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2015年9月27日 (日)

この頃詠みし歌

命長らへ九十四まで生きて来し母をしみじみいとしと思ふ

 

よくもまあこれほど雨が降るものと思ひつつ歩く土砂降りの道

 

實朝の歌を思へり決壊せし川水が人家を襲ふを見つつ

 

川水が津波の如く押し寄せて人と家とを流しつくせり

 

水の禍未だおさまらぬ朝にして東京の空は晴れわたりゐる

 

人の名前忘れることが多くなり咄嗟に出て来ぬことの悲しさ

 

靴磨き屋が少なくなりし不便さを靴磨き屋さんと語り合ひたり

 

屋台ラーメン路傍の靴磨きが無くなりて街も次第に変はり行くなり

 

平和平和と叫ぶ輩は共産支那の暴虐のことは何も語らず

 

この国の守りを堅くすることに抗がふ輩は敵の手先ぞ

 

似非憲法似非平和主義を祓ひ清め日の本の國を守り行くべし

 

肩をいからし部屋に入り来し人物は護憲を叫ぶ弁護士先生

 

宇治橋を渡り行く時真向ひの大空に日輪が照り輝きぬ

 

伊勢の宮神路の山に日章旗翻りゐる爽やかさかな

 

坂の上の施設の部屋で今日もまた母と眺める夕暮の空

 

生きたままの白魚を食べる夢を見し何と食いしん坊の我にしあるか

 

見たる夢に出で来し人の記憶無し 恵比寿様のやうな顔をせし人

 

秋雨に濡れつつ一人静かなる湯島聖堂の森にたたずむ

 

両関といふ酒うまし今宵またおでんを食しつつその酒を呑む

 

白滝か糸こんにゃくかはどちらでもよしとわが好物を食しつつ思ふ

 

雨水が瀧の如くに流れ落ちる湯島男坂を下り行くなり

 

仏前に供へたる花の水を替へ新しき日の始まりとする

 

神前の榊の緑瑞々し 有難きかな日本の神

 

筆の音さらさらとなる静か夜は心鎮めて歌を詠むなり

 

今日もまた原稿を書き本を読み静かなる一日(ひとひ)を過ごしたるかな

 

二十年前の美術館の入場券を見つつ二十年後の我を思へり

 

二十年経てばわれも八十八 米寿となりて生きゐるらんか

 

住職に挨拶をして先祖の墓に花供へれば心清々し

 

彼岸の日に菩提寺に参れば花園の如くに供花が咲き満ちてゐる

 

晴れやかな心となりぬ 晴れわたる青空の下で墓清めれば

 

シルエットの如く伽藍が浮かびゐる日の暮れ方の谷中寺町

 

久しぶりの友の電話の声高し健やかなれば我も嬉しき

 

ペリー来航櫻田事件の絵を眺め百有余年前の国難を偲ぶ(東洋文庫「幕末展」参観)

 

軍事力なくして国の独立を守りがたきは今も同じぞ()

 

愚かしき憲法守りて國滅ぶを望む輩を祓はざらめや

 

今秋は陰祭とて神輿も山車も街に出でぬはさみしかりけり

 

根津の社のみまつりなれど わが町は神輿も山車も出でぬさみしさ

 

静かなる夜の公園闇深しベランダに坐る二人の人影

 

威勢良き寿司屋の若い衆は今日もまた明るく楽しげに寿司握りゐる

 

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