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2015年10月 8日 (木)

『根津青山の至宝ー初代根津嘉一郎コレクションの軌跡―』展参観記

本日参観した『根津青山の至宝ー初代根津嘉一郎コレクションの軌跡―』展は、「初代根津嘉一郎(号青山・18601940)は、明治から大正期にかけて、いにしえより大切にされてきた古美術品がかえりみられることなく、欧米に売られている状況を見てこれを憂い、一層蒐集に励みました。そしてその遺志をついで美術品を戦火からまもりぬいた二代。財団創立75周年を記念する特別展として、書画と茶道具の名品を中心に初代のコレクションの軌跡を辿ります」(案内書)との趣旨で開催された。

 

「重文 花白河蒔絵硯箱日本・室町時代」 「国宝 那智瀧図 鎌倉時代」 「重文 青井戸茶碗 銘柴田 朝鮮時代」「国宝 鶉図 伝李安忠筆 南宋時代」 「重文 青磁袴腰香炉」 「国宝 根本百一羯磨 奈良時代」 「重文 石山寺蒔絵源氏箪笥」などを参観。

 

東武鉄道・南海鉄道などの経営者で、「鉄道王」と言われた根津嘉一郎氏が収集した美術品の展覧会である。この美術館も根津嘉一郎の邸があった所である。特に感銘を受ける作品は無かった。

 

今回の展覧会も茶道具が多かった。覇者・成功者は何故か、茶道を好む。そして茶道に関わる美術品を収集する。古くは、豊臣秀吉や徳川氏など、そして近代以後は、三井家や根津嘉一郎はその典型である。

 

常設展の支那の殷時代(紀元前十三世紀から十二世紀)の実に精緻な彫物がほどこされていて青銅器が見ごたえがあった。

 

また長屋王が、和銅五年に、文武天皇を追悼して発願書写させた「大般若経」(和銅経)と,神亀五年に、父母君である高市皇子・御名部皇女、そして聖武天皇をはじめとするとした歴代天皇のために発願して写経させた「大般若経」(神亀経)が展示されていた。どちらも重要文化財である。

 

長屋王は、天武天皇四年(六七六)-天平元年(七二九)。父君は高市皇子(天武天皇の皇子にして草壁皇子の兄君)。母君は御名部皇女(みなべのひめみこ。天智天皇皇女・元明天皇の同母姉君)。元明天皇の御信任を得て、宮内卿・右大臣・左大臣・大納言を歴任し、皇親政治家(皇親政治とは、皇族が大臣として政務をとられること)として重きを成したが、天平六年、聖武天皇の外戚であり政治的力が強かった藤原氏の讒言に遭って自決された。藤原氏にとって皇親政治は邪魔だったのである。長屋王は、漢詩文を好み、しばしば佐保の自邸に文人を招き宴遊を催した。

 

 昭和六十三年に、長屋王の宮殿が発掘された時に発見された木簡(字句などを木の札に書きしるしたもの。支那や日本の古代遺跡から出土する)に、「長屋親王宮」いふ字が書かれてゐた。長屋王は「長屋親王」と呼ばれてゐたことが明らかになった。すなはち長屋王には皇位継承権があったのである。

 

 また、長屋王の室・吉備内親王の御命令は「大命」(おほみこと)の名で出すことが許されてゐた。「大命」とは、「勅命」に等しい権威があったといふ。さらに、邸内には、鶴が飼はれ、牛乳・バター・チーズ・蜂蜜を作り、薬園・氷室があったといふ。ところが、外戚として権力を振ひたい藤原氏としては、長屋王は排除すべきで御存在であったのであらう。 

 

『萬葉集』には、長屋王の次の御歌が収められてゐる。

            

宇治間山 朝風さむし 旅にして 衣(ころも)()すべき 妹もあらなくに  

 

長屋王が文武天皇のお供をして吉野宮に行く途中で詠まれた御歌である。

 

【宇治間山】奈良県吉野郡吉野町上市の北約二キロあまりにある山。藤原宮から吉野へ行く途中にある。【衣借す】夫が妻の家を訪れて、朝、別れる時、寒い時には、妻が下着を貸すのが習ひとなってゐたことをいふ。旅情を歌ふ場合よく使はれる言葉。萬葉時代は貴族の多くは、妻問婚(つまどひこん・婚姻形態の一つで、夫婦が同居せず、夫が妻の家を訪れる形態)であった。【あらなくに】「ゐないのになあ」といふ詠嘆を表す。和泉式部の名歌「つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天降り來むものならなくに」(ただ何となくさみしく空を見てしまふ。思ふ人が天から降ってくるわけでもないのになあ)の「ならなくに」と大体同じやうな意味である。

 

 通釈は、「宇治間山の朝風が寒い。旅先で衣を貸してくれさうな女性もいないのになあ」といふほどの意。豊かで重厚な格調の高い旅愁の歌である。豊かで重厚な格調の高い旅愁の歌である。

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根津美術館の庭園

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菩薩立像

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