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2015年10月 1日 (木)

日本の朝鮮半島統治について

日本による韓國併合は、当時の日本にとって万止むを得ざる選択であったと共に、当時の韓國政府との正式な交渉のもとに行はれたことである。しかも、併合後韓國は、近代化を遂げ、あらゆる面で併合以前よりも発展し、國民は豊かになった。そして継承され護られるべき韓国の傳統文化は保護された。わが國は、韓國・朝鮮を一方的に侵略し支配したのではない。従って韓國に対してわが國が謝罪する必要は全くない。

 

朝鮮併合を『植民地支配』と言っているのは大きな間違いである。朝鮮は日本の植民地ではなかった。九州・四國と同じに考えられた合邦國家であった。だから朝鮮総督府は内閣に直属していた。

 

明治天皇の『韓國併合に付下し給へる詔書』(明治四十三年八月二十九日)に、「(朝鮮の注)民衆は朕が綏撫の下に立ちて其の康福を増進すべし。産業及び貿易は治平の下に顕著なる発達を見るに至るべし。而して東洋の平和は之に依りて愈々其の基礎を鞏固にすべきは朕の信じて疑はざる所なり」と示されている通り、わが國には韓國・朝鮮を植民地する考えは全くなかった。

 

わが國が朝鮮半島において植民地搾取を行ったと言うなら、『数字』を根拠とするべきである。朝鮮統治三十六年間、朝鮮総督府の財政予算の一五~二0%は日本中央政府から補助を受けていた。『日本は朝鮮半島の土地を収奪し、人の命を収奪した』と言うが、日本統治時代に朝鮮の土地の利用価値・生産価値を高め、三十七年間の自然・社會環境の整備によって人口を倍増せしめた。

 

朝鮮、台湾、樺太を外地と呼ぶことはあったが、植民地と呼ぶことは政府によって排された。事実、民法、刑法を始め大半の法律は内地と同一内容で施行され、各種の開発や公共事業も進み、医療衛生制度や教育制度も整備され、内地の政府民間の負担も相当の額に達した。そして乱脈だった李朝末期の韓国社会を正し法治社会をもたらした。これは欧米列強の植民地支配・愚民政策・搾取行為とは全く異なるものであった。日本統治時代に韓国に大きな投資を行ったために、韓国が惨めだった状況から一足飛びに近代化したことは歴史的真実である。

 

朝鮮半島の歴史は、「中華帝國」への隷属の歴史であった。文化的にも政治的にも軍事的にも支那の属國であり続けた。しかし、日清戦争の後の「下関条約」(明治二十八年)で、「清國は、朝鮮が完全無欠なる独立自主の國であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮國から清國に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。(第一条)」事となった。すなわち、朝鮮は日本のお陰で支那からの独立を獲得したのだ。

 

ところが、日本が「三國干渉」に屈服したため、「日本弱し」と見た李氏朝鮮は、今度はロシアに接近しその属國となった。國王の高宗はロシア大使館で政務を執るという状況であった。こうした朝鮮の体質を「事大主義」(『以小事大』(小を以て大に事〈つか〉へる)という。強い者を背景に弱い者をいじめるという体質である。「事大主義」は、李氏朝鮮建國以来の國策であった。

 

日本に併合される以前の韓國は、ある時はロシアの属國となり、またある時は支那の属國になるという体たらくで、とても独立國と言える状況ではなかった。また國内の改革・近代化も全く進まず、経済的に破綻に近い状態にあり、権力者は腐敗し、政争を繰り返していた。そして國民は疲弊し李朝の圧政に苦しんでいた。  

 

そのままの状況で推移すれば、朝鮮半島は、きわめて不安定になった。これはわが國にとって重大な脅威であった。そこで、日露戦争に勝利した日本は、事實上ロシアの属國であった朝鮮を併合したのである。当時の國際感覚では当然の成り行きであり、文字通り致し方の無い選択であった。

 

一体今まで、日本は韓國に対して、そして支那に対して何回「謝罪」してきたのか。そしてそれによって日韓関係・日支関係が良くなったのか。断じて否である。何回謝罪しても、友好関係は確立していない。日本が韓国に謝罪すればするほど、わが國は益々韓國に対し畏縮した外交を続けねばならなくなり、竹島奪還・拉致問題の解決など韓国・朝鮮に対する正当な要求も出来なくなる。

 

日本の韓国統治は西洋列強がアジア・アフリカなどに対して行った「植民地支配」とは全く異なる。断じて謝罪する必要はない。

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