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2015年10月20日 (火)

今日、わが国民は、「民族の正気」を回復し、屈辱と汚名を晴らす行動に出なければならない

わが國には、対外的危機感が伝統精神の復活・回帰の熱望を呼び覚まし国家を変革してきた歴史がある。

徳川時代の末に至りペリーの来航から明治維新の断行までの内憂外患大変革の時期は、その愛国心・日本ナショナリズムは火の如く燃え上がり、数々の和歌に表現された。わが国は、外圧がきっかけとなって変革を成し遂げて来た。大化改新は唐新羅連合軍侵攻の危機があった時に行なわれた。元寇の時は神国思想が興起し建武中興へとつながった。明治維新は欧米列強の侵略の危機があった時に尊皇攘夷思想が根幹となって断行された。今日もまた外圧の危機に晒されている。今こそ、大変革を成し遂げなければならない。

 

今日の政治家も維新とか変革・改革という言葉を連発しているが、危機を脱出するためには、単に政治体制の変革だけでなく、国民精神の革新・日本伝統精神の復興が行なわれなければならない。

 大化改新・明治維新がそれである。現代もさうした時期である。わが國の伝統の根幹は「天皇中心の國體」である。「天皇中心の國體」とは、神話の世界以来の信仰に基づき一系の血統と道統を保持し継承される天皇による國家統治といふことである。そして天皇の國家統治は、権力・武力による人民支配ではなく、祭祀主としての宗教的権威による統治(統べ治める)である。それは信仰共同体國家たる日本独特の國柄である。

 日本伝統精神は文献としての「神話」によって伝へられているだけではない。天皇は神話の世界からの道統である祭祀を今日においても行ってをられる。天皇の祭祀は「生きてゐる神話」であり、天皇は「日本伝統精神の生きませる体現者」であらせられる。だから、天皇は生きたまふ神・現御神と申し上げて尊崇されてきたのである。

そして、國家的危機において國體の本来の姿・あるべき姿に回帰する運動が必ず勃興した。これが日本におけるナショナリズムである。元寇の時には「神國思想」が謳歌され、欧米列強の侵略の脅威を感じた幕末においては「尊皇攘夷思想」が謳歌された。

 このようにペリーの来航は、徳川幕府の弱体化・権威の失墜を天下に示し、日本國は天皇中心國家であるという古代以来の國體を明らかする端緒となった。これが明治維新の原理たる「尊皇倒幕」「尊皇攘夷」の精神の生まれた事情である。そして、徳川幕府を打倒し天皇中心の日本國本来の在り方に回帰する変革即ち明治維新によって日本は救われたのである。

 「攘夷」とは夷狄(野蛮な外國)を打ち払うということである。そしてそれは、アメリカやロシアの軍艦の来航という國家的危機に直面して、國防意識が全國民的に高まった時に、自然に発生し燃え上がった激しき情念である。

 徳川幕府は開設以来鎖國政策を取り、頑なに外國との接触を拒否していたにもかかわらず、アメリカの恫喝に遭遇すると、屈辱的な開港を行ってしまった。明治維新の志士たちはこうした徳川幕府の軟弱な姿勢を批判し否定したのであって、外國との交渉・開港を一切否定したのではない。ここが徳川幕府の封建的な鎖國政策と維新者の攘夷精神との決定的な違いである。

 吉田松陰や坂本龍馬らは、日本の自主性を保持し日本の真の発展に資する外國との交渉を望んだのである。だから、松陰や龍馬など多くの維新の志士たちは外國の文物を学ぶことに熱心であった。松陰などは下田港から黒船に乗り込み密航してまで外國に渡ろうとした。

 だからこそ、徳川幕藩体制が崩壊し、明治維新が断行された後の日本では、外國との交際を一切行わないという頑なな攘夷論は姿を消し、外國の侵略を撃退し日本の自主独立を守るために西欧の文物を学ばなければならないという強い意志を持った。これを「開國攘夷」という。ここに日本民族の柔軟性・優秀性があると言える。 

 

 今日も、政治の混乱・経済の停滞・道義の低下・外圧の危機が顕著になっている。にもかかはらず人々の心の中に不安と空虚感が広まってゐる。これを克服するためには、日本民族としての主体性が大事になってくる。

 

 共産支那の「傲慢無礼」な反日政策・対日侮蔑外交が繰り返されている今日、わが国民は、「民族の正気」を回復し、屈辱と汚名を晴らす行動に出なければならない。

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