« 千駄木庵日乗十月二日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月三日 »

2015年10月 3日 (土)

わが国には、国家的危機を伝統精神の復活・國體精神への回帰によって乗り越えてきた歴史がある

わが国は大東亜戦争という正義の戦いに敗北した後、戦勝国によって日本弱体化政策が行なわれた。戦後七十年を経過して、その日本弱体化政策が、花開き、実を結んでいる状況を呈しているのが今日の日本の体たらくである。

 

戦後日本は、戦勝国の「日本つぶし」の嵐の中にあっても、たくましくそしてしたたかに生き抜き、経済復興を立派に遂げてきた。この戦後日本復興の原動力は、つねに日本国民の幸福を願われてきた昭和天皇の大御心である。そして、戦前・戦中を生きぬいて来られた多くの先人・先輩の方たちの血と汗のにじむご努力をお蔭である。このことを私たちは忘れてはならない。

 

今日、日本国が存在し、日本民族が生きているのは、実に昭和天皇の仁慈の大御心によるのである。

 

 昭和天皇は、大東亜戦争末期、広島と長崎に原爆が投下され、ソ連が参戦し、愈々以って本土決戦しか戦う道がなくなった時、「自分の身はどうなってもいい。ただ民を救いたい」との大御心から、決然として『ポツダム宣言』受諾の御聖断を下された。あのまま戦争を続けていたなら、本土が戦場となり、わが国土は文字通り焦土と化し、大多数の日本国民が死に絶えたであろう。それを救われたのが昭和天皇なのである。この尊い事実を我々日本国民は永遠に忘れてはならないと思う。 

 

その時の尊いご心境を昭和天皇様は次のように歌われている。

 

爆撃にたおれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも

 

身はいかになるともいくさとどめけりただたおれゆく民をおもひて

 

国がらをただ守らんといばら道すすみゆくともいくさとめけり

 

 昭和天皇は、国のため民のためならご自身はどうなってもいい、というまさにまさに神のごとき無私のご心境で戦争終結をご決断あそばされたのである。ここに、つねに国の安泰・民の幸福・五穀の豊穣を神に祈られる祭主・日本天皇の御本質を仰ぐ事ができるのである。

 

さらに大事なのは、「国がらをただまもらんと」と歌われていることである。わが国は、ただ単に領土と国民と主権さえあればいいという、建国以来日の浅い普通一般の国家ではない。日本独自の国柄すなわち、神代以来・建国以来の天皇を中心とする國體が正しく継承されていなければ日本国とは言えない。

 

天皇中心の日本國體とは、天皇が政治的支配者として国家権力の頂点に立つ国家の在り様という事ではない。信仰的共同体としての日本の中核であられる天皇、祭祀国家日本の祭祀主としての天皇を上に戴いた長い歴史と伝統を持つ国柄のことをいう。

 

つねにご自分を無にして、国の安泰・民の幸福・五穀の豊穣を神に祈られる祭主・日本天皇は、権力や武力で国家・国民を支配と従わせるという覇者ではあらせられず、祭祀主としての信仰的権威と御徳によって国民をしろしめしてこられたのである。この「しろしめす」とは国民の意志や希望をよくお知りになるという意味である。

 

昭和天皇が「国柄をまもらん」とお歌いになったのは、このかけがえのない日本国の國體が護持するために、たとえどのような苦難があろうとも茨の道を進んでいくとのご決意を示されたものと拝察する。

 

「国柄を守る」とは、昭和天皇御一身の地位の安泰を意味するのでは全くないことは、「いばら道すすみゆくとも」と歌われていることで明白である。昭和天皇は、たとえ自分か退位させられても、あるいは「戦犯」として処罰されても、天皇中心の国柄・國體が護持されればよい、とのご信念で終戦を決意されたのである。

 

終戦の年の九月二十七日に、昭和天皇はマッカーサーをお訪ねになり、「私は、国民が戦争を成し遂げるにあたって、政治、軍事の両面で行なったすべての決定と行動に対する、全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁きにゆだねるためにお訪ねした。日本国民は現在、飢餓に瀕している。もうこれ以上日本国民を苦しめないでもらいたい。米国に是非食糧援助をお願いしたい。皇室財産の有価証券類を持参したので、その費用の一部に当ててもらいたい」と仰せになった。(マッカーサーの「回想記」による)

 

このお言葉にマッカーサーは「骨のズイまで揺り動かす」(マッカーサー自身の言)ほどの感動を覚え、占領政策に大きな影響を与えた。そして食糧援助が行なわれるようになった。実に戦争直後、国民が飢えから救われたのは、ご自分を無にして国民を思われる昭和天皇の御行動によるのである。

 

マッカーサーは後年、昭和天皇を讃嘆して「私ははじめて、神のごとき帝王を見た」「天皇陛下こそ新日本の生みの親である」と語っている。

 

このように、天皇によって日本は救われたのである。日本国及び日本民族が今日あるのは、これは歴史の真実である。

 

日本は、天皇中心の國體を護持しさらにその本当の姿を顕してこそ、正しく発展していく事が出来るのである。昭和の歴史だけでなく、元冦や明治維新など、これまで幾度か起った大きな国難の歴史を見てもそれは明らかである。 

 

経済的・物質的に復興を成し遂げた日本も、今日、民族の誇り・日本人の心を失ってしまった。その結果として、今日、政治は混乱し、教育は荒廃し、外圧の危機は高まっている。それは未曾有の危機と言っても言い過ぎではない。

 

こうした状況を打開するためには、日本國體の真の姿を正しく明らかにする以外にない。わが国には、国家的危機を伝統精神の復活・國體精神への回帰によって乗り越えてきた歴史がある。今日唯今もそうした時期にあると確信する。

|

« 千駄木庵日乗十月二日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月三日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/62399235

この記事へのトラックバック一覧です: わが国には、国家的危機を伝統精神の復活・國體精神への回帰によって乗り越えてきた歴史がある:

« 千駄木庵日乗十月二日 | トップページ | 千駄木庵日乗十月三日 »