである筈なのだが、このように恐ろしい側面を持つのである。

 

パリのテロは衝撃的であり、何とも許し難い行為である。イラク・シリアなどの中東地域に於いては、今回のような凄まじいテロは数多く繰り返されている。パリだけではないことを確認しなければならない。

 

イスラム教が戦闘的だとか、排他的だとか、残忍だという批判もあるが、私は、宗教全体が、天使的な側面と悪魔的な側面を持つと考える。

 

「神は愛なり」「全世界に福音を宣べ伝えよ」と言っているキリスト教も、異端者への迫害は凄まじいものがあった。仏教とて、絶対的に大人しい、平和的とは言えない。

 

人類の歴史は、宗教戦争の歴史であったという側面を持つ。宗教戦争はいつまで続くのであろうか。今世紀に入って益々熾烈になり、多くの犠牲者が出ている。これを止める手立てはないのであろうか。

 

崇高なる『メサイア』を聴きながらそうを思った。そういう意味でも『秋に燃ゆる国民のコンサート!』は、意義深いコンサートであった。

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