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2015年9月14日 (月)

天照大御神はなにゆへ伊勢の地に祭られたのか

 天照大御神は、丹波・紀伊・吉備などの各地をお巡りになった後、第十一代・垂仁天皇二十六年の九月、皇女・倭姫命が御杖代となられ、伊勢の五十鈴川上の現在地に祭られるやうになった。

 

 宮中には、宮中用の御鏡が鋳造せられ、それを御神體として賢所・内侍所と称される神殿に奉斎され、今日に至る。

 

天照大御神はなにゆへ伊勢の地に祭られたのであらうか。それは、伊勢の地が、大和朝廷の都があった大和盆地の東方にあたり、「日出づる地」であったからであり、大和國の日の神信仰の聖地である笠縫邑から東方に直線で結ばれる地であるからあらう。

 

伊勢の地は、まさしく日の神を祭祀するにふさはしい地であった。事実、伊勢・志摩地方には古くから太陽神祭祀を行っていた形跡があるといふ。

 

『日本書紀』には、天照大御神御自ら、「是の神風の伊勢國は、常世(とこよ)の浪の重波(しきなみ)歸(よ)する國なり。傍國(かたくに)の可怜(うま)し國なり。是の國に居らむと欲(おも)ふ」(この神風の伊勢の國は、永遠の世からの波がしきりに打ち寄せる國である。大和の脇にある麗しい國である。この國に居りたいと思ふ)と宣言されたと記されてゐる。

 

東から太陽が昇る國であると共に、常世の國から波がしきりに打ち寄せる國である事を喜んでをられる。わが國古代人は、海の彼方への憧れが強かった。常世とは、海の彼方にある永遠の國のことで、龍宮傳説につながる。

 

日本人は太古から自分が今生きてゐる世界とは異なる世界すなはち異郷への憧れの心・「他界」へのロマン精神を持ってゐた。日本人は、遠くはるかな水平線の彼方に聖なる神々の世界があると信じた。その世界を「常世」「妣(はは)の國」といふ。そこは不老長寿の世界であり、創造の本源世界と信じられた。龍宮界傳説はその典型である。「海」は「生み」に通じるのである。

 

天照大御神の伊勢鎮座の傳承には、日本人が古来から持ってゐる「常世」「妣の國」=生命の本源への回帰・永遠の世界への憧れの思ひが自然に表白されてゐるのである。

 

伊勢の神宮は、日本傳統信仰の最尊最貴の聖地であり、日本傳統精神がそこに現実のものとして顕現している。日本傳統精神とはいかなるものかを実感するには、伊勢の神宮に来て神を拝ろがめば良いのである。理論理屈はいらない。日本傳統信仰が自然に伊勢の神宮といふ聖地と聖なる建物を生んだのである。それは太陽神への無上の信仰であり、皇室への限りなき尊崇の情であり、稲への限りない感謝の心である。

 

天武天皇は、壬申の乱の時、朝明郡迹太川(とほかわ)で伊勢の神宮を遥拝された。柿本人麻呂の高市皇子への挽歌では、伊勢の神風を称へてゐる。

 

西行(平安末期・鎌倉初期の歌人、僧)は、治承四年(一一八〇)六十三歳のときに三十年ほど過ごした高野山から伊勢に移り、伊勢の神宮で

「何ごとの おはしますかは しらねども かたじけなさに なみだこぼるゝ」

と詠んだ。

 

葦津珍彦氏は、「伊勢に鎮まります天照大御神の神宮は、荘厳にして高く貴い。しかもいささかの人工的な飾り気がなく、誠のおごそかさを感じさせるが威圧感もない。ただ清らかで貴い。この清らかさ貴さは、天照大御神を皇祖神として信奉される天皇の御信仰の気風の自らなる流露でもあるかと察せられてありがたい。」(『皇祖天照大御神』)と論じてゐる。

 

昭和四十二年の秋、イギリスの歴史學者、アーノルド・J・トインビーが夫人と共に参宮された時、内宮神楽殿の休憩室で「芳名録」に記帳し、

「この聖地において、私は、あらゆる宗教の根底をなすものを感じます」

と書いた。

 

人類は様々の宗教を信じてゐる。そしてそれらの宗教はそれぞれ特色があり、人類に救ひと安穏をもたらしてゐる。しかし半面、人類の歴史は宗教戦争の歴史であったともいへる。それは今日に至るまで続いてゐる。神を拝み神を信じる人々による凄惨なる殺しあひが行はれて来た。

 

 しかし、宗教の根底にあるものは同じなのである。それは、天地自然の中の生きたまふ「大いなるもの」への畏敬の心である。伊勢の神宮はまさに、最も純粋に最も簡素にその「大いなるもの」をお祭りしてゐる聖地なのである。

 

 吉川英治は、昭和二十五年十二月に参宮した時、

「ここは心のふるさとか そぞろ詣れば旅ごころ うたた童にかへるかな」

といふ歌を詠んだ。 

 

日本國民の伊勢の大神への崇敬の心は、教義教条に基づくのではない。日本人としてごく自然な「大いなるもの」への畏敬の心である。だからこそ、仏教徒もそして外國人も伊勢の神宮に来ると「大いなるもの」への畏敬の心に充たされ心清まる思ひがするのである。

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