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2015年10月17日 (土)

 『萬葉集』防人の歌には、尊皇愛國・敬神崇祖の精神が表白されている

「あられ降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍(すめらみいくさ)に吾は來()にしを」

 

 那賀郡上丁大舎人部千文(なかのこほりかみつよぼろおほとねりべのちぶみ)の歌。那賀郡は今日の茨城県那珂郡及び那珂湊市・勝田市・水戸市の一部を含む一帯。

 

 「あられ降り」は鹿島の枕詞。霰がバラバラ落ちるのがかしましいから掛けたといふ説がある。あまりにもこじつけたやうに思へるがそれが通説なのである。

 

「鹿島の神」は茨城県鹿島町に鎮座する鹿島神宮に祀られてゐる神の御事。鹿島神宮は、武甕槌命(たけみかづちのみこと)を主神として祀り、経津主命(ふつぬしのみこと)・天児屋根命(あめのこやねのみこと)が合せて祀られてゐる。

 

武甕槌命は、天照大神の命を受けて、天孫・邇邇藝命の降臨の前に高天原から出雲に降られ、大國主命と談判して大國主命に國譲り(國土奉還)を為さしめられた神であり、古代より武神として尊崇されたので、防人たちもこの神に特に武運長久を祈ったのである。

 

「皇御軍」は天皇の兵士。天皇の御命令で出征した兵士なので「御」といふ尊称を付けた。「すめら」といふのは最高・もっとも尊いといふ意で、「すめらみこと」(天皇の御事)とは最高に貴い命といふ意である。「吾は來にしを」の「を」は「よ」と同じ感動の助詞。

 

 通釈は「鹿島の神に祈りつつ天皇の兵士として私は来たのぞ」といふ意。

 

 防人の代表的な歌である。憂ひも悩みも超越して、ただひたすら立派な防人となって天皇陛下のお役に立とうといふ、防人としての決意と感激と誇りを歌った歌。かうした心情は、明治維新の志士たちにも、そして日清・日露の両戦役、大東亜戦争に出征した皇軍兵士にも共通してゐるものである。神への信仰と天皇への忠誠心を歌ってゐる。

 

 旅行に出発・出帆することを「鹿島立ち」といふ如く、古来、わが國民は鹿島の神に安全を祈って旅立ちした。

 

 鹿島神宮は、利根川の下流、東に鹿島灘、西に霞ヶ浦、潮来を控へた地に鎮座する。御東征の途次、鹿島の神(武甕槌命)から神剣を与へられた神武天皇によって皇紀元年にこの地に祀られたと伝へられてゐる。この神社は古来中臣氏(後の藤原氏)によって祭祀が行はれて来たが、藤原氏が奈良に春日大社を創建した際、鹿島から武甕槌命を祭神として迎へた。その時、御祭神の宿る榊は白鹿で運ばれた。故に今日も奈良公園には神の使ひと信じられる鹿が多く生息してゐる。

                         

「今日よりは顧(かへり)みなくて大君の醜(しこ)の御楯(みたて)と出で立つ吾は」       

 

 火長今奉部与曾布(くわちやういままつりべのよそふ) の歌。「火長」とは『養老令』に「およそ兵士十人を以て一火となす」とあり、兵士十人の長のこと。帝國陸軍でいへば伍長が軍曹の位といふ。

 

「今日よりは」の「今日」は門出・出征の日を指す。「顧みなくて」は自分自身の私事は一切顧慮しないといふ意。「醜」は醜悪の意であるが、自らへりくだって言ってゐる。「御楯」は國の守りの任のことを具体的に表現した言葉。「大君の醜の御楯」で「天皇陛下の兵士」といふ意味になる。

 

 「防人としての任務につく今日からは、最早我が身のことは一切顧みないで、ふつつかながら大君にお仕へ申し上げる兵士として私は出発致します」といふほどの意。

 

 これも防人の代表的な歌。東國の一兵士の出征に当たっての決意が、決して力むことのない謙虚で静かな調べで表白されてゐる。それでゐて確固とした尊皇愛國の精神が歌はれてゐる。自分に言ひ聞かせるやうな簡潔で明快で清潔な表現である。騒々しい歌ではない。天皇への忠誠心・尊皇精神が、権力の強制によるものでは決してないことは、この防人歌の歌ひぶりをよくよく味はってみれば分かる。萬葉時代の東國庶民はごく自然な感情として尊皇精神を抱いてゐたのである。

 

 「あられ降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍に吾は來にしを」の歌にあらはれた東國庶民の日本の神への純真な信仰、この歌にあらはれた自然な尊皇心は、天皇を中心とするわが國の統一が精神的・信仰的・文化的な統一であったことを示してゐる。尊皇愛國・敬神崇祖の精神は、決して近代日本において権力によって醸成されたのではなく、わが國生成の太古に自然に発生し今日まで綿々と伝わってきたところのわが民族の中核精神であり、わが國存立の基本なのである。

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