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2015年11月17日 (火)

日本伝統精神の価値は今日まことに大切なものとなっている

 

 我が國は古来、東方の君子國といわれ、我が國民は、道義心篤く、勤勉であり、建國以来統一國家を保ち、隆々と発展して来た。しかるに、今日の我が國は、國民の道義心が頽廃し、祖國への愛も、親への尊敬心も、國民同士の信頼感も喪失しつつある。そして自國の歴史と伝統を軽視あるいは蔑視している。まさにわが國は亡國の危機に瀕している。それは文字通り世紀末的状況であるといわれている。

 

 しかし、世紀末というのはキリスト紀元に基づく考え方であり、わが國の伝統には本来なじまない。むしろ、最悪の事態においてこそ國家民族の維新を断行し起死回生して来たのが我が國の歴史であった。

 

 祖國日本を起死回生せしむるにはどうすればいいのか。これまで終末そして救済・革命を説いてきた宗教運動や政治運動は、かえって闘争と殺戮を生んできた。共産主義革命運動やオウム真理教がその典型である。これは絶対に避けなければならない。誤った宗教教義や政治思想の教条に支配されることなく、自然に國民を正しき道を歩ましめることが必要である。

 

 現代日本は、一億二千万という人間が日本列島に集団的に生きているに過ぎない状況になりつつある。個々人がバラバラにされて集団の中に埋没し、それぞれの欲望を満たすために生きていることが、「自由で民主的な社會」ということになっているのだ。個人は利己主義、企業は営利至上主義に陥っている。行政府の官僚も腐敗し堕落している。そして言論機関=マスコミもまた世を正しき方向に導く事なく偏向報道と俗悪出版・放送を垂れ流している。

 

 今日における「自由で民主的な社會」とは、利己主義者集団の生きる社會のことである。そして國家・國民という観念は否定され、市民社會・市民という國籍不明の観念が肯定されている。こうしたことが今日の混迷の大きな原因になっていると考える。

 

 わが國の麗しい山河、かけがえのない道統を重んじ、日本の伝統的な文化を大切なものとする姿勢を取り戻し、祖國日本への限り無い愛と、國民同胞意識を回復しなければならない。我が國は神話時代(神代)以来の伝統精神すなわち日本國民の歩むべき道というものがある。それに回帰することによって現代の混迷を打開すべきである。それ以外に道はない。

 

 それでは我が國伝統精神=日本人の歩むべき道とは何か。それを今日の正しく把握し歩むことが亡國的状況からの脱却すなわち現代の救済への道があると確信する。

 

 わが國の伝統精神は、一人の教祖が説いた教義・教条ではない。教条的で固定的な教義を絶対的なものと信じてこれを、信じ込ませるというのではない。日本伝統精神の本質は、自然を大切にし自然の中に神の命を拝む心である。そして祖先を尊ぶ心である。つまりきわめて自然で自由で大らかな精神なのである。

 

 我々日本民族の祖先が有した人生や國家や世界や宇宙に対する思想精神は、我が國の後世や外國に見られるような誰かが説いた知識として独立的に存在しているのではなかった。神とか罪悪に関する考え方が、全て祭祀という実際の信仰行事と不可分的に生まれてきたように、抽象的な論理や教義として我が國伝統信仰の精神即ち神道を理解することはできない。我が國においては生活そのものの中に伝統信仰が生きているのである。

 

 わが國の伝統精神における最も大切な行事は祭祀である。祭祀は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の実践なのである。祭祀が自然を破壊し、人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると確信する。日本伝統精神の価値は今日まことに大切なものとなっている。

 

 天皇は日本國の祭り主であらせられる。天皇は建國以来、常に國民の幸福・世の平和・五穀の豊饒を、神に祈られて来ている。天皇の御使命は、地上に稲作の栄える瑞穂の國を作られることにある。これが天皇中心の日本國體の根幹である。稲作生活から生まれた神話の精神を、祭祀という現実に生きた行事によって今日ただ今も継承し続けてきておられる御方が、日本國の祭祀主であらせられる日本天皇である。

 

 その天皇の無私の祭祀の御精神を仰ぎ奉ることが、我が國の道義の中心である。その天皇を中心とする信仰共同體が神話時代以来の日本國の本姿なのである。天皇中心の道義國家の本姿を回復する以外にない。

 

 天皇の祭祀において、わが國の伝統精神が現代において生きた形で継承され、踏み行われているのである。

 

 わが國の神は天津神、國津神、八百万の神と言われるように、天地自然の尊い命であり、先祖の御霊である。 

 

 今日、自然破壊が人間の心を荒廃せしめる大きな原因になっている。我が國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも『神社の森』『鎮守の森』がその原点である。我が民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな『神社の森』『鎮守の森』を大切に護って来た。

 

 それは鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ってると信じて来たからである。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきたのである。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られたのである。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至っている。

 

 さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが龍宮信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

 我が國伝統信仰すなわち神道は、自然の中に生きる神の命と人間の命とが一體となって結ばれる信仰である。それと共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る信仰である。これを「敬神崇祖」という。その最も端的な例が天照大神への信仰である。天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽に神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来たのである。

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